12月28日(金)は2018年の仕事納めの日です。韓国の年越しは元旦だけが休日です。日本でも韓国と同じように、公式の休日は1月1日だけなのですが、その前後、土日を含んで一週間ほど休むことが慣例になっています。それで、日本地域の韓国公館もこれに合わせて仕事納め・始めをします。 大阪総領事館も12月28日が仕事納めで、新年1月4日が仕事始めです。12月28日の午後には、1階の講堂で飲み物やお菓子、フルーツなどでささやかな仕事納めをしました。一部の職員は外部の活動や申請業務があるため、全職員が一堂に会すことはできませんでしたが、お互いを励まし一年を終える有意義な行事だったと思います。 仕事納めをした講堂は、11月17日から始まった民族学校・民族学級生徒による美術作品を展示しているので、一層意義深かったと思います。私たちは、この展示会を準備する過程で、この場所を「ドリームギャラリー」と名付けました。いま振り返っても妙案だったと思います。この展示会は、これまで在日コリアンや韓国国民が疎遠に感じていたであろう総領事館を、互いに行き交う親しみあるスペースに変えようとする企画の産物です。 特に、在日社会の未来を担う若い青少年コリアンと行き交う場所という点では、ドリームギャラリーという名称はとても適切だと思います。また、さらに低姿勢で親切に国民に奉仕する公館になろうという私たちの運営方針を象徴するスペースだとも思います。 大阪総領事館の職員は、きょうの仕事納めにおいて、2018年に関西地域を襲った数々の災害に際してよく協力して克服したように、来年も「奉仕する」総領事館になるようさらに努力する決意を新たにしました。 来年も多くのご激励とご支援をお願いし、大阪総領事館を代表して年越しのご挨拶とさせていただきます。 「みなさん、一年を有終の美でしめくくり、よい新年をお迎えください」
104 오사카총영사관도 일본의 관례를 따라 12/29부터 1/3까지 쉽니다
12월28일은 한 해의 업무를 마감하는 날입니다. 우리나라는 해를 넘길 때 새해 첫날만 휴일입니다. 그러나 일본의 경우는 좀 다릅니다. 우리나라처럼 공식으로 쉬는 날, 즉 빨간 글씨는 1월1일 하루이지만, 새해를 전후해 일주일 정도(토일 포함) 쉬는 게 관례입니다. 일본지역 한국 공관도 이에 맞춰 업무를 조정합니다. 그래서 오사카총영사관도 12월28일 문을 닫고(종무식), 내년 1월4일부터 문을 다시 엽니다.(시무식) 오사카총영사관은 이날 오후에 …
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非現実的な、あまりに非現実的な韓国ドラマ(2)
ここで、韓国ドラマの多くに共通すると思われる登場人物の類型とその人間関係、構成要素、場面設定などを一視聴者の立場でざっくり整理しておきたい。 登場人物の類型 記憶喪失者: 途中で記憶喪失者あるいは痴呆になり、その記憶回復までがプロットの中心に置かれ、記憶回復が悪事の発覚する伏線となる。認知症を扱ったものはみたことがない。 悪事を重ねる人物: その悪事の展開がプロットを進行させる。視聴者の立場では、悪事や嘘が明々白々だが、登場人物の多くがそれに貶められ、嘆き悲しむ。 お人好し: 情に流される純情派というより苛立たしいお人好しが多い。すぐ感情的になり、嘘や噂に振り回され、簡単に悪だくみに騙され、繰り返し騙される。 犯罪者: 冤罪あるいは悪者に嵌められて罪を着せられた人物、その復讐がプロットの伏線となる。悪者はあらゆる手段を駆使して「邪魔者」を抹殺しようとする。 上層の人物: 傲慢、人間性を欠落した、人格的な破たん者として描かれることが多い。すぐ感情的になり、自分の意に添わない者を追放し、拉致して、反省するところがない。 下層の人物: 勤勉で、優秀な学校成績や才能に恵まれ、家族愛を大事にする人格者として描かれる。男女とも裕福な家の異性に好かれることが多いが、恋愛はほとんど成就しない。 登場人物の人間関係 社会的な階層を異にする者たち(持てる者と持たざる者)の人間関係、羨望・蔑視・不信・理解不能などが互いに交錯する。 家族関係、とくに母親と息子、嫁と姑、祖父母と孫、三世代家族における最年長者の我が儘と傲慢、世代間の格差ないし断絶などが、誇張されて提示される。 子どもの結婚に口出しするどころか、強制的に結婚させようとする親が多い。特に社会的経済的な上層に属す者に多い。子どもはそれに反抗するが、親の策略に嵌められることが少なくない。 資産家の父親または母親と子ども、資産家の祖父母と孫、中下層の人々に対する蔑視が悪事につながる。 登場人物の多くが恋愛、家族関係、姻戚関係、同窓関係、敵対関係、金銭の貸借関係等で、あたかも親戚関係のようにつながってしまう。 さまざまな形の復讐と嫉妬が主題になることが多い。男女老若ともに嫉妬心が誇張されて表現される。 上下層共通の価値観として、金権主義、溺愛型の血縁至上主義、それと類似の恋愛至上主義、先輩後輩関係、家族主義などがある。 善玉と悪玉が明確に分けられるが、勧善懲悪とはいい難い。悪徳の栄えのようなプロットが延々と続く。 これらの登場人物とその人間関係が、韓国の実社会の様相をかなりの程度まで反映しているのだろう、と想像するのは自然なことだ。にもかかわらず、韓国ドラマを「非現実的」だといって批判するのはおかしい、と考える人がいるかもしれない。
103j 日韓の文化差; 国立民族学博物館
先週ソウルで開かれた在外公館長会議に出席して戻って来ました。それで、気持ちの上でも時間的にも忙しく過ごしています。日韓の間には、物理的な時差はないのですが、明らかに文化的な差「文化差」ともいうべきものがあることを感じます。 そんな文化差のなか、大阪でのルーティン業務に復帰した初日の20日、吹田市にある国立民族学博物館を訪問しました。ずっと続けてきた業務ですが、しばらくの空白と文化差のせいか不馴れな感じがします。 国立民族学博物館は、1970年に大阪万博が開かれた場所(現在は自然文化公園)に位置しています。博物館のすぐ近くに大阪万博のシンボル「太陽の塔」が立っています。 1977年に開館した博物館は、民族博物館として世界最大規模だといいます。この博物館の施設は大学院教育の機能も備えており、文化人類学などの博士を輩出しているそうで、これも世界で唯一だそうです。 吉田健司館長ほかにお会いし、博物館の説明を聞き、文化を通じた交流の活性化と友好増進のために協力しようと話しました。もちろん、参加者全員が文化に対する理解が交流の基本であるということを共有しました。 吉田館長との面談を終えて韓国文化の専門家である太田新平博士の案内で、東アジア館の韓国文化と日本文化の展示だけを見学しました。今回は時間がなく、短縮した部分的な見学にとどまりましたが、次はぜひ全体を見たいと思います。 展示館はオセアニアを皮きりに、東に戻って世界を一周した後、最後に日本に到達するようになっています。全体を見るのに約4時間かかるそうです。展示物の構成もよく、日本特有の繊細さを加えた家屋などのミニ展示物も実に精巧にできています。
ブログで振り返ったつもりに
毎年この時期になると、過去を振り返る習癖があり、ことしもそうしています。最近はブログを遡ることで、振り返ったつもりになります。いま、以下のブログサイトの制作と運営に関わっています。 https://hangangnett.com https://joyscycle.com https://kanewakas.com https://ohtak.com https://oguris.blog 2020年から郵便の年賀状をやめようと考え、来年の賀状にもその旨書きました。1年余りで、僕は70歳になります。昨今は稀なことではなく、ごく普通のことですが。 思えば、物心ついてから60年(十干十二支の定める最小公倍数)、毎年末になるとせわしく1年を振り返る習癖を身に付けさせられて来たわけです。同じ時間の枠組みに基づいて、70歳を古来稀などという。そういう枠組みから解放されないといけない。 だから、僕は「今は普通」というのですが、この言い方は基準が古稀にあるので好ましくない。さあ、これからどういう方法で思考枠組みを再構築するのか、わくわくすることしの年の瀬です。
103 한일 사이에 있는 문화적 시차; 국립민족학박물관 방문
지난 주 서울에서 열린 공관장회의에 참석했다가 돌아오니, 정신적으로 물리적으로 바쁘다. 한일 사이에는 물리적 시차가 없지만, 문화적 시차가 있다는 것도 확실하게 느낀다. 오사카 업무 복귀 첫날인 20일에는 오사카부 스이타시에 있는 국립민족학박물관을 방문했다. 쭉 해오던 일이지만 잠시의 공백 때문인지 왠지 낯설다. 국립민족학박물관은 1970년 오사카 만국박람회가 열렸던 장소(지금은 자연문화공원)에 자리 잡고 있다. 박물관 바로 당시 오사카 만박의 상징물 …
非現実的な、あまりに非現実的な韓国ドラマ(1)
2000年代初めから韓国ドラマをみている僕は自称「韓ドラファン」である。すべてではないが、歴史・恋愛・家族愛・学園・アクションものなど、広く渉猟している。 毎晩、韓国ドラマをみることが生活習慣病になっており、最近はそのせいか高血圧を患うまでになった。数年前から、そのこじつけのプロットに対し、不満というより怒りを感じるようになったためだ。 ドラマのプロットが型にはまっていて、ストーリーを追うのが馬鹿らしくなった。少し前までは、気に入ったドラマがあると、ブログに感想を載せていたのに、最近は以前ほど共鳴することがない。僕が変化したのだろうか。 そんなことを考えながら、以下「吹けよミプン」(原題: 풀어라 미픈아)を材料に、韓ドラについて述べようと思う。このドラマを毎回欠かさずにみたし、嫌っているわけではない。後述する韓国ドラマの要素をすべて備えるこの作品が、この文章を書くきっかけを与えてくれた、ということだ。 題名にもなっているとおり、主人公はミプンだが、実際には次の 1.から 4.の家族ないし親子関係をめぐって必然性のないプロットが進行してゆく。5.の最終章も予想どおり、形だけの制裁が行われ、数年後にはハッピーエンディングで終わる。脇役ながら、シネの子役の演技がすばらしかった。あの子を通してすべての登場人物を見る視点で構成することもできたはずだ。 弁護士の青年チャンゴと彼の父方の祖母を含む三世代家族がこのドラマの主たる場面だ。彼の父はドラマの冒頭に登場するが、交通事故で他界し、回想シーンにしか登場しない。チャンゴが彼の恋人・結婚相手ミプンをめぐり母親と対立する。母親は経済的社会的な幸福を願うというが、彼女のミプンとその家族に対する態度は度を超していて辟易する。母親と長男及びその結婚相手との対立が、このドラマのテーマの一つだろう。母親が脱北してきたミプンの家族を見下す態度も不快だが、あるいは韓国社会の脱北者に対する差別意識を映しているのかもしれない。 北朝鮮の上流階層の出身で、後に脱北し、ソウル市内に住むミプン(本名スンヒ)とその母親、ミプンの弟の子のユソン。脱北するとき、ミプンの弟とともに死んだはずの父親が、後半に記憶喪失者として登場する。ミプンとチャンゴは二人を含む双方の家族がマカオにいた小中校生のとき(ドラマの冒頭数回)から恋愛する運命にあったという設定だ。上流階層にいたミプンの家族は脱北し、盗難に遭い労苦の末、韓国に来てからはチャンゴの助けを拒絶しながらも受け入れるしかない。チャンゴの母親はそれが我慢ならない。 孤児院出身のシネ。北朝鮮でミプンの家族と同居し、ミプンの家族が脱北するとき追いすがり、彼らの手持ちの全財産を奪って逃亡した。北朝鮮で極貧の家に生まれ、早くに母親を亡くして、ミプンの家族の世話になった。そんなシネがミプンの祖父の財産目当てでヒドンに近づいて結婚し、その後孫娘と偽ってミプンの祖父の家と会社を横領しようとする。定番の遺伝子検査で歯ブラシを差し替える手口だ。シネが主人公かと誤解するくらい、周囲の者を騙し、子ども騙しの手口でミプンを排除し陥れることをくり返す。すべての嘘が暴かれ、最後は自分の娘を孤児院に預けて死のうとする。 ミプンの祖父(平壌出身の脱北者で実はミプンの父方の祖父、韓国で財を築いた成功者)と同居している祖父の甥とその家族、甥の長男ヒドンがシネに騙され翻弄され続ける。ヒドンの母親は金銭に貪欲なため、シネの嘘は知りながら共犯者となる。ヒドンの父親が、バランス感覚を持つ人物として描かれるが、その彼もシネの義父となり、息子は騙され続けたあとシネを追って家出し、妻はシネの共犯者となって逮捕され、翻弄される。ミプンの母親に引かれ助けるが、結ばれない。 例によって、最後の数回でようやく悪女たちの悪が暴かれ、シネは娘を捨てて死のうとするが、怒り狂ったヒドンがそうさせない。逃亡を続けたあと逮捕され、その義母(ヒドンの母)とともに刑務所に入って同室で諍いを続ける。チャンゴの母親は寺に隠遁するが、三者ともいかにも表面的な悔恨であり、貪欲な面だけがいたずらに強調され、騙しの手口の見せ場に堕している。 なお、僕が考えるプロット(筋立て)とは、登場人物の性格描写やドラマのテーマを表現するために必須のものである。現実的な必然性があるか、非現実的ではあっても性格描写やテーマを引き出す効果があるものをいう。その効果がないものは、いくらおもしろい場面があっても、その単なる連続はストーリーを構成しないし、ドラマというに値いしない。そう考えている。
102j 大阪道修町にある創業300年の小野薬品工業
4月に赴任して以来、所管地域の主要企業を訪問しています。6月の三洋化成工業を皮切りに、パナソニック、日本電産、京セラ、オムロン、村田製作所、大和ハウス工業など、さまざまな会社を訪問しました。そして、12月7日、ことし最後の日程として、小野薬品工業の本社を訪問しました。 小野薬品工業は、2018年のノーベル生理学医学賞を受賞した本庶佑京都大学特別教授の研究をもとに、免疫システムを利用したがん治療薬「オプジーボ」を開発し、販売している会社です。大阪総領事館の臨時オフィスから徒歩5分程度の至近距離にある会社だということを、今回の訪問を準備するなかで初めて知りました。そこで、相良暁社長にお会いするとすぐ「隣人として、このように世界的な話題になる会社が現れたことをお祝いします」とあいさつしました。 江戸時代から薬種問屋街で、現在も薬品関連企業が軒を連ねる道修町(どしょうまち)において、小野薬品工業の前身は300年前(1717年)に薬剤商としてスタートし、1947年に製薬会社に転換しました。現在は3500人程度の従業員が勤務する、日本では中規模の製薬会社です。日本の大規模な製薬会社の社員数は7千人以上に上るそうです。同社は韓国にも50人規模の販売会社を運営しています。 小野薬品工業の優れたところは、中規模の会社でありながら、大企業にとっても難しい、長期に及ぶ投資を通じてオプジーボのような画期的な新薬を開発したことにあります。もちろん、関西地域には京都大学や大阪大学など、基礎医学研究が充実した大学が多く集まっており、新薬を開発する環境が整っているといえます。それでも、中規模の会社が新薬開発に手を出すのはリスクが大きいと言わなければなりません。相良社長は「新たな領域に挑戦する社風と研究欲、これを支え新たな市場を開拓しようとする経営陣の決断が、このような結果をもたらしたのです」と述べました。 同社長はまた、韓国法人の本社にも韓国人のほかさまざまな国の人材がいるといい、韓国の若者たちは思いが熱く、国際舞台で仕事する進取の気性が強いようだと評価しました。また、韓国の製薬業については全体として日本の業務より劣るものゝ、複数のバイオ分野で革新的な新薬を出すなど、大きく発展していると分析しました。
102 오프지보를 개발해, 팔고 있는 오노약품공업
4월 부임 이후 담당지역 안 주요 기업 탐방을 하고 있다. 6월 자동차 윤활유 첨가제 제조기업인 산요카세이공업(주)를 시작으로, 파나소닉, 일본전산, 교세라, 오므론, 무라타, 다이와하우스 등 다양한 회사를 방문했다. 그리고 마침내 12월7일 올해 마지막 일정으로 오노약품공업 본사를 찾았다. 오노약품공업은 2018년 노벨 생리의학상을 탄 혼조 다스쿠 교토대 특별교수의 연구를 토대로 면역체계를 이용한 암 치료제 '오프지보'를 개발해, 팔고 있는 …
101j 大阪の各国総領事一行、静岡県の招聘で静岡を訪問
12月4日、静岡県が主催する大阪領事団招待事業で静岡県を訪問しました。静岡県の海外広報事業であり、ことしで4年目になります。イタリア、インド、インドネシア、中国、パナマ、モンゴルの総領事ほかと一緒に参加しました。 はじめに「東海道五十三次」で有名な浮世絵師・歌川廣重の作品ほかを集めた静岡市東海道廣重美術館を訪問しました。浮世絵は江戸時代(1603-1868)に隆盛した木版画で、絵師・彫師・摺師たちが分業して制作しました。 続いて、昨年末にオープンした富士山世界遺産センターを見学しました。世界的な建築家である坂茂(ばん しげる 1957-)氏の設計により、富士山が最もよく見える場所に建てられたそうです。当日は残念ながら天気がすぐれず、本物の富士山は見られませんでしたが、センター内に展示された写真や動画などを通じてさまざまな富士山を見ることができました。 写真: 富士山世界遺産センターのサイトより センターの建物は富士山を逆さにした形で、センター前の池に本来の富士山の形が映るのをユニークに思いました。1日に1500人程度の来客があり、ほぼ京都国立博物館や奈良国立博物館レベルの入場者だそうです。続いて、静岡地震防災センターに行き、津波の恐ろしさと対処方法を示すビデオを見て、地震のシミュレーション体験をしました。 静岡県庁で川勝平太知事のお話を聞いた後、夜大阪に帰ってきました。知事の説明によると、静岡県は人口(370万人)と総生産規模がニュージーランドに似ているそうです。東京と大阪に独立国のように静岡県の事務所「ふじのくに領事館」を置き、国籍や人種に関係なく共生することを県の方針にしているとも述べていました。「ふじのくに」と呼ぶのは、精神的な独立を強調するためだそうです。画一的な政策や事業にしがみついている韓国の自治体にとってよい参考になると思われます。
101 시즈오카현 초청으로 오사카영사단 시즈오카현을 방문
12월4일은 시즈오카현이 주최하는 오사카영사단 초청 시즈오카현 방문행사에 다녀왔다. 가와카즈 헤이타 지사가 시즈오카현을 세계에 홍보하기 위해 4년째 벌이는 행사이다. 나도 중국, 파나마, 인도네시아, 몽골, 이탈리아, 인도 총영사(인도는 영사 대리 참석)와 함께 참석했다. 첫 일정은 에도와 교토를 잇는 도로인 도카이도의 53 역참의 풍경화로 유명한 우키요에 화가 우타카와 히로시게 미술관을 방문했다. 우키요에는 목판화로 대량생산했던 에도시대의 풍속화이다. 대량생산을 위해 …
100j 渡来人・行基・雨森芳洲・朝鮮通信使・滋賀県民団70周年
12月初の週末1日と2日、滋賀県に出張しました。2日に開かれる滋賀県の民団創立70周年記念式に出席する機会に、前日に現地入りし、韓半島と深い縁のある二つの寺院、金剛輪寺と百済(ひゃくさい)寺を訪ねました。 江戸時代を通じて12回に及んだ朝鮮通信使のうち10回が滋賀県を経由しており、宿泊先の施設などに通信使一行の痕跡が多く残っています。通信使が通行した街道を表示する「朝鮮ガモ」の標石があり、当時の古道もあちこちにそのまま残っています。通信使と関連が深い雨森芳洲翁の出身地ということもあり、地域と通信使との縁も深いのです。翁が生まれた長浜市高津町には雨森芳洲庵があります。昨年末、通信使の記録がユネスコ記録遺産に登録され、芳洲庵に保存されている書籍や記録などの多数が遺産に登録されています。 民団の記念式会場の入り口には、長浜市と通信使に関するドキュメンタリーふうの展示パネルが置かれていました。市が作成したものです。こういう歴史的事実を初めて知るかのように、在日コリアンの多くが行事の合間に見入っていました。日本の最短首相の記録を持つ滋賀県出身の宇野宗佑(1922-98)家に伝わる通信使の詩文も展示され、注目されていました。 滋賀民団は通信使をはじめ、古代から韓半島と交流が盛んだった地域の特性を生かしながら、民間交流を活性化していくことを宣誓しました。この日の行事には、大法院の強制徴用工判決で日韓関係が困難な状況にあるなか、三日月大造滋賀県知事ほか有力者も多く参加し、民団70周年を祝っていただきました。 12月1日、百済(4世紀前半-660)またはそれ以前から韓半島と関連が深い百済寺と金剛輪寺を訪ね、ご住職から朝鮮半島と寺院にまつわる話を聞きました。日本では百済という漢字をクダラと読みますが、漢字音そのままのヒャクサイと読んでいることからも、百済(ペクチェ)と縁の深いことがわかります。金剛輪寺は百済系の僧侶である行基(668-749)が創建した寺院ですが、以前からこの地域に影響力を持っていた渡来人秦(はた)氏の祈祷の場であったと伝えられているとの説明を受けました。 滋賀県は、京都や奈良ほどには韓国によく知られていませんが、古代に東海(日本海)を渡ってきた韓半島の渡来人たちが文化を伝播し、朝鮮時代(1392-1910)には朝鮮通信使の主要経路として、韓半島との縁が深く、また広いところです。そんな歴史的事実をあらためて知らされた1泊2日でした。
100 시가현 민단 창립 70주년 기념식에 참석; 곤고린지와 햐쿠사이지를 탐방
12월 첫 주말인 1일과 2일은 시가현으로 1박2일 출장을 다녀왔다. 2일 열린 시가현 민단 창립 70주년 기념식에 참석하는 김에 하루 먼저 현지에 가, 한반도와 깊은 인연이 있는 절 두 군데(곤고린지, 햐쿠사이지)를 탐방했다. 오사카총영사관 담당 지역인 2부3현(오사카부, 교토부, 나라현, 와카야마현, 시가현) 가운데, 올해 창단 70주년을 맞는 지방 민단이 나라, 와카야마, 시가현 민단 세 곳이다. 나라와 와카야마는 이미 …
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099j なぜ民族教育が大事なのか
11月23-24日、大阪地域の民族教育を担う教員と関係者が集まって研修会を開催しました。その主催者から「なぜ民族教育が大事なのか」というテーマで講演の依頼を受けました。 重いテーマですが、以前から日本と関係のある仕事をしながら抱いてきた考えと、去る4月、大阪に赴任してから関西地域の民族教育の現場を訪ね、関係者に接して感じたことをもとに私なりの考えをまとめてみました。 理解不足や補完すべき点が多々あると思いますが、日本において在日コリアンの民族教育に対する関心が高まるきっかけになればと思い、以下、管見を述べることとします。 ---------------------------- 樹々が紅葉に染まった季節にこのように美しい場所で民族学級の先生をはじめ、民族教育関係者が一堂に集まって研修されることを心よりお祝い申しあげます。このような意義深い研修会に参加することを、私自身たいへんうれしく思います。 去る8月、ここからさほど遠くない滋賀県琵琶湖畔で開催された第55回在日本韓国人教育者大会で同じ趣旨の講演をしました。私は在日コリアン社会の発展、みなさんの母国である韓国の発展、また日本と世界の平和のためにも、民族教育の活性化が非常に大事だと考えています。 現在、韓国政府が把握している関西地域の民族教育関係者は約4千人です。大阪の白頭学院建国学校、金剛学園金剛学校、京都の京都国際学園の三つの民族学校に約8百人の生徒と150人の教員がいます。また、大阪府の公立学校に設置されている民族学級では韓国にルーツを持つ約3千人の小中学生が55人の先生から韓国語、韓国の文化、韓国の歴史を学んでいます。いくつかの地方自治体で行われているサマーキャンプや夏季学校などを含めると、その数はさらに多くなると思います。 ---------------------------- では、民族教育はなぜ大事なのでしょうか、私なりの思いを語りたいと思います。以下「民族教育」は日本における在日コリアンを対象とする学校教育を意味します。 第一に、民族学校と民族学級を含む民族教育は、文字どおり在日コリアン社会、在日韓国人コミュニティの中心にあるからです。民族学校や民族学級の生徒が韓国について学ぶだけではなく、ご両親を含め、在日コリアン社会ネットの中心であるからです。ここで生徒たちが学べば、その家庭や地域社会に自然と広がっていきます。湖に石を投げると、波紋がしだいに広がっていくように、生徒の直後に家庭があり、その背後に在日コリアン社会があります。 第二に、民族教育は韓国と在日社会をつなぐ臍帯です。生徒たちはここで韓国の言葉や文化、歴史を学びます。それが、前述したように、在日社会に拡散されていきます。ですから、私たちは母国と物理的・地理的に離れていても韓国とつながり、韓国人というアイデンティティを共有することができます。 第三に、民族教育は韓国と日本をつなぐ架橋でもあります。日本中の民族教育は、存在論的に韓国と日本を共に考慮する教育になるしかありません。実際そうなっています。過去には、母国に帰ることを前提に、韓国について学ばなければならないとする時代もありました。現在では、韓国文化を守りながら、日本でどのように適合して生きるかが中心にならざるを得ないと思います。現在の民族教育は、日本のなかで暮らしながら、韓国について学び、韓国文化を大事にしながら日本で生きるコリアンを育てることに重点を置くべきだと思います。実際そうなっています。このような教育を通じ、韓国と日本が切っても切れれない関係を結ぶことに貢献しています。 第四に、民族教育は韓国と日本の二国間関係だけでなく、国際社会に貢献できる人材を育てる役割を果たしていると考えます。そうすることで、民族教育の意義がさらに大きくなるだろうと思います。現代はグローバル時代です。グローバルな基準と考えを持たないと活躍できない時代が展開されています。初めから日韓という異質な要素の共存について教え学ぶ民族教育は多文化・共生・共存を基本価値とするグローバル時代の人材を育てるのに最もふさわしい場だと思います。 最後に、民族教育はしだいに縮小され、矮小化されていく在日コリアン社会を強化し、有効化できる基盤を作る土台を提供していると思います。いくら在日コリアン社会が縮小されても、韓国としっかり連帯した次世代が続いて排出されますし、在日コリアン社会は堅固に維持され、発展していきます。このような意味における民族教育が存在する限り、どんな困難に遭遇しても、在日コリアン社会が揺らぐことなくつながれていくことを確信しています。 このように重要な意義を持つ民族教育がいま危機に瀕しているといわれます。逆説的な言い方になりますが、危機は危機と捉えることによって初めて、その危機から脱することができます。イタリアの哲学者アントニオ・グラムシ(Antonio Gramsci 1891-1937)に「知性の悲観、意志の楽観」という言葉があります。「状況を悲観的に捉え楽観的に行動する」という意味に私は解釈しています。 民族教育の危機を突破するには、何よりも情勢を冷静かつ正確に見る観察眼が必要です。私は民族教育が生き残ることを越え、さらに活性化するために、これまでの民族教育の成功と失敗を振り返り、新たな方向を模索しなければならないと考えています。 これまで1世2世の人たちを中心に展開されてきた民族教育は、日本社会の弾圧と差別、痛みからコリアンを守るための、いわば生存次元における避けようのない選択でした。生存するために、在日コリアンは確固としたルーツ意識を持って団結しなければなりませんでした。民族教育もそのような状況を色濃く反映しています。 いま、当時とは状況が大きく異なります。在日コリアンは、祖国に帰って定着するのではなく、日本社会に残って成功する道を選ぶしかない環境に置かれています。日本社会の差別的な環境も在日コリアンの努力と、人権と共生を強調する国際社会の影響を受け、しだいに改善されてきました。 現在、日本の国会で激しい論争となっている出入国管理法の改正論議にも見られるように、今日の日本社会は外国人労働者を受け入れなければ持ちこたえるのが厳しい時代になりました。韓国だけでなく日本も多文化共生を選択ではなく、必須にしなければならない状況になっているのです。このようなトレンドをふまえ、在日コリアンの民族教育も従来の抑圧と差別に対抗することに加え、多文化・共生を強調すべき時代になったと、私は考えています。差別を克服するだけではなく、多文化共生との二本立てで民族教育の歩みを進めなければならないと思うのです。 在日コリアンは日本社会における代表的な少数派(マイノリティ)です。最近、日本には、フィリピン、ネパール、スリランカなどから来訪する人々が増えています。このような状況を考えると、在日コリアンは歴史的にも人口数においても「マイノリティの長兄」the majority of minorities(少数派のなかの多数派)です。だから、マイノリティの権利を代弁してリードする長兄の役割を果たすべきだと考えます。従来より以上に、他の外国人と連帯する必要があるのです。一国主義ではなく複数国・国際主義が求められます。 マイノリティと共存共栄しなければ日本社会も支え難いという現実があることを考え、マイノリティとして生存に一層尽力しなければならないと思うのです。この点、みなさんが実践している民族教育こそが、日本社会が多文化・共生社会として成功するかどうかを左右する鍵だと考えています。日本社会もこのことを認めるべきでしょう。マイノリティの代表的な存在である在日コリアンの民族教育を受容できない社会が、どうしてベトナム、ネパール、スリランカなどの新しいマイノリティと共生できるでしょうか。 在日コリアン社会と日本社会が民族教育の重要性を共有し、ともに複文化主義に立つとき、日本は多文化・複文化社会に向けて進むことができます。このような経験とビジョンは、日本の共生だけではなく、韓国、東アジア、そして世界との共生のための好モデルを提供できるはずです。 在日コリアンのみなさん、さらに広くさらに遠くを見て、世の中を、そして世界を変える民族教育を作っていこうではありませんか。 いま大阪総領事館では、民族学校と民族学級の生徒の作品を1階の会議室に展示し「教師と生徒の協働(原文は師弟同行)アートショー」と呼んでいます。総領事館がコリアン社会とより身近になるために企画された展示会です。より多くの人々に民族教育のためのコリアンの努力を知らせる機会となるものと期待しています。総領事館を民族教育の体験学習の場としてもご活用ください。民族教育の旅程に大阪総領事館はいつも同行し、スタッフはみなさんと協働していきます。 今回の研修会では、ウトロ村、雨森芳洲館、浮島丸殉難碑、丹波マンガン記念館をたどる道も組まれています。歴史には病んだ歴史も健やかな歴史もあります。歴史を探訪する意味はそれを教訓にして、明るい未来を設計していくことにあると思います。 今回の研修がそのような道へと進む起点になることを期待しています。最後に、プロイセンの宰相ビスマルク(Otto von Bismarck 1815-1898)の言葉を引用し、講演を終わります。「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ」
099 민족교육, 왜 중요한가
11월23일~24일 오사카지역에서 민족교육을 담당하는 선생님과 관계자들이 모여 연수회를 했습니다. 그때 주최 쪽으로부터 저한테 '민족교육, 왜 중요한가'라는 제목으로 강연을 해 달라는 부탁을 받았습니다. 제가 감당하기 버거운 주제이지만, 오래전부터 일본과 관련한 일을 하면서 가졌던 생각, 그리고 4월 부임한 뒤 현지의 민족교육 현장을 방문하고 관계자를 만나면서 느낀 것 등을 종합해 저 나름대로의 생각을 발표한 바 있습니다. 여러가지 부족하고 …
098j 民族教育の意味をあらためて熟考した一日
11月最後の日30日、在日コリアンが集住する大阪市生野区みゆき森小学校の民族学級開設30周年記念式典が開かれました。式典に続いて民族学級の生徒の学芸発表会もありました。 厳しい条件のなかで、韓国の文化、韓国の言葉、韓国の歴史を教え学ぶ民族教育関係者を激励する意味で、私は式典に出席しました。来賓の紹介や祝辞もなく、純粋に学校関係者を中心に行われている行事ですが、韓国総領事の参加が些少なりとも力になればと思い、喜んで席を共にしました。 みゆき森小学校は全校生100人余りのうち70%程度が韓国にルーツを持っており、韓国や朝鮮籍の学生は10人程度だといいます。このような特性のため、学年ごとに1クラスずつ民族学級を設置しており、ここで生徒たかは1週間に1回ずつ、韓国のことを学びます。民族学級の授業だけを担当する常勤教員もいます。 常勤教員もなく時間講師だけで運営している他の学校の民族学級に比べ恵まれていますが、最初からそうだったわけではありません。30年前に民族学級を開設した時は、子どもに韓国のことを教えてくれることを望む保護者たちがお金を集め、民族学級の講師の給料を支援することから始めたといいます。この学校で20年間民族学級を担当してきたホン・オゴン先生は民族学級開設のために努力した10年を加えると、30周年ではなく40周年というのが正しい、と感慨深げに目がしらを押さえました。 こうしたことが親の民族教育の拡充要求運動に支えられ、常勤教員を置く民族学級へと成長したのです。そして、民族学級の活性化などが評価され、2012年にはユネスコスクールとして認められました(2018年10月現在、日本の小学校552校が加盟しているが、みゆき森小学校は加盟していない)。ユネスコスクールとはユネスコの理想を実現するために、平和と国際連帯を実践する学校のことをいいます。 教員たちがサプライズショーとして演出したアリランの歌に合わせたサムルノリなどの後に、生徒たちの発表会が続きました。次の約束のため、私は発表会の冒頭部分だけ見て出なければなりませんでした。最初の発表は2、3、5、6年の生徒によるサムルノリと扇の舞、演劇などを織り交ぜたものでしたが、涙が出るほど感動的な発表でした。果たして韓国の生徒たちが同じ程度にできるかという気さえしました。 物おじすることなく思いっきり韓国文化を誇示する生徒たちの姿を後にし、残念ながら、校門を出なければなりませんでした。民族教育の意味をあらためて熟考した一日でした。私が見られなかった発表も、おそらく感動的なものだったに違いありません。一を見て十を知るといいますから。
やなせ尾根から軍畑へ
1ヵ月ほど仕事に追われ、体調がすぐれない日々が続いたあとだったので、きょうのMTB山行は体力的に、また気持ちの面で自信がなかった。それでも、いつものとおりコースは友人Hまかせにした。彼は、決して無理な選択をしないからだ。 Hは1982-83年に北米とヨーロッパ(北アフリカを含む)を1年半かけて自転車で旅している。晩年にMTBに嵌まった彼に誘われた僕も、MTBを楽しむようになって5年になる。その間、週末を利用して月に1-2度、二人で青梅や飯能周辺の低山に出かけている。奥多摩や檜原にも何度か行った。 今回、Hが選んだのは、何度も行ったことのあるつるつる温泉の奥の峠、何度行っても登りがきついところだ。峠でいつもどおり麓のコンビニで調達した昼食をすませ、コーヒーを淹れる。そこから簗瀬(やなせ)尾根を経て軍畑(いくさばた)に下るコースだった。 樹木の根っこが交差する尾根道と丸太を階段状に配した下り坂をわめきながら一気に走った。やなせ尾根は僕の好きな山道の一つだ。段差のあるやゝ急な下りもおもしろい。 階段状の急坂を下りきった地点でHと二人で一息ついているところに、鮮やかな紅白フレームのAnchor に乗ったTさんが颯爽と現れた。一見僕より年配に見えたので、年齢を尋ねると同年生まれだった。何だかうれしくて握手してしまった。 Tさんはこの下りが好きで、よくやって来るという。その日、少し前にニホンカモシカの親子に遭遇したと言っていた。
098 오사카시 이쿠노구 미유키모리소학교 민족학급 30주년 기념식
11월의 마지막 날인 30일엔 재일동포가 많이 몰려 사는 오사카시 이쿠노구에 있는 미유키모리소학교 민족학급 개설 30주년 기념식이 열렸다. 기념식에 이어 바로 민족학급 학생들의 학예발표회도 있었다. 나도 어려운 여건 속에서 우리 문화, 우리 말, 우리 역사를 가르치고 배우는 민족교육 관계자들을 격려하는 뜻에서 기념식에 참석했다. 개별적인 내빈 소개나 내빈 축사도 없이, 순수하게 학교 관계자 중심으로 진행되는 행사이지만 한국 …
097j 世宗研究所と韓国国際交流財団が主催したシンポジウム
11月26日の午後、大阪で世宗研究所と韓国国際交流財団が共同主催する「大阪日韓関係シンポジウム」が開かれました。10月末の韓国大法院(最高裁)における強制徴用工判決と11月中旬の和解治癒財団の解散以降における日韓の緊張ムードのためか、在日コリアンだけでなく、日本人も少なからず参加しました。終始、聴衆の集中度が非常に高いようにみえました。 第1部で、ムン・ジェイン政権初期に青瓦台安保室第2次長を務めたキムギジョン教授が「韓半島情勢の変化と東北アジアの平和」と題して講演を行い、続いて関連の討論が行われました。第2部では、全パネリストが日韓協力のあり方をめぐって議論を交わしました。 南北が主導し、首脳たちがリードし、経済的利益を中心にして動くパラダイム転換という視点について朝鮮半島情勢を解説したキム教授の講演は大いに注目を浴びました。ただ、第2部における討論の焦点は、自ずと最近の日韓関係を反映し、どのように両国関係を改善していくかに絞り込まれていきました。 特に、強制徴用工に関する判決の衝撃が甚大で、容易には解決できないとする悲観論、対立調整と協力拡大論、時間が経てば解決されるとする楽観論など、さまざまな意見が出されました。 この困難な時期に、何が正解とは言い難い難題について、多くの日韓市民の前で討論すること自体、そして中座する聴衆がいなかったということだけでも、有意義なシンポジウムだったと思います。第1部の司会だった世宗研究所のペクジョンチョン理事長は最後に、まさに民間外交の現場を見るようだったと評しました。 私も祝辞のなかで、韓国政府は大法院の判決を尊重し、日韓関係の悪化を防ぐという二つの原則のもとに対策を講じていることを明かしました。そして事実に基づかないまま日本国内で噴出している大法院判決に対する批判の間違いを指摘しました。 今回の判決が政権交代の影響だとする主張に対し、今回の判決は李明博大統領時代の2012年に出された大法院1部の判決の再確認だとして、1965年の日韓請求権協定を否定するものだとする主張に対しては、(大法院判決は)日韓請求権協定を認めた基盤の上で適用範囲を判断したものだと述べたイ・ナギョン首相の発言を伝えました。
097 세종연구소와 한국국제교류재단이 공동 주최하는 오사카 한일관계 심포지엄
11월26일 오후에 오사카에서 세종연구소와 한국국제교류재단이 공동 주최하는 '오사카 한일관계 심포지엄'이 열렸다. 10월 말의 대법원 강제징용 판결과 11월 중순의 화해치유재단 해산 이후 한일 사이의 긴장 분위기 때문인지, 동포들뿐 아니라 일본인들도 적잖이 참석했다. 회의 시작부터 끝까지 청중들의 집중도도 매우 높았다. 1부에서 문재인 정권 초기 청와대 안보실 제2차장을 지냈던 김기정 교수가 '한반도 정세변화와 동북아 평화'를 주제로 강연을 하고 …
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