086j アリランファンタジー、大阪生まれの安藤忠雄氏とコシノジュンコ氏

10月27日(土)と28日(日)の二日間、世界トップクラスの文化と人々との出会いを堪能しました。 土曜日の夜、大阪文化院の開院20周年を記念して、国立国楽管弦楽団の招請公演が大阪最高の演奏ホール、シンフォニーホールで開かれました。「アリランファンタジー」と題した公演は、ホールを埋め尽くした在日コリアンと日本人に韓国国楽の醍醐味を存分に見せてくれました。アリラン幻想曲からパンソリのサチョルガ(四節歌)とシムチョンガ(沈清歌)、新船遊びまで、公演すべてが観客を魅惑し熱烈な反応を呼びました。まさに世界最高峰の演奏と公演でした。 日曜日の昼は、日本が生んだ世界的な建築家、安藤忠雄氏の講演会に行きました。韓国大阪青年会議所など関西地域の在日韓国人青年団体が毎年親睦と和合のために「一つの思いの行事」を行っています。7回目のことしは、大阪生まれの安藤忠雄氏を招待し、大阪民団の会場で講演会を開催しました。私はその祝辞のために参加し、講演を聞きました。 安藤忠雄氏は、何枚かのスライド画像を映し出したまま、巨匠らしく形式にとらわれずに、自らの考えを1時間自在に展開しました。個性、創造性、持続性、情熱、自然、コミュニティ、将来の世代。これらがキーワードだったと思います。ご自分のことを例に挙げ、定められた枠組みのなかで仕事をするより、自分だけにできることをすることが重要である、という点を強調されていたと思います。 日曜日の夕方は、大阪府庁舎で開かれた、大阪が生んだ世界的なデザイナー、コシノジュンコ氏のファッションショーに行きました。100年の歴史を持つ大阪府庁舎の階段を舞台に催されたファッションショーは、階段が持つ垂直性を活かしたからでしょうか、彼女の持ち味がより立体的に表現されていたように感じました。海外活動が多く、日本でファッションショーをしたのは30年ぶりだという彼女は、ショーの前にレセプション会場で会った私に、「はるか昔に韓国で二回ファッションショーをしたことがあります」と、韓国との縁を話してくれました。 二日間三ヵ所で世界一流の人士たちの演奏と公演、講演やショーを通じて感じたのは「やはり世界一流は違う。みなそうなるだけの理由がある」ということでした。

086 국립국악관현악단 공연, 건축가 안도 다다오 강연회, 디자이너 고시노 준코 패션쇼

10월 27일(토), 28일(일) 이틀 동안, 세계 최정상급 문화를 세 곳에서 즐겼다. 토요일 저녁에는 오사카문화원 개원 20주년 기념 국립국악관현악단 초청 공연이, 오사카 최고의 연주홀인 심포니홀에서 열렸다. '아리랑 판타지'라는 이름으로 열린 이 공연은 홀을 가득 채운 재일동포 및 일본인들에게 한국 국악의 맛을 한껏 보여줬다. 아리랑환상곡에서 사철가, 판소리(심청가 일부), 신뱃놀이까지 공연 모두가 관객을 홀리며, 열렬한 반응을 이끌어냈다. 세계 …

085j 新羅・高麗の宝物に日本という外国の地で接する

10月27日、奈良の東大寺境内にある正倉院の宝物を一部開示する正倉院展が奈良国立博物館で開幕しました。11月12日まで無休で開催されます。私は26日の開幕式とプレビューに招待され参加しました。 正倉院展は約9千点の宝物から毎年数十点を選び、短期間一般公開する行事です。一度出品された宝物は10年以上公開されないのが原則で、一生に一度しか見られないものも多いそうです。 今回初めて公開される10点の宝物を含め、56点が展示されています。出品物のなかには新羅の伽耶琴(カヤグム、新羅琴)や白銅製の剪子(せんし、灯明の芯切りばさみ )、真鍮製の器とそれを包んでいた紙などがあり、新羅時代(前57-935)の生活を垣間見たような気がしました。新羅時代の宝物に日本という外国の地で接したことが、私のなかに嬉しさと驚きとともに、切々とした感情を呼び起こしました。 聖武天皇(701-756)と光明皇后(701-760)がご愛用されたという玳瑁螺鈿八角箱(たいまいらでんはっかくのはこ)、献上品を保管していた沈香木画箱(じんこうもくがのはこ)などの宝物が、今回の展示会の代表的な展示品として紹介されていました。 何よりも驚くのは建立から1300年近く経っている正倉院(741-750年建立と推定)という木造の倉庫に、数多くの貴重な宝物が完全な形で保管されてきたという事実です。単に戦争がなかったというだけでは説明できない、奇跡としか言いようのないことです。そのお蔭で多くの人が宝物を目にする贅沢を享受できるのです。 正倉院展は毎年秋に僅か17日だけ開かれるので、海外や日本の各地から集まってくる見物客で人だかりができるそうです。1946年から開かれ、東京で開かれた3回を除き、すべて奈良国立博物館で開かれてきました。ことしで70回を数えます。 この日せっかく奈良まで行ったので、同じ奈良で高麗建国1100年特別展を開催中の二つの美術館も訪問しました。1978年に大規模な高麗仏画展を開いて世界に衝撃を与えた大和文華館では「高麗 - 金属工芸の輝きと信仰」展を開催しています。10月6日に始まり、11月11日に終わります。高麗青磁だけでなく、高麗の金属工芸がかくもすばらしかったのか、と今さらながら実感しました。午前中早い時間に行ったにもかかわらず、見物客が多かったのも驚きでした。 東大寺の横にある小さな寧楽美術館でも10月1日から来年2月24日まで「翡色象嵌の高麗青磁・李朝の粉青沙器」特別展を開催しています。規模は小さいながらも非常に充実した展示です。この美術館は、とくに海外に評判のようで、日本人よりも外国人の訪問客が多いといいます。 一日の時間を細分して三ヵ所を巡り、精一杯心と眼を保養し浄化したつもりですが、私自身の受容能力に限界を感じた一日でもありました。

085 제70회 쇼소인전, 고려-금속공예의 찬란함과 신앙 전, 비색과 상감의 고려청자・이조 분청사기 특별전

나라의 도다이지(동대사) 안에 있는 천황가의 보물창고 쇼소인(정창원)에 보관된 보물을, 일부 공개하는 제70회 쇼소인전이 10월27일부터 나라국립박물관에서 개막했다. 11월12일까지 쉬는 날 없이 열린다. 나는 26일 개막식과 사전 관람회에 초청을 받아서 갔다. 쇼소인전은 보물 창고에 보관되어 있는 약 9천 건의 보물 가운데 수십 점을 골라 나라국립박물관에서 일반공개하는 행사이다. 한 번 출품된 보물은 10년 이상 공개하지 않는 게 원칙이어서, …

084j ムン・ジェイン政権の平和構想と日韓関係について講演

10月25日(木)は、それぞれ東京と大阪を中心に活動する日本の二つの言論人グループの招聘を受け、「ムン・ジェイン政権の平和構想と日韓関係」というテーマで講演しました。80年代、90年代のソウル特派員経験者を中心に構成された東京の「朝鮮問題を考えるジャーナリスト懇話会」と大阪の「自由ジャーナリストクラブ」が共同招聘グループです。 「自由ジャーナリストクラブ」は、1987年に右翼勢力と推定される暴漢によって朝日新聞阪神支局の記者が殺害された事件の後、1988年に同地域出身の言論人が言論の自由を守ろうという趣旨で作った団体です。いずれのグループも会員のほとんどは新聞・放送記者出身ですが、ソウル特派員や知韓派が中心的な役割を果たしています。 大阪韓国文化院で開かれたこの日の講演会には、二つのグループの会員20人余りのほか、日本人と在日コリアンの一般市民も50人ほど参加しました。韓国の事情を熟知している言論人を前にして講演することを意識し、準備段階から大いに緊張しました。 講演を通じて私は、ムン・ジェイン大統領の構想は「韓半島で再び戦争が起こることは是が非でも防がなければならない」という大原則のもと、米国や日本など周辺国との協力関係を強化し、韓半島問題の当事者としてリードしながら、北東アジアにおける多国間平和体制の構築と、平和的なプロセスを通じた南北統一を実現することにあるとしました。 そして、日韓関係は歴史認識を含む簡単に解決できない問題が爆発しないよう適切に管理しつつ、北朝鮮問題など緊急の課題について協力関係を強化する必要があると強調しました。 講演は1時間程度でしたが、質疑応答は2時間ほど続きました。質問のテーマも、終戦宣言を含む対北朝鮮問題、慰安婦問題、民族教育問題など、さまざまな分野に及びました。微妙なテーマに関する質問もありましたが、避けることなく、誠意をもって回答するように努めました。質問者が満足する回答だったかどうか不明ですが、誠実に対応したつもりです。 終戦宣言については、日本と中国の国交正常化*(1972年)と平和条約締結*(1978年)、日本とソ連(ロシア)の関係正常化*(1956年の日ソ共同宣言*)以降の平和条約締結をめぐる状況を取り上げ、米朝間における終戦宣言が先行することは、歴史的に見ても奇妙なことではないと主張しました。 *データベース世界と日本(政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所) 特に、ムン大統領が終戦宣言に伴う駐韓米軍の撤収などはないという点をしっかり守りながら、終戦宣言は終局的な平和体制に移行していく過程の誘い水であると強調している点を説明しました。慰安婦問題は、韓国が日本に対して追加的な外交措置を要求していないこと、2015年12月28日の日韓外相合意で慰安婦問題が解決されなかったことが二本の柱であると述べました。また、民族教育は、過去の在日コリアンのアイデンティティを保つことに加え、日本における多文化社会実現のためにも重要な課題であると答えました。 日本の言論人たちの鋭い質問を浴びたせいか、他の集まりよりも数倍疲れたように思います。しかし、彼らが持っている発信力の大きさを考慮すると、実施しないよりはしたほうがよかったのではないか、と自分で自分を慰めました。

084 ‘문재인 정권의 평화구상과 한일관계’라는 제목의 강연

10월25일(목), 각각 도쿄와 오사카를 중심으로 활동하는 두 일본 언론인 모임의 초청을 받아, '문재인 정권의 평화구상과 한일관계'라는 제목의 강연을 했다. 80년대, 90년대 서울 특파원 출신자를 중심으로 구성된 도쿄의 '조선반도(한반도) 문제를 생각하는 언론인 간화회'와 오사카의 '자유저널리스트클럽'이 공동 초청자이다. 자유저널리스트클럽은 1987년 우익세력 추정의 괴한에 의한 아사히신문 한신지국 기자 살해 사건 이후, 1988년 이 지역 출신 언론인들이 언론자유를 지키자는 …

A Korean Diplomat in Osaka

[以下のタイトルの元の記事は韓国語で書かれ、A Korean Diplomat in Japan に掲載されています。日本語版は、筆者の思いを伝える独自の翻訳が試みられています] 投稿期間: 2018年5月9日 – 7月27日 在大阪韓国総領事館、5月10-13日に移転 関西から日韓友好関係を築いていこう 日本における韓国青年の就業機会増大 近畿大学が創った新コンセプトの図書館 韓国芸術院美術展の日本特別展示 一回の投資で長く労せず「展示品外交」 民族学級の生徒たちの運動会 和歌山県庁と和歌山新報社 奈良県庁、奈良市役所、奈良新聞社 歴史的な重さに比べ管理が疎かな耳塚 関西地域こそ韓国系民族学校の本拠地 大きな流れは対立から平和に 18年上半期の企業活動支援協議会 日本における韓国語教育の先駆者、天理大学 尹東柱の詩の朗読大会とK-pop カバーダンス日本コンテスト 在日コリアン社会の維持・発展と民族教育 再び熱くなった日本の韓流: K-POPカバーダンスフェスティバル 日韓の深く長い交流のため知識・学問・学校交流が必要 ギムギルホ日本の話: オテギュ大阪総領事の歓迎会 朝日新聞社説「米国頼みを脱却する時だ」 日本バレーボール協会との公共外交 外交官になって読んだ『外交外伝』 韓国総領事が訪問したのは初めて 日本語を話す大阪地域の総領事の会 震度6の大地震に襲われて 出勤してすぐ地震対応室を設置 大阪地震に関連、NHK WORLDがインタビュー 授業参観が民族学級の生徒や関係者の力になれば 同志社大学に立つ尹東柱と鄭芝溶の詩碑に見入る 地震などなかったように週末を楽しむ人々 京都精華大学のウスビ・サコ学長 モーターは未来産業のコメ: 日本電産 最近の朝鮮半島情勢と日韓関係の展望 食事を共にすることは一緒に食べる人同士の「平和の宣言」 夏に来阪する韓国人観光客向けの熱中症予防に関する注意 宇治市伊勢田町ウトロ地区と尹東柱の詩碑 国際派・親韓派の滋賀県知事と歓談 田中均元外務省審議官の講演を聞く K-POPに次ぐ韓国料理の人気 天地の影響に押し流される生活 …

083j 政治に先んじて横になり、政治より先に立ち上がる経済活動

10月22日には「韓国-関西経済フォーラム」を開催しました。大阪総領事館が主催する最も重要な経済関連事業であり、通産省の近畿経済産業局、KOTRA(大韓貿易投資振興公社)大阪貿易館、大阪府、大阪産業振興機構と共同開催しています。また大阪の三大経済団体の関西経済連合会、関西経済同友会、大阪商工会議所とJETプログラムの大阪本部が後援しています。 ことし10回目を迎えるフォーラムに、日韓の企業と経済団体の関係者200人余りが参加しました。日韓における最近の政治的な対立にもかかわらず、この集まりとプラットフォームが10年続いて発展していることに、主催側の者の一人として深く感心せずにはおれません。 フォーラムのプログラムは、講演と日韓の企業による相手国への進出事例の発表、交流会で構成されています。今年の講演は激変する韓半島の情勢の変化について、ジェトロ・アジア経済研究所の韓国経済専門家である安倍誠氏を招待し「変化する南北情勢と日韓経済協力の新展開」というテーマで講演していただきました。安倍氏は「日本は拉致問題の解決と核廃棄などの前提条件解決が不可欠とする立場だが、日韓の連帯の可能性を含め、事前に準備する必要がある」と述べました。 事例発表では、韓国から釜山-大阪貨物、旅客路線を運航するパンスターグループ(株)の金泫謙会長が、日本から美容院の椅子と「ヘッドスパ」という美容健康事業を展開するタカラベルモント(株)の中川潔グローバル企画室長が発表をしました。 冒頭の挨拶で、私は「第10回フォーラムが日韓共同宣言20周年の年に開催されることに深い意義を感じる」とし「韓半島の和解ムードに伴い日韓の経済協力は選択ではなく必須科目になる」と述べました。 風が吹く前に横になり、風より先に立ち上がる雑草という言葉がありますが、政治に先んじて横になり、政治より先に立ち上がるしなやかさを持つものこそ経済活動ではないか、という気がしました。

083 10년 동안 이어져 온 ‘한국-간사이 경제포럼’

10월22일 월요일은 '한국-간사이 경제포럼' 행사가 열렸다. 오사카총영사관이 주최하는 가장 비중 있는 경제 관련 행사로.긴키산업국, 코트라 오사카무역관, 오사카부, 오사카산업진흥기구와 공동 개최하는 행사다. 또 옷카의 3대 경제단체(간사이경제연합, 간사이경제동우회, 오사카상공회의소)와 제트로 오사카본부가 후원한다. 올해로 10회째를 맞는다. 한일 기업인과, 경제단체 관계자 200여명이 참석했다. 최근의 정치 갈등에도 불구하고, 이런 모임, 플랫폼이 10년 동안 이어져 오고, 발전해 가는 것이, 주최 쪽의 …

082j 在日コリアンとの関係づくりこそ日本の多文化社会への第一歩

10月中旬、関西地域の天気は文句なくすばらしい。晴天で最高気温が22-23度、野外行事には絶好の日が続いています。10月初めまで目を離せなかった台風予報がはるか昔のことのように感じられます。 天気のせいか、最近は週末ごとに行事が重なっています。20日(土)は、大阪総領事館と民団大阪地方本部共催の「日韓友好親善多文化共生フェスティバル」がありました。 21日(日)には、ことし45回を迎える堺市の堺祭りがありました。どちらも在日コリアンが重要な役割を果たしています。私はいずれにも参加しました。 大阪の多文化共生フェスティバルは「在日コリアンの首都」と呼ばれる大阪らしく、千人以上入る会場が在日コリアンほかで満員になりました。大阪地域出身の日本の議員たちも10人ほど参加しました。午後5時から3時間、日韓の青少年たちと来阪中の韓国国楽チームがフュージョンミュージカル「ファンタスティック」を共演しました。なかでも、大阪の民族学校の建国中高等学校の伝統芸術部によるサムルノリなど伝統遊戯の公演は観客を圧倒しました。会場に来た日本の知人たちも皆、その迫力あふれる演技に賛辞を惜しみませんでした。 堺祭りのハイライトは、堺の歴史を時代別に区分して繰り広げられる行列です。このなかで最も長い編成で迫力があったのは、朝鮮通信使と伝統舞踊やテコンドなどで構成された韓国チームでした。行列のルートに面したベトナム総領事館の前に設置された観覧席にいた私は、韓国チームの行列を見たとき、思わず立ち上がって拍手と歓声を送りました。竹山修身市長も、在日韓国人の協力で祭りがスムーズに行われたと述べていました。 日本社会のマイノリティのなかでは多数派である在日コリアンの存在は、韓国だけでなく日本にとっても非常に重要です。韓国にとっては日韓をつなぐ強固な架橋であり、日本にとってはさらに、在日コリアンと良好な関係をつくることは、日本が多文化共生社会として成功するための試金石であり、その第一歩だからです。

082 한일 우호친선 다문화공생 페스티발 및 사카이시의 사카이마츠리

10월 중순, 간사이 지역의 날씨는 최고이다. 맑은 하늘에 최고기온이 22, 3도 전후. 야외행사를 하기에 가장 좋은 날씨다. 10월 초까지 마음을 놓지 못하게 했던 태풍 소식이 아득히 먼 일처럼 느껴지는 나날이다. 이런 날씨 때문인지 요즘 주말마다 행사가 많다. 20일(토)은, 오사카총영사관과 민단 오사카지방본부가 공동주최하는 '한일 우호친선 다문화공생 페스티발'이 있었다. 21일(일)에는 올해로 45회째를 맞는 사카이시의 사카이마츠리가 있었다. 모두 …

081j 日本にも息づいている尹東柱の詩

京都には尹東柱(ユンドンジュ)の詩碑が三つあります。彼が通学した同志社大学のキャンパス、彼の下宿があった現在の京都造形芸術大学前、大学の友人と彼が最後にハイキングに行った宇治市志津川の三ヵ所です。 同志社大学には没後50年経った1995年、京都造形芸術大の前には2006年、志津川には2017年に建てられています。なぜか、初めの碑を建立してから11年ごとに二つ目三つ目の碑が建てられています。 初めの二つの詩碑に刻まれた詩は、不滅の代表作「序詩*」です。 죽는 날까지 하늘을 우르러 한점 부끄럼이 없기를、 잎새에 이는 바람에도 나는 괴로워했다。 별을 노래하는 마음으로 모든 죽어가는것을 사랑해야지 그리고 나안테 주어진 길을 거러가야겠다。 오늘밤에도 별이 바람에 스치운다。 三つ目の碑には、 "내를 건너서 숲으로, 고개를 넘어서 마을로" で始まって終わる「새로운 길*」が刻まれています。 내를 건너서 숲으로 고개를 넘어서 마을로 어제도 가고 오늘도 갈 나의 길 새로운 길 민들레가 피고 …

081 시즈카와 변의 ‘시인 윤동주 기억과 화해의 비’ 건립 1주년

교토에는 윤동주 시인의 시비가 3개 있다. 그가 다디던 도시샤(동지사)대학의 교정, 하숙집 터였던 교토조형예술대학 앞, 그리고 그가 대학 친구들과 마지막 소풍을 갔던 우지시 시즈카와 변에 시비가 세워져 있다. 도시샤대의 시비는 그의 사후 50년 뒤인 1995년, 교토조형예술대 앞은 2006년, 시즈카와 변은 2017년에 세워졌다. 묘하게 첫 시비로부터 11년씩 간격을 두고 제2, 제3의 비가 건립되었다. 첫번째 두번째 시비에 새겨진 …

080j 供給者(官)本位から消費者(民)本位のサイトへ

紙と電波が主たる伝達手段だった伝統メディアの時代がたそがれを迎え、インターネット、モバイル、ソーシャルネットワーク・サービス(SNS)がメディアの新たな担い手として浮上しています。情報通信技術の発達がもたらしたメディア世界と社会の大きな変化です。一言で言えば、伝統メディアの時代からニューメディアの時代への移行です。 この変化の波は、メディア世界だけのものではありません。在外国民の保護と支援など、対国民サービスを主要な業務のひとつとする在外公館にあっても同じ変化が進行しています。インターネット時代が到来したからといって、すぐ紙の新聞がなくなることはなく、face-to-face の話や電話による業務がなくなるわけではありませんが、インターネットと SNS を通じた国民との接触とやり取りの割合が日増しに大きくなっています。 大阪総領事館もこのような流れを経験し意識して、最近ウェブサイトを大幅に改善しました。SNS についても Facebook のほか、Twitter を新たに開設しました。改善の基本方向は、「供給者(官)本位」から「消費者(民)本位」のサイトへの移行です。http://overseas.mofa.go.kr/jp-osaka-ja/index.do その一つとして、災害時の備えなどの情報をはじめ、総領事館が発信する情報をまとめて「総領事館ニュース」としてトップページ中段に配置し、これまでサイト冒頭にあった「総領事館紹介」ページはメニュー表示にしました。運営上も国民に役立つ情報発信を強化するなど、より国民に親しまれるサイトになるように努めます。今後ともできる範囲内で改善に努めてまいりますので、ご利用ください。

080 ‘공급자 중심’이 아닌 ‘소비자 중심’의 홈페이지

종이와 전파가 주요 전달수단으로 활약하던 전통 미디어의 시대가 저물고, 인터넷, 모바일, 사회관계망서비스(SNS)가 미디어의 새로운 주력으로 떠올랐습니다. 정보통신기술의 발달이 몰고온 미디어 세계의 변화입니다. 쉽게 말해, 전통 미디어의 시대에서 뉴미디어 시대로의 전환입니다. 이런 변화의 물결이 미디어 세계에만 머물고 있는 것이 아닙니다. 재외국민 보호와 지원 등 대민 서비스를 주요한 업무의 하나로 하고 있는 해외 공관도 예외가 아닙니다. 인터넷 …

宮澤賢治『春と修羅』序

わたくしといふ現象は 假定された有機交流電燈の ひとつの靑い照明です (あらゆる透明な幽靈の複合體) 風景やみんなといつしよに せはしくせはしく明滅しながら いかにもたしかにともりつづける 因果交流電燈の ひとつの靑い照明です (ひかりはたもち その電燈は失はれ) これらは二十二箇月の 過去と感ずる方角から 紙と鑛質インクをつらね (すべてわたくしと明滅し みんなが同時に感ずるもの) ここまでたもちつゞけられた かげとひかりのひとくさりづつ そのとほりの心象スケツチです これらについて人や銀河や修羅や海膽は 宇宙塵をたべ または空氣や鹽水を呼吸しながら それぞれ新鮮な本體論も考へませうが それらも畢竟こゝろのひとつの風物です たゞたしかに記録されたこれらのけしきは 記録されたそのとほりのこのけしきで それが虚無ならば虚無自身がこのとほりで ある程度まではみんなに共通いたします (すべてがわたくしの中のみんなであるやうに みんなのおのおののなかのすべてですから) けれどもこれら新生代沖積世の 巨大に明るい時間の集積のなかで 正しくうつされた筈のこれらのことばが わづかその一点にも均しい明暗のうちに (あるいは修羅の十億年) すでにはやくもその組立や質を變じ しかもわたくしも印刷者も それを變らないとして感ずることは 傾向としてはあり得ます けだしわれわれがわれわれの感官や 風景や人物をかんずるやうに そしてたゞ共通に感ずるだけであるやうに 記録や歴史 あるいは地史といふものも それのいろいろの論料データといつしよに (因果の時空的制約のもとに) われわれが感じてゐるのに過ぎません おそらくこれから二千年もたつたころは それ相當のちがつた地質學が流用され 相當した証拠もまた次次過去から現出し みんなは二千年ぐらゐ前には 靑ぞらいつぱいの無色な孔雀が居たとおもひ 新進の大學士たちは氣圏のいちばんの上層 きらびやかな氷窒素のあたりから すてきな化石を発掘したり あるいは白堊紀砂岩の層面に 透明な人類の巨大な足跡を 發見するかもしれません …

079j 日韓の政治学者京都で会議: 価値観の共有よりテーマの共有

2018年は「日韓共同宣言-21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップ」(金大中・小渕共同宣言)が発表されて20周年になる年です。共同宣言は1998年10月8日に発表されています。 この宣言において、日本は韓国に対し初めて過去の植民地支配に関する反省と謝罪を行いました。そして、韓国は戦後の日本が国際社会の発展に貢献したことを評価しました。その土台の上に立って、両国が将来のために協力を強化していくことを宣言した歴史的な文書です。 ここ数年、日韓関係が歴史認識をめぐる対立で悪化していたことは否めません。そんな状況のなか、朝鮮半島をめぐる情勢の急変に伴い、両国が協力する必要性が増大している現在、宣言の歴史的な意義と価値が改めて注目されていると思われます。 共同宣言20周年を機に、日韓の友好協力関係を再構築しようという両国の政府ほか、政界・学界・市民社会などにおける動きが、ことし下半期に入って活発になっています。去る9日、安倍晋三首相も東京で開かれた記念シンポジウムに参加し、チーズトッポッキとK-POPを取り上げて「第3の韓流ブーム」に言及しました。 12日、大阪総領事館も京都の立命館大学において、韓国政治学会(会長: ソウル大学政治外交学部の金義英教授)と日本政治学会(理事長: 早稲田大学政治経済学部の齋藤純一教授)と合同で記念学術会議を開催しました。 「急変する東アジア情勢と新しい日韓関係」をテーマに約5時間、急変する東アジア情勢を分析し(セッション1)、共同宣言以後における日韓関係を評価して(セッション2)、価値観や課題の共有を通じて新しい日韓関係を模索する(セッション3:ラウンドテーブル)意欲的な試みでした。 北東アジア情勢を見る観点などに関して、日韓の違いも浮彫りになり、大変有意義な議論と考察が交差する場になったと思われます。最大の意義は、日本のなかで韓国と最も縁の深い関西地域において質の高い日韓の知的交流が行われたことです。従来、関西地域は、韓国に対する関心の深さに比べ、日韓の知的交流の流れから疎外されてきたといっても過言ではないからです。 そんな知的な渇望があったからでしょうか、聴衆の集中力は感嘆に値するものでした。また、両国を代表する政治学者たちの集まりである二つの政治学会が組織的に結束して会議を開催した意味も大きいと思われます。このような営みが継続され、将来定例化する可能性もみえてきました。 日韓関係の専門家だけでなく、米国・中国・欧州などの地域政治、政治思想、政治理論など、さまざまな分野の専門家が参加したことも有意義だったと思います。グローバル時代において日韓関係の諸問題を解決するためには、日韓の二国間関係だけに固執していてはならないからです。 なお、会議の運営について、多くの学者が概念的に同意するのがむずかしい「価値観の共有」より、意見を集めやすい実際的な「テーマの共有」を中心に協力を模索するよう提案した経緯があります。現実的な提案であったと思います。 このような作業が地道に積み重ねられることで、日韓友好に貢献する可能性が大きい関西地域が、日韓友好の先端的な発信基地として覚醒し、両国の関係をリードする一翼を担うことを願ってやみません。

079 한일공동선언-21세기를 향한 새로운 한일파트너십 발표 20주년

올해는 「한일공동선언-21세기를 향한 새로운 한일파트너십」(일명, 김대중-오부치 공동선언)이 발표된 지 20주년이 되는 해입니다. 정확하게는 20년 전 10월8일 선언이 발표되었습니다. 이 선언은 일본이 처음으로 한국을 대상으로 과거 식민지배에 대한 반성과 사죄를 하고, 한국이 전후 일본이 국제사회의 발전에 공헌한 것을 평가한 토대 위에서 미래를 위해 협력을 강화해 나아기로 한, 역사적 문서입니다. 최근 몇 년 동안 한일관계가 역사인식을 둘러싼 …

078j 「新聞も出すデジタルメディア」になったNYT

新聞、放送の危機は、日本でも韓国と同じ状況のようです。大阪に赴任してから面談した報道機関の幹部たちも、口をそろえて「若者が紙新聞を読んでいない」「広告収入が減り、経営が困難だ」と嘆きます。実は、伝統的メディアの危機は日韓だけでなく、世界的な現象なのです。 新聞記者出身のため、どうしてもメディア関連のニュースや話題に関心が高いのですが、12日付け朝日新聞にニューヨーク・タイムズ(NYT)の発行人、アーサー・グレッグ・サルツバーガー氏*(Arthur Gregg Sulzberger 1980-)の全面インタビュー記事が掲載され、さっそく読みました。 全体が興味深く、とりわけ、以下のテーマが注目されます。それはメディアを脅かす「危険な力」とされた次の三点です。 広告収入で支えてきたビジネスモデルの変化(紙媒体からデジタルへ) メディアに対する信頼の低下(科学・大学・司法機関など、さまざまな制度に対する信頼も揺らいでいる) Facebook、Google などの巨大プラットフォームの登場(報道機関と読者の間に介在するようになった) ニューヨークタイムズは、デジタル展開をする新聞社なのか、新聞も出すデジタルメディアなのか、という質問に対しては、「すでに、新聞も出すデジタルメディアになったと思う」と、明快に答えています。 組織改変中の編集局の方向については、「何を変えてはいけないのか、守らなければならない価値観は何なのか」が重要だとし、次のように述べました。私はこの点が重要だと思います、「独立した立場から公平、正確に行う独創的で現場主義、専門性の高いジャーナリズムだと考えました。すべての核心はここにあるのです」 また、Facebook などのプラットフォームは、ジャーナリズムを第一に考えていないので、そこに将来をかけるのは危険だと言いつつ、新しい読者と視聴者を開拓するために協力する必要があると述べています。いわば、韓国における洋務運動時代の「中體西用」方式です。 メディアの信頼低下だけでなく、メディアの二極化と、それを助長する権力の問題も指摘しています。韓国のメディア関係者も傾聴に値する話だと思われます。 * AG とよばれる。1980年生まれ。米ロードアイランド・オレゴン州の地方新聞社で記者として勤務後、2009年にニューヨーク・タイムズ社に入社。2018年、一族から6人目の発行人に就任した。[朝日新聞の記事より引用]

078 세계적인 전통 미디어의 위기

신문, 방송의 위기는 일본도 마찬가지인 듯하다. 이곳에 부임한 뒤 만난 언론사 간부들도 이구동성으로 "젊은이들이 종이 신문을 보지 않는다" "광고 수입이 줄어들어 경영이 힘들다"고 말한다. 사실, 전통 미디어의 위기는 한일만이 아니라 세계적인 현상이다. 내가 신문기자 출신이기 때문에, 아무래도 미디어와 관련한 뉴스나 화제에 관심이 많다. 12일 아침 <아사히신문>에 아더 그레그 살츠버거 <뉴욕타임스> 발행인의 전면 인터뷰가 나왔다. 전체가 …