零れ話: スズラン[鈴蘭]

別名キミカゲソウといい、ユリ科の多年草である。 茎の高さは30cm内外、葉は藍に似て大きく、五月末頃、葉の間から花軸をのばし、すこぶる匂いのよい白い小花をふさ状につける。 その形が鈴に似ていることから、この名がある。 花言葉は幸福の復帰…、あやかりたい。

今日の歳時記: 言葉は心の発露…

強情な 瞳日傘に 隠しけり 山田 佳乃 なじるように聞こえて、じつは愛着を示す言葉がある。 その一つが“強情”かもしれない… 女が男に「強情なんだから…」といえば、頼りになるとの意味になるし、 男が女に「強情だなぁ…」といえば、放っておけないということ。 でも、どのように読み取るか…、意外と難しい…、 と思うのは私だけか…。

012j 大きな流れは対立から平和に

5月26日の記事。去る25日に赴任の挨拶のため、京都府庁を訪問し、西脇隆俊府知事にお会いして交わした話の内容が京都新聞に掲載されました。 ドナルド・トランプ米国大統領が6月12日のシンガポール米朝会談のキャンセルを発表した翌日だったので、米朝会談のことが話題になりました。私は会談中止の発表にもかかわらず、「大きな流れは対立から平和に変わっている。大きな山はすでに越えた。これからは小さな山を越えることが残っているだけだ」と説明しました。 ところが、実際に翌26日、南北首脳が板門店で2回の会談を通じて、このような流れが間違っていないことを確認してくれたのです。結果的に私は嘘をつかなかった格好になります。 ちなみに、京都新聞は京都府と滋賀県を中心に朝刊45万部、夕刊20万部を頒布する中堅の地元新聞社です。

012 교토부청 방문: 교토신문 기사

5월26일자 <교토신문>의 기사. 25일 부임인사를 위해 교토부청을 방문해 니시와키 교토지사를 만나 나눈 얘기가 실렸다. 도널드 트럼프 미국 대통령이 6월12일 싱가포르 북미회담의 취소를 발표한 다음날이어서, 북미대화가 화제에 올랐다. 나는 회담 중지 발표에도 불구하고 "큰 흐름은 갈등에서 평화로 변하고 있다. 큰 산은 이미 넘었고, 지금부터 작은 산을 넘는 게 남은 것 같다"고 설명했다. 그런데 실제 26일 남북 …

壱里如: 天気晴朗なれど波高し

明治三十八年(1905)、113年前の五月二十七日、連合艦隊が、ロシアのバルチック艦隊を対馬海峡で撃滅した。 その際、「敵艦見ゆ」の急報を受け、参謀の秋山真之が、東郷司令長官の名で、大本営に打電したものが下記である。 「敵艦見ゆとの警報に接し、連合艦隊はただちに出動、これを撃滅せんとす。本日天気晴朗なれど波高し」 「天気云々…」に関し、戦いを控えて無用な風景描写…、明治の軍人は風流…、などといわれた。 しかし、これは具体的な状況報告であった。 「天気晴朗」は、空がよく晴れて視界がよくきき、戦闘にはもってこい… 「波高し」は、敵艦隊は遠路の航海で、疲労と訓練不足で、射撃技術が低下しており、波が高ければよけいに照準を定め難い。 一方、日本艦隊は準備万端で、有利である旨の戦況分析である。 でも、いくら分析が正確で、的確な判断だったとしても、次善の策であり、本来なら、この分析力を活かし、武力衝突を避けて、平和裏に対応・処理することが最善といえるのだろう。

011j 関西地域こそ韓国系民族学校の本拠地

26日(土)、27日(日)は、吉日のようです。 大阪、京都には韓国政府が支援する民族学校が三ヵ所あります。大阪に白頭学院建国学校と金剛学園(2ヵ所)、京都に京都国際学園があります。東京韓国学校を含め日本全国の韓国系民族学校は四校だけですから、関西地域こそ韓国系民族学校の本拠地といっても過言ではありません。 関西地域にある三つの韓国系民族学校が、週末を利用して一斉に体育大会を催しました。大阪の両学校は土曜日に、京都は日曜日に行いました。 三つの学校行事を奨励するため、私は週末の時間を割いてすべてに出席しました。在日コリアン社会が世代交代期に入った時期に次世代を育成する必要がありますが、その責任を果たすべきところがまさに民族学校だと考えています。 実際、これらの学校の運動会を見ると、なぜ民族学校が必要で、重要なのかを理解できます。教育は国家百年の計という言葉を実感した週末でした。

011 오사카, 교토에 있는 한국정부 지원 민족학교

26일(토), 27일(일)은 길일인 모양입니다. 오사카, 교토에는 한국 정부가 지원하는 민족학교가 세 곳 있습니다. 오사카에 백두학원 건국학교, 금강학원 2 곳, 교토에 교토국제학원이 있습니다. 일본 전국에 도쿄 한국학교를 포함해 한국계 민족학교가 모두 4개뿐이니, 간사이 지역이 민족학교의 본거지라고 해도 과언이 아닙니다. 그런데 이 세 학교가 주말을 이용해 일제히 체육대회를 했습니다. 오사카의 두 학교는 토요일에, 교토는 일요일에 했습니다. 저는 …

零れ話: ニシン[鰊・鯡]

その身を二つに裂いて干すから「ニ身」だといい、また、盆や正月に、両親がそろっている者は、必ず食べなければならない魚だったから「二親」だというふうに、名付けられたという説がある。 もっともらしいが、真偽のほどは定かではない… 「 鰊(れん)」の字は、中国では「 小魚の名 」となっており、「 鯡(ひ)」の字は「 フナに似た魚、又は魚卵 」のこと。 アイヌ語では、ニシンのことを「 カド 」とよぶ。 ニシンの卵を「 数の子 」というが、これは「 カドの子 」がなまったもので、今でも東北地方には“カド”といっている所があるらしい。 一方、春には産卵の為に、北海道沿岸に現われることから、「 春告魚 」とも呼ばれている。  

010j 歴史的な重さに比べ管理が疎かな耳塚

25日(金)は、終日京都に出張し、赴任の挨拶を行いました。総領事館に到着するやいなや京都に向けて出発しました。 京都日程は耳塚への献花で始まりました。耳墓は壬辰倭乱(文禄の役1592-93、慶長の役1597-98)のとき、日本軍が戦功を証明するために何万人もの朝鮮軍戦死者の耳と鼻を切って持ち帰り、これを埋めておいた塚墓です。 悲しくも辛い歴史の現場ですが、今さらながら、このような痛々しい歴史を繰り返してはならないという決意を固め、犠牲者の冥福を心より祈りました。 その後、順に、西脇孝俊京都府知事との協議、京都民団関係者との昼食懇談会、緒方禎己京都府警察本部長との協議、門川大作京都市長との協議、京都新聞社の訪問と、分刻みの日程をこなしました。京都での1日を終えて総領事館に戻ると、5時半近くになっていました。 京都訪問で最も印象に残ったのは、耳塚を訪れて献花したことです。京都府知事や京都市長と面談した際も、耳塚の管理をさらに入念にしてほしいと要請しました。 韓国人が感じる歴史的な重さに比べ、耳塚は疎かに管理されているように感じたからです。暗い歴史も明るい歴史も、歴史は未来への教訓がなければならないという点で、日本のためにも耳塚の管理に一層の配慮をしていただきたいと思います。

010 교토 방문

25일(금요일)은 하루 종일 교토를 방문해, 부임 인사를 다녔다. 사무실에 도착하자마자 교토로 출발해 귀무덤(이총)에 헌화하는 것으로 교토 일정을 시작했다. 귀무덤은 임진왜란 때 왜군이 전공을 증명하기 위해 수만명의 조선군 전사자의 귀와 코를 잘라왔는데, 이를 묻어둔 무덤이다. 슬프고 아픈 역사의 현장이다. 뒤늦게나마 이런 아픈 역사가 되풀이되서는 안 되겠다는 결의를 다지고, 희생자들의 명복을 빌었다. 이후 차례로 니시와키 다카토시 교토부 …

今日の歳時記: バクシュウ[麦秋]

きらきらと 雨もつ麦の 穂なみかな   蝶夢 麦は夏に黄金色に熟れ、収穫の時期を迎える。 その頃( 立春後、百二十日前後 )、熟した麦穂をみると、あたかも秋の収穫の時期みたいなので、この名がある。 穂先の針のようなノギや葉っぱに残る雨粒が、雲間から照らす日の光にきらめいている。 乾けば風に“さらさら”と鳴るだろう… 梅雨を控え、乾燥した時を活かしたい。  

009j 奈良県庁、奈良市役所、奈良新聞社

一昨日(22日)に続き、昨日(23日)は、奈良県を訪ねました。奈良県というとすぐ思い浮かぶのが法隆寺と東大寺、そして路上の鹿が連想されるほど、韓国人にとって親しみ深い地方です。古代百済、新羅との縁も深いところです。 奈良県では、まず、新井省吾県知事と面談し、次いで民団幹部と昼食をしながら話を交わしました。新井知事は昨年総領事館で開かれた祝賀行事の祝辞を韓国語で諳んじてされたほどの知韓派、親韓派です。 午後には、慶州市と姉妹関係にある奈良市の仲川元庸市長を表敬訪問し、両国間の交流活性化、特に日本から韓国に行く観光客の増加に関する話題をめぐり多くの話を交わしました。続いて奈良新聞社を訪れ、甘利治夫代表に会って、在日コリアンと韓国に対する格別のご関心をお願いしました。 雨中の訪問でしたが、満ち足りた一日でした。

009 나라현 방문

그제(22일)에 이어, 어제(23일)는 나라현을 방문했습니다. 나라현 하면 금세 떠오르는 것이 호류지(법륭사) 도다이지(동대사)와 길거리의 사슴이 연상될 정도로, 한국 사람들에게 친근한 지방입니다. 고대 백제, 신라와 인연도 가장 깊은 곳입니다. 나라현에서는 먼저 아라이 쇼고 지사와 면담하고, 이어 민단 간부들과 점심을 하면서 얘기를 나눴습니다. 아라이 지사는 지낭해 총영사관에서 열린 경축행사의 축사를 한국말로 외워서 할 만큼 지한, 친한파입니다. 오후에는 경주시와 …

零れ話: ドドイツ[都々逸]

主に男女相愛の情を口語をもってつくり、ふつう、七・七・七・五 の四句、二十六文字の流行俗謡。 百々一、東都一、都々一 などとも書かれる。 この発生地は、名古屋熱田の宮の私娼街といわれる。 東海道の要として繁盛しており、寛政十二年(1800)から、各宿屋に二人ずつの飯盛女(私娼)を抱えることが許された。 これに対して世間では、飯盛女を「おかめ」と呼んだが、ここに集まってくる遊治郎の間では、「おかめ買うやつぁ頭で知れる。油付けずの二枚折」との唄が唄い出された。 しかも、唄の終りには「そいつはどいつじゃ、どどいつどいどい」というお囃子がついた。 そこで、しゃれ好きの連中が、この唄を「どどいつ節」というようになったらしい。 今日、寄席などでの都々逸の基礎を築いたのは、天保のころ「なぞなぞ坊主」と呼ばれた都々逸扇歌(1834年沒)である。  

今日の歳時記: アオバ[青葉]

夏山は 目のくすり成 しんじゆ哉  [       ] 新緑の季節を過ぎると、次は青葉の季節である。 木々は青々となり、いかにも“生気みなぎる”という感がある。 昔、“真珠”を目に当てると眼病に効くと信じられていたが、“新樹”を目の薬と洒落ているのだ。 新樹とは、青葉・若葉におおわれた初夏の樹木であり、濃淡さまざまな緑葉の混じったさまを指す。 木々の緑は目の保養にもなり、確かに、目の薬ともいえるのだろう。  

008j 和歌山県庁と和歌山新報社

大阪総領事館は、管轄地域が大阪府、京都府、奈良県、和歌山県、滋賀県の5県です。22日は地方に行動範囲を広げ、和歌山県庁を訪ねました。 はじめに和歌山県の君栄慶喜知事を表敬訪問し、民団と和歌山県日韓親善協会幹部と昼食を兼ねて懇談しました。続いて和歌山県最大の新聞社、和歌山新報社を訪ね、津村周社長と韓日交流問題について歓談し、在日コリアンと韓国に関心を持って報道してくれるよう要請しました。残念ながら、和歌山市の市長とは今回日程が合いませんでした。 和歌山県は、海洋と山地を兼ね備えた豊かな自然環境と食べ物を標榜して、韓国の観光客を誘致しようとする努力を活発に行っています。みなさん韓国との交流に関心が高く、ウィンウィン関係をつくれるような気がしました。

008 와카야마현 방문

22일 보폭을 지방으로 넓혀 와카야마현으로 부임 인사를 하러 갔다. 오사카 총영사관은 관할지역이 오사카부, 교토부, 나라현, 와카야마현, 시가현 5군데이다. 우선 와카야마현 니사카 요시노부 지사를 만나 인사를 하고, 민단 및 와카야마현 일한친선협회 간부들과 점심을 겸한 간담회를 했다. 이어 와카야마현의 가장 큰 신문사인 와카야마신보를 찾아가 쓰무라 슈 사장과 한일교류 문제에 관해 환담을 하고, 재일동포 및 한국에 관심을 가지고 …

零れ話: ニゲミズ[逃げ水]

春や夏のよく晴れた日、アスファルト道路や野原などで、遠くに水たまりがあるように見えて、近づくとまたその先に移って見えることがある。 これはいわば小型の蜃気楼(しんきろう)現象である。 古くから武蔵野の名物とされおり、歌にも 「あずま路にありという逃げ水の 逃げかくれても世をすごすかな」 とある。 ところが、柳田国男の話によると、逃げ水は光学現象ではなく、川の流れが冬になって突然涸れ上がることを指すとされる。 確かに、蜃気楼なら武蔵野でなくても見られる。 更に、名物であるからには、冬にカラカラ天気の続く関東地方の風土から出てきた言葉かもしれない…  

今日の歳時記: キンギョ[金魚]

その中の いちばん動く 金魚買ふ 岡野 美代子 金魚の命は兎も角はかない。 買ってきては死なせ、死なれたからといっては、買ってくるのではなかったか… 子どもの頃から、何度繰り返してきたことか。 それでも、夜店などで見かければ、飼いたくなったものだ でも、これで“いのち”のありようを知ったし、弱肉強食の世とはいえ、我々は、小魚・動植物を食していることを考えた。 今でも、人間より有能で強い生物が現れたら、我々も同様な立場になるのか…と、ふと、考えることがある。 この視点を持てるか否かで、物事に対する姿勢が変わってくるのでは…  

007j 民族学級の生徒たちの運動会

19日(土)と20日(日)は、東大阪市と大阪市生野区で開催された民族学級の生徒たちの運動会に行ってきました。 民族学級は、簡単に言うと、日本の小中学校のなかに設置された在日コリアンなどのための課外クラスです。このクラスでは、講師が週に数時間ずつ出席する生徒に韓国語と韓国文化などを教えています。在日コリアンなどが多い大阪の地域特性を反映した制度です。また、在日コリアンが闘争を通じて、日本の教育当局から得た成果でもあります。 19日の東大阪市の運動会は23回、20日の生野区の運動会は33回の歴史を誇っています。参加した親と講師など関係者らの話を聞くと、幼いころ、自分のルーツとアイデンティティを確認する重要なイベントだったといいます。 彼らがここ日本でマイノリティとして生活しながらも、民族文化を語り、ルーツを忘れずに明るく生きている姿を見て、心が満たされる気がしました。 いま、在日コリアン社会は1-2世から3世以下へと世代交代が進み、運動会も徐々に参加者数と参加の熱気が減っているのは大きな問題ですが、生徒たちの明るく堂々とした姿を見ると世代交代もそれほど悲観的ではないという気がします。 厳しい環境のなかでも民族教育のため尽力していらっしゃるすべての方々、本当にありがとうございます。