またも題名を変更

少し前から題名を主題と副題に分け、全体として題名とすることにしました。現在の題名は「凭れ合う人びと:あなたも隠れンヴィニ教徒」です。

「凭れ合う人びと」はンヴィニ教という宗教でない宗教(無宗教)の根幹にあるのは<もたれ合い>だと仮定し、それがもっともよく表れるのが電車という彼らが創造した寺院だとする、この小説の前提を凝縮させたものです。

「あなたも隠れンヴィニ教徒」は「もしかしたら、あなたもンヴィニ教徒ではありませんか」という問いかけです。この小説の主張の一つだと考えています。

なお、序章にあるとおり、ヒョウという主人公の名前は、凭(もた-れる)という漢字の音読みです。彼はンヴィニ教徒なのか、認知症患者かどうか、筆者と彼との関係などは読んでのお楽しみに。1年後に公開する予定です。

本文を書き直しています

本文を改めて書き直しており、序章と第1章のはじめの部分、および第4章のおわりの部分と終章だけ公開します。いつも自分勝手でごめんなさい。僕は主人公と同じ病気かもしれません。

主人公というべきヒョウが、老人たち(菩薩像に変身した老人ほか複数人)やダーラ(ガンダーラの観音像を思わせる女性)が同じ風景または異なる時間軸の上で遭遇します。 本文は一部を除き、しばらく非公開とします。

主人公と老人の引き合う関係

この作品の主人公は老人に引かれ、老人のあとを追いかける。執筆を始めてしばらくのあいだ、主人公が引かれる老人は同一人物だと考えていたが、どうやら複数の人物らしい。老人たちが象徴するものは何だろうか。死へのいざない、誘いか。「いざない」という語から記紀に登場するいざなぎのみこと(伊耶那岐尊)といざなみのみこと(伊耶那美尊)のことを思う。この両神がたがいに引き合っていたとすれば、この小説の主人公と老人もたがいに引き合う関係だったかもしれない、などと考える。

「日本モデル」という用語

新型コロナ感染症の防御策に関連して「日本モデル」という用語を使い始めた人がいるが、何かおかしい。モデルというためには一定の通用性がなければならない、と考えるからだ。

通用性の根拠はそのモデルが持つ科学性に求めるべきだ。科学性を有するかどうかで、通用性の有無を判断するのである。

たとえば、新型コロナ感染症対策について、韓国、スウェーデン、台湾における対応策はそれぞれモデルだといえる。政策が科学的な根拠を示しているからだ。

ただし、あるモデルが一つの地域や国で有効であっても、他の地域に適合するかどうかは断定できない。他方、中国や日本の事例は、それぞれの政府が成功を主張しても、モデルたりえない。科学的な透明性を示していないからだ。

日本語という言語システムのどこかが瓦解し始めているような不安を感じる。この瓦解は大地震やコロナ禍のような要因によって加速されるが、これらの災害より恐ろしいものかもしれない。

A Korean diplomat in Japan

在大阪韓国総領事のFBページに投稿された「오사카통신(大阪通信)」とその日本語訳「大阪コリア通信」を掲載する A Korean Diplomat in Japan というサイトがあります。

そのページ末尾 translator’s blog に「凭れ合うンヴィニ教徒たち[未定稿]」のリンクを張り、最新のブログを読めるようにしました。

蛇足ながら、林子平編著『三國通覧輿地路程全圖』の一部を掲載しています。