最近の難かしい日韓関係をみるにつけ、複雑な思いに囚われます。専門家の何名かは「史上最悪」とすら表現していますが、いかなる問題であれ最上級の表現を使う人を私はあまり信用しません。知的怠惰か、政治目的のために動員しやすいことが最上級表現を使う所以だと考えるからです。文世光(ムンセグァン)事件や金大中(キムデジュン)拉致事件があった1970年代半ばと比べて、現在の日韓関係がさらに悪化しているかと問われたとき、彼らは果たして堂々と「悪化している」と答えられるでしょうか。 だからといって、私は現在の日韓関係が悪くないというのではありません。いま、日韓関係は明らかに悪い。ただ、悪い内容と質が過去と異なっているのではないか、といいたいのです。 日本のある学者は、これまで日韓の歴史認識の対立は政治(私見では、修辞)レベルで行われたが、昨年の韓国最高裁の「強制労働判決」をきっかけに、法律的なレベルに格上げされた、と言います。私は、この学者の説に同意します。ですから、日韓対立は以前のような政治的妥協で解決するのが難しくなったと見ています。日韓対立がなぜ法的紛争まで発展したかについては、いくつか分析が出ていますが、ここではその詳細は省きます。 最近の日韓対立は以前とは様相が異なるようです。以前は「水面が濁れば下の水も濁る」という言葉のように、政府関係の悪化に伴って一般国民の関係も悪くなるのが普通でした。ところが、最近は政府関係者とメディアが対立の前面に出ているものゝ、民間レベルではあまりそういうふうには感じられない。周囲の何人かの観察もそのようです。この現象を、私は「官冷民温」と呼びたいと思います。官とメディアは熾烈な衝突をしていますが、一般市民は淡々というより一層交流が盛んなのですから。実際、2018年に、政府間対立のさなか、1050万人以上が日韓を往来する1千万人交流時代に入ったのです。 なぜこのような現象が生じるのでしょうか。私の仮説は、1)若者と老人の見方の違い、2)相手国を直接経験した人としていない人の違い、3)専門家集団と一般市民の違いによるというものです。もちろん、他の要因も考えられますし、これら三つの要因が複合していることもあると思います。 1月28日付発行の週刊誌「アエラ」に、ちょうどこのような現象を扱った記事を見つけました。私の仮説をすべて満たす記事ではありませんが、日韓対立の最近の様相を理解するのに役立つ記事です。問題をよく理解しなければ解法もわかりませんから。 どこの国や地域にも問題はあります。問題はそれを起こすために表れるのではなく、問題があるから表われるのです。問題を持続的に解いていく過程が人生であり歴史だとするならば、私たちはもっと冷静に謙虚にこれらの問題に立ち向かわなければならないのではないでしょうか。
109 나쁜 한일관계의 내용, 질이 과거와 달라진 것이 아닌가?
최근의 어려운 한일관계를 생각하면 마음이 착잡하고 복잡하다. 어떤 전문가는 사상 최악이라고도 표현한다. 그러나 나는 어떤 문제에서 최상급 표현을 쓰는 사람을 별로 신뢰하지 않는다. 지적인 게으름의 반영, 또는 정치적인 목적을 위해 쉽게 동원되는 것이 최상급 표현이라고 보기 때문이다. 문세광 사건과 김대중 납치 사건이 있었던 1970년대 중반보다 지금의 한일관계가 더 나쁜가 하고 묻는다면, 그들은 과연 "그렇다"고 자신있게 …
Japan sea, East sea (Yomiuri article)
2019/01/18 讀賣新聞夕刊記事より 韓国が日本海の呼称に「東海」を併記するよう求めている問題を巡り、日本海の単独呼称が国際的に認知されている根拠のひとつである国際水路機関(IHO)の指針について、同機関が、改訂を望む韓国との協議を日本に要求していることがわかった。日本は併記につながりかねない改訂論議に消極的だったが、IHOは強い態度で迫っているといい、厳しい状況に追い込まれる恐れがある。 IHOは、世界の海洋名や境界などが記され、各国の海図作製の指針となる刊行物「大洋と海の境界」を出版している。外務省によると、1929年の初版から現行版(1953年作成)まで日本海の海域には Japan Sea と一貫して記載されている。 一方、韓国は92年に国連の会議で日本海の名称を批判し、呼称問題を国際社会に初めて提起。以後、「日本海は日本の植民地支配の結果広がった呼び名」などと主張し、当初は「東海」への改称を、近年は併記を訴え続けている。 日本は「日本海の名称は19世紀から国際的に使われており、韓国の主張に根拠はない」などと反論。2004年には、国連が日本の問い合わせに「日本海が標準的な名称」と回答した。 韓国は近年、指針が1953年から変わっていないことに着目し、改訂を求めるようになった。 IHOなどによると、2017年4月にIHO本部があるモナコでの総会で、指針の今後の取り扱いについて議論され、次回20年の総会でIHOが報告を行うことが決定。その一環として、IHO事務局は次回総会までに日韓両国と、韓国と同じく改訂を求める北朝鮮の計3国で非公式協議を行うよう求めた。 外交筋によると、日本は協議に消極的だったが、18年秋にIHO事務局が「協議に応じなければ、改訂だけでなく、廃止も検討する」と、強い調子で対応を求めたという。このため、日本政府は協議に応じる方向で調整しているとみられる。 IHOのマティアス・ヨナス事務局長は、読売新聞の取材に秘書を通じて回答。関係国に非公式協議を行うよう働きかけていることを認めた。次回総会では自らがこの件の報告を行う意向も明らかにしたが、「敏感な問題であり、次回総会まで一切の声明を発表するつもりはない」としている。 https://yomiuri-publication-network.cdn.ampproject.org/v/s/yomiuri.publication.network/amp/48f3a4e4e82be1dcdd6fa2cbc78bd44b8840bdad681e7e8b68413e0075a4fabb?amp_js_v=a2&_gsa=1&usqp=mq331AQCCAE%3D#referrer=https%3A%2F%2Fwww.google.com&_tf=%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%B9%3A%20%251%24s
108j 日韓の政府間対立を民間・地方に拡散してはならない
日本地域の総領事館は、1月の前半はさまざまな新年会に出席するため、多忙を極めます。大阪総領事館の担当地域(大阪府・京都府・奈良県・和歌山県・滋賀県)における各民団の新年会も5ヵ所で開かれます。ほぼ同じ時期に各地域の成人式(1月14日が成人の日)もあり、新年会とは別に開催するところが多いのです。 これらの行事が同時期に集中しているので、総領事館スタッフが地域を分担して参加します。ことしは4月の地方選挙と7月の参議院選挙があるためか、政党の新年会も活発です。私は、コリアンが多く住む大阪(12日)・京都(11日)民団の新年会、招待状が届いた公明党大阪本部(9日)と立憲民主党大阪府連合(13日)の新年会に出席しました。 ことしの民団新年会の特徴は、二度の選挙のせいか、日本の各政党の国会議員と地方議員が例年より多く参加したことです。大阪民団の新年会には、韓国からジュスンヨン国会副議長をはじめ、9人の与野党議員らも参加し激励しました。強制労働の大法院判決とレーダー照射問題をめぐる対立で冷ややかなムードになるかと心配しました。ところが、幸いなことに、日韓双方を代表して挨拶する人々の思いは、政府間の対立にもかかわらず、民間レベルの交流協力は揺らいではならない、という流れになっていました。 このような節制ムードが形成された背景には、両国関係をめぐるこれまでの経験を通じて、政府間の対立を民間・地方にまで拡散しても何にもならないという学習効果があるのではないかと思いました。政府間に問題があるのは事実ですが、民間レベルでは昨年1千万人以上が相互往来し、第3の韓流ブームもあって良好なムードにあることを強調し、困難な時こそ、友好・協力のために尽力しなくてはならない、と私は挨拶で述べました。 二つの政党の新年会は、選挙を控え出陣式のようなムードでした。公明党の山口那津男、立憲民主党の枝野幸男のそれぞれの党代表が参加するなか、いずれの大会と二つの選挙に出馬する候補者を壇上に立たせ一人ずつ紹介していました。この地域に強い支持基盤を持つ公明党は約2千人が参加し、その勢力を誇示していました。他方、1年前には事務所すらなかった状態から大阪府連合を作った立憲民主党も、約5百人が会場を埋め尽くす盛況ぶりでした。やはり、記事を通して間接的に接する政治と、現場で目で見る政治は異なって感じられます。
108 한닐 민간 차원의 교류 협력은 흔들림 없이 해야 한다
일본 지역 총영사관의 1월 전반기는 각종 신년회에 참석하느라 눈코뜰새없다고 해도 과언이 아니다. 오사카총영사관은 맡고 있는 지역은 2부3현(오사카부, 교토부, 나라현, 와카야마현, 시가현)이므로, 민단 신년회만 해도 다섯 곳에서 열린다. 여기에 신년회와 비슷한 시기에 성년식(1월14일이 성년의날)도 열리는데, 신년회와 별도로 하는 곳이 많다. 행사가 비슷한 시기에 몰려 있기 때문에 총영사관 직원들이 각각 지역을 나눠 참가할 수밖에 없다. 더구나 올해는 …
2019年MTB初ころび
本年初のMTB山行は、ウォーミングアップを兼ねて阿須丘陵の七国峠へ。前日に東京都心で雪が散らついたので、飯能のほうは雪が残っているかと思ったが、暖かな陽ざしに恵まれ風もなく、のどかな半日だった。 同行者Hにビデオを撮ってもらった。2014年MTBを勧めたのも彼だったし、山行はいつも二人だ。Hはことし70歳になるが、2年前から80年代初めの自転車世界周遊記をブログに投稿している。 https://youtu.be/MS9WGjMLKa4 スピードが出すぎたのか、最後に派手に転倒してしまった。Hに動画を撮ってもらうと、いつも転倒する。あとで気づいたことだが、愚かなことに、この動画のときはサスペンションをONにしていなかった。
107j 「世界」2月号に掲載された慰安婦問題のインタビュー
最近発売された総合雑誌「世界」2月号に私のインタビュー記事が掲載されています。タイトルは「慰安婦問題の隘路(あいろ)をどう進むか」で、特集2「戦争の記憶と向き合いつづける」に組み込まれています。 雑誌編集の特性のため、昨年10月31日にインタビューした内容が、2月号(1月上旬発売)に掲載されます。インタビュー前日に韓国最高裁の強制動員労働者判決が出ていますので、インタビューは微妙な時期に行われました。ムン・ジェイン政府の慰安婦政策が日本の人々に正しく理解されていないと考え、インタビューに応じることにしたのです。 「12・28日本軍慰安婦の合意検討TF*」委員長をした者としての責任感もありました。日本の一般市民を対象に、慰安婦問題を捉える現韓国政府の考えを直接伝えることが、この問題に関する日本の市民の理解を深めるのに役立つという考えが何より大きかった、と思います。*taskforce 7ページにわたる長いインタビューのため、慰安婦問題に関連した論点について、比較的詳細に説明することができました。韓国内でいろいろな経路を通じて明らかにした内容であり、このような分量と深みのあるインタビューは日本では初めてなので、記事が掲載された意義は小さくないと思います。 要旨は次のとおりです。12・28慰安婦の合意は、公開された部分だけ見れば一定の成果があったと見ることもできます。ただし、少女像の移転、挺対協の反発の抑制、国際社会における批判の自制、海外の記念碑に対する韓国政府の支援自制などの非公開部分を含む全体を見れば、被害者中心のアプローチでない合意だったのです。そして、日韓はこの問題を国際社会が培ってきた戦時性女性人権問題の解決策に沿って行う必要があると述べました。 日韓間に存在する歴史問題をめぐる対立は、問題の性格上、いっぺんに簡単に解決できるものではありません。日韓間には歴史的な対立に限らず、北朝鮮の核問題をはじめ、協力すべき重要な問題も山積しています。このような対立が暴走しないようコントロールしながら、相互協力の共通分母を育んでいく方法によって日韓の問題を解決していくのが望ましいという意見を述べました。
107 일본 월간지 世界 2월호에 실렸던 위안부 문제에 관한 인터뷰 기사
일본의 대표적인 진보 성향의 월간지 <세카이>와 한 인터뷰 기사가 최근 발매된 2월호에 실렸습니다. 제목은 <위안부 문제의 난관을 어떻게 해쳐나갈 것인가> 입니다. 잡지의 편집 특성 때문에 지난해 10월31일에 인터뷰한 것이 이제야 나왔습니다. 바로 전날이 대법원의 강제동원 노동자 대법 판결이 나온 날이어서, 사실 인터뷰 시점으로는 미묘했습니다. 그러나 문재인 정부의 위안부 정책이 제대로 일본 안에 알려지지 않고 있는 …
非現実的な、あまりに非現実的な韓国ドラマ(4)
「非現実的な、あまりに非現実的な韓国ドラマ(1)(2)(3)」にも書いたとおり、韓国ドラマの欠点は次のようなものだと考える。これらの欠点を長所として捉える人もいるだろう。いずれにしても、僕の個人的な考えにすぎない。 韓国ドラマの欠点と思われるもの リアリズムの欠如、現実に迫ろうとする意識が不足しているのではないか。韓国の視聴者にはリアルな描写に映るのだろうか。あるいは、僕の個人的な見方の問題だろうか。 心理描写、性格描写の不足。定型化された人間類型が有効な時代もあったと思うが(たとえば10年前)、時代が変わり、国や地域を越えてどこまで通用するのか。韓国ドラマに普遍性を求めなくてもよいのだが。 登場人物がすべて絡み関係し合う人間関係の希薄さといい加減さ。ストーリーが閉鎖的で矮小化していると考える。だから、おもしろくない。 小説にせよ、ドラマにせよ登場人物の関係がそのストーリーのなかで完結するのはいい。ただ、その前提として、登場人物の性格描写や時代設定、場面設定が「現実的」に緻密に行われる必要があると考える。それが不足している、ということだ。 偶然、すれ違い、悪事の連鎖が続くこじつけに近いプロット。それがもたらす現実との乖離。韓国ドラマの世界でしか通用しない現実感覚。この場合も「現実性」の吟味が求められるのではないだろうか。 これらすべてに共通する非現実感(現実の軽視)、人間観察の浅薄さが韓国ドラマの質に限界をもたらしていると考える。 やゝ辛辣かもしれないが、おおかた正鵠を得ているかと思う。ただ、上の解釈だと、かつて世界的な広がりを持った韓国ドラマの普遍性が奈辺にあったのか、説明できない。たとえば、10年前には創造性があって、現在は失ってしまったとか。 ここでドラマの枠外に出て、ドラマの供給者である脚本家や制作者と受容者である視聴者の関係について考えてみたい。当然ながら、僕は視聴者の立場で考える。 制作者と視聴者の関係 供給者は視聴者を感動させようとか、あるテーマについて掘り下げようという考えをあまり持っていないようだ。 テーマがあっても問題提起に終わっている。視聴率のためだけに制作しているようにみえる。 小手先の悪知恵を絞り出して、これでもかこれでもか、と悪玉が悪事を企て嘘を重ねていく。 ドラマの供給者は視聴者を愚弄しているのではないか、そうとしか考えられない。 エンターテイメント性が豊かともいえるが、その制作姿勢に人間社会に迫ろうとする真摯な誠実さがあるようにはみえない。 ドラマとはいえ、真摯に生きようとしている人を子ども騙しの悪知恵で翻弄してはいけない、というのが、やゝ古めかしい僕のドラマ観である。
非現実的な、あまりに非現実的な韓国ドラマ(3)
ここで、韓国ドラマのプロットを構成する要素と場面設定について、一日本人視聴者の立場で整理してみよう。 プロットをつなぐ要素 衝撃的な事実を知って愕然とし、ショックのあまり呆然と歩く人物が交通事故に遭う。あるいは、好きな女性が夢遊病者のように道路を渡ろうとするのを偶然見かけ、助けようとした男性が交通事故に遭う。 悩み事や怒りに駆られ、猛スピードで運転して事故に遭うこともある。感情の起伏を乱暴な運転で表現する人が多い。 偶然を装った交通事故、事故を装った殺人も多い。交通事故が原因で記憶を失ったり、ぶつかった衝撃で記憶を回復することさえある。 自分の思いどおりにならないとき、怒りを表現するのに身の回りにあるものを投げ飛ばす人が多い。男性はデスクに置かれたファイル・電話機などを手で掃くようにして床に投げつける。女性はサイドボードや鏡の前に置かれた化粧品類を一掃するように投げ散らす。 金銭的なトラブル、借金取りに追われる場面が少なくない。身内に一人は金銭がらみのトラブルを抱える者がいると思われるほどだ。借金を盾に、あるいは返済をめぐり、善悪双方がさまざまな奸計をめぐらす。 裕福な家庭には、必ずといっていいほど、親子あるいは兄弟姉妹の間の対立がある。親や祖父母の介在による政略結婚、それに反抗する子ども(大学生以上の成人だが)という図式が固定化している。相続をめぐるトラブルも少なくない。 権力者や金持ちによる邪魔者の拉致や監禁が多い。実行犯は権力者等に金で雇われて犯行に及ぶから、いわば仕事として行うので罪意識は稀薄だ。白昼堂々の拉致も少なくない。 すれ違う登場人物たち: 探している相手が身近なところにいて、すぐ会えそうな場面設定をしておきながら、なかなか会えない、会わせない。同じ場面で愛人や実の親子などが間近にいるのにすれ違う。視聴者をいらつかせるためかとさえ思う。 部屋の外にいてドア越し、または職場の便器に座って、偶々洗面所での話を聞く場面も多い。重要な話、人に聞かれたくない話を不用意に話す人が多い。古典演劇でよく使われる手法だが、あまり多く使われると陳腐である。 重要書類や通帳等を他人に見つかりやすい所に保管し、盗難に遭う。場所はタンスの引出し、クローゼットの奥など。書類は機密書類だったり、土地家屋の登記簿謄本だったり、発見者が探している人物の写真だったりする。ドラマの進行において、立ち聞きと同じ効果を持つ。 DNA鑑定による親子関係の確認が頻繁に出てくる。歯ブラシやクシなど検査対象物の差し替えが簡単に行われ、鑑定書が偽造されることも多い。親子関係が疑われる家族内の人間関係と彼らの間の確執がある。 酩酊状態の男性が女性とベッドインし、女性を妊娠させることが多い。男性は記憶していないが、状況証拠を突き付けられて認める。ほかの男性の子であることも多い。 困ったとき、特に恋愛と結婚関係等のもつれから韓国内にいずらくなると、一様にアメリカやヨーロッパに逃亡する。数年後にその外国逃亡者が帰国し、一波乱生じる。 場面設定の類型化 高所得者層の住宅と低所得者層の舞台設定が、それぞれ類型化されていて、ほとんど同じなのも不思議だ。まるで、歌舞伎の大道具のように、どのドラマの設営も類似し、定型化している。 職場(人間関係を浮き彫りにするための道具または背景として利用される): 多くの場合、経営者の御曹子が登場して理不尽な手法で善玉の反対勢力を粛清しようとする。 家庭(大家族から一人暮らしまで単位はさまざま): 富裕層と貧困層が明確に分かれる。二つの階層に属する男女の恋愛の去就が主題になる。 学校(中学・高校・大学など): 恋愛、いじめ、貧富の階層格差、富裕層の子女の親が学校経営に影響を及ぼし、学生・生徒間の対立に介在してくることも少なくない。 病院(個室が多いように思う): 子どもの行動にかっとなって脳溢血などで倒れて入院するか、交通事故に遭遇して担ぎ込まれる場合が多い。死線をさ迷うことも少なくない。 屋台やでバーでの飲酒: 自力でどうすることもできない困難に遭遇したとき、自分の感情をコントロールできないとき、男女ともに深酒をする。バーなどで出会った男女が同室で一夜を過ごし、朝驚くることも多い。 国際空港(出会い、別れ、再会) 外国(米国、ヨーロッパほか) 在来の韓国市場、韓国食堂 遊園地、ハイキング(失踪事件が起こることもある) 幼稚園や保育園(シングルマザーが育てている子どもを富裕層の元夫が拉致することも多い) 孤児院(孤児院にいたことを隠そうとする悪玉、隠さずにまっすぐ生きようとして果たせない善玉) ハンガンの川岸: 恨(ハン)プリ、告白、別れ、拉致、自殺など、さまざまな場面に利用される。 海岸: 恋人の愛情の確認、あるいは幼少期の追憶の場面が多い。
韓国映画 Keys to the Heart
久しぶりに韓国映画をみた、そして大いに泣いた。映画の原題は Keys to the Heart; 韓日台中で 그것만이 내 세상; それだけが、僕の世界; 媽寳兄弟; 那才是我的世界。映画の内容にふさわしいのは、Keys to the Heart だろう。 なぜ、あんなに泪が出たのだろう。障害者で天才ピアニストのテジン(弟)の純真さだろうか。若いころ夫のDVに耐えられずに子どもを置いて家出し、いま晩年を迎えてガンで死の淵にある母親の生きざまだろうか。彼女のテジンに対するひたむきな愛情だろうか。 母親が働いている食堂に偶然現れたジョハ(兄)は、嫌っていた彼女と数十年ぶりに再会する。彼女に乞われ、無料で寝場所を得られるからという理由で、テジンとゝもに暮らすようになったジョハ(兄)。彼にテジンを託そうとする彼女は、弟に対する盲目的な愛情のあまり、何かにつけて悪態をついてジョハを傷つけてしまう。 ピアノを弾くなど男のする仕事でないと考えるジョハは、クラシック音楽とは縁もゆかりもない世界にいる。だから、弟にも彼と同じようにちらし配りの仕事をさせる。だが、弟はまともにちらしを配ることができない。そんな弟が、街中にあるピアノを弾いて人を集め、少なからぬ金を得たことに驚き、弟の才能を認めて、いつしか弟をかばうようになるジョハ。 最後、ジョハは少年の彼を捨てた母親の愛情を認め、服役中の父親に面会する。粗暴な彼に向かって、出所後に母親を訪ねるなと訴え、訪ねたら少年のころ殴られた分を殴り続ける、と怒鳴りつけるジョハの哀しさだろうか。 とにかく泪が止まらなかった。どの場面でも、純真無垢なテジンが弾くピアノの圧倒的な情感と激しい演奏がなければ、あんなに泪を流さなかっただろう。音楽に掻き乱されてあんなに泪を流したのは初めてだ。
106j 2019年の仕事始め
きょうは1月4日、日本の公共機関などが2019年の仕事を開始する日です。大阪総領事館もきょうの午前に仕事始めの行事を催し、ことしの仕事を始めました。 一方、出勤途次の商店街はまだ閑散としています。ことしは4日が金曜日なので、会社や商店街は6日(日)まで休み、7日(月)から始めるところが多いからです。総領事館のドアを開けると、すぐ申請業務のため人々が集まってきました。昨年12月31日からドアを閉めていたため、これまで待っていた人々です。 午前9時半、申請受付の職員を除いて、1階のドリームギャラリーに集まり、仕事始めの挨拶を交わしました。昨年までは、職員のほか、在日コリアン団体や企業の代表を総領事館に招いて仕事始めの行事を行っていました。でも、ことしは職員同士だけにしました。実用性と内実を重視する韓国政府の方針、公館の一時的移転に伴う狭いスペースなどを考慮して、そう決断したのです。 仕事始めに関係者を大勢招待するのは、権威主義的な慣行ではないか、という気もしていたのです。とはいえ、例年あったことがなくなるのを寂しいと思う人々もいるでしょう。今後は、従来以上に奉仕する姿勢を徹底することで、このような寂しさを埋めなければならないと思います。 仕事始めの挨拶では、次の3点を強調しました。 ことし6月末に大阪で催される主要20ヵ国首脳会議を遺漏なく支援する君臨せず人々に奉仕する、総領事館の姿勢をさらに推進する日韓の友好関係を構築するため、さらに足で飛び回る 仕事始めの挨拶が終わって、昼食時には近くの韓国食堂に調理を頼んでおいた、韓国から運んできたトックを一緒に食べ、韓国の正月の風習である徳談を交わしました。 午後には大阪府・大阪市・大阪商工会議所・関西経済連合会・大阪経済同友会共催の新年会に出席しました。ことし初の対外公式日程です。松井一郎大阪府知事をはじめ、マイクを握ったすべての人々が、2025年の世界博覧会誘致を主な話題にして挨拶しました。 博覧会誘致成功の喜びが関西の政財界を圧倒していることを感じるとともに、関西地域の衰退する経済力を、博覧会を通じて蘇らせてみようという切迫した意気込みも垣間見ました。 内外で行われた二つの仕事始めを通じて、2019年の仕事の準備運動は終了しました。新しい一年と時には闘い、時には歩調を合わせて格闘することだけが残っています。願わくば、その闘技の終わりが笑いであってほしいと思います。
106 2019년 업무를 시작하는 날
오늘은 1월4일, 일본의 공공기관 등이 2019년 업무를 시작하는 날이다. 오사카총영사관도 오늘 오전 시무식을 하고, 올해의 첫 업무를 시작했다. 그러나 출근길과 상점가가 아직 한산하다. 올해는 4일이 금요일이어서, 회사나 상점가는 내친 김에 6일까지 쉬고 7일부터 업무를 시작하는 곳이 많기 때문이다. 그래도 총영사관은 문을 열자마자 민원인들이 몰려왔다. 지난해 12월31일부터 문을 닫고 있어, 그동안 기다렸던 사람들일 것이다. 오전 9시반, …
新春浅草歌舞伎と岡本綺堂
新春浅草歌舞伎をみた。演目は寿曽我対面、番町皿屋敷 、乗合船恵方萬歳だった。このなかでもっとも印象に残ったのは番町皿屋敷だ。 青山の旗本である播磨は独身だが、叔母の進める縁談に興味を示さない。密かに腰元のお菊とねんごろな関係にあるからだ。 そのお菊が、播磨の家に伝わる高麗青磁の皿をわざと割って播磨の自分に対する気持ちを確かめようとする。それを知った播磨は自分の一途な愛を疑われたことが許せず、お菊を殺めてしまう。 皿屋敷にまつわる民間伝承は各地にあり、歌舞伎でも古くから演目に入っているようだ。僕がみたのは、新歌舞伎の作者で小説家の岡本綺堂(1872-1939)が著したもので、播磨とお菊の恋愛関係に基づく皿屋敷の新解釈ともいえそうだ。彼自身、吉原の芸妓だった女性を身請けして結婚したという。 初演は本郷座で1916(大正2)年とあるから、日露戦争終結から11年、大日本帝国による大韓帝国併合から6年、進行中の第一次大戦(1914-18)、石川啄木が「時代閉塞の現状」に描いた状況のなかで岡本綺堂が創作した番町皿屋敷の主題はいったい何だったのだろうか。
105j 小泉純一郎著『原発ゼロやればできる』インタビュー
小泉純一郎前首相のニックネームは「変人」です。韓国式にいえば、「変わり者」くらいでしょうか。 私がハンギョレの東京特派員を務めた時期(2001-04年)は、小泉政権の期間(2001-06年)でした。特派員の期間中、彼が唯一人の首相でしたから、彼が主語の記事もたくさん書きました。二回の平壌訪問と日韓共同ワールドカップ開催、その「劇場政治」は未だに記憶に新しいものです。 首相を辞めて10年以上経つにもかかわらず、いまだに彼は 時々メディアに登場します。最近も、彼の弟子ともいえる安倍晋三首相の改憲推進について「できることはしないで、できないことだけしようとしている」と、容赦なく批判したことが報道されました。ここでいう「できること」とは原発ゼロであり、「できないこと」とは改憲です。 小泉元首相は、昨年12月31日にも「朝日新聞」に登場しました。彼の著書 『原発ゼロ、やればできる』に関連したインタビュー記事です。首相在任時代には原発推進論者だった彼が、2011年の3・11東日本大震災以降、原発廃止論者になったことは知っていましたが、その具体的な理由が気になっていました。2014年の東京都知事選挙では、脱原発政策で連帯し、野党系の無所属候補として出馬した細川護煕元首相を応援しています。 インタビューで彼は(首相在任中)経済産業省のいう「原発は安全、低コスト、きれい」ということを信じていたが、すべて嘘だった、といいます。当時、原発が危険だという人もいたが、真剣に聞かずに騙された反省をこめて、日本は原発がなくてもやっていけるということを知らせなければならないと考えた、といいます。 原発が安いという意味は、政府が支援しなければ原発は不可能で、政府が支援せず税金も使わなければ原発のほうが高い、と彼は説明します。原発なしでエネルギーを交換できるか、という質問に対しては、3・11の原発事故から2年原発はまったく稼働しなかったが、停電はなかった、と強調します。 安倍首相にも経済産業省に騙されてはならないと伝えたが、反論せずに苦笑していただけだといい、安倍首相が原発ゼロに打って出れば、すぐムードが一変するのだが、と彼はいいます。このインタビュー記事を読んで、彼の考え方は180度変わっても、変人気質は変わっていないと思いました。 一方、総合雑誌「世界」1月号は、ムン・ジェイン政府の新古里原発5・6号機の建設をめぐる国民的論議のプロセスを批判的に検討した記事を掲載しており、興味深く読みました。筆者の高野聡氏は、日本が学ぶべき教訓として、国民的論議の結果をそのまま政策に受け入れることで賛否両論を過熱させてしまう問題、「歪曲過熱報道」に備えるメディア対策の必要、歪曲された報道を想定した制度設計の必要、一過性でない継続的な国民的論議の必要を提起しています。日本も、原発政策、憲法改正問題など、社会的対立が大きい政策について「熟議民主主義」を実現する可能性があるとしています。
105 고이즈미 전 총리의 첫 저서 “원전 제로, 하려면 할 수 있다”
고이즈미 준이치로 전 일본 총리의 별명은 '헨진(変人)'이다. 우리나라 말로 하면, '별난 사람' 정도이겠다. 내가 도쿄 특파원을 지냈던 기간(2001-2004)은 그의 집권 기간(2001-2006)의 부분 집합이다. 특파원 하는 동안 그가 유일한 총리였으니, 그를 주어로 하는 기사도 많이 썼다. 두 차례의 평양 방문과 한일 공동 축구월드컵 개최, 그 특유의 '극장식 정치'가 아직도 기억에 생생하다. 그런 그가 총리를 그만 둔 …
箱根駅伝に思う
箱根駅伝は1920年に始まったそうだ。愚かな戦争を挟んで約百年続いている。いまや、正月になくてはならない恒例の行事になった。僕も毎年、テレビでみて応援している。 走者ならびに関係者のご尽力に深い敬意を抱きつつ、以下の文章をつづる。→箱根駅伝の簡単な歴史 ずっと気になっていることがある。中継車や監督・報道関係者を乗せたクルマが多過ぎるように思うのだ。長い歴史を有すればこそ、伝統に重きを置くあまり、既存の枠組みから脱することがむずかしいだろうが、一度見直してはいかがだろうか。 たとえば、伴走車の主たる機能は監督が走者に伝える指示であり、激励だろう。だとしたら、伴走車を走らせる必要はない。走者に超小型のデバイスを付け、監督とつなぐだけで十分ではないか。 こういうことを言うと、必ず既存の制作運営者ないし監督を含む人々、あるいは支援者から反対の声があがる。新たなスポンサーから熱烈な支持を得ると同時に、見返りとして、たとえばクルマに代わるスポンサーとして参入の申し入れがあるだろう。 ただ、クルマの台数が減ってすっきりした大会になるだろうが、それだけが最善かどうかはわからない。ここで必要なのは、クルマの台数を減らすことではない。応援者を含む大会を支える思想であり、その確たる基盤を持たない企業や支援者は時代のトレンドに流される。 それを考え提供できる者は誰か。既存の枠組みに囚われない新しい発想と支援基盤の持ち主である。そんなことを考えながら、ことしも箱根駅伝をみる。一方で、走者は孤独であるべきだとも考える。
2019年≡己亥≠平成31年
西暦2019年=己亥≠平成31年、これら三種類の年号が示す時は同じなのだろうか。同じだと錯覚しているだけではないだろうか。改元、新元号と声高に叫んでいる人々がもくろんでいるものは何だろうか。 2019年 己亥 甲乙丙丁戊己庚申辰癸×子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥 平成31年