11月23日(金)、日本は勤労感謝の日で祝日なので、23日から3連休でした。連休中に関西地域の民族学校(建国学校、金剛学校、京都国際学園)と民族学級の担任教師をはじめ、民族教育関係者の研修会が1泊2日で開催され、私も参加しました。 関西地域の韓国にゆかりのある歴史遺跡の探訪、朝鮮通信使に関する講義など、充実した日程でした。1日目の23日は、京都府宇治市のウトロ地区と江戸時代(1603-1868)に朝鮮と誠隣外交を提唱した雨森芳洲の故郷にある芳洲庵を見学し、夕方は宿泊先で特別講義を聞きました。 2日目は、第二次大戦が終わった後、韓国に帰国する途次に船が爆発して沈没し、549人が犠牲となった浮島丸爆沈事件の現場と朝鮮人強制労働者などが人間以下の条件で働いていた丹波マンガン記念館を見学しました。移動中のバス車内でも映画「朴烈」ほかをビデオ上映するなど、研修ムードが大いに盛り上がっていました。 丹波マンガン記念館のほかは行ったことがある私は最初から合流せず、福井県の敦賀にある宿泊施設に直行しました。宿泊施設に到着したのは、「朝鮮通信使の生き字引」ともいうべき中尾寛京都造形芸術大学客員教授が「朝鮮通信使の歴史から学ぶ日韓関係の展望」の講義をちょうど開始するところでした。 中尾教授は壬辰倭乱(1592-98 日本では文禄慶長の役)直後、大規模な外交文化使節団を双方が送り合った歴史から教訓を得て、現在の日韓間の諸問題を解決していく必要があるという話をされました。 「民族教育はなぜ重要なのか」というテーマの講演を依頼された私は、次の5つの点で民族教育が重要であると話しました。 在日コリアン社会の拠点 在日コリアン社会と韓国をつなぐ臍帯 韓国と日本の架け橋 多文化共生をリードする世界市民の育成 世代交代期に入った在日コリアンの次世代の育成 故国に帰る準備と日本社会の差別に対抗するという次元で始まった民族教育が、現在の時代変化に合わせ、日本社会に定着して生きる多文化共生に力を入れなければならないのではないかとも述べました。夜には、乾杯の辞に託して各自の考えを話す有益な時間を持ちました。 24日は朝食後、舞鶴の浮島丸爆沈現場から遠くない殉難碑が建てられたところで、地元の市民が構成する追悼会の人々が海を見ながら当時の状況と追悼会の活動などについて話してくれました。閉山されたマンガン鉱山を利用して造られた京都市京北町にある丹波マンガン記念館も訪問しました。 在日コリアン2世の館長を務めているイ・ヨンシク氏は「ここが日本で唯一の強制動員記念館であり、日本政府の支援を一銭も受けず、家族の力だけで強制労働の現場を記念館として運営している」と話しました。今回の訪問でここだけが初めてでしたが、施設をしばし見物するだけで、私たちの祖先たちが人間以下の条件に置かれていたことを実感させられました。 全体を通じて過密で濃い内容の1泊2日の研修でしたが、参加者には日韓の歴史のなかの在日コリアンの生きざまを学ぶ貴重な機会になったと思います。
096 민족학교와 민족학급 교사등 민족교육 관계자 연수회
11월23일(금)은 일본의 '근로감사의 날'로, 공휴일이다. 그래서 23일부터 3연휴였다. 이 기간을 이용해, 간사이지역의 민족학교(건국학교, 금강학교, 교토국제학원)와 민족학급 교사를 비롯한 민족교육 관계자 연수회가 1박2일 열렸다. 나도 참석했다. 이 지역에 있는 한국과 관련한 역사 유적을 탐방하고, 조선통신사 등과 관련한 강의를 듣는 조밀한 일정이었다. 첫날인 23일은 교토부 우지시의 우토로 마을과 에도 시대에 조선과 성신외교를 주창했던 아메노모리 호슈의 고향에 있는 …
095j 済州四・三犠牲者慰霊碑の除幕式
11月18日(日)午後、大阪市天王寺区にある統国寺において済州四・三*犠牲者慰霊碑の除幕式が執り行われました。大阪地域に住む済州島出身のコリアンを中心とする在日本済州四・三犠牲者慰霊碑建立推進委員会が主催しました。*済州島四・三事件 日本地域に済州四・三犠牲者慰霊碑が建てられたのは、これが最初だといいます。日帝時代(1910-45)から済州島の出身者が多く住む大阪地域の特性によるものと思われます。 1922年から済州・大阪航路が開設されました。この時期は日本が急激に工業を発達させた時期と重なり、大阪に済州出身者がひときわ多く住むようになったといいます。 1926年に投入された第二君が代丸(前年に尼崎汽船がロシアから購入) 済州四・三を通じて生命の脅威を感じた人々が、密航などで既に大阪に定着していた親戚や知人に身を寄せることも多かったといいます。このような歴史的事情で大阪と済州、大阪と済州四・三は非常に深いつながりを持っています。 南北分断後の理念対立のなかで、韓国では済州四・三が「共産暴動」と規定され、口に出すことさえタブー視された時期が長い間続きました。日本における事情はさらにひどいものでした。事件から40年経った1988年にようやく東京で初の追悼集会が開かれ、その10年後、大阪でも初の慰霊祭が開かれています。 今回の慰霊碑建立は済州四・三から70年を迎え、済州出身のコリアンが多く住む大阪に、済州島の悲劇を忘れずに記憶する記念碑を建てようという趣旨で進められました。3.6mの高さの追悼碑の基部に、事件当時の済州島の178里すべてから採取した石を配し、済州島とのつながりを強調したのが特色です。済州四・三犠牲者遺族会のオグァンヨン会長は「済州全域の石を収集して持ってくるのが最も大変だった...この慰霊碑は、おそらく国外で建てられる最初で最後の慰霊碑ではないか」と、感慨深げに話しました。 この日の行事には、大阪に住む在日コリアンのほか、済州とソウル、東京からも済州四・三の関連団体の関係者が多数参加しました。私も大阪総領事の資格で参加し、司会者から来賓の紹介を受け挨拶しました。あまりに遅くなったとはいえ、世の中が少しずつ変化していることを、参加者一同が感じたように思います。 帰途、生野区の在日韓国キリスト教会館で開催中の済州四・三関連の展示会に立ち寄り、しばし見学しました。
095 오사카시 덴노지구 통국사에 세워진 제주 4・3 희생자 위령비
일요일인 11월 18일 오후, 오사카시 덴노지구에 있는 통국사에서 '제주 4・3 희생자 위령비' 제막식이 열렸다. 오사카 지역에 사는 제주 출신 동포들이 중심이 되어 만든 '재일본 제주 4・3 희생자위령비 건립추진위원회'가 주최하였다. 일본 지역에 4・3 희생자 위령비가 세워진 것은, 이것이 최초라고 한다. 아마 일제 시대부터 오사카에 제주 출신이 많이 살고 있는 지역 특성이 작용한 것이라고 여겨진다. 러일전쟁 때 …
094j 来年6月まで開催される教師と生徒の協働アートショー
11月17日土曜日も終日、文化行事で多忙でした。映画俳優のファン・ジョンミン氏とランチを終えるとすぐ総領事館に向かいました。 第1回「2018教師と生徒の協働アートショー」の開幕式に出席するためです。大阪総領事館の所管地域内にある民族学校と民族学級の生徒が個人または合同で制作した作品を公館1階の講堂に展示することにしたのです。協働*としたのは、教師と生徒が協働して制作するという意味を込めています。*韓国語原文: 사제동행(師弟同行) この日の展示会には白頭学院・金剛学園・京都国際学園**の三つの民族学校(いずれも小・中・高校あり)と大阪府の公立学校に設置された民族学級に通う生徒の作品500点余りが出品されました。小学生から高校生までの個人作品や共同作品が、絵画や工芸品まで広く展示されました。生徒や教師、コリアンなど約百人が参加して開幕式を行いました。 **日本の学校教育法に定める一条校 この展示会を企画したきっかけは、総領事館建て替えのため一時移転中の公館の1階会議室をどう活用するかという問題でした。臨時公館における美術品の配置、整理を助言するために出張で来阪した韓国本省のソン・スンヒェ文化芸術課長が、民族学校の生徒の作品展示というアイデアを提案したことから始まったのです。 大阪総領事館の所管地域には、日本にある韓国系の民族学校4校のうち3校が集まっています。また、1948年の阪神教育闘争が示すように、民族教育に対する熱意が強い地域でもあります。このような背景のため、今も大阪地域の公立小中学校に通う韓国ルーツの生徒3千人が学校内に設置された民族学級で週に数時間ずつ韓国の歴史や文化、言葉を学んでいます。 こういう点を考えると、教師と生徒の協働アートショーは単なる美術品の展覧会以上の意味を含んでいます。民族学校と総領事館、地域社会と総領事館を身近につなぐ架橋の意味を持っているのです。とりわけ、今後、在日コリアン社会をリードしていく若い芽と総領事館がアートという目に見える媒体を介して出会うルートが設けられたことが最大の意味だと思います。 教師と生徒の協働アートショーはその一歩を踏み出しましたが、今後の拡大が期待されます。今回の展示会は2019年6月末まで続け、生徒が作品を自由に交換できるようにするつもりです。 総領事館1階の会議室を、今回の展示会をきっかけに「ドリームギャラリー」(仮称)と名付けました。今後、このスペースが在日コリアンの子どもたちの夢を育て、総領事館とコリアン社会がより身近に出会う場所になれば、と思います。始まりはとるに足りないものですが、時間が経つにつれ、壮大な成果につながるよう、コリアン社会とともに努力していきたいと考えています。
094 내년 6월 말까지 이어지는 민족학교, 민족학급 사제동행 아트쇼
11월17일 토요일은 문화 행사로 바빴다. 영화배우 황정민씨와 점심을 마치고 바로 공관으로 갔다. 총영사관 담당지역 안의 민족학교, 민족학급 학생들이 그리거나 만든 미술품을 공관 1층 강당에 전시하는 행사, '2018 사제동행 아트쇼'(제1회)의 개막식이 열렸기 때문이다. 행사의 이름은 선생님과 학생들이 함께하는 미술전시회의 뜻을 담아, '사제동행 아트쇼' 로 정했다. 이날 전시회에는 건국학교, 금강학교, 교토국제학원의 세 민족학교와 오사카부의 공립학교에 설치된 민족학급에 …
093j 第4回大阪韓国映画祭で来阪したファン・ジョンミン
11月17日(土)、韓国の人気映画俳優ファン・ジョンミン氏と昼食を共にする光栄を得ました。ことし第4回を迎えた大阪韓国映画祭(11/16-11/18)の特別企画「俳優ファン・ジョンミン特別展とトークショー」に参加はむずかしいといわれたなか、出演してくださったことに感謝する意味で昼食の席を用意したのです。 大阪韓国映画祭は、韓国映画を関西地域の人々に知っていただくために大阪韓国文化院が意欲的に実施している毎年恒例の行事です。韓国映画の上映と監督または俳優によるトークショーで構成されています。まだ映画祭と呼ぶレベルに達していないかもしれませんが、地元の反応もよく、徐々に定着しつつあります。 ことしは日本におけ未公開作品を中心に企画しました。「辺山(ピョンサン)」「大観覧車(あなたの宇宙は大丈夫ですか)」「ヒマラヤ、地上8千米の絆」「新しき世界」「ベテラン」「タクシー運転手」が上映作品に選ばれました。17日にファン・ジョンミンさん主演の「ヒマラヤ」「新しき世界」「ベテラン」を連続上映したあと、彼のトークショーを開催しました。 午後に別の行事があり、トークショーを見られない私は、ランチを共にすることで感謝の思いを伝えたのです。スクリーンでしか会ったことのないファン・ジョンミン氏はとても気さくで地味な感じがしました。本人によれば、恥ずかしがり屋で、インタビューやファンの応対などは苦手のようです。今回は、数年前、ロンドンの韓国文化院が主催した映画祭のいい印象が残っていたので、参加を受諾したそうです。 日本でもよく知られた人気俳優なので大阪に何度も来ていると思いましたが、今回が初めてというので驚きました。古代から韓国と縁が深い関西の地で、ファン・ジョンミン氏だけでなく、日本のファンも相手をより深く理解する機会になればと思います。また、このような出会いとコミュニケーションが歴史的な葛藤で摩擦を生じがちな日韓関係を少しでも改善することに貢献できればと思います。 今回の映画祭が開催される劇場の客席数は350席ですが、申込者の数は5000人を超えたといいます。やはり、文化の力はすごいものです。
093 제 4회 오사카한국영화제 토크쇼에 출연한 황정민씨
11월 17일(토), 한국의 인기 영화배우 황정민씨와 점심을 함께하는 영광을 누렸다. 올해로 4회째를 맞는 오사카한국영화제(11.16~18)의 특별기획인 <배우 황정민 특별전 및 토크쇼>에 출연하기 위해 어렵게 참석해 주어 감사의 뜻으로 점심 자리를 마련했다. 오사카영화제는, 오사카한국문화원이 한국영화를 간사이지역에 알리기 위해 의욕적으로 하고 있는 연례행사이다. 구성은 한국 영화 상영, 감독 또는 배우 초청 토크쇼로 이뤄지는데, 사실 영화제라고 하기엔 아직은 낯 …
092j 創立70周年を祝った和歌山県と奈良県の民団地方本部
11月11(土)と12日(日)、在日本大韓民国民団(民団)の和歌山県地方本部と奈良県地方本部が、それぞれ創立70周年を祝い記念行事を開催しました。69周年でもなく71周年でもない、70周年という節目に深い意味があると思います。私もお祝いするため二日続けてそれぞれの行事に参加しました。 大阪総領事館が管轄する大阪府・京都府・滋賀県・奈良県・和歌山県のなかで、和歌山県と奈良県は在日コリアンの数が少ない地域です。そのため、コリアン集住地域の大阪府や京都府に比べ、人的物的に劣悪な環境にあることは否めません。そのような環境にあって70年ものあいだ、在日コリアンを中心に活動を継続してきたことがすごい。だからこそ、盛大に祝うに値するのです。 それぞれの行事の祝辞において私は、70年のあいだ、日本社会の差別のなかにありながら、日本の人々が無視できない堂々たる存在としてコリアンの地位を固められたすべての民団関係者の労苦に拍手喝采を送るとともに、現在の急激な世代交代期において民団がもう一度中心的な役割を果たしてくたるようにお願いしました。 和歌山県の行事では、韓国語スピーチ大会も行われました。また、韓国のポップオペラの公演チーム"ラルーチェ"が韓国と日本の歌を織りまぜて歌い、大いに会場を盛り上げました。衰退ムードのなかで肩を落としていた民団幹部とコリアンも久しぶりに力づけられ喜んでいました。 奈良県の行事には、大阪の民族学校の金剛学園の舞踊団と白頭学院の民俗ノリチームが出演し、すばらしい祝賀公演を披露しました。前者が韓国の優雅な趣を表現したとすれば、後者はエネルギッシュな演技で観客を魅了しました。また、奈良には兵庫県の民団団長を含め、近畿地方2府4県の民団団長がみな参加し、民団の団結した姿を見せてくれました。 いかなる団体も10年ごとの節目の年を重視します。その節目を契機にそれまでの10年を振り返り、次の10年を設計する動機が得られるからです。このような意味において、二つの民団の創立70周年はそれぞれの組織の新たな10年の出発点でもあります。 奈良県民団の行事では、パク・イル大阪市立大学教授が「民団70年の成果と課題」と題して記念講演を行いました。今後の民団の課題として同氏は、次世代の育成、民族学校の維持強化、地方参政権の獲得、多様化する若い世代の結婚、帰化と二重国籍に関する悩みなどを提示しました。民団がこのようなさまざまな課題を克服し、これまでの70年よりもさらに成熟し発展した組織になることを心より祈ります。
092 민단 와카야마현과 나라현의 지방본부 창단 70주년 기념행사
11월 11(토), 12(일)일에 재일본대한민국민단(이하 민단) 와카야마현 지방본부와 나라현 지방본부 창단 70주년 기념행사가 각각 열렸다. 69주년도 아니고 71주년도 아닌, 70주년이라는 의미가 있기 때문에 나도 축하를 위해 연일 두 행사에 참석했다. 오사카총영사관이 담당하고 있는 오사카부, 교토부, 시가현, 나라현, 와카야마현 중에서도 와카야마와 나라 두 지역은 동포 수가 적은 곳이다. 따라서 동포가 밀집해 사는 오사카부나 교토부에 비해, 인적 물적으로 …
091j 京都のほか福岡・岡山・鹿児島にもある耳鼻塚
11月7日、京都の耳鼻塚(5月に初訪問)で慰霊祭が行われました。韓国の社団法人キョレオル活動国民運動本部(訳注参照)が2007年に始めたものです。2008年は事情により開催できなかったので、ことしが11回目です。 キョレオル活動国民運動本部のパク・ソンギ理事長など関係者10人余りをはじめ、京都と大阪の民団幹部とコリアン、日本人市民など150人余りが参加しました。大阪総領事館からも私を含めて3人が参加しました。 もう立冬だというのに夏の陽気を思わせる日差しが肌を刺すほどでした。野外で1時間半かけて行われた慰霊祭は、終始厳かな雰囲気のなかで執り行われました。追悼の辞で私は「過去1600年の日韓関係のなかでも、この耳鼻塚ほど悲しく辛い歴史の象徴はありません。私たちが今日このような歴史を追悼するのは、同じ悲劇が二度と起きないようにするためであり、日韓双方の歴史の病の部分を克服し、力を合わせて友好と協力のために進もうではありませんか」と述べました。 この耳鼻塚には壬辰倭乱(1592-98年、壬辰・丁酉倭乱、日本では文禄・慶長の役)の時、日本の侵略軍が戦果を誇示するかのように朝鮮から持ち帰った約12万の人々の耳や鼻が埋まっています、と隣席のパク理事長が説明してくれました。京都だけでなく、福岡、岡山、鹿児島にも、このような墓があるといいます。当時の人口を考慮すれば、想像を絶する悲劇です。 この耳鼻塚の位置もまったく奇妙なところにあります。壬辰倭乱を起こした張本人の豊臣秀吉を祀っている豊国神社から見て下方、左側の低いところに位置しているのです。また、耳鼻塚の墳墓の上には大きな石5個を積んだ塔が置かれています。パク理事長は、秀吉を祀った神社が王座だとすれば臣下が跪くところに耳鼻塚があり、塚の上に大きな石をのせて怨霊が抜け出せないようにしていると話しました。 慰霊祭が行われているあいだ、私はなぜか心が楽になるのを感じました。このように多くの人々が日本で怨霊になったまま埋葬されていることに心を痛め、最近の韓国最高裁の元徴用工に関する判決が引き起こした日本国内の異常な空気が過去の辛い歴史を呼んでいたからです。 過去の歴史の病の部分を教訓に、このような悲劇が二度と繰り返されないようにするためにも、この耳鼻塚の記憶と追悼はずっと続ける必要があると思います。 [訳注] 英文名: Koreaness* Awakening Movement Union、法人によるキョレオルの説明: (1)キョレオルとは我が民族悠久の伝統精神文化に息づく魂であり意識であり脈である。(2)キョレオル活動運動とは民族意識を回復し守り創造する汎国民運動である。(3)キョレオル活動国民運動とは道徳性の回復・生命愛・自然保護・平和守護を徳目とし我が民族の平和統一完遂と世界平和具現をめざす運動である。[*サイト表記のマゝ、造語か]
091 교토, 후쿠오카, 오카야마, 가고시마에 있는 이비총(耳鼻塚)
11월7일은 교토의 이비총(미미하나즈카)에서 위령제가 열렸다. 한국의 사단법인 겨레얼살리기국민운동본부가 2007년부터 시작했다. 2008년은 사정이 있어 열리지 못했다. 그래서 올해가 11번째이다. 한국에서 박성기 겨레얼살리기국민운동본부 이사장 등 관계자 10여명을 비롯해, 교토와 오사카 민단 간부 및 동포들, 일본의 시민 등 150여명이 참가했다. 오사카총영사관에서도 나를 포함해 3명이 참석했다. 절기로는 입동인데도 여름 날씨를 방불하는 따까운 햇살이 피부를 찌를 정도였다. 노천에서 1시간 반동안 …
090j 四天王寺ワッソの祭りに祝辞を送らなかった安倍首相
11月4日、大阪の日韓民間人が運営する祭りのなかで最も大きい規模を誇る「四天王寺ワッソ」が難波宮跡で開かれました。 1990年、大阪に住む在日コリアンを中心に始まったこの祭りはすでに27回を数えます。毎年欠かさず開催されていれば、ことしで29回になりますが、2001年と02年の2回はスポンサーの経済的な事情で開催できませんでした。 2003年に主催者側の組織を整備して再開してから今まで脈々と続いています。2003年以後の最大の特徴は、日韓の首脳がこの祭りに祝辞を送っていることでしょう。日韓関係に逆風が吹いても、あるいは波が立っても変わらずに続いてきました。 昨年に続き、ムン・ジェイン大統領はことしも民間交流の重要性を強調するメッセージを送り、私が代読しました。しかし、安倍晋三首相は、ことしメッセージを送って来ませんでした。10月30日に韓国最高裁が強制徴用工に関する判決を出したことと直接関係しているとは考えたくはありません。ただ、安倍首相がメッセージを代読する予定だった日本の関西担当大使も参加しませんでした。 少しさみしい気がしますが、韓国の大統領のメッセージだけが発表されました。主催者側から参加者に対し特に事情の説明もなかったので、毎年の参加者はことしは少し変だと思ったのではないでしょうか。 当日の天気は最高でしたし、祭りはいつもと変わらずスムーズに盛大に行われました。今回の祭りのテーマは「つないでいく、続いていく」でした。多少の困難があっても、このような民間交流を続けて行こうという意味で、私は解釈しました。今回の祭りでは、江戸時代の朝鮮専門の外交官、雨森芳洲(1668-1755)の「誠信外交」をテーマにしたと思われるミニドラマが公演され、好評を博しました。 芳洲翁の著『交隣提醒』に次の文章があります。「朝鮮交接の儀は第一に人情事勢を知り候事肝要にて候、互いに欺かず争わず真実を以て交わり候を誠信とは申し候」 当初、この祭りの行列の参加者は主に在日コリアンでした。今ではその約70%が日本人になったと、主催者側の関係者が説明してくれました。それだけ現地社会に溶け込んだ祭りになったということでしょう。 日韓の間にいくつか困難な問題があったとしても、このようなイベントがさらに活性化され、揺るぎない友好と協力の関係を作っていくことができれば、と思います。
090 나니와궁(難波宮) 터에서 열렸던 ‘사천왕사(四天王寺) 왔소’ 행사
오사카에서 한일의 민간인들이 하는 가장 큰 규모의 축제인 '사천왕사 왔소' 행사가, 11월4일 나니와궁 터에서 열렸다. 1990년 오사카에 사는 재일동포 중심으로 시작된 축제가 벌써 27회가 됐다. 해마다 빼놓지 않고 열렸다면 29회인데, 2001년과 2002년은 후원자의 경제적인 사정이 있어 일시 중단되었다. 2003년부터 주최 쪽을 정비해 재개한 뒤, 지금까지 면면히 이어지고 있다. 2003년부터 재개된 행사의 가장 큰 특징은 한일 …
089j ムン大統領の自伝『運命』の翻訳出版がもたらした邂逅
去る10月4日、ムン・ジェイン大統領の自伝『運命』が日本で翻訳出版されました。日本の代表的な人文学術出版社、岩波書店が出版しました。原著が2011年に発行され、1年前に中国で翻訳出版されたことを考えると、遅きに失した感は否めません。日本が最も韓国に近い隣国であり、出版大国であることからもそう思います。 最近、この本に関連して三度の邂逅がありました。一度目は10月25日、前・現職の日本の言論人を対象に「ムン・ジェイン政権の平和構想と日韓関係」について大阪で講演した時です。東京から来た前ソウル特派員の一人が私に本を見せ、「とてもいい内容だ。日本の一般市民はムン大統領をよく知らないから誤解も多い。多くの人に読んでほしい」と話していました。 二度目は10月末に日本の記者と会い、贈り物としてこの本をいただいた時です。韓国語は読んだろうが、日本で出版された韓国の大統領の本なので差し上げたいということだったので、気安くいただきました。本の帯に姜尚中東京大学名誉教授の「見果てぬ夢を叶えようとする運命の人、文在寅」という文と並んで、北朝鮮に拉致され日本に帰ってきた蓮池薫新潟産業大学准教授の文が書かれています。同准教授は「彼の人生に韓国激動の現代史が凝縮されている」としています。北朝鮮に拉致された日本人の一人である蓮池氏の言う「韓国激動の現代史」とは果たして何でしょうか。 偶然というのは時間を置いて別々に起こることも、一時に集中して起こることもあるようです。11月3日付朝日新聞の書評欄に、この翻訳書の書評が大きく掲載されました。これが私のいう三度目の邂逅です。齋藤純一早稲田大学教授(政治学)は、書評の末尾に「ムン大統領はいま、北朝鮮との信頼関係を築こうとイニシアチブを発揮しているが、『人が先』という初発の動機づけは実効的な政策として実を結ぶだろうか」とし、「任期後に書き継がれるであろう続編を待ちたい」と述べています。 この本が好調な売れ行きをみせ、日本の人々に必ずしも親近感を持たれていないムン大統領の考えと政策を知る一助になることを期待してやみません。
089 문재인 대통령의 자서전 “운명”, 일본에서 번역 출판
문재인 대통령의 자서전 "운명"이 10월4일, 일본에서 번역 출판되었다. 일본의 대표적인 인문학술 출판사인 이와나미서점이 출간했다. 2011년 펴낸 책이고, 1년 전에 중국에서도 번역 출판 된 것을 생각하면 늦은 셈이다. 더구나 일본은 한국과 가장 가까운 나라이면서 출판 대국이라는 점에서 그렇다. 최근 이 책과 관련해, 세 번의 조우를 했다. 첫번째는 10월25일 전현직 일본 언론인을 대상으로 '문재인 정권의 평화구상과 한일관계'에 …
088j 世界津波の日に合わせて開かれた高校生サミットin和歌山
10月31日と11月1日、1泊2日の日程で和歌山市に行ってきました。国連が定めた「世界津波の日(11月5日)」に合わせて開かれた「2018高校生サミットin和歌山」に招待され参加したのです。 世界津波の日高校生サミットは、ことし3回目だそうです。日本から170人、外国から47ヵ国300人余りが参加した高校生による国際会議です。韓国からも仁川大建高等学校の生徒4人と引率の先生が参加しました。私は参加した韓国の高校生を励まし、このサミットの事実上の牽引役である二階俊博自民党幹事長などの要人とあいさつを交わしました。サミットの主催者である和歌山県の関係者らと親交を深めるよい機会にもなりました。 高校生サミットはことしで3回を数え、今回は最も参加国数が多いそうです。第1回は高知県、第2回は昨年沖縄で開かれました。第4回の開催地は北海道が有力だといわれています。すべて日本なのは、日本が主導した国際会議であり、運営資金が必要なためと思われます。ただ、'tsunami' という言葉が世界に通用する普通名詞になるほど、日本と津波、日本と自然災害は切っても切れない関係にあり、防災の分野において日本が世界のトップにあることを考えると、しばらく日本がこのサミットをリードするのは当然のことかと思います。 11月5日が「世界津波の日*」として定められたのは次のような事情からです。1854年12月23日と24日に和歌山県有田郡広川村に連続して大地震が発生し、24日に大津波(最大16.1m)が押し寄せました。このとき、この村の実業家、濱口儀兵衛(梧陵 1820-85)は津波を察し、収穫を終えたばかりの彼の田んぼの稲束に火をつけ、住民を高台に誘導して多くの人の命を救ったといいます。彼はまた、地震後に当時最大規模の堤防造りに尽力し、88年後の1942年に再び大地震が来たとき、津波の被害を防いだそうです。この話を背景に国連は2015年、和歌山県出身の二階議員ほかの提案を受け、二回目の地震が起きた日の旧暦11月5日を新暦にして記念日としたのです。国連指定の記念日になるには魅力ある話が必要ですし、そういう事例を発掘して提示することが非常に重要だと思います。 *World Tsunami Awareness Day 世界の多くの若い人たちが集まってこのような会議をしても、災害がぱたっと減ることはないでしょう。でも、彼らが一人でも多く一日も早く、自然災害とその予防について悩むことがあれば、いささかなりともより安全な世界になるのではないでしょうか。 二日間の日程の合間をぬって、和歌山市の名物の和歌山城をしばし見学しました。
088 세계 쓰나미의 날을 맞아 열린 2018 고교생 서미트 인 와카야마
10월 31일과 11월 1일, 1박2일 일정으로 와카야마시를 다녀왔다. 유엔이 정한 '세계 쓰나미의 날(11월 5일)' 을 맞아 열린 '2018 고교생 서미트 인 와카야마'에 초청을 받아 참석했다. 세계 쓰나미의 날 고등학생 서미트는 올해로 3회째. 일본에서 170명, 외국에서 47개 국 300여명이 참가한 큰 행사다. 한국에서도 인천대건고 학생 4명이 지도 선생님과 함께 참석했다. 나는 참가한 한국 학생을 격려하고, 이 …
087j 脱権威・脱官僚主義で世襲経営の世界的企業、村田製作所
10月29日、関西地域の主要企業訪問の一環として、基礎素材に関する世界的な企業、京都長岡京にある株式会社村田製作所を訪門しました。村田製作所は、電気を保存し、必要に応じて安定的に回路に供給する機能を持つ積層セラミック・コンデンサ(MLCC: multi-layer ceramic capacitor)でグローバル No. 1 を誇る基礎素材の強者です。韓国では、サムスン電子、LG電子、現代自動車を主たる顧客としています。 創業者村田昭氏の三男である村田恒夫代表取締役会長兼社長は、素材分野において世界最大の企業の会長というイメージとはほど遠い、非常に謙虚で地味な風貌の方で、会社の経営とビジネス手法について丁寧に説明してくれました。 同社は、日本の大企業のなかでも特に技術者に対して開発と販売に関する権限を積極的に移譲し、社内における上下間コミュニケーションに優れた会社として有名です。村田会長は「顧客に対し迅速に対応しなければならない積層セラミックコンデンサなどでは、技術・営業担当者に積極的に権限と責任を委譲しています。投資などの主要な戦略はハイレベルで決定する二種類の方式をとっています」と説明しました。また、いつでも経営者と従業員が自由にコミュニケートできる空気を作るため、両者が会社の哲学(経営理念)を共有し、社内教育を充実させることが重要だと述べました。 同社は、日本でも珍しい世襲経営会社です。にもかかわらず、経営者と従業員間のコミュニケーション、現場への権限移譲など、脱権威主義、脱官僚主義の経営をしていることをうらやましく思いました。韓国の二世・三世企業は学ぶことが多い会社ではないかと思います。 韓国、中国などからの留学生の入社者も毎年増やしているそうです。京都郊外の静かな場所に位置していますが、実力と会社のふんい気は世界最高であり、日本企業への就職に興味ある若い人たちに、ぜひ積極的に推薦したい会社の一つです。
087 세계적인 기초 소재 기업인 무라타제작소
10월29일은 간사이지역 주요 기업 방문 활동의 하나로, 세계적인 기초 소재 기업인 교토 나가오카쿄의 무라타제작소를 찾아갔다. 무라타제작소는 전기를 저장했다가 필요에 따라 안정적으로 회로에 공급하는 기능을 가진 적층세라믹콘덴서(mlcc)에서 세계 1위의 기초소재의 강자이다. 한국에서도 삼성전자, 엘지전자, 현대자동차가 주요 고객이라고 한다. 창업자의 3남인 무라타 쓰네오 사장은 소재 분야 최고기업의 사장 답지 않게 매우 겸손하고 수수한 모습으로 회사의 경영 및 …