『福澤諭吉』(四六判 総1050ページ)全3巻は2004年8月から翌年6月に作品社から発行されている。歴史小説のジャンルに分類されるが、資料にもとづき作家の想像力で福澤諭吉の生涯を活写している。著者の岳真也(1947-)は福澤諭吉(1835-1901)以外に中江兆民(1847-1901)や小栗忠順(ただまさ 1827-1868)ほかの伝記も著わしており、世間に流布している検定教科書の定見に囚われず、独自の視点にもとづいて歴史上の人物を描く作家のようだ。何冊か英文の翻訳書も出している。著者自身慶應義塾の出身でもある。 この伝記を通じて、勝海舟(1823-99)、西郷隆盛(1828-77)、小栗忠順[上野介]、井上馨(1836-1915)、榎本武揚(1836-1908)、森林太郎[鷗外](1862-1922)、北里柴三郎(1853-1931)など、多くの人物について僕が知らなかったか誤解していた面を知り、大いに識見を新たにした。特に、勝海舟に対する福澤(著者)の批判は痛烈であり、小栗忠順に非業の刑死を齎(もたら)した一因も勝海舟にあったろうとしている。咸臨丸の艦長とか江戸城の無血開城など美談が多く伝わっているが、脚色されたもののようだ。 福澤諭吉は小栗上野介を高く評価していたようだ。東郷平八郎(1848-1934)も、横須賀造船所(後の海軍工廠)の建設に尽力した小栗上野介を尊敬していたらしく、日露戦争後に小栗の遺児の國子と夫と息子を自邸に招き、國子に向かって父上のお礼を伝えたという逸話は印象的だ。戦勝を可能にしたのは海軍工廠が造った軍艦のお蔭だという意味があったようだ。金玉均(1851-94)と福澤諭吉との関係や朝鮮からの留学生と慶應義塾との関係もよく描いている。
駅舎の風景
2021年1月下旬のある朝と2月の複数の日の夕方、S駅のプラットフォームから撮った写真だ。僕はこの光景がことのほか好きなようだ。一昔前の駅舎の造りがなつかしく思われるし、その柱や屋根越しに見る空がどこか気持ちを落ちつかせてくれる。写真を繰り返し見ていると、いろんな情景や思い出が浮かんでくるし、空想の世界に飛ぶこともできる。 駅舎の情景にもときどき感動させられる。写真では、西の空の上方に輪郭の曖昧な巨大なムササビのような形の雲がかかっている。その雲が夕陽を受けて不気味に輝いているのが気になって仕方なかった。 この鉄路の沿線に引っ越して35年になる。その間5年ほどは他の地域で過ごしたから、約30年ほぼ毎日この光景を見ていることになる。あと何年見られるかわからないが、僕が見ている間は変わらないでほしい。
256 금강학원 금강고등학교 졸업식
3개 민족학교 중 두 번째 고교 졸업식인 금강학원 금강고등학교 졸업식이 2월6일 열렸다. 올해로 59회이다. 금강학원은 초등학교(95명), 중학교(52명), 고등학교(62명)가 속해 있는데, 올해 고교 졸업생은 17명이다. 규모가 작은 만큼 가족적인 분위기가 넘친다. 금강고교의 졸업식도 코로나 긴급사태 발령 중이어서, 이전과 다른 방식으로 열렸다. 가장 눈에 띄는 것이 내빈의 대폭 축소이다. 학교 이사들과 동창회, 학무모회 간부들도 초청하지 않고, 나를 …
「名もない」とは
午前10時、凭也(ヒョーヤ)は動くンヴィニ教寺院の境内(けいだい)にいる。斜め前にすわった若い女はもう10分以上化粧に没頭しており、その席からひとつ置いた左側では若い男が携帯に向かって会議をしている。これぞ2020年における電車のなかの光景であり、ンヴィーニの信仰がどのような形を取るか見せてくれる。そう、彼らは無信仰ではない、敬虔な信者なのだ。ただし、僕は彼らが信じているものも彼らの名前も知らない。それぞれの信仰が同じ類いのものなのかさえわからない。 凭也の描くところによれば、この若い女も男もンヴィーニであり、いつか魚(うを)になるわけだ。では「名もない」とはどういう意味なのだろうか。サバとかマグロという魚種として命名されていない魚なのか、人や犬猫のようには名前が付けられていない、という意味だろうか。あるいは単に有名でない、無名の人々と同じように無名の魚(うを)という意味なのだろうか。無名という意味だとしても、そもそも無名の魚という表現にどんな意味を付与しろというのだろう。 無名の人々が無名の魚になる、「名もない」がどうしたというんだ。凭也、どうか教えてくれ。彼に懇願してもむださ、「魚」になった彼は話しようがないだろうに。「魚」には手足がないし言葉もないはずだから。水中で動き回るのに手足はいらないとして、言葉もいらないのではないだろうか。僕らが当たり前のように必要だと考えているものが必要でない世界がある、厳としてあるということだ。
transborder 越境
映画「心の傷を癒(いや)すということ」をみた。昨年NHKが制作したドラマの劇場版だ。 20年余り日本について学び日本社会になじもうとして日本語を流暢(りゅうちょう)に話し、日本人のようになろうと努力し、いまは韓国人であることを自覚するようになったという韓国人と二人でみた。この一文の「日本」を「韓国」に、「韓国」を「日本」に置き換えると、僕の生きざまに重なるように思う。LGBT の transgender になぞらえれば transborder, transboundary [国境を越えた/越境の]ということだろう。 この用語と関連づけることで「在日」という言葉に広がりを持たせることができるかもしれない、この映画を通じて得た最大の収穫だ。そして、この広がりは「在日」にとどまらないはずだ。ふと、70年前後にあった「辺境」という雑誌を思い出した。この誌名は pioneer と訳されていたと記憶する。 二百席以上ある映画館にたった十人しかいない、その中ほどに二人隣り合ってすわっていた。映画に似たような場面があった。後に妻となる終子と主人公は在日コリアン同士だが、地下を列車が通る映画館の一席置いた同じ席で「東京物語」(1953)を二度みている。二度目は聞きのがした原節子(1920-2015)のせりふを聞くためだったが、やはり列車の通過と重なり騒音で聞き取れない。この偶然が二人を近づける。 映画の主人公は安(あん)(通名は安田)という在日で、小学校4年生のとき(Osaka Expoのうちわが映っていたので1970年だろう)、在日だと知らされる。鏡台の引き出しにあった母親の外国人登録証を見て母親に尋ね、両親とも韓国籍で彼を含む三人兄弟も在日韓国人だと伝えられる。長男は東京の大学に進み、原子物理学を専攻する父親自慢の秀才である。次男の主人公も秀才で日本人の友人とともに地元の大学の医学部に進み、親に相談することなく精神科医になる。高校生のころから彼が慕(した)ってやまなかった恩師に導かれたのだ。 主人公が在日だったこと、彼の両親と兄弟が在日だということが映画全篇を通して訴え続けられる。在日という視座から日本社会をみた映画だということもできる。10歳のころからずっと在日だった彼は単なる若き精神科医ではなく、「在日の精神科医」だったのだ。在日が「在日の---」なのは当然と考える人もいるだろうが、そういう意味ではない。「在日の精神科医」だからこそみえる世界があり、そのことが「心の傷を癒いやす」ことと大いに関係している、[越境]が創造的に作用していると考えた。 1996年、主人公は精神科医として阪神淡路大震災に遭遇する。被災者でごった返す街なかや病院、体育館のなかを神経科の安という名札を付けて歩く姿は、彼を含む人々の苦悩のなかで模索する悩める人そのものだ。その心労が祟(たた)ったかのように彼は若くしてガンに倒れる。いかにも残酷で理不尽(りふじん)で腹立たしい。その理不尽さが悲しかった、泪(なみだ)がにじんでマスクにしみた。隣りに僕が泪したことを知る人がいてよかった。 産経新聞: 若き精神科医NHKドラマ化安克昌 - WikipediaAmazon.co.jp : 安克昌
255 간사이 지역에 있는 한국계 민족학교 고등학교 졸업식
간사이 지역에 있는 3개 한국계 민족학교 고등학교 졸업식이, 1월30일 백두학원 건국고등학교로부터 시작되었다. 일주일 뒤인 2월6일에는 금강학원 금강고등학교, 2주일 뒤인 2월13일에는 교토국제학원 교토국제고등학교의 졸업식이 이어진다. 나는 민족학교 행사 중에서도 고등학교의 졸업식에는 빠짐없이 참석해왔다. 고등학교를 졸업하는 것은 사회인, 즉 책임 있는 어른이 되는 것을 뜻하므로 꼭 참석해 축하해 주고, 인생의 선배로서 사회인 초년생에게 당부하고 싶은 말을 전하는 …
小説の要約と補足
ンヴィーニと名づけられた人々は日本島の至るところに住み、彼らの信仰の祠(ほこら)ともいうべきテレヴィはあらゆる場所に行き渡っている。日本島に住む以上、彼らとその祠から逃れることはできない。社会的に不器用な凭也(ヒョーヤ)は彼らと共に生きようとして、結局は生きられなかった。その葛藤により認知症が進行し、小説の最後には名もない魚(うを)と化す。記録係も同じような道をたどる。小説「いつか名もない魚(うを)になる」を要約するとそういうことになろうか。 凭也はンヴィーニを観察しながら、その社会を動かす根幹にある公共交通機関と呼ばれる電車1(バスや船・飛行機などを含めてもよい)に着目し、彼らが日常的に利用するコンビニエンスストアやコーヒーショップを含む建造物が寺院の役割を果たしていると考えた。いわば、動と静の寺院を考え、ンヴィーニの精神的よりどころとなっているとみなした。ここで見落としてならないのは、ンヴィーニがそのことに気づいていないという点である。彼らはその宗教を問われると、無宗教だと答える。それが正しい宗教観であり、あるべき姿だと考えている。 小説はこういう観察を通して彼らの信仰ないし社会のあり方を批判していることになる。ところが、その社会は批判を受け入れない。こう考えると、凭也が魚になったということは死を意味するのではない。疎外されただけで、空(くう)と化したわけではなく、魚という実体あるものとして存続している。単に彼らの社会から排斥され、社会的に抹殺されただけなのだ。 なぜ凭也が電車やコンビニエンスストア、コーヒーショップを寺院や教会に見たてたのか、小説には書かれていない。筆者にはそれを説明する責任があるし、読者もそれを期待するに違いない。次作は司祭の視線で描くべきではないだろうか2。ただ、筆者は最低限、新人賞の候補作に入らなければ、「文學界」という界に認められなかったことになるだろう。筆者がそれを撥(は)ねつけるだけの若さを持っていれば、と思う。 駅構内(境内とされる)のキオスクは寺院機構の一部に位置づけられている。タクシーをどう位置づけるか、あるいは食料品の配達業者、その先行事例ともいうべき書類等のバイク便・自転車便をどう位置づけるか。筆者の力量が問われている。
254 총영사관에서 2020년도 교육분야 유공자 표창 수여식
오사카에도 최근 몇일 반짝 겨울 맛을 나게 하는 날이 이어졌다. 그러다가 1월 21일부터는 낮 최고기온이 10도 정도로 포근한 날이 이어지고 있다. 22일에는 아침부터 비가 주룩주룩 내렸다. 코로나 감염자 수가 500명 정도로 고공행진을 계속하고 있는 와중에 비까지 오니 마음도 무거워졌다. 이런 을씨년스런 날씨 속에 총영사관 1층 '꿈 갤러리'에서 2020년도 교육분야 유공자 표창 수여식을 했다. 코로나 감염 …
サイト名の変更
サイト名を shawoguri.wordpress.com から goolees.blog に変更しました。これから20年余り、このドメインを運営したいと考えています。日々新たにといいますが、週一更新をめどに気負うことなく続けられればと思います。応援よろしくお願いします。 https://m.youtube.com/watch?v=FEM5AFwkK8s&feature=youtu.be 2020年12月青梅(撮影: joyscycle)
253 마이니치신문 1월15일자 석간에 실린 나의 인터뷰 기사
마이니치신문 1월15일자 석간에 나의 인터뷰 기사가 실려 공유한다. 지난해 12월 중순에 인터뷰를 했는데, 거의 한 달 만에 기사화되었다. 한국의 경우, 인터뷰를 하면 다음 날 또는 다다음 날 실리는 게 보통이지만 일본은 인터뷰에서 기사가 실리기까지 꽤 시간이 걸리는 게 일반적인 것 같다. 한국의 매스컴은 인터뷰의 경우도 기동력을 중시해 따끈따끈한 뉴스를 좋아하지만 일본의 매스컴은 좀 늦더라고 곰삭인 …
雑誌「文學界」の歴史
「文學界」創刊号の表紙 [Wikipedia] [以下、日本大百科全書(ニッポニカ)より引用、一部編集] 1893(明治26)年1月-98年1月、全58冊。発行所は4号まで女學雜誌社、以後文學界雜誌社。おもな同人は星野天知、平田禿木、島崎藤村、北村透谷、戸川秋骨、馬場孤蝶、上田敏など。キリスト教的改良主義にたつ『女學雜誌』の若い寄稿家を中心に発刊され、やがて女學雜誌社から独立するとともに啓蒙主義的立場から脱し、主我的で反俗的な浪漫主義の傾向を強めていった。後期浪漫主義を代表する『明星』に対して前期浪漫主義の拠点となった。初期は北村透谷の形而上的な評論、中期は客員格であった樋口一葉の小説や上田敏、平田禿木らの芸術至上主義的評論、後期は島崎藤村の叙情詩によって代表される。 1933(昭和8)年10月-44年4月。全119冊。発行所は初め文化公論社、ついで文圃堂、文藝春秋社と移った。いわゆる文芸復興期の機運のなかで小林秀雄、林房雄、武田麟太郎、川端康成、深田久弥、広津和郎、宇野浩二を編集同人として創刊。のち小林秀雄と河上徹太郎を中心に同人を拡大して昭和10年代(1935-44年)文壇の一大勢力となった。阿部知二『冬の宿』、北条民雄『いのちの初夜』、小林秀雄『ドストエフスキイの生活』、中村光夫『二葉亭四迷論』など問題作が掲載されたが、末期には「近代の超克」を特集するなど戦時色を濃くした。1947(昭和22)年6月、林房雄らによって文學界社刊として復刊され、全18冊を出した。 1949(昭和22)年3月から文藝春秋新社(のち文藝春秋)発行。現代を代表する文芸雑誌として多くの名作や新人を生み出している。
252 오사카총영사관 시무식(4일), 교토 민단 신년회(8일)
2021년 1월4일 시무식을 한 뒤, 8일에야 첫 외부 행사에 참석했다. 예년 같으면 연초에 '오사카부・시・경제3단체 합동신년인사회', 광고 대기업인 덴츠 주최 신년회 등 대규모 신년회가 줄줄이 열려 눈코 뜰새 없었는데, 올해는 연초부터 코로나 감염 폭발로 대부분의 행사가 취소되거나 비대면으로 열렸다. 7일 도쿄에서만 2500명 가까운 감염자가 나오는 등 간동지방을 비롯해 전국적으로 감염이 크게 확산되고 있으니 불가피한 일이라고 생각한다. …
あと20年という假定
70歳で始めようとしている新たな仕事とは執筆業である。手始めに昨年小説の第一作を書き上げ、某新人賞に応募した。候補作に選ばれたらと淡い期待を抱いているが、そうそう簡単ではない。にもかかわらず小説を書いたのは、あと20年という平均余命より5年長い假定をよりどころにしているからだ。 宮澤賢治は自分をひとつの現象として捉え、「假定された有機交流電燈のひとつの靑い照明」と表現した(以下「春と修羅」の序詩を引用、[ | ]は原詩の改行を示す)。 わたくしといふ現象は | 假定された有機交流電燈の | ひとつの靑い照明です | (あらゆる透明な幽靈の複合體) | 風景やみんなといつしよに | せはしくせはしく明滅しながら | いかにもたしかにともりつづける | 因果交流電燈の | ひとつの靑い照明です | (ひかりはたもち その電燈は失はれ)..... 思うに、僕らはいつも漠とした假定のうえに生きているのではないか。振り返れば、二十代も五十代も何らの根拠なしに「あと20年は生きる」という余命観念をよりどころにしていたように思う。70歳になったいまも同じ假定ないし信仰に近いものをよりどころに生きている。
コロナ禍にまつわる虚構
いつのころからか、コロナ禍をめぐる狂騒がフィクションではないかと思うようになった。中国武漢の市場かウイルス研究所が発生源といわれ、またたく間に世界に広がったパンデミックには、当初から人工的に発生したものではないかという疑惑がまとわりついていた。米仏などの支援を受けて設立運営されてきた研究所だから余計に疑念が生じる。関係国の利害が交錯するからだ。 日本社会は他の地域と比べ感染者も死者も抑えられてきた、と欧米メディアが評価している。小学生のときから「自然と共生する日本、自然と対立する欧米」と教えられたが、その図式を無理に当てはめると、コロナ(Covid19)と共生する日本社会、コロナと対立する欧米社会とか言えないこともない。実際は日本社会は自然と共生していないどころか、自然を破壊しているとしか思えない。 小説家だったら、これだけの材料と地域を越えた状況があれば、この時代を切り取った虚構(フィクション)を構築するはずだ。ただ、虚構には一つの条件がある。虚構を設定することによって同時代に特徴的なことをあぶり出ことだ。その特徴とはある地域や時代状況の本質に関わるものであり、小説家が長年あたためている思想にもとづくものでなければならない。少なくとも僕はそう信じている。 巣ごもり、三密、リモート、不要不急などの用語が部分的にあぶり出す日本社会の現状を虚構に見立ててどう描くか。その虚構が浮き彫りにするものは何か。「いつか名もない魚(うを)になる」で設定した枠組みの向こうに見えるものは何だろうか。
memo:自閉する意識
毎日通う事務所の入っている雑居ビルの向かい側に繁盛しているお店がある。いつも活気に溢れていて、この街になくてはならない風景の一つになっている。朝から晩までひっきりなしに客が来る。遠くからの人も多く自転車で来る人も多い。多くの客が外国人で家庭用から業務用まで日々必要な品を買っている。定期的に違法駐車する外交官ナンバーの車もある。 お店とビルの間に一方通行の道路が通っている。その店の軽トラックが1台か2台、我がもの顔でその道路に違法駐車をして荷物の上げ下ろしをする。道路に張り出した低い棚に商品がうずたかく積まれ、店の前の少し空いたスペースでは店員が荷物の整理をしているから、客が自転車を停めるスペースはほとんどない。客たちは当然のことのように、店の向かい側の雑居ビルの前に駐輪する。 僕はそのビルに出入りするたびに、駐車禁止の赤いコーンの前に停められた自転車をよけて通らなければならない。十歩ぐらい余計に歩けばいいのだが、それが気に入らない。両手が空いているときは、自転車を道路の端に移動して重ねるようにする。小さな嫌がらせだが、あまり効果がない。言葉が通じないというよりも、そもそも規範意識が異なっているようなのだ。 大した問題ではないし、こんな瑣末なことを気にする人がおかしいという人も少なくない、いや多くの人々はそう考えるだろう。だが、僕は気に入らない、僕の規範意識が許さないのだ。自転車を停める人だけではない、こういう状況を当然と言わんばかりに商売している向かい側の店の店員と経営者の姿勢が気に入らない。そこを利用し自転車を違法駐輪する人々が気に入らないのだ。 数年前、この店の前の路上で自転車と歩行者の事故が起きた。自転車は逃亡したから捕まらない。被害者は死亡したと記憶しているが、誰も責任をとらない。自分たちに責任があろうはずはないと考えている。実際には、上述の自動車と自転車の違法駐車が招いた二次災害と考えられるのだが。
B社ファンの反論
12/28付け投稿「B社製高級トースター」に対する反論をいただいたので、以下に掲載します。なるほど、こういう考え方もあるのだな、と思ったので。 モノが10年当たり前に壊れずに動くということに電化製品の価値を見出す時代から、モノそのものにさらに付加価値を持たせることを重視する時代に変わったのだと思う。B社製品の値段が高いのは他の電化製品より物持ちがいいからではないのではないか。 B社のトースターは、コンビニやスーパーの食パンをホテルの焼き立てパンに高めてくれることに価値を置いているし、B社の電子レンジはシンプルなデザインで、キッチンがオシャレ空間になる演出をしてくれるし、音がすてきで聞いていて楽しいし、ライトも演出になる。 従来、たくさん機能が付いていますとか、壊れませんとか、容量が大きいですとかが電子レンジの価値だったのに対し、オシャレだから部屋に置きたいというのが、B社の電子レンジの価値なのだと思う。B社の空気清浄機も、扇風機も、サーキュレーターも、ポットも持っているほどのB社ファンなのです、私は。 これらを置くだけで、部屋が「すてき空間」になると思っていて、そういう家電は既存の大手メーカーには作れなかったジャンルで、それを成し遂げてくれたB社というスタートアップの会社の製品を買う形で、出資しているつもりでいます。 よく考えると、2年で壊れることに異を唱えたり(スタートアップだから仕方がないと思うユーザーもいると思う)、B社のサービス体制に既存大手と同じサービス体制を求めるユーザーニーズがあるということは、B社がスタートアップから大手既存家電メーカーの仲間入りをするために必要なことだと思うから、B社に対して批判的な顧客も必要だと思う。
70歳で新たな仕事
かつて中高年女性中心だった韓流ファン層が、いまや中高生のとくに女子に広がっている。たとえば、韓国人グループBTSのファンになり、その歌詞を理解しようとして、Youtubeなどを使って韓国語を学ぶ、いい時代だと思う。こんなことを言うと、韓国語を学ぶことがなぜいい時代なのか、と怪訝(けげん)に思う人がいるかもしれない。 50数年前、高校3年生の僕は韓国語を学ぼうと思った。テキストは2冊しかなかったから、薄いほうを選んだ。書名は『朝鮮語の基礎』だったと思う。当時、韓国語という名称はあまり普及していなかったし、それを学ぶ人は少し変わり者扱いされた。電車でハングルで書かれた印刷物を見ていると、人々の刺すような視線を感じたものだ。 信じがたいだろうが、日本では韓国よりも北朝鮮のイメージがよかった。A新聞の北朝鮮に関する連載コラムの題名が「地上の楽園」で、多くの在日コリアンがその楽園をめざして万景峰号に乗り込んでいった時代だ。僕はそんな時代の空気を吸いながら1970年前後を過ごした。 そんな僕から見て、韓国語を学ぶことに後ろめたさを感じなくていい現代の中高生はうらやましいし、いい時代だな、と感じるのだ。こういう老人の話を彼らはどんなふうに聞くのだろう。あるいは無視するのだろうか。 一方で考えさせられる。群盗のように拉致を繰り返していた北朝鮮を「地上の楽園」として描いた新聞記者たちはなぜ彼の国のブロパガンダをそのまま伝えたのだろうか。同時代の中国における文化大革命の扱いかたも類似していた。浅はかだった僕はまんまと彼らに騙されてしまった。 これらの報道ぶりを盲信した僕も責められるべきだが、彼らの責任は重い。残念なことにテレビを含むメディアにはこの種の責任意識を欠く人々が多いようだ。彼らを責めてもどうにもなるまい。逆恨みを買うのが落ちだ。 そこで僕は小説という方法を通じて、上に書いたようなことを含め自己表現できないか、と考えた。70歳というのは新しいことを始めるのに格好の年齢である。さあ、どこまでやれるか、見ていてほしい。
知事リコールに多くの無効署名
愛知県知事リコール署名約43.5万名の多くに選挙人名簿に記載のない人の署名が確認されたという。政治屋たちの虚偽がまかり通る世の中だから、こんなことにも驚かないが、選挙人名簿の記載に関わることだから、黙過するわけにはいかない。⇨東京新聞の関連記事
B社製高級トースター
2年前に購入したB社製の高級トースターが、けさ使えなくなった。7時半ごろいつもどおり使えたのに、8時過ぎに使おうとしたら、電源が入らなかったのだ。 B社によれば、同社製の一世代前の型式はスチーム機能に不備があり、漏電を生じたケースがあって、全品リコールしたという。検索すると、同型式にも急に電源が入らなくなる症状があったらしい。 同社の問い合わせ先に連絡すると、修理は時間と費用が嵩(かさ)むので応じられないという。送料込みのカードによる支払いとともに故障したトースターを返送すれば、新品を受け取れるとのこと。 同社のマニュアルに沿った対応なのだろうが、電話応対は丁重ながら不愉快だった。なぜ不愉快だったのだろう。いくつか要因を考えてみた。 他社の製品と比べ高価であるにもかかわらず、2年で突然こわれた。修理できない。続けて使いたければ、購入価格の約半額(送料込み)で故障した製品と新品を交換するしかない。2.が最善の対応であり、製造者の責任は果たしている。使いかたに問題があったのだろうと言わんばかりの傲慢さを感じた。 思いついたことを記したが、ふと昨今の説明責任を果たさない政治屋の横行につながるものがあると思った。この社会の病根は根深い。 電話で応対した人はとても感じがよかったので、念のため書き添えます。
251 간사이유학생연합회 주최 유투브 경연대회 시상식
12월23일, 간사이유학생연합회 주최의 유투브 경연대회 시상식이 오사카한국교육원 회의실에서 있었다. 유투브 경연대회는 원래 계획되어 있던 행사가 아니었다. 코로나 때문에 등교도 못하고 활동도 어렵게 된 유학생연합회 회원들이 뭔가 의미 있는 일이 없을까 궁리한 끝에 제안해 이뤄진 행사이다. 유학생연합회가 9월 초, 일본 유학을 하려는 후배들에게 필요한 정보를 유투브로 만들어 올리면 어떻겠냐는 제안이 영사관에 들어왔다. 유학생연합회에 속한 대학 별로 …