自転車という愛玩物

愛車3台(手前からタイヤ径 14/16/26インチ)

11月中旬から12月初めにかけて自転車に乗らなかった。1日に往復1時間だから、MTBで山を駆けめぐるのと比べればどうということもないのだが、僕の日常から大きなものが消えたように感じる。

7月から10月、輪行通勤を4ヵ月続けたことが大きな意味を持っていたのだ。真夏の暑さのなかを走り、1日も欠かさないように気を張っていたから、しばらくそれがないだけで何かがなくなったように感じるのだろう。11月末から12月初めには持病の腰痛にも悩まされた。

少年のころは毎日走り回っていたし、自転車に乗って遠出もした。それが当たり前のことだったが、今は違う。これを老いというのだろうが、人はみな時間とともに成長もし老いもする。それを嘆いても何の役にも立たない。

Anti-aging という言葉を最近よく耳にする。関連商品も多様で人生百年などといって蓄えや保険を喧伝するCMも多い。かまびすしい。源氏物語の時代と今で抜本的に何が違うのか、などと考える。生老病死については何も変わっていない、この前提から現代を再考したい。

HDDが壊れた

昨夜、HDD(hard disk drive)に保存しておいたファイルを読み出そうとしたら、パソコンが読み込んでくれない。接続コードを代えたり、ほかのパソコンに接続しても読み込まない。

きょう事務所のパソコン機器に詳しい人にみてもらったが、復元できないという。HDDは壊れやすい、SSD(solid state disk)にしないと駄目とも言われた。過去25年以上の写真やテキストデータを保存してあったのに諦めなくてはならない。かなり落ち込んだ。

その後、ネット検索して何とか方途を模索し、長時間かけて復元して新たに購入したSSDに保存できたのだが、これが自分の最近四半世紀における営みを記録しているすべてだと思うと、その営み自体にどこか虚しさを感じてしまう。

大日本帝國ノ時代

日本国・大日本帝國憲法を読む」に縦書き版を載せています。写真は1920年代満州國で撮られたもので憲法とは直接の関係はありません。

はじめに大日本帝國憲法の条文を引用します。

吿文コウモン

皇朕󠄁スメラワ謹󠄀ツツシカシコ皇祖コウソ皇宗コウソウノ神靈ニモウサク皇朕󠄁レ天壤無窮テンジョウムキュウ宏謨コウボシタガ惟神イシン寶祚ホウソヲ承繼シ舊圖キュウトヲ保持シテアエ失墜󠄁シッツイスルコト無シ

顧󠄁カエリミルニ世局セイキョクノ進󠄁運󠄁ニアタリ人文󠄁ノ發達󠄁ニシタガヨロシク皇祖皇宗ノ遺󠄁訓ヲ明徵メイチョウニシ典憲テンケンヲ成立シ條章ジョウショウ昭示ショウジシ內ハ以テ子孫ノ率󠄁由ソツユウスル所󠄁トシ外ハ以テ臣民翼󠄂贊シンミンヨクサンノ道󠄁ヲヒロメ永遠󠄁ニ遵󠄁行ジュンコウセシメ益󠄁々マスマス國家ノ丕基ヒキ鞏固キョウコニシ八洲民生ハッシュウミンセイノ慶福󠄁ヲ增進󠄁スヘシココニ皇室典範及憲法ヲ制定スオモフニレ皆皇祖皇宗ノ後裔コウエイノコシタマヘル統治ノ洪範コウハン紹述󠄁ショウジュツスルニホカナラスシカシテ朕󠄁チン逮󠄁オヨビテ時トトモ擧行キョコウスルコトヲ得ルハマコトニ皇祖皇宗及我カ皇考コウコウ威靈イレイ倚藉イシャスルニラサルハ無シ

皇朕󠄁レアオギテ皇祖皇宗及皇考コウコウ神祐󠄀シンユウイノアワセテ朕󠄁チンカ現在及將來ショウライニ臣民ニ率󠄁先シ此ノ憲章ヲ履行シテアヤマラサラムコトヲ誓フ庻幾コイネガワクハ神靈此レヲカンガミタマヘ

憲法發布勅語

朕國家ノ隆昌ト臣民ノ慶福トヲ以テ中心ノ欣榮トシ朕カ祖宗ニ承クルノ大權ニ依リ現在及將來ノ臣民ニ對シ此ノ不磨ノ大典ヲ宣布ス惟フニ我カ祖我カ宗ハ我カ臣民祖先ノ協力輔翼ニ倚リ我カ帝國ヲ肇造シ以テ無窮ニ垂レタリ此レ我カ神聖ナル祖宗ノ威德ト竝ニ臣民ノ忠實勇武ニシテ國ヲ愛シ公ニ殉ヒ以テ此ノ光輝アル國史ノ成跡ヲ貽シタルナリ朕我カ臣民ハ卽チ祖宗ノ忠良ナル臣民ノ子孫ナルヲ囘想シ其ノ朕カ意ヲ奉體シ朕カ事ヲ奬順シ相與ニ和衷協同シ益〻我カ帝國ノ光榮ヲ中外ニ宣揚シ祖宗ノ遺業ヲ永久ニ鞏固ナラシムルノ希望ヲ同クシ此ノ負擔ヲ分ツニ堪フルコトヲ疑ハサルナリ

(上諭)

朕祖宗ノ遺烈ヲ承ケ萬世一系ノ帝位ヲ踐ミ朕カ親愛スル所ノ臣民ハ卽チ朕カ祖宗ノ惠撫慈養シタマヒシ所ノ臣民ナルヲ念ヒ其ノ康福ヲ增進シ其ノ懿德良能ヲ發達セシメムコトヲ願ヒ又其ノ翼贊ニ依リ與ニ俱ニ國家ノ進運ヲ扶持セムコトヲ望ミ乃チ明治十四年十月十二日ノ詔命ヲ履踐シ玆ニ大憲ヲ制定シ朕カ率由スル所ヲ示シ朕カ後嗣及臣民及臣民ノ子孫タル者ヲシテ永遠ニ循行スル所ヲ知ラシム

國家統治ノ大權ハ朕カ之ヲ祖宗ニ承ケテ之ヲ子孫ニ傳フル所ナリ朕及朕カ子孫ハ將來此ノ憲法ノ條章ニ循ヒ之ヲ行フコトヲ愆ラサルヘシ

朕ハ我カ臣民ノ權利及財產ノ安全ヲ貴重シ及之ヲ保護シ此ノ憲法及法律ノ範圍內ニ於テ其ノ享有ヲ完全ナラシムヘキコトヲ宣言ス

帝國議會ハ明治二十三年ヲ以テ之ヲ召集シ議會開會ノ時ヲ以テ此ノ憲法ヲシテ有効ナラシムルノ期トスヘシ

將來若此ノ憲法ノ或ル條章ヲ改定スルノ必要ナル時宜ヲ見ルニ至ラハ朕及朕カ繼統ノ子孫ハ發議ノ權ヲ執リ之ヲ議會ニ付シ議會ハ此ノ憲法ニ定メタル要件ニ依リ之ヲ議決スルノ外朕カ子孫及臣民ハ敢テ之カ紛更ヲ試ミルコトヲ得サルヘシ

朕カ在廷ノ大臣ハ朕カ爲ニ此ノ憲法ヲ施行スルノ責ニ任スヘク朕カ現在及將來ノ臣民ハ此ノ憲法ニ對シ永遠ニ從順ノ義務ヲ負フヘシ

御名御璽

明治二十二年二月十一日(1889年2月11日)

內閣總理大臣伯爵黑田淸隆
樞密院議長伯爵伊藤博文
外務大臣伯爵大隈重信
海軍大臣伯爵西鄕從道
農商務大臣伯爵井上 馨
司法大臣伯爵山田顯義
大藏大臣兼內務大臣伯爵松方正義
陸軍大臣伯爵大山 巖
文部大臣子爵森 有禮
遞信大臣子爵榎本武揚

大日本帝國憲法

第一章 天皇

第一條 大日本帝國ハ萬世一系ノ天皇之ヲ統治ス

第二條 皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ繼承ス

第三條 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス

第四條 天皇ハ國ノ元首ニシテ統治權ヲ總攬シ此ノ憲法ノ條規ニ依リ之ヲ行フ

第五條 天皇ハ帝國議會ノ協贊ヲ以テ立法權ヲ行フ

第六條 天皇ハ法律ヲ裁可シ其ノ公布及執行ヲ命ス

第七條 天皇ハ帝國議會ヲ召集シ其ノ開會閉會停會及衆議院ノ解散ヲ命ス

第八條 天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル爲緊急ノ必要ニ由リ帝國議會閉會ノ場合ニ於テ法律ニ代ルヘキ勅令ヲ發ス此ノ勅令ハ次ノ會期ニ於テ帝國議會ニ提出スヘシ若議會ニ於テ承諾セサルトキハ政府ハ將來ニ向テ其ノ効力ヲ失フコトヲ公布スヘシ

第九條 天皇ハ法律ヲ執行スル爲ニ又ハ公共ノ安寧秩序ヲ保持シ及臣民ノ幸福ヲ增進スル爲ニ必要ナル命令ヲ發シ又ハ發セシム但シ命令ヲ以テ法律ヲ變更スルコトヲ得ス

第十條 天皇ハ行政各部ノ官制及文武官ノ俸給ヲ定メ及文武官ヲ任免ス但シ此ノ憲法又ハ他ノ法律ニ特例ヲ揭ケタルモノハ各〻其ノ條項ニ依ル

第十一條 天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス

第十二條 天皇ハ陸海軍ノ編制及常備兵額ヲ定ム

第十三條 天皇ハ戰ヲ宣シ和ヲ講シ及諸般ノ條約ヲ締結ス

第十四條 天皇ハ戒嚴ヲ宣告ス戒嚴ノ要件及効力ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム

第十五條 天皇ハ爵位勳章及其ノ他ノ榮典ヲ授與ス

第十六條 天皇ハ大赦特赦減刑及復權ヲ命ス

第十七條 攝政ヲ置クハ皇室典範ノ定ムル所ニ依ル攝政ハ天皇ノ名ニ於テ大權ヲ行フ

第二章 臣民權利義務

第十八條 日本臣民タルノ要件ハ法律ノ定ムル所ニ依ル

第十九條 日本臣民ハ法律命令ノ定ムル所ノ資格ニ應シ均ク文武官ニ任セラレ及其ノ他ノ公務ニ就クコトヲ得

第二十條 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ從ヒ兵役ノ義務ヲ有ス

第二十一條 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ從ヒ納稅ノ義務ヲ有ス

第二十二條 日本臣民ハ法律ノ範圍內ニ於テ居住及移轉ノ自由ヲ有ス

第二十三條 日本臣民ハ法律ニ依ルニ非スシテ逮捕監禁審問處罰ヲ受クルコトナシ

第二十四條 日本臣民ハ法律ニ定メタル裁判官ノ裁判ヲ受クルノ權ヲ奪ハルヽコトナシ

第二十五條 日本臣民ハ法律ニ定メタル場合ヲ除ク外其ノ許諾ナクシテ住所ニ侵入セラレ及搜索セラルヽコトナシ

第二十六條 日本臣民ハ法律ニ定メタル場合ヲ除ク外信書ノ祕密ヲ侵サルヽコトナシ

第二十七條 日本臣民ハ其ノ所有權ヲ侵サルヽコトナシ公益ノ爲必要ナル處分ハ法律ノ定ムル所ニ依ル

第二十八條 日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス

第二十九條 日本臣民ハ法律ノ範圍內ニ於テ言論著作印行集會及結社ノ自由ヲ有ス

第三十條 日本臣民ハ相當ノ敬禮ヲ守リ別ニ定ムル所ノ規程ニ從ヒ請願ヲ爲スコトヲ得

第三十一條 本章ニ揭ケタル條規ハ戰時又ハ國家事變ノ場合ニ於テ天皇大權ノ施行ヲ妨クルコトナシ

第三十二條 本章ニ揭ケタル條規ハ陸海軍ノ法令又ハ紀律ニ牴觸セサルモノニ限リ軍人ニ準行ス

第三章 帝國議會

第三十三條 帝國議會ハ貴族院衆議院ノ兩院ヲ以テ成立ス

第三十四條 貴族院ハ貴族院令ノ定ムル所ニ依リ皇族華族及勅任セラレタル議員ヲ以テ組織ス

第三十五條 衆議院ハ選擧法ノ定ムル所ニ依リ公選セラレタル議員ヲ以テ組織ス

第三十六條 何人モ同時ニ兩議院ノ議員タルコトヲ得ス

第三十七條 凡テ法律ハ帝國議會ノ協贊ヲ經ルヲ要ス

第三十八條 兩議院ハ政府ノ提出スル法律案ヲ議決シ及各〻法律案ヲ提出スルコトヲ得

第三十九條 兩議院ノ一ニ於テ否決シタル法律案ハ同會期中ニ於テ再ヒ提出スルコトヲ得ス

第四十條 兩議院ハ法律又ハ其ノ他ノ事件ニ付各〻其ノ意見ヲ政府ニ建議スルコトヲ得但シ其ノ採納ヲ得サルモノハ同會期中ニ於テ再ヒ建議スルコトヲ得ス

第四十一條 帝國議會ハ每年之ヲ召集ス

第四十二條 帝國議會ハ三箇月ヲ以テ會期トス必要アル場合ニ於テハ勅命ヲ以テ之ヲ延長スルコトアルヘシ

第四十三條 臨時緊急ノ必要アル場合ニ於テ常會ノ外臨時會ヲ召集スヘシ臨時會ノ會期ヲ定ムルハ勅命ニ依ル

第四十四條 帝國議會ノ開會閉會會期ノ延長及停會ハ兩院同時ニ之ヲ行フヘシ衆議院解散ヲ命セラレタルトキハ貴族院ハ同時ニ停會セラルヘシ

第四十五條 衆議院解散ヲ命セラレタルトキハ勅命ヲ以テ新ニ議員ヲ選擧セシメ解散ノ日ヨリ五箇月以內ニ之ヲ召集スヘシ

第四十六條 兩議院ハ各〻其ノ總議員三分ノ一以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開キ議決ヲ爲スコトヲ得ス

第四十七條 兩議院ノ議事ハ過半數ヲ以テ決ス可否同數ナルトキハ議長ノ決スル所ニ依ル

第四十八條 兩議院ノ會議ハ公開ス但シ政府ノ要求又ハ其ノ院ノ決議ニ依リ祕密會ト爲スコトヲ得

第四十九條 兩議院ハ各〻天皇ニ上奏スルコトヲ得

第五十條 兩議院ハ臣民ヨリ呈出スル請願書ヲ受クルコトヲ得

第五十一條 兩議院ハ此ノ憲法及議院法ニ揭クルモノヽ外內部ノ整理ニ必要ナル諸規則ヲ定ムルコトヲ得

第五十二條 兩議院ノ議員ハ議院ニ於テ發言シタル意見及表決ニ付院外ニ於テ責ヲ負フコトナシ但シ議員自ラ其ノ言論ヲ演說刊行筆記又ハ其ノ他ノ方法ヲ以テ公布シタルトキハ一般ノ法律ニ依リ處分セラルヘシ

第五十三條 兩議院ノ議員ハ現行犯罪又ハ內亂外患ニ關ル罪ヲ除ク外會期中其ノ院ノ許諾ナクシテ逮捕セラルヽコトナシ

第五十四條 國務大臣及政府委員ハ何時タリトモ各議院ニ出席シ及發言スルコトヲ得

第四章 國務大臣及樞密顧問

第五十五條 國務各大臣ハ天皇ヲ輔弼シ其ノ責ニ任ス凡テ法律勅令其ノ他國務ニ關ル詔勅ハ國務大臣ノ副署ヲ要ス

第五十六條 樞密顧問ハ樞密院官制ノ定ムル所ニ依リ天皇ノ諮詢ニ應ヘ重要ノ國務ヲ審議ス

第五章 司法

第五十七條 司法權ハ天皇ノ名ニ於テ法律ニ依リ裁判所之ヲ行フ裁判所ノ構成ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム

第五十八條 裁判官ハ法律ニ定メタル資格ヲ具フル者ヲ以テ之ニ任ス裁判官ハ刑法ノ宣告又ハ懲戒ノ處分ニ由ルノ外其ノ職ヲ免セラルヽコトナシ懲戒ノ條規ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム

第五十九條 裁判ノ對審判決ハ之ヲ公開ス但シ安寧秩序又ハ風俗ヲ害スルノ虞アルトキハ法律ニ依リ又ハ裁判所ノ決議ヲ以テ對審ノ公開ヲ停ムルコトヲ得

第六十條 特別裁判所ノ管轄ニ屬スヘキモノハ別ニ法律ヲ以テ之ヲ定ム

第六十一條 行政官廳ノ違法處分ニ由リ權利ヲ傷害セラレタリトスルノ訴訟ニシテ別ニ法律ヲ以テ定メタル行政裁判所ノ裁判ニ屬スヘキモノハ司法裁判所ニ於テ受理スルノ限ニ在ラス

第六章 會計

第六十二條 新ニ租稅ヲ課シ及稅率ヲ變更スルハ法律ヲ以テ之ヲ定ムヘシ但シ報償ニ屬スル行政上ノ手數料及其ノ他ノ收納金ハ前項ノ限ニ在ラス國債ヲ起シ及豫算ニ定メタルモノヲ除ク外國庫ノ負擔トナルヘキ契約ヲ爲スハ帝國議會ノ協贊ヲ經ヘシ

第六十三條 現行ノ租稅ハ更ニ法律ヲ以テ之ヲ改メサル限ハ舊ニ依リ之ヲ徵收ス

第六十四條 國家ノ歲出歲入ハ每年豫算ヲ以テ帝國議會ノ協贊ヲ經ヘシ豫算ノ款項ニ超過シ又ハ豫算ノ外ニ生シタル支出アルトキハ後日帝國議會ノ承諾ヲ求ムルヲ要ス

第六十五條 豫算ハ前ニ衆議院ニ提出スヘシ

第六十六條 皇室經費ハ現在ノ定額ニ依リ每年國庫ヨリ之ヲ支出シ將來增額ヲ要スル場合ヲ除ク外帝國議會ノ協贊ヲ要セス

第六十七條 憲法上ノ大權ニ基ツケル既定ノ歲出及法律ノ結果ニ由リ又ハ法律上政府ノ義務ニ屬スル歲出ハ政府ノ同意ナクシテ帝國議會之ヲ廢除シ又ハ削減スルコトヲ得ス

第六十八條 特別ノ須要ニ因リ政府ハ豫メ年限ヲ定メ繼續費トシテ帝國議會ノ協贊ヲ求ムルコトヲ得

第六十九條 避クヘカラサル豫算ノ不足ヲ補フ爲ニ又ハ豫算ノ外ニ生シタル必要ノ費用ニ充ツル爲ニ豫備費ヲ設クヘシ

第七十條 公共ノ安全ヲ保持スル爲緊急ノ需用アル場合ニ於テ內外ノ情形ニ因リ政府ハ帝國議會ヲ召集スルコト能ハサルトキハ勅令ニ依リ財政上必要ノ處分ヲ爲スコトヲ得前項ノ場合ニ於テハ次ノ會期ニ於テ帝國議會ニ提出シ其ノ承諾ヲ求ムルヲ要ス

第七十一條 帝國議會ニ於テ豫算ヲ議定セス又ハ豫算成立ニ至ラサルトキハ政府ハ前年度ノ豫算ヲ施行スヘシ

第七十二條 國家ノ歲出歲入ノ決算ハ會計檢査院之ヲ檢査確定シ政府ハ其ノ檢査報告ト俱ニ之ヲ帝國議會ニ提出スヘシ會計檢査院ノ組織及職權ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム

第七章 補則

第七十三條 將來此ノ憲法ノ條項ヲ改正スルノ必要アルトキハ勅命ヲ以テ議案ヲ帝國議會ノ議ニ付スヘシ此ノ場合ニ於テ兩議院ハ各〻其ノ總員三分ノ二以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開クコトヲ得ス出席議員三分ノ二以上ノ多數ヲ得ルニ非サレハ改正ノ議決ヲ爲スコトヲ得ス

第七十四條 皇室典範ノ改正ハ帝國議會ノ議ヲ經ルヲ要セス皇室典範ヲ以テ此ノ憲法ノ條規ヲ變更スルコトヲ得ス

第七十五條 憲法及皇室典範ハ攝政ヲ置クノ間之ヲ變更スルコトヲ得ス

第七十六條 法律規則命令又ハ何等ノ名稱ヲ用ヰタルニ拘ラス此ノ憲法ニ矛盾セサル現行ノ法令ハ總テ遵由ノ効力ヲ有ス歲出上政府ノ義務ニ係ル現在ノ契約又ハ命令ハ總テ第六十七條ノ例ニ依ル

[資料] https://ja.wikisource.org/wiki/大日本帝國憲法

光源氏と高麗人(こまうど)

11世紀初めの著作とされる『源氏物語げんじものがたり』に魅せられている。その第1帖「桐壺きりつぼ」にみかどが源氏の将来を考え、来朝中の高麗人こまうど(高麗こま 고려コリョ 918-943)の人相見にんそうみひそかに源氏のそうをみさせる場面がある。下のスライドは縦書き文庫「與謝野よさの源氏」桐壺の巻後段から引用した。1枚目の最終行に「皇子おうじを外人の旅宿りょしゅくする鴻臚館こうろかんへおやりに」とある。

スライド6枚目に次の文章がある。「ひかるきみという名は前に鴻臚館こうろかんへ来た高麗人こまうどが、源氏の美貌びぼうと天才をほめてつけた名だとそのころ言われたそうである」

仮説としての「無宗教社会」

縦書き文庫「無宗教派に抗して生きた경호ギョンホの母」(執筆中)より

十九世紀後半から大日本帝國は<富國強兵>という名のもとにほぼ現在の中国やロシアに相当する国々と戦争をし、現在の台湾・韓国・北朝鮮を植民地にし中国東北部地域に満州まんしゅう國を樹立して版図はんとを拡張した。一九三十年代には中国内陸部と東南アジア地域に戦域を広げ、四十年代には米国と戦争するに至った。その過程で双方の兵が殺しあい、大日本帝國軍はこれら地域の人々の平和な生活を壊し人権を蹂躙じゅうりんして殺戮さつりくもした。

一方で五族協和をとなえアジア解放をうたっていた。二〇二二年のロシアによるウクライナ侵攻とそのプロパガンダは、大日本帝國による侵攻と報道管制のようすを彷彿ほうふつとさせる。一九四五年八月に無条件降伏し、大日本帝國は瓦解がかいしたかにみえるが、その残滓ざんしは今も日本社会のどこかに温存おんぞんされている、と筆者は考える。

戦後、雨後のたけのこと形容されるように<新興宗教>が勃興ぼっこうした。多くは戦前の似非えせ宗教に対する反動ゆえに同じく非宗教であったが、人々は宗教も非宗教も区別できないまま盲目的に追随ついずいするか無宗教を決め込んだ。創価学会そうかがっかいはそんな時代に全国で折伏しゃくぶくという名の布教活動をくり広げた。その仏教運動は既存の仏教各派や神道キリスト教等を邪宗じゃしゅう邪教として一蹴いっしゅうした。人々は創価学会を略して「学会」と呼び、会員を「学会員」と呼んでみ嫌ったが、その実像を理解している人は少ない。その大衆運動に驚き戸惑った人々は「学会」をまわしい団体とし「貧乏人と病人の集団」と呼んでさげすみ排斥した。この集団の勢いを恐れ、統率のとれた会員の表面的な活動だけをみて全体主義と評する者すらいた。

二〇二三年、日本社会にらす多くの人々の「宗教」観は二十世紀後半からほとんど変わっていないのではないだろうか。いや、むしろ無宗教性がさらに深まり、スマフォ依存症とその延長上にある脳内露出症が蔓延まんえんしている。

戦前の天皇を中心とする国家神道に対する反動からだろう、「無宗教」がよしとされ普通とされる戦後の日本社会において、神社での祈祷きとうは「信仰」とは違うとされ、正月にはみな神社に参詣する。また、葬儀や法事には僧侶に読経どきょうしてもらい念仏をとなえることが死者に対するとむらいであり通過儀礼とされている。戦前と同じようにいずれも「信仰」とは異なるものとして扱われるのだ。筆者は、仮説として現代日本社会を「無宗教社会」と呼ぶ。この作品もその仮説を前提している。

「無宗教社会」では、何かを「信じる」者は非科学的だとされ、「信仰」を持つ者は弱者としてうとんじられる。「信仰」を説き、宗教団体に勧誘する者はうさん臭いものになってしまう。長いあいだ思想と情報の統制下に置かれ考える習慣を持たない人々は、これまでどおり自ら思考する力を失っていた。その状況は戦後八十年がとうとする現在も大きく変わってはいない。そんな人々の思考と信仰の真空域に「学会」が現れたのである。

「学会員」となることは「信仰」を持つことを宣言するだけではない。人々が習俗として取り込んできた既存の神仏を否定する。それを知りながら、경호ギョンホの母は「学会員」になった。周囲の人々にあなどられ陰口かげぐちをたたかれ、夫に嫌われながらも「学会員」になる選択をした。なぜだろう、何が彼女を仏教運動におもむかせたのだろうか。この中説を通じて考えてみたいと思う。

NON-RELIGIOUS SOCIETY AS A HYPOTHESIS
From the latter half of the nineteenth century, under the name of “Wealth and National Strength,” the Japanese Empire went to war with countries that are roughly equivalent to today’s China and Russia, colonizing what is now Taiwan, Korea, and North Korea, and expanding its territory by establishing Manchukuo in the northeastern region of China. In the 1930s, it expanded its war areas into inland China and Southeast Asia, and in the 1940s, it went to war with the United States. In the process, soldiers from both sides killed each other, and the Imperial Japanese Army deprived the people of these regions of their customs and culture, violated their human rights, and slaughtered them.

On the other hand, the Imperial Japanese Army advocated “harmony among the five races” and claimed the liberation of Asia. Russia’s invasion of Ukraine in 2022 and its propaganda are reminiscent of the invasion by the Empire of Japan and its control of the press. Although Japan surrendered unconditionally in August 1945 and the Empire of Japan seemed to have collapsed, I believe that the remnants of the Imperial Japanese Empire still exist in some parts of Japanese society.

After the war, new religions sprang up like bamboo shoots after the rain. Many of them were non-religious as well, as a reaction against the false religions of the prewar period, but people blindly followed them without being able to distinguish between religion and non-religion, or decided to have no religion. In such an era, the Soka Gakkai spread its proselytizing activities, known as shakubuku, throughout the country. Its Buddhist movement kicked out existing Buddhist sects, Shintoism, Christianity, and other religions as paganism and pagan religions. People called the Soka Gakkai “Gakkai” for short and abhorred its members, calling them Gakkai members, but few people understood the true nature of the movement. People who were surprised and perplexed by the mass movement called the Gakkai an abominable organization and scorned and ostracized it, calling it “a group of poor and sick people.” Fearing the momentum of this group, some people even described it as totalitarianism based only on the superficial observations of its well-organized members.

In 2023, the view of “religion” of many people in Japanese society had hardly changed from the late 20th century. Rather, irreligiousness has deepened further, and smartphone addiction and its extension, brain-exposure disorder, are widespread.

In postwar Japanese society, where “irreligion” is considered acceptable and normal, perhaps as a reaction against the emperor-centered state Shinto of the prewar era, praying at shrines is considered different from “faith,” and everyone pays homage to shrines on New Year’s Day. In addition, at funerals and Buddhist memorial services, people are asked to recite sutras and chant the Buddhist prayer to the dead, which is considered a mourning and rite of passage for the deceased. As in the prewar period, these are treated as something different from “faith.” The author calls contemporary Japanese society a “non-religious society” as a hypothesis. This work is also based on that hypothesis.

In a “non-religious society,” those who “believe” in something are considered unscientific, and those who have “faith” are marginalized as weak. Those who preach “faith” and invite people to join religious organizations are regarded as shady. People who have been under the control of ideas and information for a long time and who do not have the habit of thinking have lost the ability to think for themselves, as they always had been. This situation has not changed much in the 80 years since the end of World War II. The Gakkai appeared in the vacuum of people’s thoughts and beliefs as described above.

Becoming a Gakkai member is not only a declaration of one’s “faith.” It is a denial of the existing gods and Buddha that people have taken in as a matter of custom. Knowing this, Gyungho’s mother became a Gakkai member. She made the choice to become a Gakkai member even though people around her belittled her, talked about her behind her back, and her husband disliked her. Why, I wonder, did she choose to become a member of the Buddhist movement? Through this essay, I would like to think about it.
Translated with http://www.DeepL.com/Translator 

與謝野晶子「君死にたまふことなかれ」

旅順の攻囲軍にある弟宗七をなげきて 
青空文庫「晶子詩篇全集」より
「晶子詩篇全集」自序 
 
美濃部民子様

わたくしは今年の秋の初に、少しの暇を得ましたので、明治卅三年から最近までに作りました自分の詩の草稿を整理し、其中から四百廿壱篇を撰んで此の一冊にまとめました。かうしてまとめて置けば、他日わたくしの子どもたちが何かの底から見附け出し、母の生活の記録の断片として読んでくれるかも知れないくらゐに考へてゐましたのですが、幸なことに、実業之日本社の御厚意に由り、このやうに印刷して下さることになりました。

ついては、奥様、この一冊を奥様に捧げさせて頂くことを、何とぞお許し下さいまし。

奥様は久しい以前から御自身の園にお手づからお作りになつてゐる薔薇の花を、毎年春から冬へかけて、お手づからお採りになつては屡わたくしに贈つて下さいます。お女中に持たせて来て頂くばかりで無く、郊外からのお帰りに、その花のみづみづしい間にと思召して、御自身でわざわざお立寄り下さることさへ度度であるのに、わたくしは何時も何時も感激して居ます。わたくしは奥様のお優しいお心の花であり匂ひであるその薔薇の花に、この十年の間、どれだけ励まされ、どれだけ和らげられてゐるか知れません。何時も何時もかたじけないことだと喜んで居ます。

この一冊は、決して奥様のお優しいお心に酬い得るもので無く、奥様から頂くいろいろの秀れた美くしい薔薇の花に比べ得るものでも無いのですが、唯だわたくしの一生に、折にふれて心から歌ひたくて、真面目にわたくしの感動を打出したものであること、全く純個人的な、普遍性の乏しい、勝手気儘な詩ですけれども、わたくしと云ふ素人の手作りである点だけが奥様の薔薇と似てゐることに由つて、この光も香もない一冊をお受け下さいまし。

永い年月に草稿が失はれたので是れに収め得なかつたもの、また意識して省いたものが併せて二百篇もあらうと思ひます。今日までの作を総べて整理して一冊にしたと云ふ意味で「全集」の名を附けました。制作の年代が既に自分にも分らなくなつてゐるものが多いので、ほぼ似寄つた心情のものを類聚して篇を分ちました。統一の無いのはわたくしの心の姿として御覧を願ひます。

山下新太郎先生が装幀のお筆を執つて下さいましたことは、奥様も、他の友人達も、一般の読者達も、共に喜んで下さいますことと思ひます。 

與謝野晶子

ああ、弟よ、君を泣く、
君死にたまふことなかれ。
すゑに生れし君なれば
親のなさけはまさりしも、
親はやいばをにぎらせて
人を殺せと教へしや、
人を殺して死ねよとて
廿四にじふしまでを育てしや。

さかいの街のあきびとの
老舗しにせを誇るあるじにて、
親の名を継ぐ君なれば、
君死にたまふことなかれ。
旅順の城はほろぶとも、
ほろびずとても、何事なにごとぞ、
君は知らじな、あきびとの
いへの習ひに無きことを。

君死にたまふことなかれ。
すめらみことは、戦ひに
おほみづからはでまさね、
かたみに人の血を流し、
けものみちに死ねよとは、
死ぬるを人のほまれとは、
おほみこころの深ければ、
もとより如何いかおぼされん。

ああ、弟よ、戦ひに
君死にたまふことなかれ。
過ぎにし秋を父君ちゝぎみ
おくれたまへる母君はゝぎみは、
歎きのなかに、いたましく、
我子わがこされ、いへり、
やすしと聞ける大御代おほみよ
母の白髪しらがは増さりゆく。

暖簾のれんのかげに伏して泣く
あえかに若き新妻にひづま
君忘るるや、思へるや。
十月とつきも添はで別れたる
少女をとめごころを思ひみよ。
この世ひとりの君ならで
ああまたたれを頼むべき。
君死にたまふことなかれ。

(c) NHK
“You Shall Not Die”

Oh, brother . I weep for you.
Do not die, little brother.
You are the youngest, so your parents’ love must have been strong.
Did your parents teach you to hold a knife and kill people?
Did they raise you until you were 24 years old, telling you to kill people and die yourself?

You are the owner of a historic merchant family in the city of Sakai.
You carry on your parents’ name, so don’t die.
I don’t care if the castle in Lushun falls or not.
You probably don’t know this, but the merchant’s family code states
There is no such item as killing a man and dying yourself.

Do not die, my brother.
The Emperor did not go off to war himself.
He wants us to shed blood for each other and die in the way of the beast.
How can you call that honoring act?
Would the deep-hearted Εmperor even think such a thing in the first place?

Oh, my brother. Please don’t die in a war.
Your father passed away last fall and
Your mother has been painfully in her grief.
Her son was drafted and she protects the house by herself.
Even though this is supposed to be the era of the Emperor’s reign, which was said to be a time of peace and security.
Your mother’s gray hairs are growing.

The frail, young new wife who lies down behind the curtain and weeps.
Have you forgotten her? Or do you think of her?
Think of the heart of the young wife who left you after less than 10 months of living with you.
You are not alone in this world.
Oh, who can I turn to again?
Please, brother, do not die.
Translated with http://www.DeepL.com/Translator
底本:「晶子詩篇全集」実業之日本社
   1929(昭和4)年1月20日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の旧字を新字にあらためました。固有名詞も原則として例外とはしませんでしたが、人名のみは底本のままとしました。
※底本の総ルビをパララルビに変更しました。被ルビ文字の選定に当たっては、以下の方針で対処しました。
(1)「定本 與謝野晶子全集 第九、十巻」講談社(1980(昭55)年8月10日、1980(昭55)年12月10日)で採用されたものは付す。
(2)常用漢字表に記載されていない漢字、音訓等については原則として付す。
(3)読みにくいもの、読み誤りやすいものは付す。
底本では採用していない、表題へのルビ付けも避けませんでした。
※ルビ文字は原則として、底本に拠りました。底本のルビ付けに誤りが疑われる際は、以下の方針で対処しました。
(1)単純な脱字、欠字は修正して、注記しない。
(2)誤りは修正して注記する。
(3)旧仮名遣いの誤りは、修正して注記する。
(4)晶子の意図的な表記とするべきか誤りとするべきか判断の付かないものは、「ママ」と注記する。
(5)当該のルビが、総ルビのはずの底本で欠けていた場合にも、その旨は注記しない。
※疑わしい表記の一部は、「定本 與謝野晶子全集 第九、十巻」を参考にしてあらため、底本の形を、当該箇所に注記しました。
※各詩編表題の字下げは、4字分に統一しました。
※各詩編の行の折り返しは、底本では1字下げになっています。
※「暗殺酒舗」と「暗殺酒鋪」の混在は、底本通りにしました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号1-5-86)を、大振りにつくっています。
入力:武田秀男
校正:kazuishi
ファイル作成:
2004年7月2日作成
2012年3月23日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
●表記について
このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
[#…]は、入力者による注を表す記号です。
「くの字点」をのぞくJIS X 0213にある文字は、画像化して埋め込みました。
この作品には、JIS X 0213にない、以下の文字が用いられています。(数字は、底本中の出現「ページ-行」数。)これらの文字は本文内では「※[#…]」の形で示しました。
「執/れんが」、U+24360  
11-上-10、66-下-13、100-上-6、106-上-6、106-下-5、127-上-12、137-下-2、165-上-4、166-下-6、172-下-7、174-上-12、176-上-8、176-下-5、177-上-1、177-上-1、184-下-2、188-下-11、197-上-4、197-上-12、197-下-2、205-上-3、207-下-1、225-下-11、225-下-12、231-下-7、232-上-1、254-下-7、259-下-1、262-下-10、290-上-13、290-下-14、297-上-1、298-上-7、300-下-4、302-上-7

the Russo-Ukrainian War and China’s Choice

QUOTE

U.S.-China Perception Monitor

Possible Outcomes of the Russo-Ukrainian War and China’s Choice

US-China Perception Monitor

3 days ago

Update on March 13, 2022: The following article was submitted by the author to the Chinese-language edition of the US-China Perception Monitor. The article was not commissioned by the US-China Perception Monitor, nor is the author affiliated with the Carter Center or the US-China Perception Monitor.

Hu Wei is the vice-chairman of the Public Policy Research Center of the Counselor’s Office of the State Council, the chairman of Shanghai Public Policy Research Association, the chairman of the Academic Committee of the Chahar Institute, a professor, and a doctoral supervisor. To read more by Hu, click here to read his article on “How did Deng Xiaoping coordinate domestic and international affairs?”

Written on March 5, 2022. Translated by Jiaqi Liu on March 12, 2022.

English

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English

The Russo-Ukrainian War is the most severe geopolitical conflict since World War II and will result in far greater global consequences than September 11 attacks. At this critical moment, China needs to accurately analyze and assess the direction of the war and its potential impact on the international landscape. At the same time, in order to strive for a relatively favorable external environment, China needs to respond flexibly and make strategic choices that conform to its long-term interests.Russia’s ‘special military operation’ against Ukraine has caused great controvsery in China, with its supporters and opponents being divided into two implacably opposing sides. This article does not represent any party and, for the judgment and reference of the highest decision-making level in China, this article conducts an objective analysis on the possible war consequences along with their corresponding countermeasure options.

I. Predicting the Future of the Russo-Ukrainian War
1.  Vladimir Putin may be unable to achieve his expected goals, which puts Russia in a tight spot. The purpose of Putin’s attack was to completely solve the Ukrainian problem and divert attention from Russia’s domestic crisis by defeating Ukraine with a blitzkrieg, replacing its leadership, and cultivating a pro-Russian government. However, the blitzkrieg failed, and Russia is unable to support a protracted war and its associated high costs. Launching a nuclear war would put Russia on the opposite side of the whole world and is therefore unwinnable. The situations both at home and abroad are also increasingly unfavorable. Even if the Russian army were to occupy Ukraine’s capital Kyiv and set up a puppet government at a high cost, this would not mean final victory. At this point, Putin’s best option is to end the war decently through peace talks, which requires Ukraine to make substantial concessions. However, what is not attainable on the battlefield is also difficult to obtain at the negotiating table. In any case, this military action constitutes an irreversible mistake.
2.  The conflict may escalate further, and the West’s eventual involvement in the war cannot be ruled out. While the escalation of the war would be costly, there is a high probability that Putin will not give up easily given his character and power. The Russo-Ukrainian war may escalate beyond the scope and region of Ukraine, and may even include the possibility of a nuclear strike. Once this happens, the U.S. and Europe cannot stay aloof from the conflict, thus triggering a world war or even a nuclear war. The result would be a catastrophe for humanity and a showdown between the United States and Russia. This final confrontation, given that Russia’s military power is no match for NATO’s, would be even worse for Putin.
3.  Even if Russia manages to seize Ukraine in a desperate gamble, it is still a political hot potato. Russia would thereafter carry a heavy burden and become overwhelmed. Under such circumstances, no matter whether Volodymyr Zelensky is alive or not, Ukraine will most likely set up a government-in-exile to confront Russia in the long term. Russia will be subject both to Western sanctions and rebellion within the territory of Ukraine. The battle lines will be drawn very long. The domestic economy will be unsustainable and will eventually be dragged down. This period will not exceed a few years.4. The political situation in Russia may change or be disintegrated at the hands of the West. After Putin’s blitzkrieg failed, the hope of Russia’s victory is slim and Western sanctions have reached an unprecedented degree. As people’s livelihoods are severely affected and as anti-war and anti-Putin forces gather, the possibility of a political mutiny in Russia cannot be ruled out. With Russia’s economy on the verge of collapse, it would be difficult for Putin to prop up the perilous situation even without the loss of the Russo-Ukrainian war. If Putin were to be ousted from power due to civil strife, coup d’état, or another reason, Russia would be even less likely to confront the West. It would surely succumb to the West, or even be further dismembered, and Russia’s status as a great power would come to an end.

II. Analysis of the Impact of Russo-Ukrainian war On International Landscape
1. The United States would regain leadership in the Western world, and the West would become more united. At present, public opinion believes that the Ukrainian war signifies a complete collapse of U.S. hegemony, but the war would in fact bring France and Germany, both of which wanted to break away from the U.S., back into the NATO defense framework, destroying Europe’s dream to achieve independent diplomacy and self-defense. Germany would greatly increase its military budget; Switzerland, Sweden, and other countries would abandon their neutrality. With Nord Stream 2 put on hold indefinitely, Europe’s reliance on US natural gas will inevitably increase. The US and Europe would form a closer community of shared future, and American leadership in the Western world will rebound.
2. The “Iron Curtain” would fall again not only from the Baltic Sea to the Black Sea, but also to the final confrontation between the Western-dominated camp and its competitors. The West will draw the line between democracies and authoritarian states, defining the divide with Russia as a struggle between democracy and dictatorship. The new Iron Curtain will no longer be drawn between the two camps of socialism and capitalism, nor will it be confined to the Cold War. It will be a life-and-death battle between those for and against Western democracy. The unity of the Western world under the Iron Curtain will have a siphon effect on other countries: the U.S. Indo-Pacific strategy will be consolidated, and other countries like Japan will stick even closer to the U.S., which will form an unprecedentedly broad democratic united front.
3. The power of the West will grow significantly, NATO will continue to expand, and U.S. influence in the non-Western world will increase. After the Russo-Ukrainian War, no matter how Russia achieves its political transformation, it will greatly weaken the anti-Western forces in the world. The scene after the 1991 Soviet and Eastern upheavals may repeat itself: theories on “the end of ideology” may reappear, the resurgence of the third wave of democratization will lose momentum, and more third world countries will embrace the West. The West will possess more “hegemony” both in terms of military power and in terms of values and institutions, its hard power and soft power will reach new heights.
4. China will become more isolated under the established framework. For the above reasons, if China does not take proactive measures to respond, it will encounter further containment from the US and the West. Once Putin falls, the U.S. will no longer face two strategic competitors but only have to lock China in strategic containment. Europe will further cut itself off from China; Japan will become the anti-China vanguard; South Korea will further fall to the U.S.; Taiwan will join the anti-China chorus, and the rest of the world will have to choose sides under herd mentality. China will not only be militarily encircled by the U.S., NATO, the QUAD, and AUKUS, but also be challenged by Western values and systems.

III. China’s Strategic Choice
1. China cannot be tied to Putin and needs to be cut off as soon as possible. In the sense that an escalation of conflict between Russia and the West helps divert U.S. attention from China, China should rejoice with and even support Putin, but only if Russia does not fall. Being in the same boat with Putin will impact China should he lose power. Unless Putin can secure victory with China’s backing, a prospect which looks bleak at the moment, China does not have the clout to back Russia. The law of international politics says that there are “no eternal allies nor perpetual enemies,” but “our interests are eternal and perpetual.” Under current international circumstances, China can only proceed by safeguarding its own best interests, choosing the lesser of two evils, and unloading the burden of Russia as soon as possible. At present, it is estimated that there is still a window period of one or two weeks before China loses its wiggle room. China must act decisively.
2. China should avoid playing both sides in the same boat, give up being neutral, and choose the mainstream position in the world. At present, China has tried not to offend either side and walked a middle ground in its international statements and choices, including abstaining from the UN Security Council and the UN General Assembly votes. However, this position does not meet Russia’s needs, and it has infuriated Ukraine and its supporters as well as sympathizers, putting China on the wrong side of much of the world. In some cases, apparent neutrality is a sensible choice, but it does not apply to this war, where China has nothing to gain. Given that China has always advocated respect for national sovereignty and territorial integrity, it can avoid further isolation only by standing with the majority of the countries in the world. This position is also conducive to the settlement of the Taiwan issue.
3. China should achieve the greatest possible strategic breakthrough and not be further isolated by the West. Cutting off from Putin and giving up neutrality will help build China’s international image and ease its relations with the U.S. and the West. Though difficult and requiring great wisdom, it is the best option for the future. The view that a geopolitical tussle in Europe triggered by the war in Ukraine will significantly delay the U.S. strategic shift from Europe to the Indo-Pacific region cannot be treated with excessive optimism. There are already voices in the U.S. that Europe is important, but China is more so, and the primary goal of the U.S. is to contain China from becoming the dominant power in the Indo-Pacific region. Under such circumstances, China’s top priority is to make appropriate strategic adjustments accordingly, to change the hostile American attitudes towards China, and to save itself from isolation. The bottom line is to prevent the U.S. and the West from imposing joint sanctions on China.
4. China should prevent the outbreak of world wars and nuclear wars and make irreplaceable contributions to world peace. As Putin has explicitly requested Russia’s strategic deterrent forces to enter a state of special combat readiness, the Russo-Ukrainian war may spiral out of control. A just cause attracts much support; an unjust one finds little. If Russia instigates a world war or even a nuclear war, it will surely risk the world’s turmoil. To demonstrate China’s role as a responsible major power, China not only cannot stand with Putin, but also should take concrete actions to prevent Putin’s possible adventures. China is the only country in the world with this capability, and it must give full play to this unique advantage. Putin’s departure from China’s support will most likely end the war, or at least not dare to escalate the war. As a result, China will surely win widespread international praise for maintaining world peace, which may help China prevent isolation but also find an opportunity to improve its relations with the United States and the West.

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KOREAN WAR AND “NATIONALITY” OF KOREANS IN JAPAN (1947-52)

鄭栄桓(Chong Young-hwan)氏の雑誌掲載論文(PRIME 2017.3.31)在日朝鮮人の「国籍」と朝鮮戦争(1947‒1952年)–「朝鮮籍」はいかにして生まれたか より次の表(図1 外国人登録「国籍」欄の日本政府の変遷)を転載します(一部編集)。

外国人登録の「国籍」欄に対する日本政府の解釈

時期朝鮮朝鮮韓国韓国
表示内容の解釈朝鮮」への記載変更表示内容の解釈韓国」への記載変更
1947.5.2-50.2.22出身地表示説
1950.2.23-51.2.1出身地表示説出身地表示説国籍証明文書不要c
1951.2.2-65.10.25出身地表示説出身地表示説国籍証明文書提示
1965.10.26-70.9.25出身地表示説国籍表示説国籍証明文書提示
1970.9.26-71.2.26出身地表示説例外的に可a国籍表示説国籍証明文書提示
1971.2.27出身地表示説条件付で可b国籍表示説国籍証明文書提示
a. ①事務上の記載間違い、または②本人意思によらない他人の勝手な書換え手続きで「韓国」となったもののみ例外的に記載変更を認めた。 b. ①韓国の在外国民登録をしていない、②韓国旅券の発給を受けたことがない、③協定永住許可がなされていないの三点を確認できれば市町村長限りで「朝鮮」への記載変更を認めた。 c. 本人陳述のみ

以下、同論文より一部抜粋し転載します(段落の区切りを編集、脚注を省略)。

(前略) 日本政府はサンフランシスコ講和条約の発効にともない、朝鮮人は日本国籍を喪失したとみなした。このときなぜ「外国人」となった朝鮮人の国籍が記載されず、「便宜の措置」としての朝鮮籍が残ることになったのか。この問題に答えなければならない。
 朝鮮籍がいかにして生まれたのかという問いに答えるためには、1947年の登場のみならず、1952年における継続の背景を探る必要がある。その際にあわせて考えるべき問題に、外国人登録における韓国籍の登場と日本政府の解釈の変遷がある。在日朝鮮人の国籍問題は日本の植民地支配の清算をめぐる問題であると同時に、南北の分断、そして日本の南北朝鮮との外交関係のあり方と密接に係る問題であった。そのため、外国人登録制度の国籍欄についての行政実務や解釈も、日本政府の対朝鮮政策の反映であったとみなければならない。
 政府統一見解は、韓国籍の登場の経緯について次のように説明する。外国人登録令施行当初は「朝鮮」とのみ記載できたが、在日朝鮮人のなかから「『韓国』(又は『大韓民国』)への書換えを強く要望してきた者があるので、本人の自由意思に基づく申立てと、その大部分には韓国代表部発行の国民登録証を提示させたうえ『韓国』への書換えを認めた」。
 1965年現在の韓国籍者は、「このような経過によって『韓国』と書換えたものであり、しかも、それが長年にわたり維持され、かつ実質的に国籍と同じ作用を果たして来た経過等にかんがみると、現時点から見れば、その記載は大韓民国の国籍を示すものと考えざるをえない」。すなわち、朝鮮籍が「国籍を表示するものではない」のに対し、韓国籍は「大韓民国の国籍を示すもの」であると説明した。
 実はこの政府統一見解は、従来の日本政府の外国人登録証明書の国籍欄解釈を修正するものであった。1950年2月23日、法務総裁は「朝鮮」「韓国」は「単なる用語の問題であって、実質的な国籍の問題や国家の承認の問題とは全然関係な」いとする談話を発表した。それゆえ朝鮮籍であり韓国籍であれ、「その人の法律上の取扱いを異にすることはない」としていた。
 にもかかわらず政府統一見解は、韓国籍を「実質的に国籍と同じ作用を果たして来た経過」から国籍を示すものとした。1965年以前のどこかの時点から、韓国籍は韓国国籍としての作用を果たすことになったというのである。当時「180度の転換」と評されたゆえんである。
 それでは、日本政府の韓国籍解釈はいつ変わったのか。在日朝鮮人史研究者の金英達が1987年に発表した論文はこの問題を検討したものである。金英達は法務省入国管理局や川崎市が部内資料として編纂・整理した通達集を用いて、1947年から71年にかけての国籍欄をめぐる行政実務の変遷を明らかにした。
 金の研究に基づき、日本政府の「国籍」欄解釈と記載変更について筆者が整理したものが図1[上の表]である。図中の「表示内容の解釈」とは、その時々の日本政府が、外国人登録の国籍欄の「朝鮮」や「韓国」という名称が何を表示していると解釈したかを示す。地域名を表示したとの解釈を「出身地表示説」とし、国家名の表示との解釈を「国籍表示説」とした。
 金英達によれば、日本政府が韓国籍解釈を事実上修正したのは1951年2月である。図1[上の表]の通り、日本政府は一貫して、朝鮮籍は国籍の帰属ではなく、出身地を表示するものであるとの解釈を採ってきた。韓国籍についても当初は出身地であるとの解釈を採ったが、1951年2月(第三期)以降、表向きは出身地表示説を採る一方で、外国人登録における国籍の記載変更に際して国籍証明文書(「大韓民国国民登録証」)の提出を求め、事実上の国籍表示説へと解釈を修正したという。
 そして、日韓基本条約締結後に前述の政府統一見解を発表することで名実ともに国籍表示説を採ることになった。その後、日韓条約締結後に起こった「朝鮮国籍」への変更を要請する運動に応じて、福岡県田川市などの革新自治体は韓国から朝鮮表示への記載変更を認めた。法務省は当初記載変更を一切認めない方針であったが、最終的には条件付きで「韓国」から「朝鮮」への変更を認めるに至った。国籍の記載変更という問題が、「国籍欄」の解釈に多大な影響を与えていることがわかる。(後略)
明治学院大学機関リポジトリより

Goolee’s library

2021年7月に「縦書き文庫」というサイトを知り、以前に書いた習作や拙論などを一部編集し同文庫に載せてきた。掲載作は次のとおりである。同文庫が擁する文学作品も少しずつ読んでいる。縦書きを勧めてくれた菊地明範先生に深く感謝している。先生とは1999年以来のお付き合いで、2008-20年に開催されたクムホアシアナ杯「話してみよう韓国語」大会の立ち上げからご一緒した。

シリーズ題名字数
無宗教社会を生きる(執筆中)
未定記憶のかけら拾遺しゅうい: 個人史の試み10,308
ハイジン教徒老人たちよ異界いかいでタンゴを舞うな15,607
ハイジン教徒電車という名の動く寺院 mobile temples14,181
未定翻訳: 忘れられた女性민갑완ミンカブァン [2023年予定]3,492
論考 Review Japan明治期の欧米崇拝と排外意識55,178
@2022/03/31

老人たちよ異界でタンゴを舞うな(a short story)

この短編を「縦書き文庫」でお読みください. Click!
関連作: 電車という名の動く寺院

この文章に書かれているのは二〇三〇年に起こったか起こると思われることで、場所は日本島の中心部にある都会とその周辺です。主人公であり書き手でもある凭也(ヒョーヤ)は記憶障害者で記憶と年代の対応が覚束おぼつかないため、時間軸が揺らぎます。記録係は主人公の分身のような存在です。

老人たちとの再会

一月か二月の冷え込んだ日の午前中だった。日本島の首都の中心部にあり、その象徴ともいえるグローブ(球体の意)駅構内はいつものように多くの人で混み合っていた。みな一様いちようにうつむいて手のひらを見ながら歩き、人や物にぶつかると頭を上げる。通路の壁ぎわに止まって見ていると、人々の動作はどこか機械的でロボットのようだ。その雑踏のなかに一瞬、五十年前に電車のなかで車イスに乗って球戯の審判をしていた老人を見たような気がした。いや、その十年後ゴー河沿いに走る列車で二度出会った老人だったかもしれない。彼らが同一人物だったかどうかも不確かなのだ。いや、二人だったろう。年代が違うはずだから。

二〇二〇年代を通じて車イスはすべて電動式になり、都会では軽自動車に取って代わるほどになった。どこでも多くの人が軽快に乗り回していたから、三〇年当時、車イスは特に珍しい光景ではない。いつもなら気にも止めないが、目に止まった車イスには四五十年ほど前に見た老人とそっくりな人が乗っていた。ただ、半世紀前の彼(ら)が生きているはずはない。打ち消そうとするが、何かがそうさせない。考えあぐねているあいだに、彼(ら)の強い引力に引かれ、そのあとを追っていた。その容姿と顔を見て必死に記憶の断片を拾おうとするが、思い出せない。二十歳はたちの青年が七十歳の老人になるほどの年数がっているのだ、と言い聞かせながらも、何が彼(ら)を同一人物と思わせるのか不思議でならない。

一九八〇年の夏、動くハイジン教寺院の三号車の老人は車イスに乗っていた。九〇年の晩秋、H市の列車で出会った老人は大股おおまたで歩いた。いま目の前にいる彼(ら)は上下とも黒い服を着ていて、当時と同じように白髪はくはつが目立つ。彼らが同一人物だとすれば、百歳を超しているはずだが、一見して七十歳前後でむかしとあまり変わらない。ただ、以前の活気がなく、ひどくやつれて見えた。違う人ではないか、そう思いつつも車イスのあとを追った。グローブ駅の地下道を人々は軍靴ぐんかのようなくつ音を響かせて行進し、車イスにぶつかっては横を過ぎ、小動物の群れのようにエスカレータに吸い込まれていった。人の集団が見えなくなると、構内はいっとき静けさを取り戻し、彼(ら)の車イスのモーター音と靴音が静かに響く。彼(ら)は長いエスカレータに乗って上がって行く。車イスはしっかりエスカレータにみ合い安定して水平に保たれ、彼(ら)は身動き一つせずに運ばれていく。

彼(ら)が乗っていた段が最上段に達すると、車イスはスムーズに放たれる。さらに進んで地上に通じるゲートを通過すると、かん高い電子音が鳴り、彼(ら)はひどくおびえた。すべてのゲートの出入りが記録されることを彼(ら)は知っている。日本島の住人は、短期滞在の異教徒を含め、この管理体制からのがれられない。島内にいる人々の行動がすべて監視されていた。長い通路を進んで地上に出ると、彼(ら)は道路の向かい側にそびえ立つガウディ建築さながらの高層ビルをめざす。駅構内からここまでずっとバリアフリーだから、車イスの動きがとどこおることはない。車イスはビルの一階に突き出した建物にさっと入って行った。さまざまな品物を置いたたなが、人と車イスが通れるスペースを空けて並んでいる、巨大な倉庫のような空間の一角にテーブルとイスが置いてあり、カウンターも備えている。二千年ごろから日本島の津々浦々に普及したハイジン教寺院の典型的な建築様式だ。

つづきは縦書き文庫でお読みください。→「老人たちよ異界でタンゴを舞うな」

わきびとたち