春のぬかるみのこと。 泥は一年中あるわけだが、春の泥にはことに季節感がある。 春泥には柔らかさがあり、どことなくてらてらするような感じがある。 雪解け、凍(いて)解け、春雨などのため、泥濘(ぬかるみ)ははげしく生じる。 でも、待ち遠しい“春”である…
今日の歳時記: ボタン[牡丹]
牡丹の 芽にくれなゐの 寒さあり 飯田 龍太 牡丹は花も豪華だが、春の芽立ちも劣らない。 それは不動明王をつつむ火炎に似ている。 なるほど、紅蓮の炎を思わせるが、まだ寒々としてみえる。 それを「くれなゐの寒さ」と一言で詠った。 “いのち”の炎をたぎらせている姿が伝わってくる… 我々も、そうありたい…
零れ話: 国際友愛の日・世界友情の日
今月は、愛する人や大事な人との“結び目”を巡らす14日の「バレンタインデー」に続き、22日の本日は、平和で国境を越えて世界の人々とも手を結んで明るい社会をつくる「国際友愛の日」とされている。 これは、健やかな子どもを育成する世界的な社会教育運動とされるボーイスカウトの創始者ベンデン・パラエル卿とオーレフ・セントクレイヤー・ソームス夫人の、年は違うが同じ誕生日を記念して、ボーイスカウト日本連盟が主体となって、1963年の世界会議の決定に基づき、1965年から始められた。 何々国民であることの主張ではなく、地球人としての意識を持って、住みやすい世界(地球)を目指したい…
今日の歳時記: シズク[雫]
朝夕に 雫のふとる このめ哉 千代女 春になれば草や木が芽吹く。 我々は当たり前のことと思っているが、これほど不思議なことはない。 昔の人々は大自然の力に素直に驚いた。 木の芽の雫が、木の芽が膨らむにつれておおきくなる。 柔らかのものを柔らかな言葉でとらえる “いのち”の躍動、春への明るい希望が、伝わってくる…
零れ話: スグロノススキ[末黒の薄]
春先に焼いたあとの野山から生い出でた薄のこと。 害虫駆除と施肥を兼ねて行われた山焼き(野焼き)によって、焼け残った古株から青々と芽を出しているものもあり、早々と萌え出た薄の先が、黒くこげているものもある。 この末黒の薄は、やがてニメートルにも背が伸び、秋になると穂を出す。 近い将来への、大きな生長を秘めた発芽である… 健やかであれ…
今日の歳時記: ウスイ[雨水]
雪融けて 花も芽生えの 雨水かな 雨水とは、今まで雪が降ったり、凍ったりしていた季節がゆるんで、水分が雨となって降るようになるという意味。 二十四節気の一つで、立春の後十五日を雨水という。 この頃から日いち日と早春の気が立ち始めるとされている。 また、雪(氷)がゆるみ、雪崩や屋根からの落雪、等の危険が増しますので、ご注意ください。 あくまでも、“いのち”の水である。
零れ話: 自然の”あゆみ”
春へのあゆみは、行きつ戻りつ、足踏みをしている。 ぼたん雪の降下速度は大体“秒速50センチ”で、これからの楽しみである桜の花びらの落下速度も、また、おおよそ秒速50センチだという。 勿論、無風状態での話しらしいが… 実は、夏の蛍の飛行速度も、なんと、秒速50センチなのだ。 この国に住み、この国の気温や湿度のゆらぎの中で、秒速50センチにあゆむことが…、急ぎ過ぎぬことこそが…必要なのかもしれない。 「忙しい」は、心を亡くすと書く。 己を“正気”に保ち、周りに心配りをしながら 、あゆみたい。
今日の歳時記: シタモエ[下萌]
下萌や 土の裂目の 物の色 太祇 もののあわれ、ものの命。 日本語の「ものの」はさまざまなものについて、かすかな風情をそえる。 この句の「物の色」もそのひとつ。 土の裂目から、潤った土の色がのぞいているということなのだが、下萌は枯れ草の下から萌える草の芽。 野原や道の傍のそこここから、新芽を出している草は、みずみずしい春の息吹を感じさせる。 我々も、腰を屈めて、跳躍への準備をしないと…
零れ話: ハダイロ[肌色]
21世紀になって、絵具やクレヨンから「肌色」という表示が無くなったらしい…、確認はしていないが…。 ある国の役所用語だが、肌の色を下記のように定めているという。 ・白人・・フェアー(fair) ・黒人・・ダーク (dark) ・日本人・ミディアム(medium) “ イエローとは表示できないので、中ぐらいの焼けかたとなった” 差別ではなく、区別だとのたまわるが、白人以外はアンフェアなのかとひがみたくなってくる。 ところで、英国の人骨をDNA解析したところ、一万年前は、黒い肌だったらしい… その後、ビタミンDの生成に必要な太陽光をより吸収する為、白い肌になったと考えられている。 肌の色は、自然環境に適応していった結果であり、色々あっていい。 要は、個性では…
今日の歳時記: カマクラ[=雪洞]
かまくらに 幼馴染が 膝そろへ 長谷川 祥子 秋田県、新潟県など日本の降雪地帯に伝わる、小正月(あるいは二月十五日頃)に行われている伝統行事。 たいていは雪洞をを作り、其れを“かまくら”と呼ぶ。 雪洞は道端などに雪を積み、其れを掘って雪室を作る。 大小、様々であるが、縦横1・8メートルぐらいである。 其の雪室の正面に四角の祭壇を設け、厨子などをすえ、色紙の幣を立て、灯明をともし、供物を供える。 “かまくら”の神は「オズスの神」といわれ、水の神と考えられる。 自然からの恵みと、自然の脅威に気づき、畏敬を持つ機会になるのだろう。 「自然尊重・自然順応」である…
零れ話: ホンブタイ[本舞台]
「人生の本舞台は、常に将来に在り」 尾崎 行雄 現在の成功に満足してしまえば、更に大きなを仕事はできない。 今はどんな苦境にあろうとも、貴重な試練と思えば前に進める。慢心する者を戒め、失意にある者を奮い立たせる言葉である。 現在開催中の平昌五輪を観ていると、結果は厳しものだが、選手夫々の談話を聞いていると、今は結果(成功)への過程であり、将来を見据えていることが伝わってくる。 「諦めなければ失敗(敗北)とは言わない」訳で、ご自分で納得できる道を歩み続けて欲しいと祈る。 結果は自ずとついてくる…
今日の歳時記: ハクバイ[白梅]
白梅の 香や白梅 去りしとき 田島 風亜 敏感な人をのぞけば、人間の嗅覚はあやふやなものらしい… ある香りのなかにしばらくいると、その香りを感じなくなっていまう。 だが、白梅のそばにいるときは忘れていた香りが、立ち去るときに、ふたたびよみがえり、己が香りに包まれていたことに気づく… 何気無しに接しているが、世の中の多くはその様な存在ではないのだろう…か。 無くして…、見失って…から、其のものの大切さ(重要性)に気づくことがある。 しかし、その時には手遅れ…、元には戻せないことになる。 心しなければ…
零れ話: ハイシャ[敗者]
平昌五輪が始まって、話題に上るのがメダル数である。 生憎、日本は結果が思わしくない、しかし、これから期待の競技が控えている…、大いに楽しみがふくらんでくる。 「敗者とは順位が最後の人ではなく、初めから出場を諦めてしまう人のことでは…」との言葉がうかぶ。 順位に一喜一憂するのは観客の自由だが、選手各位は勝者として大会に参加しているのだ。 勝負は時の運もある…、先ずは、頑張っている姿を観よう。
今日の歳時記: タンジョウビ[誕生日]
箸といふ 文化が不思議 建国日 林 翔 今日は“国の誕生日”だという。 「オギャア …」とでも大声で泣いたか… 赤ちゃんは、「オギャア…」と泣いた時に“弁”が開いて、空気呼吸が出来るようになるらしい。 その瞬間、外の空気が赤ちゃんの肺の中に入ってゆく。 そして二呼吸目のために、いったん外に出てゆくのであるが、その問題の一呼吸目の空気のうち、数パーセントが肺胞の奥に一生残っているという。 これが、彼(赤ちゃん)と周囲との最初の接点となるらしい… その意味でも、より良き環境、等を、未来の仲間に残しておきたい。
零れ話: ホノオ[炎]
「横断歩道、みんなで渡れば怖くない…」式に、実態の中身を考慮する事なく、大きな組織・大きな声に、無条件に従っている時がある。 大勢の中にいる事が安心を生むのかもしれない… でも、そこには“自分”が無いようにも思う。 「自分で判断し、かつ、決めないと、結果の責任を他者に転嫁する」ことが多いと言われたことがある。 「赤く高い炎より、青く小さい炎の方が温度は高い」との理がある。 目立つ(表面的)ことに目を奪われず、何が“正気”かを見定めて、青い炎を見出すことに努めたい…
今日の歳時記: ハルノユキ[春の雪]
袖に来て 遊び消ゆるや 春の雪 虚子 雪の多い日本海側とは異り、太平洋側では冬は晴れの日が多く、雪はむしろ春さきになって降ることが多い。 この雪を“春の雪”、“春雪(しゅんせつ)”、春吹雪という。 気温が高くなっているため淡雪状になることが多い。 「桜田門外の変」、「ニ・二六事件」の時の雪などがあげられる。 雪を赤く染めることのない社会が続くことを祈るばかりである。
零れ話: ホウゲン[方言]
地元に根ざした言葉(方言)が話題に上がることが多い。 当方が上京したころは、標準語(共通語)を話すように努めていたように思うが、最近は方言への対抗感は薄いと感じる。 今や、「標準語にはない親しみやすさがあり、PR効果も高い」と注目されているらしい。 一方、人工知能の技術を応用して、人が話しかけるだけで多彩な作業をしてくれるスマートスピーカーも普及し始めているとの事。 そこで問題になっているのが、「方言が分かるの…?」らしい。 問題ないとの実証実験もあるが、地方出身者の多くは、なまらないように、スマートスピーカーに話しかけることにならないか… かくして言語の標準化が進み、味わい深い方言が消えていかないかと不安になる。 便利になる過程で無駄が省かれゆくが、無くしてから後悔しないようにしたいものだ。
今日の歳時記: シラウオ[白魚]
白魚に 思へばからき 潮かな 羅川 清まし汁か素揚げか、白魚料理を食べながら詠んだ句だろうか… 堅苦しくなるところを間一髪おさえているのが、「からき潮」の簡潔さ…か。 麗しい白魚も塩辛い海の中で生きてきたのだ。 言うまでもないが、皆、恵まれた状況にあるわけではなく、夫々、厳しい環境下で生き延びてきている。 でも、其れも、周りとの“結び目”と支えがあっての事では…
他策ナカリシヲ信ゼムト慾ス
『他策ナカリシヲ信ゼムト慾ス』[1994年5月15日文藝春秋、著者:若泉敬(1930-1996)] を読了した。600ページを越す非常に読み応えのある本だった。この書と出会う機会を与えてくれたT氏に深く感謝したい。 この書を読みながらいろいろなことを考え、また気づかされた。雑駁ながら、その主なところを記しておきたい。 著者は本書の冒頭に「鎮魂献詞」と題して次の文章を掲げ、執筆に至った心情と本書を献ずる対象を明確にしている。 1945年の春より初夏(注: 3/26-6/23)、凄惨苛烈を窮めた沖縄攻防戦において、それぞれの大義を信じて散華した沖縄県民多数を含む、彼我二十数万柱の総ての御霊に対し、謹んで御冥福を祈念し、この拙著を捧げる。 本書はほかの誰でもない、多数の沖縄県民(注: 12万余)を含む日米の戦没者を鎮魂するために執筆されたのである。 著者は人一倍正義感が強いとともに、いい意味で自己顕示欲が強い人だと思う。自己正当化に汲々とする学者ではないが、学者というより、突き上げられるような義憤に駆られて本書を書いたのであろう。 著者の激しい義憤は何に対するものだったのだろうか。あまりにも日米間にだけ向けられたがために、その視野が狭められることはなかったろうか。日米ないしヨーロッパ以外の世界がどこまで入っていたか、少なからず気になった。 例えば、著者の献辞にある「彼我二十数万柱の総ての御霊」のなかに約1万人の朝鮮人犠牲者は含まれていたのだろうか。日本人犠牲者の慰霊碑とは別に、糸満市摩文仁の平和記念公園の一角に建つ韓国人慰霊之塔を思う。 本書の書名は陸奥宗光(1844-97)著『蹇蹇録』(1929年刊)の跋文から取ったものだ。 畢竟我にありてはその進むを得べき地に進み、その止まらざるを得ざる所に止まりたるものなり。余は当時何人を以ってこの局に当たらしむるも、また決して他策なかりしを信ぜむと慾す。 これは日露戦争ポーツマス講和の全権委任を託された陸奥宗光の文章だが、若泉氏はその「他策なかりしを信ぜむと慾す」を本書の書名にしている。なぜだろうか。 本書の全編を或る種の歴史正当化の意志が貫いている。だから「他策なかりし」を信じたいのだと理解するが、国際政治学者である著者はなぜ、あれほどまでに自分の関与を正当化しなければならなかったのだろうか。 戦争で失った国土を外交によって取り戻すことが稀有であることを本書の随所で述べている。それはそのとおりだが、著者は秘密取引があって当然だとしていて、それを正当化するために本書を書いたと考えられなくもない。 勿論、それはいかにも客観的に事実の積み重ねを通じて行われるのだけれど、著者の自己正当化はかなり執拗に感じられる。 彼独特の正義感というか、義憤を抱かせる淵源はどこにあるのだろうか。ご両親の影響だろうか。あるいは恩師のような存在があったのだろうか。 それがあるときは優柔不断な首相に対する苛立ちになり、沖縄戦で理不尽ともいうべき死を無理強いされた人びとに対する鎮魂を思わずにはおれない。 最後の数章で沖縄返還交渉に対する複数の人の評価を引用している。注目されるのが、中野好夫(1903-85)と福田恆存(1912-94)という二人の英文学者だ。左右両翼の立場から返還交渉を論じていて興味深い。 外交当局の関係者以外に引用しているのはこの二人だけであり、ともに英語に堪能なだけではなく、漱石と同じ意味で批評家であり、世間的にも知られている。両者が政治的に両極にあるから敢えて引用したのだろうか。いかにも客観的ではある。 畢竟、沖縄返還とは何だったのか。国民を愚弄し欺瞞し続けた「本土なみ、核抜き」返還とはいったい何だったのか。「密約」があったことは明々白々である。本書の精緻な記述はそれを証明して余りある。 返還後45年を過ぎた沖縄県の現状もまた、雄弁にそのことを見せつけているではないか。だとすれば、本当に「他策なかりし」だったのか、再検証すべきだが、どういう検証方法があるのか、僕は考えつかない。 著者は「他策なかりし」という語句がきわめて政治的な表現であることを熟知していただろうが、それが「密約」を正当化するのに極めて便利だったことを、どこまで意識していただろうか。 かくして「他策なかりしを信ぜんと欲す」という表現は消極的な自己肯定ではなく、積極的な自己正当化なのである。人が晩年に著す文章はすべて自己主張というよりは自己正当化なのであろう。著者はその作業を極めて真摯に、そして精緻に行ったのである。
零れ話: タンカ[啖呵]
歯切れのよい口調で勢いよくまくしたてるのを「タンカを切る」という。 もともとは「弾呵」と書き、大乗仏教の経典に出ている言葉である。 「弾」は「弾劾(だんがい)」などと用いられ、罪を正すの意。 「呵」は「呵責(かしゃく)」などと用いられ、叱るとの意。 つまり、「弾呵」は誤りを責め叱るという意味だが、次第に歯切れのよい言葉でまくしたてることの意になった。 そして、字のほうも「啖呵」という当て字に変わった。 この「啖」はかみつく、「呵」は息をふきかけるの意味で、おおいにまくしたてる状態を表している。 「啖呵師」といえば、「香具師(やし)」のことでもあり、大道で口上をまくしたてる売り方を「啖呵売」という。