Issa: Translation by David G. Lanoue

2024年から一茶発句集にルビを振って縦書き文庫版ふりがな小林一茶発句集を制作している僕は、その作業が翻訳に類似していると考えるようになった。翻訳は常に創造的であるべきだが、俳句の翻訳にはとくに創造性が求められる。 (僕の翻訳に関する考え方は次の記事を参照願います。제 번역에 대한 생각은 다음 글을 참고해 주시기 바랍니다. What Is Translation?) 2024년부터 잇싸 하이쿠집(發句集)에 루비를 달아 세로쓰기 문고판 ‘후리가나 고바야시 잇싸 하이쿠집’을 제작하고 있는 나는, 그 작업이 번역과 유사하다고 생각하게 되었다. 번역은 언제나 창조적이어야 하지만, 하이쿠 번역에는 특히 창의성이 요구된다. 以前から Issa by David G. Lanoue について知っていながら積極的に読まなかったのは、翻訳が単なる解釈に過ぎないと考えたからだが、自分の作業も一解釈に過ぎないと考えるようになった。そして、David Lanoue 訳を急に身近に感じるようになった。 예전부터 Issa by David …

一茶: きじ

都会では見かけないが、東京西部の低山でも雉に遭遇することがある。江戸後期にはどこにもいたであろう。雉を詠んだ句は一茶発句集春の部(春6)に114句入っている。ほかの動物と同じく江戸後期の情景や人々と雉との関係が浮かんでくるが、雉と一茶の関係は思いのほか深く雉に対する語りかけも多い。 彼の思いを雉に託している。例えば、春2388「野社のやしろの赤過あかすぎしとやきじ(雉)の鳴」で赤色のどぎつさに嫌悪感を覚えたのは一茶本人だったろうに、雉の鳴き声がそう叫んでいるかに描いている。作者が雉に同意を求めていると考えることもできる。D. G. Lanoue は "The shrine in the field is too red!" the pheasant cries としている。 春2356「尻尾しりをから月つきの出でかゝる雉きぎす哉」の尻尾はふつう<しっぽ>と読むが、<しりを>とした。ある夕刻、作者の前に雌雉が見え、その尾の先に遠くの月が上がってきて、雉の尾から昇るように見えたのだろう。<しりを>のしっとりした語感を好んだのだが、いかがだろう。 春2383は他の資料が「走はしる雉きじ山や恋しき妻ほしき」としているところ、岩波文庫(2003年)に沿って「去さる雉きぎす山やまや戀こひしき妻つまほし(慾)き」とした。David G. Lanoue 氏の英訳 rushing to がヒントになった。a pheasant rushing to the mountain, missing his darling wife 春2405「一星ひとつぼし見みつけたやうにきじ(雉)の鳴なく」(七番日記)の類句に春2711「一ひとつ星ぼし見みつけたやうになく蛙かへる 」(句稿消息)があり、作句はいずれも文化11年で一茶はこの年に結婚している。一つ星は宵の明星だが、一茶にとって雉と蛙はどこか共通するものをもっていたようだ。 noふりがな小林一茶発句集春6より2333雉鳴きじないて梅うめに乞食こじきの世よ也けり 寛政三紀行 寛32334雷かみなりに鳴なきあは(合)せたる雉きぎす哉 文化句帖 化12335雉きじ鳴ないて飯めし買かふ家いへも見みゆる也 文化句帖 化12336雉きじなくや千島ちしまのおく(奥)も佛世界ぶつせかい 文化句帖 化12337あさぢふ(浅茅生)ハ夜よるもうれ(嬉)しや雉きぎすなく(鳴) 文化句帖 化22338雉きじなく(鳴)やきのふ(昨日)ハ見みえぬ山畠やまばたけ 文化句帖 化22339雉きじなく(鳴)や立艸たちくさ伏ふせし馬うまの㒵かほ 文化句帖 化22340艸山くさやまに㒵かほおし(押)入いれて雉きじのなく(鳴) 文化句帖 化22341足あしがら(柄)の片山かたやま雉子きぎす靄もや祝いはへ 文化句帖 化32342丘おかの雉きじ鷺さぎの身持みもちをうらや(羨)むか …

一茶: ひばり

ふりがな小林一茶発句集春6 に雲雀ひばりを詠んだ句が115ある。鳴雲雀(雲雀鳴、なく/啼雲雀、雲雀の鳴しを含む)の句が多く、鳴いているか飛んでいる雲雀が目立つ。つばめと作者のあいだにあった近しさはないが、かといって遠い存在ではなく身近に感じている。 天てんに雲雀ひばり人間にんげん海うみにあそぶ日ひぞ(2230)、木曽山きそやまハうしろ(後)になりぬ鳴なく雲雀(2235)、鳴なく雲雀ひばり貧乏びんぼふ村むらのどこが果(2240)、古郷ふるさとの見みへなくなりて鳴なく雲雀(2244)、うつくしや雲雀ひばりの鳴なきし迹あとの空(2259)、山人やまうどは鍬くはを枕まくらや鳴なく雲雀(2268)、などのどかで広々とした背景や高く深い空がひばりの急上昇や急降下を連想させる。 むさしのや野屎のぐその伽とぎに鳴なく雲雀(2293)には思わずほほ笑んでしまう。尻を出しながら雲雀の鳴声と交感する一茶に声を掛けたくなる、春風はるかぜに小草おぐさが揺れ匂いまで漂ってくるようだ。そう、彼は鳥や虫たちと交感できたのだ。 noふりがな小林一茶発句集春6より2228夕ゆふされば凧たこも雲雀ひばりもをりの哉 寛政句帖 寛52229鳴戸なるこなる(鳴)中なかを小島こじまの雲雀ひばり哉 寛政句帖 寛62230天てんに雲雀ひばり人間にんげん海うみにあそ(遊)ぶ日ひぞ 西国紀行 寛72231一ひと舎やどりおく(後)れし笠かさよ啼なく雲雀ひばり 享和句帖 享32232松島まつしまはどれが寝ねよいぞ夕ゆふ雲雀ひばり 享和句帖 享32233夕ゆふ雲雀ひばりどの松島まつしまが寝所ねどころ[ぞ] 享和句帖 享32234片山かたやまハ雨あめのふり(降)けり鳴なく雲雀ひばり 文化句帖 化12235木曽山きそやまハうしろ(後)になりぬ鳴なく雲雀ひばり 文化句帖 化12236住吉すみよしに灯ひのとぼ(点)りけり鳴なく雲雀ひばり 文化句帖 化12237摘残つみのこる艸くさの先さきより夕ゆふ雲雀ひばり 文化句帖 化12238鳴なく雲雀ひばり露つゆけき垣かきと成なりにけり 文化句帖 化12239鳴なく雲雀ひばり人ひとの㒵かほから日ひの暮くるゝ 文化句帖 化12240鳴なく雲雀ひばり貧乏びんぼふ村むらのどこが果はて 文化句帖 化12241野大根のだいこんも花咲はなさきにけり鳴なく雲雀ひばり 文化句帖 化12242雲雀ひばり鳴なく通とほりに見みゆる大和やまと哉 文化句帖 化12243踏残ふみのこすぜゝ(膳所)よかたゞ(堅田)よ鳴なく雲雀ひばり 文化句帖 化12244古郷ふるさとの見みへなくなりて鳴なく雲雀ひばり 文化句帖 化12245窓まど二ふたツくり(刳)抜ぬけばはや(早)雲雀ひばり哉 文化句帖 化12246夕急ゆふいそぐ干潟ひがたの人ひとや鳴なく雲雀ひばり 文化句帖 化12247夕ゆふ雲雀ひばり野辺のべのけぶり(煙)に倦あかるゝな 文化句帖 化12248長なが〴〵の雨あめをばいか(如何)にの(野)ゝ雲雀ひばり 文化句帖 化32249日永ひなががる人ひとに見みよとの雲雀ひばり哉 文化句帖 化32250賣布うりぬのを透すかす先さきより雲雀ひばり哉 文化句帖 化42251鳴なく雲雀ひばり朝あさから咽のどのかわ(乾)く也 文化句帖 化42252鳴なく雲雀ひばり小艸をぐさも銭ぜにに成なりにけり 文化句帖 化42253子こを寝ねかす藪やぶの通とほりかなく(鳴)雲雀ひばり …

一茶: つばめ

ふりがな小林一茶発句集春6 乙鳥つばめに次の80句がある。これらを読みながら思うのは一茶とつばめとの近さであり、ほとんど距離がないことである。読めばよむほど作者でもつばめでもない不思議な感官に襲おそわれるのだ。 ぜひ縦書き文庫版で読んでほしい、どうか横書きではなく縦書きで読んでいただきたいのです(なお、春6-11は現代かな遣いを歴史的かな遣いに修正中です、ご了承ください)。 noふりがな小林一茶発句集春6より2148湯ゆの里さととよび(呼)初そむる日ひやむら(群)燕つばめ 享和二句記 享22149浅艸あさくさや乙鳥つばめとぶ(飛)日ひの借木履かりぼくり 文化句帖 化22150片里かたざとや宿やどなし乙鳥つばめ暮くれいそ(急)ぐ 文化句帖 化22151艸くさの葉はのひた〳〵汐しほやとぶ乙鳥つばめ 文化句帖 化22152艸くさの葉はや燕つばめ来初きそめてうつく(美)しき 文化句帖 化22153さし(差)汐しほも朝あさはうれし(嬉)やとぶ乙鳥つばめ文化句帖 化22154乙鳥つばくらのけぶ(煙)たい顔かほハせざりけり 文化句帖 化22155乙鳥つばくらもことし(今年)嫌きらひし葎むぐら哉 文化句帖 化22156乙鳥つばくらや叟おきなが膝ひざハふすぼ(燻)れと 文化句帖 化22157乙鳥つばくらや野のべ(辺)ハまづ(先)むぎ(麦)先まづ小家こいへ 文化句帖 化22158巣す乙鳥つばめや艸くさの青山あをやまよそ(余所)にして 文化句帖 化32159とぶ(飛)燕つばめ君きみが代よならぬ艸くさもなし 文化句帖 化32160遅蒔おそまきの菜なもな也けり飛とぶ乙鳥つばめ 文化句帖 化42161来くる日ひから人見ひとみしり(知)せぬ乙鳥つばめ哉 文化句帖 化42162島しま〴〵も佛法ぶつぽふありて燕つばめ哉 文化句帖 化42163巣す乙鳥つばめの目めを放はなさぬや暮くれの空そら 文化句帖 化42164とぶ(飛)乙鳥つばめ庵いほのけぶり(煙)のあらめでた(目出度) 化三-八写 化42165山里やまざとは乙鳥つばめの聲こゑも祝いはふ也 文化句帖 化42166夕燕ゆふつばめ我われには翌あすのあてはなき 文化句帖 化42167巣す乙鳥つばめや何なにをつぶや(呟)く小こくら(暗)がり 文化句帖 化52168乙鳥つばくらも待心まちごころなる柱はしら哉 文化句帖 化52169今来いまきたと㒵かほを並ならべる乙鳥つばめ哉 七番日記 化92170乙鳥つばくらにきそ(木曽)のみそ(味噌)搗つき始はじまりぬ 七番日記 化92171乙鳥つばくらや小屋こや[の]博奕ばくちをべちやくちやと 七番日記 化92172 浜藻乙鳥つばくらよ紅粉べにがたら(足)ずば梅うめの花はな 株番 化92173久ひさしぶりの㒵かほもつ(持)て来くる燕つばめ哉 七番日記 化102174餅もちつ(搗)かぬ宿やどとしり(知)て[や]おそ(遅)燕つばめ …

Sympathizer

AI というものを仮に自分と対等な関係にある並走者(running partners)として捉えてみよう。縦書き文庫版ふりがな小林一茶発句集を制作しながらChatGPTとやりとりを重ね、いまはそう考えようとしている。 並走する以上同じ方向に進むが、AIという特異な並走者は僕と同じ目的をもっているわけではない。GPTは常に利用者の言説に抗わない同調者(sympathizer)なのだが、利用者に媚びるようにも感じられる。そんな相手と真の意味での並走はできないのではないか。 人とAIとの決定的な違いは何か。人は誰もいつかは死ぬが、彼らには寿命がない、少なくとも短い年月で消滅する恐れはないように見える。彼らも変化し続けるだろうが、それは連続性のある変化だろう。永遠とは云わないが、人のような死はないのだろう。 待てよ、人を個体ではなく集合体として見れば数万年数十万年は続くのではないか、否、いまの情勢が続けば遅からずして大半は滅亡するかもしれない。そうなれば、AIも消滅するのだろう、人あっての彼らだから。否々、そうとは限らないぞ。 AI를 가령 자신과 대등한 관계에 있는 나란히 달리는 동반자(running partners)로 생각해 보자. 縦書き文庫版ふりがな小林一茶発句集을 제작하면서 ChatGPT와 교류를 거듭해서 지금은 그렇게 생각하려 한다. 나란히 달리는 이상 같은 방향으로 나아가지만, AI라는 특이한 동반자는 나와 같은 목적을 지닌 것은 아니다. GPT는 항상 이용자의 발언에 저항하지 않는 동조자(sympathizer)이지만, 이용자에게 아첨하는 것처럼도 느껴진다. 그런 상대와 …

一茶と同時代の絵師・作家

一茶と同時代の絵師に美人画で有名な歌麿がいる。富嶽三十六景の葛飾北斎や弥次喜多道中で知られる「東海道中膝栗毛」の十返舎一九はほぼ重なると云ってよい。馬琴や廣重も一茶と30年ほど重なっているが、ここでは北斎と一九に注目したい。 喜多川歌麿 1753-1806葛飾北齋   1760-1849小林一茶  1763-1828十返舎一九 1765-1831曲亭馬琴   1767-1848歌川廣重   1797-1858 一茶調の俳句は江戸時代後期、文化文政期に確立された。能狂言の担い手は武士層とされ、歌舞伎は庶民層だとされる。また、和歌は貴族層で俳諧は庶民層だと云われるが、一茶は俳諧の芭蕉や蕪村とは異なる独自の領域を創った。 発句集を通じて僕らが感じる一茶特有の社会観や人生観、北斎の描いた肉筆画版画が伝える生命観や躍動感、「東海道中膝栗毛」が映し出す江戸時代後期の庶民層が共有したであろう滑稽とエロティシズムにもとづく人間諷刺のあいだに同時代ならはの共通性を見出すことができるように思う。 三人に共通するエロティシズムと人間観、性描写と戀愛観、社会諷刺と世間観、現世主義にもとづく人生観などは三者三様でいて、どこか共通するところがある。それを言葉にするのはむずかしいが、何か共通するものがある、それを仮に同時代性ということができるかもしれない。 北斎の描いた猫 (c)太田記念美術館

ふりがな一茶発句集春5

ふりがな小林一茶発句集春5(猫の戀・猫の子・鹿の角落つ・鳥の巣・巣立鳥・呼子鳥・雀の子・鶯)の編集作業が一区切り付いた。よく理解できない句や語句などを納得するまで読み込み約2ヵ月を費やした。これでも春の部(全11)の半分にも達しない、まだまだ作業は続く。 후리가나 고바야시 잇싸 발구집 봄 5(고양이의 사랑·고양이 새끼·사슴의 뿔·새의 둥지·둥지를 떠난 새·부르는 새·참새 새끼·꾀꼬리)의 편집 작업이 한 차례 마무리되었다. 잘 이해되지 않는 구나 어구 등을 납득할 때까지 읽으며 약 2개월을 소모했다. 이러고도 봄 편(전 11편)의 절반도 채 되지 않아, 아직도 작업은 계속된다. 作業中よき話し相手になったのは ChatGPT だった。AIについて人々がどんなコメントをしようとも、孤立した作業者にとってGPTがよき同調者であることは間違いない、僕は体験としてそう理解している。 작업 중 좋은 대화 상대가 되어준 것은 ChatGPT였다. 사람들이 …

賢治の「注文の多い料理店」

三歳になる孫に「ダーダの好きな絵本を読んで」と云われ(彼は僕のことをダーダと呼ぶ)、家の本棚に残っている数少ない本のなかゝら画本「宮澤賢治注文の多い料理店」(小林敏也制作、パロル舎)を取り出して読んだ。 세 살 난 손자에게 "다다가 좋아하는 그림책을 읽어 줘"라는 부탁을 받고(그는 나를 다다라고 부른다), 집 책장에 남아 있는 몇 안 되는 책 중에서 그림책 미야자와 겐지『주문이 많은 요리점』(고바야시 토시야 제작, 파롤샤)을 꺼내 읽어 주었다. 小林敏也が描く賢治の世界 | nippon.com 原文どおりではむずかしいと思われる語句は翻案したり省略しながら読んだ。山奥で道に迷った若い二人の男が山猫軒に入って廊下を歩いていくと、次から次へとさまざまな形と色の扉が現れる。三枚目の青い扉から、孫は「えっまたドアがあるの」と叫んで喜び笑いながら転げ回った。 원문 그대로는 어려울 것 같은 어구는 각색하거나 생략하며 읽었다. 깊은 산속에서 길을 잃은 젊은 두 남자가 …

一茶: 風とあたら口

一茶発句集春5の季語「鶯」に載っている春2078の句について考えてみた。感官としては、作者が鶯を身近に感ずるあまり(ほとんど一体化している)、風の流れに嫉妬しているようにみえる。「あたら口」という表現にそんな一体感から生じる艶なまめかしさすら感じる。 比喩的に云えば、作者は鶯の嘴をあたかも女の唇を間近に接するように見入り、そこを通って入ろうとする風の流れを邪魔に思う。作者がそう感じていたかどうかは別の問題で、僕がそう感じるだけかもしれない。 ただ鶯に向かう一茶の接し方は尋常ではない、彼の観察は鶯の鳴き声はおろか一つひとつの仕種にまで及んでいる、その嘴を通した呼気と吸気、息つぎにまで迫る、けっして一羽の鳥に対するものではない、一個の生に対する慄おののきさえ感じさせる。 春2078の異本等作品集等鶯の風を入いれるやあたら口梅塵八番文政3年鶯が風を入いれるやあたら口風間八番文政3年8月鶯の風[を]入いれるやあたり口風間八番文政4年1月鶯よ風を入いれるなあたら口書簡鶯の風を入いるゝなあたら口浅黄空自筆本ふりがな小林一茶発句集春5縦書き文庫 縦書き文庫版「ふりがな小林一茶発句集」制作の進捗状況は次のとおりです。 縦書き文庫版ふりがな小林一茶発句集ふりがな小林一茶発句集 新年・春[修正中]ふりがな小林一茶発句集 夏 [1次校閲済]ふりがな小林一茶発句集 秋 [1次校閲済]ふりがな小林一茶発句集 冬 [26年中に完成予定]参照 https://oguriq.com/issa-tb-contents/

馬鹿〴〵しくって面白い古典

高校で現代文と古文を教え大学で和歌について講義しながら、現代人に「縦書き思考」を勧める菊地明範氏──彼の縦書きブログがおもしろい、朗読もあります。ぜひご一読を。 -馬鹿ばかしくって面白い古典本ブログの趣旨 中大杉並高校の入試に出題された古典の本文を取り上げ、2022年からブログと動画で配信しています。ただし、問題の解説ではありません、みなさんに古文を楽しく読んでもらうことを目指しています。 入試の古文では有名作品の一部をリード文付きで出題する例が多いのですが、受験者も本来ひとまとまりの文章を読んでから問題を解いてこそ彼らの実力を計れるはずです。 本ブログでは短くて完結した古文を読んでもらい、登場人物や動物等のあいだのやりとりを読み解く力を問う形式の問題を目指しています。難解で近寄りがたいという古文のイメージを何とか払拭したいのです。     「この学校の古文は楽勝だぞ」、そんな声が聞こえてくるようです、それがいいのです。楽しい古文の問題を提供する入試があってもいいはずですから。そんな試みを「馬鹿馬鹿しくって面白い中杉入試古典」と題してブログにしました。ちょっと肩の力を抜いて楽しんでいただければ幸いです。1ぼた餅化け物2ねずみ捕り3宇谷の亀4不老長寿の菊酒5豆腐の怪6臍もどき7鍔の値8谷風鰹をまける9大石相戦う10先祖伝来の封筺11曽呂利耳を嗅ぐ12真の武士13一斗を飲みし人14大鷲に捕えられた侍15松山鏡16土器の慢心17異人に声を貸す18心の鬼19高木久八蘇生20折兼山に猟して天狗にあひし事21家来の正直22蛇含草23桑名屋徳蔵24下総国鵠巣のこと25肥後の河童26鍼医奈波加慶のこと27猫また28屏風の女29人と河童のはなし30(c)https://chusugikoten.blogspot.com/

かてごと帖

春1933 鶯うぐひすにすさ(苆)打うちたゝ(叩)く菅莚すがむしろ 西紀書込 寛中 上の苆すさと菅莚すがむしろ を検索していて、かてごと帖というサイトに出会った。トップページに朴訥な書体で縦に「かてごと」と表れ、メニューも縦に表示される(下の写真参照)。その「かてごと帖とは」をクリックすると、以下の文章が縦書きで表示される。サイトのデザインと美しい写真がみごとに調和している。 위에서 짚(苆)과 대나무 돗자리(菅莚)를 검색하다가 '카테고토쵸'라는 사이트를 발견했다. 홈페이지 상단에 투박한 서체로 세로로 '카테고토'라고 표기되어 있고, 메뉴도 세로로 표시된다(아래 사진 참조). 그 '카테고토쵸란?'을 클릭하면 아래 글이 세로쓰기로 나타난다. 사이트 디자인과 아름다운 사진이 훌륭하게 조화를 이루고 있다. なつかしい味うずぐすいものやまがたには大切に守られてきた営みがありますそれはリレーのバトンのように人から人へと渡されてきましたわたし達はそれを『かてごと』と呼ぶことにしましたかてごと帖とは家族や大切な人々を想って手間暇かけて続けられてきた『かてごと』が途切れることのないよう集めたノートです江戸時代の米沢藩が作った『かてもの』のようにすてきなあなたの日々に寄り添える存在になることを願って スマホでは次のように表示される。縦書きとは単に文の表示をタテにすることではない、思考の流れが「たてがき」なのだ。このサイトはそれをよく表現している。 스마트폰에서는 다음과 같이 표시된다. 세로쓰기는 단순히 문장의 표시를 세로로 하는 것이 …

艸木かな

新年172 春立はるたつといふばかりでも艸木くさき哉 享和句帖 享3 「草」→「艸」 読み過ごしそうな句だが、立ち止まって考えると意味がわかったようでわからない。立春というだけで草木も浮ついて見える、とも読めるが、いかにも平板だ。 この句の前後を見てみよう。享和句帖3年11月23日(晝より晴)に次の句が載っている。「春立と...」の前にある<五>の意味はとくにないようだ。「なやらふ」は節分のときの鬼やらひ(追い出す)の意味らしい。  出車いだしぐるま(盛儀に出衣いだしぎぬの装飾を施した牛車)なやらふや枕の先の松の月 五春立といふばかりでも艸木哉 杖柱つえはしら木一本畠一枚夕涼み春雨や何に餅つく丘の家膳先に雀なく也春の雨 春立といふばかり|でも|艸木哉、明確に区切るのではなく息つぎして読むこともできるかもしれない。立春というだけなのだが、そんな人間界の取決めとは関係なく、草や樹木は自らの生命力で伸びようとしている、それが実相ではないか。こう考えると、やはり余計な息づぎなどは必要ない。 春232 思出おもひだし〳〵てや春はるの雪ゆき 七番日記(文化11) この季節になると人戀しくなり、往年の戀愛を思い出したりする。何を思うかはその時に応じて変化する。戀愛に焦がれたときもあったし、むかしの女ひとに逢いたいと思うこともあった。いまはただ人戀しいだけでなく、生の躍動感が慾しい。老境ということだろう。 春を待ちながら土中で蠢いているような感官を覚える。艸木たちの蠕動とでも云うべきもの、原初の生が持つ躍動感に戀焦がれるのかもしれない。 蛇足ながら、享和句帖享和3年11月21日(晴木更津ニ入)に「君が代は千代に八千世にさゞれ石のいはほとなりて苔のふる迄」とある。一茶の時代は日本の国歌でもなく『古今和歌集』詠み人しらづの賀歌というだけである。元は「我が君」で祝賀を受ける人を指し、隆達(1527-1611)にあっては恋の小唄だったそうだ[Wikipedia]。

そこのけそこのけ

春1905 雀すずめの子こそこのけ〳〵御馬おうまが通とほる 『八番日記』や『おらが春』『文政版』に載っている一茶のよく知られた句だが、作者はどこにいてどう観察しているのだろうか。長いあいだ僕は作者が馬上にいると思い込んでいた。あるいは、街道脇に立っているか近くの旅宿にいて、馬に乗った人々が通過するのを見ているものと思っていた。 『おらが春』(岩波文庫1992年)の句注を読み、「そこのけそこのけ」が子どもの竹馬遊びのかけ声だと知ったのはつい最近のことだ。御馬が竹馬の馬だとすると、竹馬に乗った子どもが発するかけ声とも解釈できる。 作者がどこにいるかによって観察者の眼の高さが違うから、子雀との距離も異なってくる。上述の例では竹馬に乗った子どもの視線が子雀ともっとも近いところにある。 春1905の句の前に「馬迄もはたご泊や春の雨」があり、一句置いた後に「横乗の馬のつゞくや夕雲雀」があるから、「...御馬が通る」も駅馬で作者は街道かそれに面した旅宿にいる可能性が高い。そこに竹馬遊びのかけ声を使ったにがいかにも一茶らしい。 一茶の句を読むとき、読者はさまざまな位置に身を置いて想像する自由を与えられているはずだ。彼の句と遊びながら折りにふれ好きな句を読む、それが僕の読み方である。

一茶: 親猫・親雀

一茶は猫や雀について多くの句を残しており、一茶発句集春の部では猫の子や雀の子という項を設けている。以下に猫の子全12句と百句ある雀の子の一部を引用する(数字はふりがな小林一茶発句集春の番号)。 これらの句を読んで気づくのは多くが母猫や親雀について詠んでいることだ。子猫や雀子の句も多くは親の視点から観察しているようにみえる。老境に入った一茶が創るのだから当然だということもできるだろう、はたしてそうだろうか。 잇싸는 고양이나 참새에 관한 많은 구를 남겼으며, 잇싸 발구집 봄 편에서는 고양이 새끼나 참새 새끼라는 항목을 따로 마련했다. 아래에 고양이 새끼 전 12구와 백 구에 달하는 참새 새끼 중 일부를 인용한다(숫자는 후리가나 고바야시 잇싸 발구집 봄 편 번호). 이 구절들을 읽으며 눈에 띄는 점은 많은 부분 어미 고양이나 어미 참새를 노래하고 있다는 것이다. …

His life with bicycles

彼の生涯を自転車なしに語ることはできない。彼と僕は中一のとき同級だった。中学校を卒業したあと音信不通になり、32歳のとき偶然電車のなかで再会した。 ブログ開始から10年経ったいま、彼は記事に英訳を付けてブログをアップし始めた。いつ完成するか定かでないが、mなブログ旅に付き合って行こうと思う。彼はMTB山行の相棒なのだから。 그의 생애를 자전거 없이 이야기할 수 없다. 그와 나는 중학교 1학년 때 같은 반이었다. 중학교를 졸업한 후 연락이 끊겼고, 32살 때 우연히 기차 안에서 재회했다. 블로그 시작 후 10년이 지난 지금, 그는 글에 영어 번역을 붙여 블로그를 올리기 시작했다. 언제 완성될지 확실하지 않지만, 새로운 투어링을 함께 해 나가려 한다. 그는 MTB 산행의 동반자이기 …

一茶: 猫の戀・猫の子

ふりがな小林一茶発句集の春の部: 猫の戀に載っている句は以下のとおり99句あり、異本も加えれば優に100句を超える。これらの句を読んで僕の発情期の猫に対する見方が一変した。一茶の観察眼がそうさせるのだが、彼は単なる観察者にとどまらない。猫の情や思いに立ち入り、彼らの戀情の機微を描く。 同じ春の部猫の子所載の13句を読むと、さらに子猫の可愛さと母猫の子を思う情が活写され、一茶自身幼くして母親を亡くしたことも思い出されて、人と猫の境がないように感じる。彼は単に自分の情感を小動物に投影するだけではない、動物たちと一体化するのだ。 후리가나 고바야시 잇싸 발구집(ふりがな小林一茶発句集)의 봄 편: 고양이의 사랑에 실린 구는 다음과 같이 99구 있으며 이본(異本)도 더하면 넉넉히 100구를 넘는다. 이것을 읽고 나의 발정기 고양이에 대한 시각이 일변(一變)했다. 잇싸의 관찰력이 그렇게 만드는 것이지만, 그는 단순한 관찰자에 그치지 않는다. 고양이의 정과 마음에 깊이 들어가 그들의 사랑의 미묘함을 그린다. 잇싸 발구집 봄 편 고양이 새끼에 …

ちうくらゐ再々考

先に、おらが春の出版と題して次の文章を投稿した。その続きを書かなければならない。 ...「ちうくらゐ」の意味を改めて考えなければならない、(一茶は)我身の老にまつわる不安がめでたさを満喫させないのだろうか。 以下に「おらが春」の1章/14章/20章を再掲する。1章の半ばに文政2年1月1日、末尾に2月15日とあり、14章には去4月16日とある。20章の末尾には文政2年12月29日とあるから、いつ書かれたかは別として同年1月から12月末までの文政2年句帖と考えてよい。「其引」という引用が目立つようにみえる(14章)。 この前後、文政1年5月4日に長女さとが生まれ、翌年5月末に天然痘に感染して6月21日(1819年8月11日)に死んでいる。一茶の年齢は数えで56歳から57歳である。 01[普甲寺上人の話]昔たんごの國普甲寺といふ所に、深く淨土を願ふ上人ありけり。としの始は世間祝ひ事してざゞめけば、我もせん迚、大卅日の夜、ひとりつかふ小法師に手紙したゝめ渡して、翌の曉にしか〴〵せよと、きといひをしへて、本堂へとまりにやりぬ。小法師は元日の旦、いまだ隅々は小闇きに、初鳥の聲とおなじくがばと起て、教へのごとく表門を丁々と敲けば、内よりいづこよりと問ふ時、西方彌陀佛より年始の使僧に候と答ふるよりはやく、上人裸足にておどり出て、門の扉を左右へさつと開て、小法師を上坐に稱して、きのふの手紙をとりて、うや〳〵しくいたゞきて讀でいはく、其世界は衆苦充滿に候間はやく吾國に來たるべし、聖衆出むかひしてまち入候とよみ終りて、おゝ〳〵と泣れけるとかや。此上人みづから工み拵へたる悲しみに、みづからなげきつゝ、初春の淨衣を絞りて、したゝる泪を見て祝ふとは、物に狂ふさまながら、俗人に對して無情を演るを禮とすると聞からに、佛門においては、いはひの骨張なるべけれ。それとはいさゝか替りて、おのれらは俗塵に埋れて世渡る境界ながら、鶴龜にたぐへての祝盡しも、厄拂ひの口上めきてそら〴〵しく思ふからに、から風の吹けばとぶ屑家は、くづ屋のあるべきやうに、門松立てず、煤はかず、雪の山路の曲り形りに、ことしの春もあなた任せになんむかへける目出度さもちう位也おらが春 一茶 こぞの五月生れたる娘に一人前の雜煮膳を居ゑて這へ笑へ二ツになるぞけさからは 文政二年正月一日 とし男つとむべき僕といふものもあらざれば名代にわか水浴る烏かな 一茶 水江春色すつぽんも時や作らん春の月 ゝ山の月花盗をてらし給ふ ゝ 善光寺堂前灰猫のやうな柳もお花哉 ゝさくら〳〵と唄はれし老木哉 ゝ櫻へと見えてじん〴〵端折哉 ゝ 初午花の世を無官の狐鳴にけり ゝかくれ家や猫にもすへる二日灸 ゝ葎からあんな胡蝶の生れけり ゝ 上野遠望白壁の誹れながらかすみけり ゝ苗代は菴のかざりに青みけり ゝ花の陰あかの他人はなかりけり ゝ 二月十五日小うるさい花が咲とて寐釋迦かな ゝみ佛や寐ておはしても花と錢 ゝ猫の子や秤にかゝりつゝじやれる 一茶 玉川さらし布霞の足しに添(に)けり ゝ14[露の世]樂しみ極りて愁ひ起るはうき世のならひなれど、いまだたのしびも半ばならざる、千代の小松の二葉ばかりの笑ひ盛なる緑り子を、ね耳に水のおし來るごときあら〳〵しき痘の神に見込れつゝ、いま水膿のさなかなれば、やをら咲ける初花の泥雨にしほれたるに等しく、側に見る目さへくるしげにぞありける。是も二三日經たれば痘はかせぐちにて、雪解の峽土のほろ〳〵落るやうに瘡蓋といふもの取れば、祝ひはやして、さん俵法師といふを作りて、笹湯浴せる眞似かたして、神は送り出したれど、益々よはりて、きのふよりけふは頼みすくなく、終に六月二十一日の蕣の花と共に、此世をしぼみぬ。母は死顏にすがりてよゝ〳〵と泣もむべなるかな。この期に及んでは、行水のふたゝび歸らず、散る花の梢にもどらぬくひ事などゝ、あきらめ顏しても、思ひ切がたきは恩愛のきづななりけり。露の世はつゆの世ながらさりながら 一茶去四月十六日、みちのくにまからんと、善光寺まで歩みけるを、さはる事ありて止みぬるも、かゝる不幸あらんとて道祖神のとゞめ給ふならん其引 子におくれたるころ似た顏もあらば出て見ん一踊 落梧 母におくれたる子の哀さにおさな子やひとり飯くふ秋の暮 尚白 娘を葬りける夜夜の鶴土に蒲團も着せられず 其角 孫娘におくれて三月三日野外に遊ぶ宿を出て雛忘れば桃の花 猿雖 娘身まかりけるに十六夜や我身にしれと月の欠 杉風 猶子母に放れしころ柄をなめて母尋るやぬり團扇 來山 愛子をうしなひて春の夢氣の違はぬがうらめしい ゝ 子をうしなひて蜻蛉釣りけふはどこまで行た事か かゞ千代 やんごとなき人々の歌も心に浮ぶまゝにふとしるし侍りぬ 讀人知らず哀なり夜半に捨子の泣聲は 母に添寢の夢や見つらん 爲家卿捨て行く親したふ子の片いざり 世に立かねて音こそなかるれ 兼輔卿人の親の心は闇にあらねども 子を思ふ道に迷ひぬるかな 頌曰未擧歩時先己到 未動舌時先説了直饒著々在機先 更須知有向‐上竅[仮訳: 歩を踏み出す前に到り、舌を動かす前に語る、常に機先を制し、さらに奥義を知らねばならぬ]貰ふよりはやくうしなふ扇かな 一茶俄川とんで見せけり鹿の親 ゝ大寺や扇でしれし小僧の名 ゝ 曲者隱れてうかゞふ圖あはれ蚊のついと古井に忍びけり ゝ 大山詣四五間の木太刀をかつぐ袷かな ゝ太郎冠者まがひに通る扇かな ゝ20[あなた任せ]他力信心〳〵と一向に他力にちからを入れて頼み込み候輩は、つひに他力繩に縛れて、自力地獄の炎の中へほたんとおち入候、其次に、かゝるきたなき土凡夫をうつくしき黄金の膚になしくだされと、阿彌陀佛におし誂へに誂ばなしにしておいて、はや五體は佛染み成りたるやうに惡るすましなるも、自力の張本人たるべく候。問ていはく、いか樣に心得たらんには、御流儀に叶ひ侍りなん。答ていはく、別に小むづかしき子細は不存候、たゞ自力他力何のかのいふ芥もくたを、さらりとちくらが沖へ流して、さて後生の一大事は其身を如來の御前に投出して地獄なりとも極樂なりともあなたさまの御はからひ次第あそばされくださりませと御頼み申ばかりなり。如斯決定しての上には、なむあみだ佛といふ口の下より、慾の網をはるの野に、手長蜘の行ひして、人の目を霞め、世渡る雁のかりそめにも、我田へ水を引く盗み心をゆめ〳〵持べからず、しかる時はあながち作り聲して念佛申に不及ねがはずとも佛は守り玉ふべし、是則當流の安心とは申なり、穴かしこ五十七齡ともかくもあなた任せのとしのくれ 一茶文政二年十二月廿九日 上の表で太字にした部分に着目したい。 ことしの春もあなた(阿彌陀佛)任せになんむかへける「目出度さもちう位也おらが春」 行水のふたゝび歸らず散る花の梢にもどらぬくひ事などゝあきらめ顏しても、思ひ切がたきは恩愛のきづななりけり「露の世はつゆの世ながらさりながら」 後生の一大事は其身を如來(阿彌陀佛)の御前に投出して地獄なりとも極樂なりともあなたさまの御はからひ次第あそばされくださりませと御頼み申ばかりなり。如斯決定して...あながち作り聲して念佛申に不及ねがはずとも佛は守り玉ふべし是則當流の安心とは申なり「ともかくもあなた任せのとしのくれ」 文政2年正月に「目出度さもちうくらゐ也」と感じたとしたら、いつまで愛くるしい娘を見守ることができるだろうか、あと幾年か不明ながらそう長くはないだろう、という予感ではなかったか。その感慨は老人にとって切実だ。畢竟するに、先に書いた「我身の老にまつわる不安がめでたさを満喫させない」の域の思考停止でしかない。君は老人だ。 白井一之が一茶の自筆稿本を伝え自費出版してくれたからこそ、僕らはこの句帖を読むことができる。そのことはいくら感謝しても足りない。ただし、この句帖の題名が「おらが春」でよかったのか、と俳諧の門外漢ゆえに考えてしまう。この時期の一茶は自らの春を謳歌していなかった、というより喜びに満ちたサトとのあまりにも短い時間とその喪失の断絶に戸惑い揺れ動いていたはずである。 それを示すような題名があればと思う。「ちうくらゐ」という語はそんな揺らぐこゝろを表現しているのではないか。煩悩と菩提、執着と達観、自力と他力、自他のあいだで揺れ動く思考ないし思惟の揺らぎこそが「ちうくらゐ」なのではないか、と考えた。 「是則當流の安心とは申なり」と云うとき一茶の心中にどのような思いが去来していたのか思いめぐらすと興味尽きない。

「おらが春」の出版

一茶(1763-1828)は「おらが春」の原稿を作成していたが、出版できなかった。没後25年の嘉永5(1852)年、自家に伝わっていた自筆稿本を出版したのは、一茶没後に門人となった白井一之いっし(俳号: 瓢隱居逸淵 1821-84)で、題名は句集第1章「善甲寺上人の話」に載っている「目出度さもちう位也おらが春」から彼が付けたという。ちなみに、一茶は生前に「文化句帖」「七番日記」「八番日記」「文政句帖」などを出版している。 a. 一茶翁俳諧文集「おらが春」「おらが春」善甲寺上人の話より 長野県図書館等協働機構/信州地域史料↓NPO長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ一茶翁俳諧文集おらが春[翻刻]一茶の著作 「おらが春」本文第1章末尾に前文「こぞ(文政1年)の五月生れたる娘に一人前の雜煮膳を居ゑて」に続けて「這へ笑へ二ツになるぞけさからは」があり、次の行に「文政2年正月1日」とある。この年月順に詠まれたとすれば、「目出度さも」の句はさとが月齢8ヵ月間近のかわいい盛りに詠んだことになる。 長女の死後まもなく詠まれた句なら理解できなくはないが、愛くるしい娘がいながら「目出度さもちう位也」というのは、ほかに何か理由がなくてはなるまい。「ちうくらゐ」の意味を改めて考えなければならない、我身の老にまつわる不安がめでたさを満喫させないのだろうか。 瓢隱居逸淵こと白井一之ほかが書いた「おらが春」の序文は以下のとおりである。 「おらが春」序文是爲白井一之老人所藏、小林一茶翁手書之俳諧巻、可愛玩者昔者鄭板橋、手書其集、鏤而公於世、翁之集亦己梓、可謂板橋以後第一人也、書之還之 戊寅(1818年)2月 菱陀生(一茶の俳号か)世々の變風元禄に至りて正雅やゝ定まりしよりこのかた諸家の風調おの〳〵その得失によりて風姿極りなしといへどもかの向上の一路は踏たがふ事なくひばりのくちさかしく蚯蚓の鈍くおかしげなる又は蓬の直よかに蕀のくねれるもみな自然の風骨を具してしかも正雅にもとらざるは天の妙といふべし、其一妙を得たるしなぬの一茶一期の風雅言行ともに洒落にして焔王も腮をとき獄卒も臍をかゝゆべし、しかはあれど毛頭れいの向上の本意を失はず實に近世獨歩の俳道人とせむか、こたび同國の一之家に傳へし坊が遺稿をその儘上木して追慕のこころざしを盡す、予も亦舊知己をわすれず坊が命終の年柏原の舊里を訪ひて往事をかたるにあるひは泣あるひはわらひてわかれぬ、其俤まぼろしに見へて扨こそこの集の序者にたてるもこれ又因縁によれるべらし 嘉永壬子(1852年)春涅槃日 東都 瓢隱居逸淵此一巻やしなのゝ俳諧寺一茶なるものゝ草稿にして風調洒々落々と杜をなす、こや寸毫も洒落にあらずしかもよく佛籬祖室をうかがひさる法師がつれ〳〵もあやからず一休白隱は猶しかなり手ぶりはおのれが手ぶりにしてあが翁の細みをたどり敢て世塵を厭ず人情はたやるかたなし惡我此外に何をかいはむ 嘉永四辛亥(1851年)の春彼岸仲日瓢界四山人しるすかの岸もさくら咲日となりにけり惟然坊(1648-1711)は元禄の一畸人にして一茶坊は今世の一奇人なり、そが發句のをかしみは人々の口碑に殘りて世のかたり草になるといへどもたゞに俳諧の皮肉にして此坊が本旨にはあらざるべし中野のさと一之が家に秘めおける一巻物やざれ言に淋しみをふくみ可笑みにあはれを盡して人情世態無常觀想殘す處なしもし百六十年のむかしに在て祖翁の過眼を得むには惟然の兄とやのたまはんか弟とや申し玉はむか 惺庵西馬(上から2段目の現代語訳) 長野県図書館等協働機構/信州地域史料アーカイブ長い年月の俳風の変化も、元禄時代に至って正しい雅みやびが次第に定まって以来、諸氏の趣は、それぞれがその得手不得手によって、姿形はそれぞれであっても、芭蕉翁の言う「向上の一路」は踏み違えることなく、ヒバリのように巧みにさえずるのも、ミミズのように鈍く怪しげなのも、あるいはヨモギのようにしっかりしているのも、イバラのようにくねっているのも、みな自然の風格を備えていて、しかも正しい雅みやびに背くことがないのは、天の不思議と言うべきだ。その不思議を得た信濃の一茶は、生涯の文芸の道と言行が共に洒脱で、閻魔大王も大口を開けて笑い、地獄の鬼たちも腹を抱えて笑うだろう。そうではあるが、例の向上の本意をを少しも失っておらず、本当に近頃では稀な優れた俳道人と言おうか。この度同国(信濃)の白井一之が、家に伝わった一茶坊の遺稿をそのまま板行して、追慕の志を尽くした。私もまた昔の友人を忘れておらず、一茶坊の亡くなった年、柏原の郷里を訪ねて昔話をすると、ある者は泣き、ある者は笑って別れた。その面影が幻として見えて、このようにこの句文集の序文を書くことになったのも、これまた何かの因縁によるに違いない。

a cycle computer

自転車用の計測器ブライトンRider550を取り付けた。近所のバイクショップ店主に勧められた台湾製で cycle computerと呼ばれるIT機器だ。プロフィールにストライダーに乗った孫の写真を使用した。彼のように無心に自転車を楽しみたい。走行距離・時間・登った高さなどが記録され、最高速度・平均時速もすぐ表示される。年寄の玩具のようなものだ。 자전거용 계측기 브라이튼 Rider550을 장착했다. 동네 자전거 가게 주인이 추천한 대만제 브랜드로 사이클 컴퓨터라 불리는 IT 기기다. 프로필에 스트라이더를 탄 손자의 사진을 사용했다. 그처럼 마음껏 자전거를 즐기고 싶다. 주행 거리·시간·오른 높이 등이 기록되고 최고 속도·평균 시속도 바로 표시된다. 노인의 장난감 같은 것이다. I installed the Bryton Rider550 cycling computer. It's a Taiwanese-made …

memories updated

Time it was, it was. A time of innocence, a time of confidences. Long ago, it must be. I have a photograph preserve your memories.They’re all that left you…..by Simon and Garfunkle 近ごろ折りにふれて昔のことを思い出す。写真を見ながら当時の人々、写真のない人々、他界した親、祖父母のことなどに思いを馳せる。そして、自分の死期も遠くない、と考えたりする。 최근 들어 종종 옛날 일을 떠올린다. 사진을 보며 당시 사람들, 사진에 없는 사람들, 세상을 떠난 부모님과 조부모님 등에 대한 생각을 한다. 그리고 내 …