零れ話: トウロウナガシ[灯籠流し]

お盆に、あの世からこの世に戻ってきた死者の霊を、再びその世に送り出す「送り火」の一種で、死者の霊を弔うための灯篭やお盆のお供え物を、川に流す行事です。 更に、遠く離れて暮らす家族・親族が、久しぶりに集う機会でもあり、また、懐かしい人達と、思いがけず、顔合することが多いのも、この時期である。 新旧の縁を振り返り、己の生い立ちを確認したいものだ…

今日の歳時記: トウカカンセイ[灯火管制]

灯の覆い この手が剥ぎぬ 敗戦日 横井 博行 戦時中 空襲に備えて、夜の照明は制限された。 街灯は消され、家庭の電燈も布でおおわれた。 戦争に決着がつき、そのおおいを取り去った記憶を持つ方も少なくなりつつある。 解放された電燈をまぶしそうに見上げ、部屋の明るさにホッとした家族たち。 これを保ち続けなければ…

今日の歳時記: ボンオドリ[盆踊り]

ひろがりて 月を入れたる 踊の輪 柴田 佐知子 お盆につきものの盆踊りは、この時、現世に戻ってくることを許された魂を迎えるためのものとも、地獄から解放されて喜ぶ亡者の姿を模したものとも言われている。 輪になって盆踊りを踊っていると、唄や囃子に合わせて、輪が大きくなったり小さくなったりするが、その輪の上の夜空には月がくっきりと浮かび、踊り手を照らしている。 お盆は本来、立秋を過ぎて最初の満月のお祭りだった。

零れ話: 日本にも来たガリバー

ジョナサン・スウィフト(1667〜1745)の『ガリバー旅行記*』は有名である。 船長ガリバーは、まず小人国に渡り、次に巨人国に行く。 しかし、日本にまで渡ったことは知られていないようです。 第三編の最終章で、1709年5月、日本東南部のザモスキという港に着く。 その後、エド(江戸)にのぼり、皇帝(将軍)に拝謁が許され、ナンガサク(長崎)まで身柄を届けて欲しいこと、踏絵だけは免除して欲しい、と嘆願し聞き届けられたという。 6月にナンガサクからオランダ船に乗り、アムステルダムを経由して英国に帰り着いている。…というお話し。 * Travels into several remote nations of the world. 1726 https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1654950

今日の歳時記: 花カンナ

中庭の カンナの赤に リボンの子 中村 汀女 元は熱帯産、日本への渡来の最初は徳川時代中期であるが、明治以後は改良品種が多く輸入されて、花弁は筒型で、色は桃色・紅色・黄色などがある。 花は早咲きは六月頃から咲くが、盛りは真夏で、この花が衰える頃になると、次第に秋も深まっていく。 漢字表記は「 蘭蕉 」と、明治時代に刊行されて辞典には載っている。

零れ話: セッシュウ[雪舟]

室町時代の水墨画の頂点をきわめ、画聖と呼ばれた雪舟(1420〜1506)は、備中の赤松の生まれと伝えられている。 十歳過ぎに、同地の宝福寺に入門し、いたずらを叱られて柱にしばられたとき、こぼした涙でネズミに絵を足の親指で描き、禅僧を驚かしたとの伝説がある。 その後、相国寺で禅の修行と共に絵を習った。 更に、遣明船で明に渡り、宋元画の様式を把握し、帰国後 、諸国を遊歴し、多くの名作を残した。 多くの方が、幼い頃、絵本 等で見聞きした偉人である。

今日の歳時記: アオタ[青田]

はつ秋や 海も青田の 一みどり 芭蕉 初秋の海が青田の果てに見える。 もはやギラギラと輝く真夏の海ではなく、水色の海原がキラキラときらめく、其れにならい、青い穂もなびく。 72年前、灰塵に帰した地も、今や、“みどり”におおわれつつあるが、この平安が末長く続くことを祈るばかりである。 合掌。

零れ話: カヤ[蚊帳]

現在では、下水道の整備や蚊取り線香・等の普及によって、蚊帳をつる家庭は珍しくなってきたが、蚊帳はひと昔前までは虫除けの為の大切な道具であった。 蚊帳をつる習慣は、十五代 応神天皇の頃、中国から伝わったと「 日本書記 」に書かれている。 当時、蚊帳を使うのは貴族社会ばかりで、庶民は蚊やり火を焚いて蚊を追い払っていた。 その頃、女性が一枚の蚊帳を作ることは、男性が家を建てるのに匹敵するほどの功績として讃えられたという。

今日の歳時記: ハナノヒ[鼻・花の日]

花よりも 鼻に在りける 匂い哉 荒木田 守武 「 は(8)な(7)」の語呂合わせから、毎年8月7日を「鼻の日 」と(財)日本耳鼻咽喉科学会が制定し、鼻の病気に関する知識や健康管理について啓蒙を行なっている。 また、「 花の日 」「バナナの日 」でもあるらしい。 鼻のとおりを良くし、花の香りに酔い、美味しい食べ物を捜し求めて、心豊かな日々を重ねてゆきたいものです。 背を伸ばし、顎上げて、顔晴( がんばれ )!

零れ話: アカトンボ[赤蜻蛉]

一分間の黙禱。 あの沈黙の一分間は長いか短いか。 人生の時間の中では、ほんのつかの間にすぎないが、 「己の後先を思い描く」、様々な思いの詰まった濃密な時間でもある。 その時間を切り裂くかのように、目の前を通り過ぎる“赤蜻蛉”。 ふっと空気が流れはじめる。

今日の歳時記: アサガオ[朝顔]

目が醒めて ゆく朝顔の ひらくころ 今井 杏太郎 夜が白みそめるころ、朝顔が開く。 そのころ、自分も眠りから覚めてゆくのだが、寝床の中にいて朝顔が開くのを感じている、そんな気配がする。 更に、風鈴の音が聞こえてきたりする。 さぁ、今日も今日の生活が始まる。 昔から、朝の寝床は外の世界について思いを巡らすのに良い場所だった。

零れ話: エシャジョウリ[会者定離]

月遅れの“お盆”・夏季の旅と、出会いと別れの多い昨今であるが、出会いの喜びとともに、別れの悲しみや、愛のはかなさ、人生の無情さを味わい、一皮剥けて、己の成長を感じる瞬間でもある。 船が港を出てゆく。 互いの間に海原が広がって、もう「さよなら」の声も届かない。 その時、人は懸命に手を振って、いつまでも相手の記憶に留まろうと願う… その姿が、記憶のかなたから、時として、よみがえることがある。

今日の歳時記: アロハシャツ

アロハシャツ 着るなら傘は 置いてゆけ 山本 千代子 雨に濡れたくないので傘を持ち歩く。 雨の多い日本に住む人としては当然の備えだろうが、その用意周到さが、アロハシャツというざっくばらんな格好には野暮ったく見えるという。 雨が降ろうが嵐が吹こうが、手ぶらで颯爽と歩いてゆくのがいいのだ。 アロハ(Aloha)とはハワイ語で「挨拶」などの意味がある。 略装と思いがちだが、ハワイでは「男性の正装」とされており、夏のカジュアルな服装はTシャツのほうが一般的である。 「ハワイアンシャツ」と呼ぶこともある。

零れ話: ガクセイ[学制]

明治5年(1872)のこの日、太政官布告をもって「学制」が発布され、近代的教育制度が確立された。 「小学校ハ教育ノ初級ニシテ人民一般必ス学ハスンハアルヘカラサルモノトス(第二十一章)」と規定し、一般庶民と上層階級の区別なく、すべての国民に一様に開放された。 全国を、八大学区として大学を設置し、その下に、三十二の中学校を置き、一中学校(区)毎に、二百十の小学校が置かれることになった。 当時、小学校への就学率は28%であったが、今や、小中学は義務教育となり、高校も全入化に近くなり、大学進学率もアップしている。 益々、「何を学ぶか…」が問われる時代となっている。

今日の歳時記: ハッサク[八朔]

八朔に 出会いし友と 長話 岩間 れい子 八朔は、日本原産のミカン科の柑橘類のひとつであるが、他方、「 八月朔日 」の略で、旧暦の8月1日のことである。 この日農家では、この年の新穀を収め、田実(たのみ)の節句といって、これを祝う。 また、“ たのみ ”を“ 頼み “にかけ、武家や公家の間でも、日頃お世話になっている人に、その恩への感謝をあらわす意味で、贈り物をするようになったらしい。 更に、江戸時代にはいり、家康が江戸入りした“めでたい日”ということで、幕府の重要な式日となったといわれている。

零れ話: フンスイ[噴水]

噴水は水の運動体。 水は次々に噴き上り、自分自身を新しくしながら、白く輝く塔の形を保つ。 水が止まると、その塔は押し上げる水の力を失い、たちまち崩壊していまう。 そのとき、水の瓦礫とともに落下して、水面に砕け散る。 その時生まれる涼しい風が、心地いい…

今日の歳時記: ヒガサ[日傘]

降るものは 松の古葉や 日傘(ひかさかさ”) 嘯月 日傘に、松の枯葉がふりかかる。 今の日傘は布張りだが、かっては、竹の骨に紙を張った。 雨傘は紙に油を引いたが、日傘は素の紙のままだった。 松の葉のような軽いものでも、“カサコソ”と音を立てたのだろう。 微かな音を楽しんでいた。 布地の傘では、こうはいかない。

零れ話: 託す・願う

今日、どんな、良いことがあったのだろうか。 夜、寝る前に振り返ってみる。 すると、雨上がりの虹を見たとか… 濡れた足下の草を踏んだとか…が思い浮かぶ。 ただ、それだけのことだが、ふっと、優しい思いに包まれることがある。 “人の幸せ”とは、かくも、つつましい。 だがぁ…

今日の歳時記: オウギ[扇]

話聞き 直す扇は 半開き 名村 早智子 「えっ? もう一度おっしゃって」。 あまりの暑さに、大事な話を聞き逃したのか。 今度こそ聞き漏らすまいと、真剣に耳を傾けている。 その集中ぶりが、半開きのまま、はたと止まって動かな扇。 暑さも忘れてしまったかのように… “扇“ → 手に持って振り、風を送る道具。 摺りたためない団扇(うちわ)と、摺りたためる扇子(せんす) とに大別され、一般的には、後者をさすことが多い。