二月二日は、カトリックの祝日で聖燭節という。 正しくは「聖母マリアの御潔めの祝日」ともいう。 また、キャンドルマスともいわれる。 キリスト誕生後四十日目に、聖母マリアが、当時のイスラエルの慣習に従い、神殿にキリストを献げたのを祝う日で、教会では、信者たちによって、ろうそくの祝別式が行われる。
今日の歳時記: キサラギ[如月]
一月いぬる 二月逃げる 三月去る 年度末を控え、慌ただしさが… 二月の異名では、まず如月がある。 衣更着、または、着更着とも書き、寒さが厳しいので平素の着物の上に、更に一枚重ねるところからくるという説があるが、 一方、「生更ぎ」、つまり、草木の再生することを意味するとの主張もある。 他に、雪消(ゆきげ)月、早緑(さみどり)月、梅見月、等がある。
零れ話: 言葉って…
「 読めそうもなくて読める漢字の本 」 「鸚鵡返しに答が返って来る。まるでアノ鳥のように」 「うしろのソリにサンタさんを乗せて馴鹿は走る」 などとしてあると、多くの方はよめるのでは… この本を、ある方が編集中とのこと。乞うご期待である !
今日の歳時記: ロ[炉]
炉に足を 焦がすな雪は 積むばかり 林火 元々は、初冬に炉を開いてから翌年の晩春の頃に風炉をすえるまで用いられる茶の湯の炉のこと。 いまでは、ふつうの囲炉裏のことも炉ということが多い。 幼き頃は、四季を問わず、家族団欒の中心であった。 薪の燃える、暖かい炎に照らされて、炉端で、遊び疲れて寝入っていた事を思い出す。
零れ話: 言葉って…
誰かさんが、“云々”を「デンデン(?)」と読んだとか話題になっている。当方が、この件で云々(うんぬん)することは、烏滸がましいのだが、“烏滸”を、すんなり読める方は少ないのでは…、“心太”も同様だろう。 つまり、知らないとも忘れたとも言えない言葉、 でも、日常的に口にしているが、漢字に当てはめることはなく、漢字表示されて、ビックリし、読めないことに驚く。 お答えというのも烏滸(おこ)がましいが、心太(ところてん)式に、次々と、書き・読めることは、羨ましい。
今日の歳時記: ユドウフ[湯豆腐]
湯豆腐の 大きく揺れて 煮えて来し 晴子 昆布をだしにして豆腐を煮たて、かつお節やしょうが、ネギを薬味に、醤油や煮汁で食べる。豆腐の形をくずさずに煮るのがコツである。 数多い豆腐料理の中でも、夏の冷奴とならび代表的な一品。 寒い夜など、熱燗のお酒を片手にし、食べる豆腐料理は、左党にはたまらない…ですね。
零れ話: ヨコヅナ[横綱]
“横綱”を揶揄するつもりは、さらさら無いが、“横”ってヤツは、音でも訓でもイメージが悪いのでは…。横流し、よこしま 、横暴、横領…、更に、辞書には、正しくないこと、無理にすること…とある。 でも、土俵上でのことなのか、「“横”綱と“立”行司」、土俵入りの際に、化粧まわしの上に締める、四手を垂らした太いしめなわからなのか…。 本日、明治神宮で、稀勢の里関の土俵入りが行われる。前途を祝したい…頑張れ !!
今日の歳時記: カンブナ[寒鮒]
寒鮒を 焼けば山国 夕焼色 青邨 鮒は、極寒の一、ニ月頃、頭を泥に入れて冬眠する。それでも、日中、水がやや温んでくると、付近を泳ぎまわる。 寒中の鮒は、脂肪がのって美味しいと、甘露煮などに姿を変えて、食卓にのってくる。 通のむきにいわせると、寒鮒のだいご味は「寒鮒釣」にとどめをさすという。
零れ話: スゴロク[双六]
双六には、「盤双六」と「絵双六」の二つに分かれる。 盤双六は、もっぱらバクチに使われ、江戸時代には、小道具のサイコロだけでバクチをやるようになり、家庭からは姿を消した。 一方、絵双六は、寛文年間、「仏法双六」と呼ばれ、若い僧に天台宗の教義をおしえるための絵で、サイコロの目によって、天国・地獄へ…の趣向だった。元禄時代、江戸を振り出しに京都をあがりとする「道中双六」などが出て、子どもの遊びなった。 以前は、雑誌の正月付録として、双六は欠かせない物だったが、最近は見かける事が少なくなっている。
今日の歳時記: カンゲイコ[寒稽古]
しろじろと 月焼けてをり 寒稽古 夏人 武道などの修行をする人々は、寒気の厳しい寒三十日間、早朝または夜間に道場に通って、激しい稽古を行なって、心身の鍛錬につとめる。芸事の練磨をもさす。 朝早く、霜柱を踏みながら、寒稽古に通う子どもたちは、何ともたくましく見えるものだ。
零れ話: 言葉って…
信じる者は救われる ---- 前に騙される(場合も…) 本職のお巡りさん ー これを「プロポリス」と言います。 エンドレス = 終わりが無いこと。 ホームレス = 家が無いこと。 ネックレス = 首がないこと。 ウエイトレス = 体重の無い人。 最後に、感性がサビてなければ…、 ステンレス = “すってん”と転ばない。 ストレス = “スト”をしない( = 労使関係が良好)。
今日の歳時記: トウコウ[凍港]
凍港を 素描す画架 を石廊に 八束 北海道のオホーツク海に面した地方では、流氷の為、港が凍ってしまうことがある。 流氷が港に接岸していまうと、漁船は漁に出られなくなり、港は日頃の活気も消え失せてしまう。漁民は、ただじっと、流氷の終日を待つより仕方がなくなる。自然の厳しさ…である。
零れ話: 何が正気…?
「 若い時の“黒”は金を出しても“白”」 ( 若い時の苦労は金を出してでも買え) → いかにもそれらしい言い回しである。 「 不許葷酒入山門 」 →香りの強い野菜を総称して「葷(くん)」という。 仏門では、煩悩を刺激するからと、酒とともに禁止してきた。 〈 葷酒、山門に入るを許さず 〉 しかし、 〈 許されども、葷酒、山門に入る 〉 〈 葷を許さず、酒、山門より入れ 〉 と破戒する者もいたという。 ”言葉”って、読む人の心ひとつで、どう受け止めるかに差が生じる。立ち位置によって異なる。悩ましい…。
韓国ドラマ”킬미 힐미”
韓国ドラマ”킬미 힐미 Kill me, heal me.”が実におもしろい。韓国では2015年初めに放送されたらしいが、僕は16年末から17年初めにかけて日本のBS放送で見た。 初めに見た韓国ドラマは友人から借りたビデオだったろうか、断続的に見続けて十数年になるだろう。思い出すままにあげれば……ホジュン、冬のソナタ、オールインワン、大長今、トンイ、コーヒープリンスなど、それぞれ楽しんだが、”킬미 힐미”は他のドラマにないリアリティを持っているように感じた。 リアリティとは、型にはまっていない、紋切り型に堕していない、という意味だ。どんな国や地域にもある程度共通する現代の精神病理的な側面を誇張して描くことで、現代人の置かれた状況を気づかせてくれる。
今日の歳時記: カンスズメ[寒雀]
天餌足りて 胸づくろひの 寒雀 草田男 すずめは最も身近にいる 親しみ深い小鳥です。 しかし、今、見かける冬のすずめは、何となく元気がない。 厳寒の候になると、食べ物が乏しくなるので、すずめは益々軒先近くまでやってくる。 毛並も、防寒仕様となり、丸々とふくらんでくるので、“ふくらすずめ”とも呼ばれることもある。 人間界も、“着ぶくれ”気味の昨今である。
零れ話: コクビャク[黒白]
「 説似一物即不中 」 白だ・黒だと、けんかはおよし。 白という字も墨で書く。 ー 都々逸 〈 渡る世間に鬼はなし 〉 〈 人を見たら泥棒と思え 〉 矛盾することわざ二つ… どんな違いも対立も、しょせん、ことばの戯れ。 己の“アタマ”で咀嚼し、己の“責任”で行動を…。
今日の歳時記: カルタ[歌留多]
ならべゆき 心とめゆく 歌留多かな 青畝 正月、若い男女が入り混じっての“歌留多”取りは、明治・大正頃までは盛んであったが、近頃は、身近で見かける事が少なくなった。 “百人一首”を「ひゃくにんひとくび(?)」と読み、お化けの一種と勘違いされた人がいたとの話を聞き、時代は変わったなと思った事がありました。 一方、地域振興策の一つとして、地元の特色(名物)を歌い込み、普及を図ったり、方言カルタを作り、互いに音読して、高齢者の脳トレに活用するなどの、使用例もあるらしい。 遊びの一つとして、大事に、保存し、楽しんでゆきたい。
零れ話: ユキダルマ[雪達磨]
今朝は、久しぶりの積雪・銀世界… 雪を丸めて、二段重ねにし、木炭や炭団(たどん)で目鼻を作って、雪に戯れる“雪だるま”作り。又は、盆の上に、雪で兎の形を作りたい、赤い実の眼、青い笹の葉の耳をつけた雪兎などを作るのも楽しい。 …と、幼き頃の記憶を追いながら、雪片づけの疲れを癒している。
今日の歳時記: カマクラ
かまくらに 座して幼き 想いあり 花楠 正月十五日の夜、秋田県横手市付近で行われている 雪で作った正月小屋のこと。雪小屋にわらやむしろを敷き、奥正面に水神様の神棚をまつり、ろうそくに火をともし、供物をそなえ、甘酒を温めたりして、子ども達が 夜更けまで飲食する。 この地方は 飲料水が乏しかったので、水神様をまつる行事として行われているが、もともとは、小正月行事の斎場であった。 “かまくら”の語源は、形が“竃(かまど)”に似ていることから「竃蔵」する説や、神の御座所「神座(かみくら)」が転じたものであるとする説などがある。
零れ話: ちゃんこの語源
「ちゃんこ」といえば、相撲料理のことであるが、昔、相撲部屋の料理人を、年配の古参力士がつとめたところから、“おとっつぁん”との意味で、「ちゃん公」と呼んだのが始まりらしい。 両国に国技館が建った頃(明治42年)、会所で炊き出しをやっていたが、各部屋から出る当番が、古参力士が多かったといわれる。 現在の様な鍋ものを、相撲料理に定着させたのは、第十九代横綱 常陸山(ひたちやま)である。相撲部屋の家庭的ふんいき作りには、鍋料理にかぎるとの考えがあったと伝えられる。