今日の歳時記: ウスゴオリ[薄氷]

光るめり 糂粏の中の 薄氷 三暁 “糂粏(じんだ)”は糠味噌。 この季節だから大根でも漬けているのだろう。 朝、蓋を開けると、糠味噌から上がった水に薄く氷が張っている。 「光るめり」とは壺の暗がりで、なにやらが光っているというのだ。 この生活感の濃さは、今とは雲泥の差がある。

零れ話: ツボミ[莟]

何の花とかぎらず莟がほころびるのはうれしいものだが、梅となればまた格別。 というのは梅の花が咲くのは春の訪れそのものだから… ラジオが、梅の花が、一二輪咲いたとか…伝えている。 春まだ浅い太陽の柔らかい光が身体を包む… 春を待ち遠しく思う心がつのってくる。

今日の歳時記: セツブン[節分]

人が良いので 節分の 鬼の役 武井 康隆 鬼打ちをする節分の起源は、奈良時代末までさかのぼる。 文武天皇の慶雲三年(706)、諸国に悪疫が流行ったので、鬼儺(おにやらい)の儀式をしたのが、節分の始まりといわれる。 ところで、この節分というのは、古くから毎年大みそかの夜に疫鬼をはらい、新しい季節を迎えるために、宮中で行なっていた儀式であった。 民間でこの儀式が行われ始めたのは、江戸時代に入ってかららしい。 「 福は内、鬼は外…」

零れ話: フツカキュウ[二日灸]

陰暦二月と八月の二日にお灸をすえると、特に効能がいいとか、年中息災になるなどといって、特にこの日を選んで灸をすえる風習のこと。 灸師に灸をすえてもらったり、家族や近所同士で“もぐさ”をのせて灸をすえ合う情景などは、幼き頃の思い出として残っている。 “もぐさ”は、乾燥させたヨモギの葉の裏にある白い綿毛を精製したもので、ヨモギは、ヨーロッパでは「ハーブの女王」と呼ばれるほど様々な効果が期待できる薬草である。 旧暦のこの時期、春の農事と秋の収穫を前にして、体調を整えておく必要からの慣行らしい。

今日の歳時記: オクリショウガツ[送り正月]

鏡餅 暗きところに 割れて坐す 三鬼 地域によって異なるが、関西地方の風習では、二月一日のことを“送り正月”という。 正月の終わりの日を送るという意味で、別に“オタナオロシ”とも呼ばれ、正月様を送るため、様式・等は不案内であるが、“メシクラベ”などといって高盛りの飯を供えるとのこと。 「一月往ぬる 二月逃げる 三月去る」の如く、年度末に向けて、慌ただしくなってくる。 「背筋を伸ばし、心して、一歩踏み出せ…」との古からの知恵か…

零れ話: キオク[記憶]

“思い出”を話し合うと、とらえかたは色々である。 自分としては、話す事で擬似体験をしてもらい、相手に理解を深めて欲しのにもかかわらず、些細な事として、話題としてあがらず、肩透かしを食う事も、よくある。 立ち位置、関心の置きどころで、当然、関心に差異が生じるのは、やむを得ない事とは思うが、寂しい思いをするものである。 埋められて 眠くて 眠れぬ 記憶の火 皆さんには、このような経験は無いのだろうか…

今日の歳時記: ワスレミズ[忘れ水]

冬の日や とけては氷る 忘れ水 一鼠 忘れ水とは言いえて妙… 野中をたえだえに流れる水の例えである。 しかし、この句の“忘れ水”は、川の流れが変わって取り残された水のことではないだろうか… 水が忘れていった水。 その水の思い出が解けてはまた凍りつく。 厳寒期ではあるが、春の足音がかすかに聞こえる…

田舎の零れ話: タチネブタ[立佞武多]

“パリでもヤッテマレ…” “ネブタ”、“ネプタ”と並び、青森県のお祭り“タチネブタ”が、海外イベントに参加するらしい… 20年の東京五輪・パラリンピックに向けての日本文化のPR、国産品の輸出拡大や、インバウンド(訪日外国人旅行)誘致につなげる狙いがあるとのこと。 7月からパリで始まる日本博「ジャポニスム2018」で、11月予定の「各地の魅力ー祭りと文化」で会場を練り歩くという。 「ヤッテマレ…、ヤッテマレ…、…」と賑わいをもたらし、青森への関心を高めてを欲しいものだ。

零れ話: 「戌」にまつわる…

戌年も、早、1ヵ月を走り抜けようとしている。 ところで、『戌』の名のつく植物も多いらしい。 ある県で開催された「『戌』にまつわる植物展 」によると、打ち消しのイナ(否)がイヌに転じた例が紹介されていた。 実の形が“ビワ”そっっくりでも味の劣る“イヌビワ” 山椒ほどの風味はない“イヌサンショウ” まがい物には注意という趣旨でつけたらしい… 犬の立場になれば甚だ迷惑だろうけど… 何かを類型化せず、其のものの“真の姿”を見つけ出したいものだ。

今日の歳時記: ツララ[氷柱]

どの家も 氷柱に昼の 雫かな 遠藤 和彦 強い寒気の来襲で気温が下がってきた。 窓外では、軒から落ちる水滴が凍って、飴の棒にように垂れ下がっている。 形は大小さまざまで、時には、屋根から地面にとどく太い氷柱ができることもある。 朝日に反射して、キラキラと光る氷柱は美しいものである。 幼き頃、長めの氷柱を見つけては、“チャンバラごっこ”をしたのが懐かしい…

零れ話: マネキネコ[招き猫]

招き猫といえば、飲食店や水商売の縁起だなに鎮座して、片前足をあげて客を招き入れる瀬戸物のネコのこと。 ペットの唐猫が渡来したのは1,000年以上も前にさかのぼるが、以来、必ずしも日本人はネコを縁起のよいものだとは考えてはこなかったように思う。 有馬・鍋島の“化け猫”騒動の話はそのいい例である。 そんなネコがなぜ幸福を招く縁起物になったのだろう…か。 「ネコ、面を洗って耳を過ぐれば、すなわち客到る」ということわざが、招き猫の由来の出典といわれるが、どうも因果関係がはっきりしない。 また、その形もいろいろあり、原型がはっきりしない。 古風は左前足をあげ、新式は右だというが、断定は難しい。 どちらにしても、おたくの招き猫はどんな幸運を招き入れてくれるのか…

今日の歳時記: イツル[冱つる]

我が行く 天地万象 凍てし中 虚子 寒気にあたって凍ることをいうが、それだけではなく、凍るように感じるもの すべてに用いる。 寒さが厳しくして快晴なのを「凍晴(いてばれ)」。 また、寒さのために頬が凍ったように感じることを「頬凍つる」という。 でも、この寒さが“春の芽吹き”への営みを支えている。 「頑張ろう…、互いに、寒さを乗り越えて、元気に会おう…」

零れ話: ユドウフ[湯豆腐]

昆布をダシにして豆腐を煮たて、かつお節やショウガ、ネギを薬味に醤油や煮汁で食べる。 豆腐の形をくずさずに煮るのがコツである。 数多い豆腐料理の中でも、夏の“冷奴”とならび代表的なもので、寒い夜など、熱燗のお酒を片手に食べる湯豆腐は、お酒好きな人にとってはたまらない… しかし、差しつ差されつ交わす乾杯、度を越さないようにしたいものだ。

今日の歳時記: カンゲイコ[寒稽古]

今の子にして 風の子よ 寒稽古 稲畑 汀子 柔剣道などの修行をする人々は、寒気の厳しい“大寒”前後に、早朝または夜間に道場に通って、激しい稽古を行なって心身の鍛錬に努める。 芸事の練磨を行なう場合もいう。 寒稽古に通う子どもたちは、なんともたくましく思える。 しかし、寒稽古は非科学的、非効率的とし、寒い時は室内である程度室温を高くした状態での訓練が効果が高く、怪我、等を防げるともいわれる。 要は、体力・技術的レベルの向上よりは、精神鍛錬に力点があるのだろう…

零れ話: エキ・デン[駅・伝]

昨日は、広島で「全国都道府県対抗駅伝」が行われた。 駅伝とは、何人かでチームを作り、長距離を継走する事を連想するが、元々は、通信の施設であった。 駅の本字は「驛」と書き、馬を備えた宿場のことであった。 緊急の通信の為に使者が発せられると、駅の馬を乗り継ぎながら目的地に向かって走ったのである。 伝の本字は「傳」で、車の字を含んでおり、宿場に備えた車を利用して、さほど急がない通信や、高官の旅行などに利用された。 共に、馬に頼ったことから、「駅馬・伝馬」とも呼ばれた。 その名残りが、船であるにもかかわらず、運輸の用語としての「伝馬船」という語などである。

雑題: 今日の紙面 フユゲシキ[冬景色]

「冬」は、ある辞典によると「ひゆ(冷)」に由来するらしい。 「厳寒」「極寒」「酷寒」・等は、厳しい冬の表現である。 「冱(い)つ」は寒さでものが凍ること。 「冴(さ)ゆ」は寒さが極まり 、透明に澄んだ、よどみのない冷たさを言う。 「寒の明け」は まだ先であり、暦の上での「春」を迎えても、実際は寒さが続きます。 体がポカポカしてくる「湯豆腐」「熱燗」等を友として、春の便りを待ちましょう…

今日の歳時記: カンツリ[寒釣]

もの問へば 寒釣きげん わるかりし 阿波野 青畝 水は四度で、最も比重が重くなるらしい。 だから、水底は真冬でも四度に保たれて、鯉や鮒は深みに潜んで動かない。 これを釣ろうとするのが“寒釣”である。 寒中、そう安々とかかるものではないだろう。 気長に待つしかない、時には、イライラすることもあるだろう… それゆえのご機嫌斜めか…、 あるいは、元々、不機嫌な人なのか…

零れ話: スキヤキ[すき焼き]

寒い日など、家族そろってすき焼きの鍋を囲むのもいい図である。 すき焼きは、別に牛肉に限った訳ではなく、“鳥すき”、“魚すき”など好みである。 「すき焼き」の由来は、一説に、農夫が鋤(すき)を利用し、野天で鳥獣肉を焼いたからというが、これではヤキが戻って、ナマクラになり、農具が使いものにならなくなる。 また、関西にあった平鍋、乃至は長方形の鉄板を用いて、薄切り肉(すき身)を焼いたことからとの節があるが、俗説の域を出ていない… 大正十二年の関東大震災以降、関西勢の進出が増え、「すき焼き」が、関東の「牛鍋」にとって代わったといわれる。

今日の歳時記: ニッキチョウ[日記帳]

偽りの 世に気をとり直し 日記買う 今泉 貞鳳 ”三日坊主“の例えでよく出てくる「日記」。 多くの皆さんは、今でも続いているのだろうか… この日記帳の販売は、明治二十年代の終わり頃には、既に、いい商売になっていたらしい。 忙しい世の中、「日記をつける余裕などないよな」と当方は思っていたが、日記というより、情報の整理・備忘録として使われているようだ。 実は、歳を重ねて、物忘れが多くなり、当方も必要性を感じ始めている。 ところで、「偽りの世」とは…、また、何を書き込もうとしの購入なのだろう…か。

零れ話: 思うわよう、…

伊豆諸島に、小さな島がある。 そこに、とびきり素敵な言葉を見つけた。 「思うわよう…」 お別れに当たって “離れていても、あなたのことを思っているからね”、それが、この島の「さようなら」なのだ。 島を出て、行き来する島人にとっての“心のつながり”だ。 今日は、阪神・淡路大震災の発生した日である。 「思うわよう…」 皆さんの事は忘れませんよ…、今後も、防災・減災に努めますよ…、お誓いしますよ…、さようなら…。