夏目成美(1749-1817)は江戸時代後期の俳人で同時代俳壇における中心人物の一人だったという。一茶が江戸を去り柏原に帰郷する際に出版された「三韓人」(1814)に以下の序文を寄せている。成美が亡くなる3年前だった。
「三韓人」隨齋成美序、文化甲戌冬至日




木のかくれ岩のはざまにもひさしくとゞまらざるは法師の境界なり、しなのゝ國にひとりの隠士あり、はやくよりその心ざしありて森羅萬象を一盌の茶に放下しみづから一茶と名のりて吾ひのもとの中をこと〴〵くめぐりて風餐露宿さらに一方に足をとゞめず、さるをこの江戸に來りては風土のよろしきにやめでけむ、また友がきのおもしろさにやほだされけむ、こゝに住ると年をこえ年をかさねてやゝ十年にもあまりぬべし、さるからいよ〳〵まじはるものおほくなりまさりて今は本土をわするゝに似たり
此ほどすみだ川に逍遥せる頃わたし舟のおそきをまつとて心なく我かげのうつれるをみるに汀の浪は額によせ雪とぶ尾花は頭につもれるに今はじめておどろくにはあらねどかゝるかたちになりていつまで名利の地にあるべきぞ、蟬の小川はわたらじとちかひし人もあるをとはじめのこゝろざしにたがひたるをしきりにくいはぢてたちまち草庵を打やぶり古さとにひきこもらむと舊知心友のなごりをしみて袂をひかへ杖をとゞむれどもさらに聞いれず今はさらばとてはなむけにふかき心ざしを見せてさま〴〵の物おくる中にある人笠翁が畫賛一紙をながきかたみにとておくりぬ、其圖其角嵐雪*と友寐する處を書て其嵐の二人すでに世をさりわれ八十余の齡をえて世の中にとゞまるよしの句あり
*蕉門十哲(松尾芭蕉の高弟)の二人、宝井其角(1661-1707)と服部嵐雪(1654-1707)
叟大によろこびて是第一のたまものなり、われ此江戸にあそぶ中友だちの先だてるもの指ををるに數おほし、されば吾しばらくとゞまるに似たれど此笠翁が夢物がたりにことならずなほ我こゝろの此畫におもひあたれる事おほしとてすみやかに笠わらぢすぢりもぢりにしたためて霜しぐれをおかして出たつ、かのわたのべの聖のがり薄ならひに行けむ心のあはたゞしさにもにたり、われまたそのうしろ影を見おくりて二十年の舊交おもひ出る事のさま〴〵はむさしのゝ草葉における今朝の露もかぞふるにたらずとこそ
夏目成美と一茶の関係が行間に溢れ読む者をさわやかな気持ちにさせる。




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