夏目なつめ成美せいび(1749-1817)は江戸時代後期の俳人で同時代俳壇における中心人物の一人だったという。一茶が江戸を去り柏原に帰郷する際に出版された「三韓人」(1814)に以下の序文を寄せている。成美が亡くなる3年前だった。 「三韓人」隨齋成美序、文化甲戌冬至日 隨齋成美序01 隨齋成美序02 隨齋成美序03 隨齋成美序04 木のかくれ岩のはざまにもひさしくとゞまらざるは法師の境界なり、しなのゝ國にひとりの隠士あり、はやくよりその心ざしありて森羅萬象を一盌の茶に放下しみづから一茶と名のりて吾ひのもとの中をこと〴〵くめぐりて風餐露宿さらに一方に足をとゞめず、さるをこの江戸に來りては風土のよろしきにやめでけむ、また友がきのおもしろさにやほだされけむ、こゝに住ると年をこえ年をかさねてやゝ十年にもあまりぬべし、さるからいよ〳〵まじはるものおほくなりまさりて今は本土をわするゝに似たり 此ほどすみだ川に逍遥せる頃わたし舟のおそきをまつとて心なく我かげのうつれるをみるに汀の浪は額によせ雪とぶ尾花は頭につもれるに今はじめておどろくにはあらねどかゝるかたちになりていつまで名利の地にあるべきぞ、蟬の小川はわたらじとちかひし人もあるをとはじめのこゝろざしにたがひたるをしきりにくいはぢてたちまち草庵を打やぶり古さとにひきこもらむと舊知心友のなごりをしみて袂をひかへ杖をとゞむれどもさらに聞いれず今はさらばとてはなむけにふかき心ざしを見せてさま〴〵の物おくる中にある人笠翁が畫賛一紙をながきかたみにとておくりぬ、其圖其角嵐雪*と友寐する處を書て其嵐の二人すでに世をさりわれ八十余の齡をえて世の中にとゞまるよしの句あり *蕉門十哲(松尾芭蕉の高弟)の二人、宝井其角(1661-1707)と服部嵐雪(1654-1707) 叟大によろこびて是第一のたまものなり、われ此江戸にあそぶ中友だちの先だてるもの指ををるに數おほし、されば吾しばらくとゞまるに似たれど此笠翁が夢物がたりにことならずなほ我こゝろの此畫におもひあたれる事おほしとてすみやかに笠わらぢすぢりもぢりにしたためて霜しぐれをおかして出たつ、かのわたのべの聖のがり薄ならひに行けむ心のあはたゞしさにもにたり、われまたそのうしろ影を見おくりて二十年の舊交おもひ出る事のさま〴〵はむさしのゝ草葉における今朝の露もかぞふるにたらずとこそ 夏目成美と一茶の関係が行間に溢れ読む者をさわやかな気持ちにさせる。
硝子戸の中と外
いい歳をしてまた馬鹿なことをした。部屋の南面にある180x90cmの重いガラス戸を外して修理しようとして、入れ直すときバランスを失いガラス戸が倒れて派手に割ってしまった。幸い足指の爪を潰しただけで大きな傷は負わなかったものの大きい出費は避けられまい。 ガラスの破片が部屋中とベランダに散乱し、カーペットや布団に刺さったので、怒った妻と一緒に後処理をするのにかなりの時間を要した。今夜は風通しのいい部屋でぐっすり眠れるだろう。 나이가 들었는데도 또 바보 같은 짓을 저질렀다. 방 남쪽에 있는 180x90cm 크기의 무거운 유리문을 떼어내서 수리하려다가, 다시 끼울 때 균형을 잃어 유리문이 쓰러지면서 산산조각이 나버렸다. 다행히 발가락 손톱이 으스러진 것 외에는 큰 부상은 없었지만, 큰 지출은 피할 수 없을 것이다. 유리 파편이 방 안과 베란다에 흩어져 있었고, 카펫과 이불에 박혀 있어서 화가 난 …
三韓人・一韓人
文政11(1814)年11月、一茶が長年住んだ江戸を離れ柏原(現・長野県)への帰郷を記念する出版物「三韓人」は一茶と関係のあった人々の句を集めた撰集で、発行人は信州俳諧寺一茶である。興味深いのは奥書に後編「一韓人」來三月刻と記されていることだ。「三韓人」は前編として作られたことになる。 1814년 11월, 잇싸가 오래 동안 살던 에도(江戸 현・도쿄)를 떠나 가시와하라(柏原 현・나가노현)로의 귀향을 기념하여 출판된 ‘삼한인(三韓人)’은 잇싸와 인연이 있던 사람들의 하이쿠를 모아 엮은 선집이며 그 발행인이 신슈(信州 현・나가노현) 하이카이지 잇싸(俳諧寺一茶)다. 흥미로운 점은 그 오서에 후편(後編) ‘일한인(一韓人)’이 오는 3월 간행으로 기재되어 있는 것이다. ‘삼한인’이 전편(前編)으로 제작된 셈이 된다. 「三韓人」隨齋成美序 文化甲戌冬至日(1814年) 「三韓人」の奥付(後編「一韓人」来3月刻) そう云えば、中江兆民の著作に「三酔人経綸問答」というのがあった、文庫本の本文だけの自家版を作って一時いつもポケットに入れていた。小日本主義の嚆矢ということだ。戦時中、一茶は大日本主義を標榜する者として政治的に利用された。「強い日本」を掲げる現今の政権に似かよった姿勢を感じる。
ふりがな一茶発句集春7
縦書き文庫版「ふりがな小林一茶発句集」春7に歴史的かな遣いのルビを振りました。季語の蛙が約200句、蝶が約300句あります。本ブログでも紹介しています。 一茶: 蛙 一茶: 蝶 (1) 一茶: 蝶 (2) 一茶: 蝶 (3) 縦書き文庫「ふりがな小林一茶発句集」の進捗状況は「ふりがな小林一茶発句集」総目次をご覧ください。LINEから接続すると文字化けすることがあります、次のURLから直接アクセスし、ぜひ縦書き文庫でお読みください。
一茶発句集春: 蛙
俳句における蛙の読み方はほとんどかはづのようだ。僕がかへると読むもの16句を太字で示した(内5句は夕蛙)。根拠は連音の滑らかさである。ひらがな表記の句が別に二つあり計18句となる。→ 一茶: カへル読み試案 角川書店の「合本俳句歳時記」2019によると、夕蛙も初蛙もカハヅ読みとのご批判をいただいた。僕の感官は門外漢の独断に過ぎないということか、自分の音感を信じたいのだが。 하이쿠에서 ‘개구리’란 한자(蛙)를 읽는 방식은 대부분 ‘kawazu’인 것 같다. 내가 ‘gaeru’라고 읽는 16구를 굵은 글씨로 표시했다(그중 5구는 ‘夕蛙’임). 근거는 연음(連音)의 부드러움이다. 히라가나로 표기된 구가 따로 두 개 있어 총 18구가 된다. → 잇싸: ‘kaeru’ 읽기 시안 角川書店「合本俳句歳時記」에 따르면 夕蛙도 初蛙도 ‘kawazu’로 읽는다는 비판을 받았다. 내 감각은 그저 문외한의 독단에 불과하다는 말인가. …
一茶: 蝶 3/3
春3032の小蝶に可憐な少女を見るのは僕だけだろうか。文政3年は長女さとが満1歳余りで病死して2年ほど経っているが、彼女の影が付きまとっていた。蝶を観察していると、さとに対する思いが溢れ狂おしくなる。それを地味に狂おしいと表現したのだろう。 蝶になったさとが草庵のなかを舞い彼の腕に止まる。ほとんどの句にさとが重なって映るようだ。老翁は辛かったろうな、淋しかったろうな。孤老は蝶を観察し蝶と語りかけて戯れることで慰められているのだろう。蛙とは理屈で語り、蝶とは情感で接しているとも云えよう。一茶は孤独な人だったのだ。 一茶: 蝶 2/3 一茶: 蝶 1/3 noふりがな小林一茶発句集春7より3032気きの毒どくやおれ(己)をした(慕)ふて来くる小こてふ(蝶)八番日記 政33033来くる蝶てふに鼻はなを明あかせるかきね(垣根)哉 八番日記 政3 3034咲中さくなかニ少すこしぢみ(地味)也浅黄あさぎてふ(蝶) 風間八番 政3 (異)『梅塵八番』「咲中に少しじみなり浅黄蝶」『風間八番』政4 上五「狂ふのも少じミ也浅黄蝶」『梅塵八番』上五「狂ふにも…浅黄蝶」3035白しろ黄色きいろ蝶てふも組合くみあひしたりけり 風間八番 政3 (異)『一茶句帳』中七下五「蝶もいろどりしたりけり」3036菅莚すがむしろそれ〳〵蝶てふが汚けがれんぞ 風間八番 政3 (異)『梅塵八番』下五「けがれんぞ」『だん袋』下五「汚るゝな」3037屮庵そうあんの棚捜たなさがしする小こてふ(蝶)哉 風間八番 政3 (異)『梅塵八番』「咲中に少しじみなり浅黄蝶」343038蝶てふ寝ねるや屮引くさひきむしる尾しりの松まつ 風間八番 政3 (異)『梅塵八番』「てふ飛や草引むしる尻の先」3039はつ(初)蝶てふよこんな莚むしろニ汚けがるゝな 風間八番 政3 (異)『梅塵八番』上五下五「初蝶や…穢るゝな」3040引ひきうけ(受)る大盃おほさかづきに小こてふ(蝶)哉 風間八番 政33041 扶持米ふちまいや蝶てふなら一ひとツ遊あそぶ程ほど 風間八番 政3 (異)『風間八番』「…一ツあそぶ程」『梅塵八番』中七下五「…ひとつ遊ぶほど」「…一ツあそぶほど」3042枕まくらする腕かいなニ蝶てふの寝ねたりけり 風間八番 政3 (異)『梅塵八番』「腕にてふの寝たり鳧」『一茶句帳』中七「腕に蝶々の」3043まり(毬)唄うたに一いつシヨ(緒)に蝶てふの舞まひニけり 風間八番 政3 3044道連みちづれの蝶てふも一人ひとりやあだち安達原はら 風間八番 政3 (異)『梅塵八番』中七下五「蝶もひとりやあさぢ原」3045我後わがあとに付損つきそんじてや帰かへる蝶てふ 風間八番 政3 (異)『梅塵八番』「我跡につき損じてや帰る鴈」『一茶句帳』「我迹につき損してや帰る蝶」3046浅黄あさぎてふ(蝶)あれバ浅黄あさぎの櫻さくら哉 梅塵八番 政4 3047石いしなごの玉たまにまつはる小蝶こてふ哉 風間八番 政4 …
渡り蝶 migratory butterflies
浅黄蝶を詠んだ句が春の句が少なくないのできにアサギ蝶で検索すると下の写真があった。大型の蝶で日本から朝鮮半島・中国・台湾・ヒマラヤまで広く分布し、南西諸島・臺灣と日本のあいだを渡るという。春3045の蝶(風間本)と鴈(梅塵本)には渡りという共通点があるかもしれない。ただし、ここに登場する浅黄蝶がアサギマダラであるかは確かでない。 一茶はアサギ蝶に格別の親しみを感じていたようだ。風に煽られれば乱高下して墜落しかねない、大型とはいえ人の手より小さな躰で数千キロを飛ぶ命がけの渡り。老翁はアサギに自身を見ていたに違いない。 アサギマダラ 以下の句から一茶の描いたアサギ蝶がみえるくる。地味・狂う・内向性・孤立感などが浮き上がってくる。 3034 咲中さくなかニ少すこしぢみ(地味)也浅黄あさぎてふ(蝶) 風間八番 政3 (異)『梅塵八番』「咲中に少しじみなり浅黄蝶」『風間八番』政4 上五「狂ふのも少じミ也浅黄蝶」『梅塵八番』上五「狂ふにも…浅黄蝶」 3045 我後わがあとに付損つきそんじてや帰かへる蝶てふ 風間八番 政3 (異)『梅塵八番』「我跡につき損じてや帰る鴈」 3048 浮かるゝもうちハ(内輪)なりけり浅黄あさぎ蝶てふ 風間八番 政4 (異)『梅塵八番』中七「内輪なりけり」 3050 おとなしや蝶てふも浅黄あさぎの出立いでたちは 風間八番 政4 3052 狂くるふのも少すこしじミ(地味)也浅黄あさぎ蝶てふ 風間八番 政4 (異)『梅塵八番』上五「狂ふにも少し…」 3053 こつそりとして遊あそぶなり浅黄あさぎ蝶てふ 梅塵八番 政4 (異)『風間八番』「こつそり〳〵あそぶ也浅黄蝶」 上の3034と下の3072の二つの句を読むと、一茶の苦悩がときに制御しがたいまでに膨らんでいたことが想像される。「狂ふのも少じミ也」では蝶に対する苛立ちを感じるが、3072に至っては「狂え蝶」と強く悲痛な叫びに変わっている。一茶の句を読み続ける作業はしんどい、精神的な重労働のようなものかもしれない。 3072 狂くるへてふ(蝶)狂くるつて腹はらのゐる*ならば 文政句帖 政5 (異) 真蹟 中七「くるふて腹が」 *激した感情が静まる
一茶: 新羅坊신라봉
(ChatGPT, Wikipedia などの資料の韓語訳) 신라봉(新羅坊)은 일어로 발음이 같은 신라방(新羅房)에서 유래한 것으로 여겨진다. 신라방(新羅房)이란 통일신라 시대(668-935)에 당(618-907)의 연안 지역에 설치된 신라인들의 집단 거주지를 말한다. ‘봉(坊)’은 ‘승방’이라는 뜻에서 유래하여 승려를 뜻하게 되었다. 잇싸(小林彌太郎 1763-1828)가 ‘신라방(新羅坊)’이라는 이름을 사용한 것은 주로 젊은 시절부터 중년 초기까지의 방랑기(放浪期)에 해당한다(1785-95?). 이 무렵의 잇싸는 에도(江戸)와 시나노(信濃)를 오가며 정착하지 못하며, 사사받은 단린(談林)·쇼후(蕉風)의 영향을 받으며 방황(彷徨)중이었고, …
一茶: ひきがへる雨蛙
夏の部の季語<ひきがへる><雨蛙>について考える。同じく蛙を扱っていても春の部のそれとは異なり、すべて<かへる>である。蟇蛙はひき、ひき殿と呼びかけられることが多い。<かはづ>よりもぐっと近しい感官を覚えるのは僕だけではあるまい。下の表は、夏の部にある蟇と蛙の字に<かへる>のルビを振ったものである。 夏季語<ひきがへる><雨蛙>の句2917蟾ひきがへる渋面じふめん作つくつて並ならびけり七番日記 化102918云いいぶんのあるつらつきや引ひきがへる 七番日記 化142919雨あめあらし鑓やりもふれとやひきが㒵かほ七番日記 政12920大蟾おおひきは隠居いんきよ気きどりやうらの藪やぶ 七番日記 政12921ひき鳴なくや麦殻笛むぎがらぶえとかけ合あいに 七番日記 政12922稲妻いなづまにつむりなでけり引蟇ひきがへる 八番日記 政22923霧きりに乗のる目付めつきして居いる蟇かへるかな 八番日記 政2 2924雲くもを吐はく口くちつきしたり引蟇ひきがへる おらが春 政22925蟾ひきどのゝ妻つまや待まつらん子こ鳴なくらん 八番日記 政22926一雫ひとしずく天窓あたまなでけり引ひきがへる おらが春 政22927罷出まかりいづるは此藪このやぶの蟾ひきにて候さうらふ 八番日記 政22928仡きっとして蚊かに喰くわるゝや引ひきがへる 文政句帖 政52929蟾ひきがへる笑わろうて損そんをしたのだか 文政句帖 政52930蟾ひきがへる我われをつく〴〵ねめつける 文政句帖 政52931つくねんと愚ぐを守まもる也引ひきがへる 文政句帖 政62932ふるや雨あめなくやはやしの蛙かへる哉 寛政句帖 寛62933梢こづえから立小便たちせうべんや青あおがへる 八番日記 政42934高たかうは厶ござりますれど木きから蛙かへる哉 文政句帖 政62935手てにとれば小便せうべんしたり青あおがへる 発句集続篇 上の表と比較するために先の記事の<かへる>を再掲する。 春夏<かへる>ルビが振られている句春2741痩やせ蛙がへるまけるな一茶是これに有あり七番日記 化13夏2073ばか蛙がへるすこたん云いふな夕涼ゆふすずみ 七番日記 化13夏4499人ひと来きたら蛙かへるになれよ冷ひやし瓜うり七番日記 化10、志多良 化10
一茶: 蝶 2/3
一茶発句集春の部<蝶>の2回目分を掲げる。蛙と違って夫婦で描かれる蝶が多く、小蝶もよく登場する。たとえば、「たの(頼)もしやしかも小こてふ(蝶)の若夫婦わかふうふ 」(2983)、「はつ(初)蝶てふの夫婦ふうふ連づれして来きたりけり」(2991)、「てふ小こてふ小蝶こてふの中なかの山家やまが哉」(2938)などがある。 一茶: 蝶 3/3 一茶: 蝶 1/3 ふりがな小林一茶発句集春7: 蝶 2/32931 廿日はつか日ぐらし[の]里 寺山てらやまや児ちご[は]ころげる蝶てふはとぶ(飛) 七番日記 化92932夜明よあけから小こてふ(蝶)の夫婦ふうふかせ(稼)ぎ哉 七番日記 化92933うら住ずみや五尺ごしやくの空そらも春はるのてふ(蝶) 七番日記 化102934けさの雨あめ蝶てふがねぶつ(舐)て仕廻しまひけり 七番日記 化10 2935するが(駿河)ぢ(路)は蝶てふも見みるらん不二ふじの夢ゆめ 七番日記 化102936茶ちやの淡あはや蝶てふは毎日まいにち来きてくれる 句稿消息 化10 2937蝶てふ来くるや何なんのしやう(仕様)もない菴いほへ 七番日記 化10 (異)『志多良』『希杖本』中七「何のしや〳〵りも」 (類)『文化句帖』化4 「鶯や何のしやうもない門に」2938てふ小こてふ小蝶こてふの中なかの山家やまが哉七番日記 化10 (異)『句稿消息』上五「蝶にてふ」2939蝶てふ[〳〵]や猫ねこと四眠しみんの寺てら座敷ざしき 七番日記 化102940手枕てまくらや蝶てふは毎日まいにち来きてくれる 七番日記 化10 2941寝ねるてふ(蝶)にかし(貸)ておくぞよ膝ひざがしら(頭) 七番日記 化102942のら(野良)猫ねこよ見みよ〳〵蝶てふのおとなしき 七番日記 化102943一ひとあば(暴)れ〳〵て去さりし小こてふ(蝶)哉 七番日記 化102944べつたりと蝶てふの善光寺ぜんくわうじ平だひら哉 七番日記 化102945まふ(舞)蝶てふにふり(振)も直なほさぬ茨いばら哉 七番日記 化102946丸まるく寝ねた犬いぬにべつたり小こてふ(蝶)哉 七番日記 化102947天窓あたま干ほスお婆ばゝや蝶てふも一ひとむしろ(筵) 七番日記 化112948大雨おほあめの降ふつて涌わいたる小こてふ(蝶)哉 七番日記 化112949かい曲まがりかくれんぼする小こてふ(蝶)哉七番日記 化112950さをしか(小牡鹿)の角つのをも遊あそぶ小こてふ(蝶)哉 …
一茶: カへル読み試案
一茶の俳句において蛙と蟇蛙はもっともよく描かれた生き物の一つである。蛙という字は一茶の同時代にも日常的に使われたカヘルのほかに、和歌や俳句で使われる歌語のカハヅの読みがあり、現代の読者はどちらで読まれていたか判定しにくい。 下の表はカヘルと読むべき句の試案として提示するものだが、確たる根拠がある訳ではない。僕の感官にもとづく案でしかないが、発句集春7<蛙>201句の僅か18句(約9%)に過ぎないとは。 잇싸의 하이쿠에서 개구리와 두꺼비는 가장 자주 묘사된 생물 중 하나이다. ‘蛙(개구리)’라는 한자는 잇싸의 동시대에도 일상적으로 쓰이던 ‘かへる(카에루)’ 외에도, 와카나 하이쿠에서 쓰이는 시어인 ‘かはづ(카와즈)’라는 읽기가 있었으며, 현대 독자로서는 어느 쪽으로 읽혔는지 판단하기 어렵다. 아래 표는 'かへる(카에루)'로 읽어야 할 구절에 대한 시안으로 제시하는 것이지만, 확실한 근거가 있는 것은 아니다. 내 감각에 근거한 추측일 뿐이지만, 발구집 …
一茶: 蝶 1/3
蝶の句は春の部だけで3百を超えるので3回に分けて載せようと思う。蝶は蛙と同じく一茶にとって身近な生物だったが、蛙に対する語りかけのようなものはないように見える。 一茶: 蝶 3/3 一茶: 蝶 2/3 noふりがな小林一茶発句集春7: 蝶2827舞蝶まふてふにしばしは旅たびも忘わすれけり 五十三駅 天82828窓明まどあけて蝶てふを見送みおくる野原のはら哉 寛政句帖 寛62829蝶てふと共ともに吾われも七野しちのを巡めぐる哉 西国紀行 寛72830 天王寺に詣蝶てふ一ひとツ舞台ぶたいせま(狭)しと狂くるふ哉 西国紀行 寛72831 道後温泉のあたりにて寝ねころんで蝶てふ泊とまらせる外湯そとゆ哉 西国紀行 寛72832草くさのてふ(蝶)昼過ひるすぎ比ころとみゆる也 斗入句帖 寛中2833艸くさの蝶てふ大雨おほあまだれのかゝ(掛)る也 享和二句記 享22834辻風つじかぜの砂すなにまぶ(塗)れし小こてふ(蝶)哉 享和二句記 享22835むら雨さめやきのふ(昨日)時分じぶんの艸くさのてふ(蝶) 享和二句記 享22836八やツ過すぎの家陰やかげ行人ゆくひとはる(春)の蝶てふ 享和二句記 享22837あたふたに蝶てふの出でる日ひや金かねの番ばん 文化句帖 化12838今いま上あげし小溝こみぞの泥どろやとぶ(飛)小蝶こてふ 文化句帖 化12838うそ〳〵と雨降あめふる中なかを春はるのてふ(蝶) 文化句帖 化12840片扉かたとびらおのれ(己)とあき(飽)ぬ春はるの蝶てふ 文化句帖 化12841門川かどかはの飯櫃いびつ淋さびしや艸くさの蝶てふ 文化句帖 化12842川縁かわべりや蝶てふを寝ねさする鍋なべの尻しり 文化句帖 化12843 橘侯の別業なる太郎稲荷蝶てふとぶや春日はるひのさ(差)ゝぬ石いしに迄まで 文化句帖 化12844ちり紙がみに漉込すきこまるゝな風かぜのてふ(蝶) 文化句帖 化12845手てのとゞ(届)く山やまの入日いりひや春はるの蝶てふ 文化句帖 化12846通とほり抜ぬけゆる(許)す寺てら也春はるのてふ(蝶) 文化句帖 化12847とぶ(飛)蝶てふや溜たまり水みづさへ春はるのもの 文化句帖 化12848初はつ蝶てふのいきお(勢)ひ猛まうに見みゆる哉 文化句帖 化12849春はるのてふ(蝶)山田やまだへ水みづの行ゆきとゞ(届)く 文化句帖 化12850吹ふきやられ〳〵たる小こてふ(蝶)哉 …
一茶: 蛙の読みはカハヅだったか
以前、僕は一茶の句における蛙はカエルと読むべきだと考え、蛙のルビをすべてカエルにした。現代人が読む場合、カエルのほうが親しみもあるし理解しやすい。その後、一茶の同時代人はどう読んでいたろう、カワズだったろうかと考えるようになった。参考: 一茶の描く蛙(かへる); 一茶の句にルビを振る難しさ; 一茶: かな表記のかへる・かはづ; 痩がへる(改稿) そして、岩波文庫の「新訂一茶俳句集」(1990丸山一彦校注)、「一茶父の終焉日記・おらが春」(1992矢羽勝幸校注)、「一茶七番日記」(2003丸山一彦校注)を参照し、これらの校注に従うことにした。一茶が20歳のときに亡くなった蕪村の「俳句集」(1989尾形仂校注)も参照し、蛙のルビがカハヅになっていることを確認した。 下の表はこれらの資料および信濃毎日新聞社「一茶全集第1巻」(1979)をもとに<かはづ>のふりがなが付された蛙またはカナで<かはづ>と記された蛙を示したものである(続く句でふりがなのない場合は先行するルビと同じとみなした)。表左端に縦書き文庫「ふりがな小林一茶発句集」春の部の番号を記し、「新訂一茶俳句集」の句番号を1990の列に示した。 縦書蛙カハズ読み・かな表記<かはづ>1990no2626 青梅あをうめに手てをかけ(掛)て寝ねる蛙かはづ哉 寛政三紀行 寛312629よひ(宵)闇やみの一本いつぽん榎えのきなく(鳴)かはづ(蛙)享和句帖 享222634油火あぶらびのうつく(美)しき夜よやなく(鳴)蛙かはづ 文化句帖 化1 【1990】32641片かたヒザ(膝)は月夜つきよ也けり夕蛙ゆふかはづ 文化句帖 化2 【1990】35442663浦人うらびとのお飯めしの上うへもかはづ(蛙)哉 文化句帖 化552664ちる(散)花はなを口明くちあけて待まつかはづ(蛙)哉 文化句帖 化562669花はなびらに舌打したうちしたる蛙かはづ哉 七番日記 化757872673 象潟きさがたや桜さくらを浴あびてなく(鳴)蛙かはづ 七番日記 化869182675か(斯)ゝる世よに何なにをほたへて*なく(鳴)蛙かはづ 七番日記 化9 *ふざける・おどける75892676からさき(唐崎)*の松まつ真黒まつくろに蛙かはづかな 七番日記 化9 *琵琶湖西岸102679 小便せうべんの滝たきを見みせうぞ鳴蛙なくかはづ 七番日記 化9780112682どち向むくも万よろず吉きちとやなく(鳴)蛙かはづ 七番日記 化9122683 迯足にげあしや尿しとたれ(垂)ながら鳴蛙なくかはづ 七番日記 化9795132686 蕗ふきの葉はに片足かたあしかけ(掛)て鳴蛙なくかはづ 七番日記 化9796142690夕ゆふ不二ふじに尻けつを並ならべてなく(鳴)蛙かはづ 七番日記 化9779152691 浅艸あさくさの不二ふじ*を踏ふまへてなく(鳴)蛙かはづ 七番日記 化10879162694川かはがり(狩)や大おほ続松ついまつ*をなく(鳴)蛙かはづ 七番日記 化10 *夜松明の火に集まる魚を捕る172697ちる(散)花はなに腮あごを並ならべる蛙かはづ哉 七番日記 化10182700 …
痩がへる痩かはづ
一茶がもっとも充実していたとされる時期に出版された「七番日記」に載っている痩蛙の句(縦書き文庫ふりがな小林一茶発句集春7)について考える。この句の痩蛙(やせがへる)を歌語の<かはづ>に置き換えたらどうなるだろうか。便宜上、<かへる>を a.とし、<かはづ>を b.としておこう。 I would like to consider the haiku about the "skinny frog" (yase-gaeru) found in "The Seventh Diary", published during what is considered Issa’s most productive period (tategaki bunko library edition with furigana: Kobayashi Issa Hokku Collection, Spring 7). What would happen if we replaced the "skinny frog" (yase-gaeru) in this haiku with …
一茶: ルビなし蛙をかへると読む
【この記事の内容はその後見直し修正しましたが、思索の記録を残すため保存します】 以下、作業中のふりがな小林一茶発句集春7より季語<蛙>の句と掲載資料(年)を表にしてみた。カナで<かへる>または<かはづ>と表記されたもの以外の蛙という漢字を<かへる>と読めば、表2のとおりになる。 岩波文庫「七番日記」(2003)、信濃教育会発行続一茶叢書「文化年中句日記・八番日記」(1976)、岩波文庫「一茶俳句集」(1990)、岩波文庫「一茶父の終焉日記・おらが春」(1992)において漢字の蛙に<かはづ>または<カハヅ>のルビを振ったものは次のとおり35あり、かなで表記したものが12ある。表2ではこれら表記と番号を太字で示した。なお、<かへる>のかな表記は2665, 2805の二つのみである。 かな表記(12) 2629, 2663, 2664, 2734a, 2769, 2771, 2782, 2807, 2816, 2818, 2820, 2824 かなルビ(35) 2634, 2641, 2669, 2673, 2675, 2676, 2679, 2682, 2683, 2686, 2690, 2691, 2694, 2697, 2700, 2701, 2703, 2704, 2712, 2716, 2717, 2718, 2719, 2726, 2733, 2742, 2746, 2748, 2754a, 2756, 2757, 2758, 2760, 2761, 2780 表2<蛙>をカエルまたはカワズと読む2626 青梅あをうめに手てをかけ(掛)て寝ねる蛙かへる哉 …
一茶: かな表記のかへる・かはづ
[この記事は2024年10月13日のブログに一部加筆し、「ふりがな小林一茶発句集」春の部修正に伴い番号を修正したものです] 一茶の句には蛙を詠んだものが多い。「ふりがな小林一茶発句集」春7(蛙・蝶)に季語として載っているだけで200句ほどある。ほとんどは漢字で蛙と表記しているが、<かへる><かはづ>とひらがな表記しているものもある。 <かはづ>と仮名表記されたものは次の11句である。[ ]内: 「ふりがな小林一茶発句集」の番号、修正により多少ずれている。 よひ闇やみの一本榎いっぽんえのきなくかはづ 享和句帖 享2 [春2629] 浦人うらびとのお飯めしの上うへもかはづ哉 文化句帖 化5[春2663] ちる花はなを口明くちあけて待まつかはづ哉 文化句帖 化5[春2664] 木母寺もくぼじの鐘かねに孝行かうかうかはづ哉 八番日記 政2[春2770] 江戸川えどがはにかはづもきくやさし出口でぐち 八番日記 政3[春2772] 雨あめ降ふろと鎗やりが降ふろとも鳴なくかはづ 文政句帖 政5[春2783] 吉原よしはらやさはぎに過すぎて鳴なくかはづ 文政句帖 政7[春2808] 今いまの間まに一喧嘩ひとけんくわして啼なくかはづ 希杖本 [春2817] 大榎おほえのき小楯こだてに取とりて啼なくかはづ 希杖本 [ 春2819] 御社おやしろへじくなんで入いるかはづ哉 浅黄空 [春2821] 寝ねた牛うしの頭かうべにすわるかはづかな 発句鈔追加[春2825] 他方、<かへる>表記は次の2句のみだ。上の<かはづ>表記の句との違いはあるだろうか。一読しただけでは判然としない。ただ、繰り返し読むと、<かへる>表記は作者と蛙の距離が近く、蛙に対する感情移入の度合いが深いように感じられる。ただ、それは僕が感じるだけかもしれない。 昼顔ひるがほにうしろの見みゆるかへる哉 化五六句記 化5[春2665] 蕗ふきの葉はにとんで引ひつくりかへる哉 文政句帖 政7[春2806] 蛙は春の季語に分類されているが、夏にも次の句がある。これらの句において作者は蛙と対等に対話しているが、相手方に対する感情移入があればこそ対話が成り立つ。<かへる>のいる情景を観照するのではなく、意気投合している。 夕立ゆふだちはあらうかどうだかへる殿どの 八番日記 政2[夏583] ばか蛙がへるすこたん云いふな夕涼ゆふすずみ 七番日記 化13 [夏2073] 夏2073について七番日記(岩波文庫版)は蛙を<がへる>としている。<ばかがえる>がしっくりするだけでなく、<ばかかはづ>はそもそも成り立たないのではないか。それは僕の感官がカエルに馴れているからかもしれない。いや、ただ耳慣れているのではない、作者と同じく<かへる>に強い親近感を感じるのだ。 日本国語大辞典「カエル」の項目を引用して、縦書き文庫版の監修者が蛙を<かへる>と読み、校閲者も<かへる>とした。やゝ遅れて僕は<かへる>と<かはづ>の違いを感得したつもりだが。みなさんは蛙を<かへる>と読むだろうか、あるいは<かはづ>と読むだろうか。 …
ふりがな一茶発句集春6
「ふりがな小林一茶発句集」春6に旧かな遣いによるルビを振りました。乙鳥・雲雀・雉・帰る雁ほかの季語を載せています。文字化けする場合は次のURLからアクセス願います。 https://tb.antiscroll.com/novels/goolee/24913 縦書き文庫版「一茶発句集」制作の進捗状況については「ふりがな小林一茶発句集」総目次をご覧いただければ幸いです。ぜひ一茶の俳句を縦書きでお読みください。横書きでは味わえない感触を感じていただきたいのです。
一茶: 春の雁
雁(鴈)を詠んだ句は縦書き文庫版のふりがな小林一茶発句集春6の季語「帰る雁」に162あり、春の部動物のなかでも「蝶」302、「蛙」200に次いで多い。また、秋の部「雁」(雁金・初雁・天津雁・雁の竿・小田の雁)の167句ほか冬の部にもある。「帰る雁」「行く雁」など多様な表現があり、雁を表記する漢字も雁・鴈・厂の3種類がある。 雁に対する思いは切々として読者を切なくうら寂しい気持ちにさせる。雁は連れ合いのようであり、彼らが帰ってゆく姿を見送るのはまるで葬送のようだ。己も連れて行ってくれと泪を流し、むさ苦しい草庵に留まるよう懇願する、ほぼ戀情に近い。 どこか萩原朔太郎の描く郷愁につながる感性が漂っているようにさえ感じられる。蕪村を「郷愁の詩人」と呼んで称賛した朔太郎はなぜ一茶について書かなかったのだろう。戀猫の句々など靑猫の詩情そのものではないか。 読み込むにつれ雁に女性の面影が重なってくる。上述の切々とした情感は一茶自身の想いを描いているように感じる。春の部に載った雁にまつわる多くの句に女性に対する漠然とした思慕を拭うことができない。 잇싸가 묘사한 다른 동물들에게도 어느 정도 공통되는 점이지만, 기러기에 대한 마음은 애절하여 독자로 하여금 서글프고 쓸쓸한 기분을 느끼게 한다. 기러기는 마치 짝과도 같아서, 그들이 돌아가는 모습을 배웅하는 것은 마치 장례식 같다. 자신도 데려가 달라며 눈물을 흘리고, 허름한 초암에 머물게 해 달라고 간청한다. 거의 연정에 가까운 것이다. 어딘가 하기와라 사쿠타로(萩原朔太郎 1886-1942)가 그려낸 …
一茶: 老醜と親しらず
縦書き文庫版ふりがな小林一茶発句集夏7の季語<蠅>に「親しらず蠅もしっかりおぶさりぬ」(夏3437)という句がある。 八番日記(文政2、1819年)に載っており、一茶が亡くなる10年ほど前、長女さとが満1歳過ぎに病死する直前の彼自身もっとも幸福な時期だった。同年の夏3445「蠅はへはらふのもなぐさみや子の寝顔」「蠅追ふ[も]又たのしいか子の寝顔」の情景が目に浮かぶようだ。 そんな幸福感に包まれつゝ自分の老いについて考えることもあったに違いない。<親知らずの歯に蠅がくっついている>という何とも不気味な想像で老醜を自虐的に描いたものと解釈してしまった。 同じく八番日記の同年に「しつかりと蠅はへもおぶさる九十川くじふがは *」(夏3442)があり、ちゃっかり人につかまって川を渡る光景を描いている。したたか者の蠅は老人の奥歯に付いたりしない。それに当時の一茶は歯をすべて失っていたではないか。[*大井川または天竜川の異称、増水時に肩車で90文の渡し賃を取った] 冷静に考えると夏3437の「親しらず」は3442と同じく地名として読むべきなのだ。彼女が親知らずを抜いたという話しを聞いて僕は妙に動揺していた、今はそれがわかる。僕自身の老醜を露呈するようで恥ずかしい。 縦書き文庫版ふりがな小林一茶発句集夏7 .....しばらく前に親知らずを抜いたという彼女から親知らずについて尋ねられた。韓国語では사랑니(サランニ)というが、文献で確認できるのは19世紀後半だという。 僕が一茶好きなのを知りながら歯牙にもかけなかった彼女が、一茶の句に親知らずについて詠んだものはないか、と聞いてきたのだ。半信半疑で調べてみると、あったあった。それも蠅付きの親知らずだった。これで彼女も少しは一茶に関心をもつだろうか。 .....사랑니에 대해 물어본 사람은 얼마 전 사랑니를 뽑았다는 한국인 여성이었다. 한국어로는 ‘사랑니’라고 부르지만, 문헌상으로는 19세기 후반부터 확인된다고 한다. 내가 있사를 좋아한다는 걸 알면서도 전혀 신경 쓰지 않았던 그녀가, 있사의 시(俳句)에 사랑니에 대해 읊은 것이 없는지 물어왔다. 반신반의하며 찾아보니, 있었다, 있었다. 그것도 파리가 붙은 사랑니였다. 이걸로 그녀도 …
Himalayan sherpas and naoko
3月に講談社が出版したエベレストは居酒屋です(渡邊直子)[仮訳: 에베레스트는 술집이다. Mt Everest is a pub.]を読んだ。 娘が著者の大ファンで出版記念トークショーに参加するよう頼まれていたのに果たせなかった。ショーの数日後、予約してあった著書が届いた。約束を守らなかった罪悪感から読んだのだが、読み始めると著者の生き方と気取らない文章に引かれ一気に読んだ。期せずして著者のファンの一人になった。今回も娘のお蔭で新しい地平を見ることができた。 著者はエベレストの8000mを越える全14座を踏破した初の日本人女性だが、いわゆる登山家ではない。登山家とシェルパ*という一般的な関係を超えたシェルパたちと彼女との独自の関係を築いている。それを可能にしたのは彼女の自然体の生き方と同じく看護師だった著者の母親の独特な育て方だったろう。 *ネパールの少数民族のひとつ、ネパールのほか中国領チベットやインド・ブータンの一部に住む。シェルパによるヒマラヤ登山支援はよく知られている。[Wikipedia] プロローグにある次の文章が彼女の生きざまと人となりを明快に教えてくれる。以下引用する(句読点や表記など一部編集)。 エベレストは居酒屋です: プロローグより日本の人にとって「ヒマラヤ」は過酷な場所であり、簡単には行けないところというイメージがまだまだあるような気がしています。でも、私にとってヒマラヤは完全に「息抜き」なんです。日本にいると人間関係で息苦しくなったり、いろいろなことを億劫に感じることが多いのですが、ヒマラヤで過ごすと、いつも不思議と「素直な自分」に戻れる感覚があります。人と話すことが苦にならず、心が解きほぐれていく。シェルパたちの考え方に触れたり、毎日起こるハプニングやふだんできない刺激的な体験をしたり、圧倒的な景色を目のあたりにすることで、日常の悩みや不安が一気にちっぽけになってくるのです。つまり、私にとってヒマラヤは皆さんが仕事を終えて同僚や友人と居酒屋で一杯やるようなもの。そんな<居酒屋通い>を続けていたら、いつのまにかヒマラヤの8000m峰に31回も登っていました。現時点で世界の女性で最も多い登山回数です。自分らしい記録だと自負しています。しかし、全14座を制覇した初の日本人女性という記録を残すことになったことがすごいとはまったく思っていません。富士山に誰でも登れるようになったのと一緒で、いまや14座も誰だって制覇することができる。皆が簡単に登ったわけではありませんが、世界にはすでに14座全登頂者が80人以上います(2025年10月現在)。私は休暇を楽しむためにヒマラヤに来ているので、記録にはほとんど興味がありません。登頂はあくまで2番目の目的で一番は楽しむこと、そしてリフレッシュすること。根底にあるのは「嫌いな自分を好きになりたい」という思いです。ヒマラヤで過ごしていると子どものように無邪気になれる。取り繕うことのできない自然のなかで今まで知らなかった自分の良いところを発見できたりもする。ヒマラヤにいるときこそ本当の自分でいられる気がするんです。もし誇れることがあるとすれば看護師として働いた給料で登り続けていたこと、30回以上登っているのに大きなケガや凍傷もなく無事に日本に帰っていることでしょう。 著者のすごさはシェルパを単に登頂のための荷物運びやアタックルート開拓者として利用するのではなく、同じ仲間として同伴者として接することにある。だから、彼らとのやりとりを通じてネパール語を学び、ベースキャンプでの食事も登山家たちと一緒ではなく、シェルパ専用テントに入ってする。ふつうの登山家は英語で用を済ませ、シェルパたちと個人的に交わることはしない。 親しくなったシェルパたちがふつうは話さない彼らの生立ちやふだんの暮らしのことを彼女に話す、そういう人間関係を築ける人なのだ。ただ、日本社会にいると彼女のそういう性質は表れない。思ったことはすぐ話してしまうからだろう、その点シェルパたちと似ている。彼らは約束を守るが、規則に束縛されず、大事なことが家族や親戚に生じれば当然のようにそれを優先する。そういう生き方を著者は求めていた、だから資金を貯めてくり返しヒマラヤのシェルパに会いに行く。 著書の末尾の文章を引用する。本人が述べているとおり、渡邊直子氏はいつかネパールに移住するに違いない。本来の自分であり続けるために、そしてチベット仏教(ラマ教)の死生観のなかで生きて死んでゆくために。 エベレストは居酒屋です: エピローグより私にとってヒマラヤは特別な舞台であると同時に居酒屋にふらっと立ち寄るような<休暇の場所>でもあります。疲れを癒やし本当の自分を取り戻すために通う場所。今後はネパールへの移住も考えています。現在は私自身が主催しているヒマラヤを一緒に楽しむ企画を行なっていますが、無料で参加できるわけではありません。大人は働けばその費用を工面できますが、子どもは親の経済状況に左右されてしまう。だからこそ、費用を出せない子どもでも参加できる仕組みが作れないか模索中です。 I read Mt. Everest Is a Pub (Naoko Watanabe), published by Kodansha in March. My daughter is a huge fan of the author and had asked me to attend the book launch talk show, but I …