一茶: きじ

都会では見かけないが、東京西部の低山でも雉に遭遇することがある。江戸後期にはどこにもいたであろう。雉を詠んだ句は一茶発句集春の部(春6)に114句入っている。ほかの動物と同じく江戸後期の情景や人々と雉との関係が浮かんでくるが、雉と一茶の関係は思いのほか深く雉に対する語りかけも多い。

彼の思いを雉に託している。例えば、春2388「野社のやしろの赤過あかすぎしとやきじ(雉)の鳴」で赤色のどぎつさに嫌悪感を覚えたのは一茶本人だったろうに、雉の鳴き声がそう叫んでいるかに描いている。作者が雉に同意を求めていると考えることもできる。D. G. Lanoue は “The shrine in the field is too red!” the pheasant cries としている。

春2356「尻尾しりをから月つきの出でかゝる雉きぎす哉」の尻尾はふつう<しっぽ>と読むが、<しりを>とした。ある夕刻、作者の前に雌雉が見え、その尾の先に遠くの月が上がってきて、雉の尾から昇るように見えたのだろう。<しりを>のしっとりした語感を好んだのだが、いかがだろう。

春2383は他の資料が「走はしる雉きじ山や恋しき妻ほしき」としているところ、岩波文庫(2003年)に沿って「去さる雉きぎす山やまや戀こひしき妻つまほし(慾)き」とした。David G. Lanoue 氏の英訳 rushing to がヒントになった。a pheasant rushing to the mountain, missing his darling wife

春2405「一星ひとつぼし見みつけたやうにきじ(雉)の鳴なく」(七番日記)の類句に春2711「一ひとつ星ぼし見みつけたやうになく蛙かへる 」(句稿消息)があり、作句はいずれも文化11年で一茶はこの年に結婚している。一つ星は宵の明星だが、一茶にとって雉と蛙はどこか共通するものをもっていたようだ。

noふりがな小林一茶発句集春6より
2333雉鳴きじないて梅うめに乞食こじきの世よ也けり
寛政三紀行 寛3
2334雷かみなりに鳴なきあは(合)せたる雉きぎす哉
文化句帖 化1
2335雉きじ鳴ないて飯めし買かふ家いへも見みゆる也
文化句帖 化1
2336雉きじなくや千島ちしまのおく(奥)も佛世界ぶつせかい
文化句帖 化1
2337あさぢふ(浅茅生)ハ夜よるもうれ(嬉)しや雉きぎすなく(鳴)
文化句帖 化2
2338雉きじなく(鳴)やきのふ(昨日)ハ見みえぬ山畠やまばたけ
文化句帖 化2
2339雉きじなく(鳴)や立艸たちくさ伏ふせし馬うまの㒵かほ
文化句帖 化2
2340艸山くさやまに㒵かほおし(押)入いれて雉きじのなく(鳴)
文化句帖 化2
2341足あしがら(柄)の片山かたやま雉子きぎす靄もや祝いはへ
文化句帖 化3
2342丘おかの雉きじ鷺さぎの身持みもちをうらや(羨)むか
文化句帖 化3
2343雉きじ鳴ないて小藪こやぶがくれ(隠)のけぶり(煙)哉
文化句帖 化3
2344晝比ひるごろやほろ〳〵雉きじの里歩さとあるき
文化句帖 化3
2345むさしのゝもどり(戻)がけ(掛)かよなく(鳴)雉子きぎす
文化句帖 化3
2346山陰やまかげも畠はたけとなりてなく(鳴)雉子きぎす
文化句帖 化3
2347馬うまの呑のむ水みづになれ(馴)たる雉きぎす哉
文化句帖 化4
2348雉きじ鳴ないて姥うばが田た麦むぎもみどり(緑)也
文化句帖 化4
2349 小金原
雉きじなく(鳴)やきのふ(昨日)焼やかれし千代ちよの松まつ
文化句帖 化4
2350雉子きじなく(鳴)や氣きのへ(減)るやうに春はるの立たつ
文化句帖 化4
2351ぬけ(抜)うら(裏)を雉きじも覚おぼへる御寺おてら哉
文化句帖 化4
2352坊ばうが素湯さゆ雉きじハ朝あさから鳴なきにけり
文化句帖 化4
2353痩臑やせずねにいさみ(勇)をつけ(付)る雉きぎす哉
文化句帖 化4
2354うそ〳〵の雉きじの立添たちそふ垣根かきね哉
文化句帖 化5
2355雉きじなく(鳴)や彼かの梅うめわか(若)の泪雨なみだあめ
花見の記 化5
2356尻尾しりをから月つきの出でかゝる雉きぎす哉
文化句帖 化5
2357ちる(散)花はなをかま(構)はぬ雉きじの寝ねざま哉
文化句帖 化5
2358の(野)ゝ雉きじの隠所かくれどころの庵いほり哉
文化句帖 化5
2359むさい*野のに寝ねた㒵かほもせぬ雉子きぎす哉
文化句帖 化5 *きたない
2360木母寺もくぼじは暮くれても雉きじの鳴なきにけり
文化句帖 化5
2361山寺やまでらや雪隠せつちんも雉きじの啼所なきどころ
文化句帖 化5
2362夕雨ゆふさめや寝所ねどこ焼やかれし雉きじの㒵かお
文化句帖 化5
2363 我門わがかどや何なにをとりえ(取得)に雉きじの鳴なく
文化句帖 化5
2364 庵崎いほさきや古ふるき夕ゆふべを雉きじの鳴なく
化五六句記 化6
2365 雉きじ鳴なくやこぎ棄すてらるゝ菜大根なだいこん
化五六句記 化6
2366 むら(村)雨*さめを尾をであしらひし雉きぎす哉
化五六句記 化6 *俄か雨
2367青山*あをやまを拵こしらへてなく(鳴)きぎす(雉)哉
七番日記 化7 *草木で青々とした山
2368 蟻程ありほどに人ひとは暮くれしぞ雉きじの鳴なく
七番日記 化7
2369 酒桶さけをけや雉きぎすの声こゑ[の]行ゆきとゞ(届)く
七番日記 化7
2370 鳴なく雉きじや尻尾しりをでなぶる(嬲)角田川すみだがは
七番日記 化7
2371 我菴わがいほのけぶり(煙)細ほそさを雉きじの鳴なく
七番日記 化7
2372 我夕わがゆふべや里さとの犬いぬなく(鳴)雉きじのなく(啼)
七番日記 化7
2373うす墨ずみの夕暮過ゆうぐれすぎや雉きじの声こえ
七番日記 化8
2374小社こやしろや尾おを引ひっかけて夕雉ゆうきぎす
七番日記 化8
2375祠ほこらから顔出かおだして鳴なくきゞす哉
七番日記 化8
2376夕ゆうやけや夕山雉ゆうやまきぎす赤鳥居あかとりい
七番日記 化8
2377夕山ゆふやまや何なにやら咄はなス夕ゆふ雉子きぎす
七番日記 化8
2378雉きじうろ〳〵〳〵門かどを覗のぞくぞよ
七番日記 化9
2379雉きじと臼うす寺てらの小昼こひるは過すぎにけり
七番日記 化9
2380雉鳴きじなくや関八州かんはっしゅうを一呑ひとのみに
七番日記 化9
2381雉きじなく(鳴)やてん〳〵天下てんか太平たいへいと
七番日記 化9
2382雉きじなく(鳴)や見みかけた山やまのあるやうに
七番日記 化9
2383 去さる雉きぎす山やまや戀こひしき妻つまほし(慾)き
七番日記 化9 「走」→「去」
2384 かい(皆)曲*まがり雉きじの鳴なく也大座敷おほざしき
句稿消息 化10 *急角度にまがる
2385 雉鳴きじなくやきじ(雉)の御山*みやまの子守こもり達たち
七番日記 化10 *霊山か
2386 きじ鳴なくや汁鍋しるなべけぶ(煙)る艸くさの原はら
七番日記 化10
2387 雉鳴きじなくや先まづ今日けふは是これぎりと
七番日記 化10
2388 野社のやしろの赤過あかすぎしとやきじ(雉)の鳴なく
七番日記 化10
2389 昼ひるごろ(頃)や雉きぎすの歩あるく大おほ座敷ざしき
七番日記 化10
2390焼飯やきめしは烏からすとる(取)とやきじ(雉)の鳴なく
七番日記 化10
2391 夕雉ゆふきじの寝[所ねどこ]にしたる社やしろ哉
七番日記 化10
2392 夕ゆふきじ(雉)の走はしり留どまりや艸くさと空そら
七番日記 化10
2393 夜よるの雉きじ折おり〳〵何なににおそ(襲)はるゝ
七番日記 化10
2394 朝あさ寝坊ねぼうが窓まどからのろり雉きぎす哉
七番日記 化11
2395 五百崎*いほざきや雉きじを鳴なかする明俵あきだはら
七番日記 化11 *江戸向島の庵崎
2396 石川*いしかはをざぶ〴〵渡わたる雉きぎす哉
七番日記 化11 *水涸れで石がちの川
2397 大声おほごゑはせぬ気きで雉きじの立たてりけり
七番日記 化11
2398 大莚おほむしろ雉きじを鳴なかせて置おきにけり
七番日記 化11
2399 大家根*おほやねの桶をけの中なかから雉きぎす哉
七番日記 化11 *屋上の天水桶
2400 かけ(駆)抜ぬけて爰ここ迠まで来こいときじ(雉)や鳴なく
七番日記 化11
2401 立臼*たちうすに片尻かたじりかけてきじ(雉)の鳴なく
七番日記 化11 *米などを搗く大臼
2402 野のゝの雉きぎす起おき給たまへとや雉きじの鳴なく
七番日記 化11
2403 花はなのちる(散)〳〵迚とてきじ(雉)の夜鳴よなき哉
七番日記 化11
2404 髭ひげどの(殿)を伸上のびあがりつゝきじ(雉)の鳴なく
七番日記 化11
2405 一星ひとつぼし見みつけたやうにきじ(雉)の鳴なく
七番日記 化11
2406 ビンヅル*の御膝おひざに寝ねたる雉きぎす哉
七番日記 化11 *賓頭盧尊者の像をなで病快復を祈る
2407 本堂ほんだうに首くびつゝ(突)込こんで雉きじの鳴なく
七番日記 化11
2408 身みをつん*(抓)でしれ(知)や焼野やけのゝきじ(雉)の声こゑ
七番日記 化11 *つねる
2409 藪尻やぶじりや蓑みのの子こがなく(泣)雉きじが鳴なく
七番日記 化11
2410 山雉やまきじのけんもほろゝ*もなかりけり
七番日記 化11 *雉の鳴声に掛ける
2411 山やまきじ(雉)の妻つまをよぶ(呼ぶのか叱しかるのか
七番日記 化11
2412 山やまの雉きじあれでも妻つまをよぶ(呼)声こゑか
七番日記 化11
2413 雉きじの声こゑ人ひとを人ひととも思おもはぬや
七番日記 化12
2414 野談義のだんぎや大おほきな口くちへ雉きじの声こゑ
七番日記 化13
2415 山雉子やまきぎす袖そでをこすつ(擦)て走はしりけり
七番日記 化13
2416 上野 
御通おとほりや下した[に]〳〵と雉きじの声こゑ
七番日記 政1
2417 加賀かがどの(殿)[ゝ]御先おさきをつい*と雉きぎす哉
七番日記 政1 *前田家 *さっと
2418雉きじなく(鳴)や臼うすと盥たらひの間あひだから
七番日記 政1
2419雉鳴きじなくや坂本さかもと見みえて一里鐘いちりがね
七番日記 政1 群馬県碓氷郡
2420雉きじなく(鳴)や座頭ざとうが橋はしを這はふ時ときに
七番日記 政1
2421雉鳴きじなくや寺てら[の]座敷ざしきの真中まんなかに
七番日記 政1
2422雉鳴きじなくや道灌だうくわんどのゝ馬先うまさきに
七番日記 政1 太田道灌(室町中期)
2423三声みこゑ程ほどつゞ(続)けて雉きじの仕廻しまひけり
七番日記 政1
2424藪雉やぶきじやいつもの所とこにまかり(罷)有ありと
七番日記 政1
2425山やまきじや何なんに見みとれてけろりくわん*
七番日記 政1 *ぼんやりしたさま
2426雉鳴きじなくや是これより西にしハ菴いほの領りやう
風間八番 政3
2427さをしかのせなか(背中)をかり(借)て雉きじの鳴なく
風間八番 政3
2428野仏のぼとけの袖そでにかく(隠)れてきじ(雉)の鳴なく
八番日記 政3
2429駕先かごさきに下したにの声こゑと雉きじの声こゑ
風間八番 政4
2430 下したに〳〵の口くちまね(真似)や雉子きじの声こゑ
風間八番 政4
2431関守せきもりの口真似くちまねするや雉きじの声こゑ
風間八番 政4
2432あさる(漁)雉きじ馬うまの下腹したはらくゞ(潜)りけり
文政句帖 政5
2433寝ねた馬うまニ耳みみつた(伝)ふとや雉きじの聲こゑ
文政句帖 政5
2434夕雉ゆふきじの寝ねニもど(戻)るとや大聲おほごゑニ
文政句帖 政5
2435金かねの蔓つるでも見みつけたか雉きじの聲こゑ
文政句帖 政6
2436引明ひきあけや鶏とりなき里さとの雉きじの聲こゑ
文政句帖 政6
2437雉きじなく(鳴)や藪やぶの小脇こわきのけんどん(慳貪)屋や
文政句帖 政7
2438中川なかがはや通とほれの迹あとを雉きじの声こゑ
文政句帖 政7
2439寝ねた牛うしの腹はらの上うへにて雉きじの聲こゑ
文政句帖 政7
2440我庵わがいほニだまつ(黙)て泊とまれ夜よるの雉きじ
文政句帖 政7
2441おれ(己)[を]見みるや雉きじ伸上のびあがり〳〵
浅黄空
2442枯藪かれやぶに目めくじり立たてて雉子きじの鳴なく
発句鈔追加
2443雉きじ鳴なくやころり焼野やけのの千代ちよの松まつ
浅黄空
2444草原くさはらを覗のぞかれてなく(鳴)雉子きぎす哉
遺稿【I151】
2445山雉やまきじを鳴なかせて置おくや大莚おほむしろ
希杖本
2446山寺やまでらや座敷ざしきの中なかにきじ(雉)の声こゑ
発句集続篇

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