零れ話: 四月の異名

陰暦では、四月から夏に入り、衣更えした。 四月を卯月(うづき)というのは、卯の花月、あるいは、うづき月の略との説がある。 又、稲種を植える月、植月(うつき)の意ともいわれる。 更に、十二支で、卯は四番目にあたるからとの説もある。 他にも、余月 、芝月、木葉採月、得鳥羽月、乾梅、などがある。

今日の歳時記: シュンミン[春眠]

春眠を むさぼりて悔 なかりけり 万太郎 「春眠暁を覚えず、処処啼鳥を聞く」とあるように、春の夜、あけぼのの眠りは、格別快いもののようだ。 昼寝、宵寝なども、春眠といってよく、春、眠りに落ち込むのは、気候も温かくなり、体調が甦るからともいわれる。 今朝の、お目覚めは、如何だったのだろう…か。 今日から新たなスタート、「顔晴 !」…と。

零れ話: 年度末→始まり

今日と明日、どこに違いがあるのか…、新年度を迎える。 「年ぐれに としがゆくとは思ふなや としは毎日毎時ゆくなり」の理の如くである。 日々、更新されるなかで、外的な枠組みとし、イニシエーション(通過儀礼)と捉え、ご自分の成長過程を確認するためのモノとの説がある。 各々、ご自分の尺度を設け、“己を育め…、”と言うことか。

今日の歳時記: シャボンダマ[石鹸玉]

しゃぼん玉 底にも小さき 太陽持つ 梵 石鹸水や無患子(むくろじ)の実を煎じた液を、麦藁や細い竹などの端につけて吹くと、五色の美しい玉がいくつも飛び出す。 子どもの遊びで、楽しい時間を過ごせる。 ところで、「シャボン玉」というの童謡があるが、これが、亡くなった子どもへの鎮魂歌との説がある。 世界の子どもたちが、「強い風」に負けることなく、すくすく育って欲しいとの願いが込められているのだろう…か。  )〉 しゃぼん玉 底にも小さき 太陽持つ 梵 石鹸水や無患子(むくろじ)の実を煎じた液を、麦藁や細い竹などの端につけて吹くと、五色の美しい玉がいくつも飛び出す。 子どもの遊びで、楽しい時間を過ごせる。 ところで、「シャボン玉」というの童謡があるが、これが、亡くなった子どもへの鎮魂歌との説がある。 世界の子どもたちが、「強い風」に負けることなく、すくすく育って欲しいとの願いが込められているのだろう…か。

零れ話: カザグルマ[風車]

幼子が、父親の背中で、風車をまわしているのは微笑ましい。 春などの盛り場で、風にまかせてまわる風車が、並べて売られていたが、色鮮やかであった。 色紙・セルロイド・カンナくず、などを曲げ合わせて、花の形に組み合わせて、竹の先などに取り付けていた。 今や、ペットボトルの風車が、玄関先、垣根に、刺されているのを見かける。 更に、風車(ふうしゃ)と呼ばれる大型構築物が、省エネの一翼を担っている。

今日の歳時記: クサツミ[草摘]

草摘の 人また立ちて 歩きけり 素十 春の行楽に、竹べらや籠などを持って野原や堤に出て、よもぎ・つくし・のびる・よめな・せり、など食用になる野草、ないし、草花を摘むことであるが、今や昔である。 都会の人に限らず、田舎でも、見かける事が少なくなっている。 出来れば、日光にあたり、自然エネルギーの塊である“食材”を取り入れ、自然を愛でて、健康な日々を過ごしたいものです…ね。

零れ話 : ホダシ[絆し]

いつの頃からか、絆(きずな)として、“結び目”を巡らし、互いに支え合うとの意味で、用いれられている。 望ましい事ではあるが、一方、行き過ぎると、相手の意思・行動への、無意識の強制、束縛が生じることも無しとは言えない。 絆には、“まといつく”との意味合いを有している。 「絆(ほだ)される」との言葉もあるが、より良い、隣人との“ふれあい”を築き上げてゆきたいものです。

今日の歳時記: ヘンロ[遍路]

道のべに 阿波の遍路の 墓あわれ 虚子 四国遍路といって、弘法大師の巡錫した寺々をたどり、四国八十八箇所の霊場を巡拝すること、または人。 行程千二百余キロ、日数、徒歩の場合は約四十日、気候の良い三月・四月が盛んなようで、田舎道に、遍路姿が現れると、四国の春は深まる。 古くは、修行の地を「辺地」、或いは、「辺路」と呼んでいたようである。 悩み多き時、健康祈願、自分探し、縁結び、…等、巡礼への理由は、限りないようである。  

老いを考える

数年前に心筋梗塞で緊急入院し手術を受けて一命を取り留めた父が、きのう急に歩行困難となり、二度目の入院をした。数ヵ月前から苦にしていた腰痛が悪化したためという。 前回入院したとき、初めの病院で医者や看護士の指示に応じないばかりか、点滴の管を強引に外したり騒ぐなどして迷惑をかけたが、今回も同じように病院関係者の指示を聞こうとせず、手こずらせている。 救急車が到着したとき、父を搬送しようとする隊員の言うことを聞かなかったといい、そもそもなぜ自分が搬送されなければならないのか理解しなかったようで、タンカーに乗せるまでに半時間ほど要したらしい。 緊急入院させられた翌日、本人に向かって前日の抵抗ぶりを話したが、救急車で搬送されたことも入院させられたことも記憶にないようだった。かなり興奮していたはずだが、その前後の記憶が欠落しているのだ。 昔から頑固者ではあったが、いまや、それは資質の程度を越え、あきらかに病質になっている。だだっ子ならぬ<だだ爺[じい]>とでも呼ぶべき老人になった父を見るのはつらい。 約50年前、両親が離婚に至るまでの修羅界をなぜか思い出した。包丁を持って父を切り付けようとする母、母の信仰の対象に手をかけようとする父の姿が脳裏に浮かぶ。 入院するたびに騒ぎを起こす父の姿が、50年前の半狂乱の姿に重なる。二つの姿のあいだに大きな隔たりはない。老人の不可解な挙動を老化や認知症だけで説明してはいけないように思う。

零れ話: ハルサメ[春雨]

「春雨じゃ、濡れてまいろう…」 細かい雨が、しとしとと、長く降り続く。 この雨は、三月・四月と多く、古くから静かで、しっとりとして、情の細やかものという感じで受け止めれられている。 木の芽を張り、草の芽を伸ばし、花を咲かせる雨とされてきた。 長雨になることが多く、春霖(しゅんりん)とも呼ばれる。

今日の歳時記: サクラソウ[桜草]

我が国は 草も桜と 咲きにけり 一茶 桜草は、北は北海道、南は九州まで広く自生し、なかでも、東京 に近い隅田川上流の浮間が原、戸田原などの大群生は、江戸時代から有名であった。でも、最近で、群生を見ることはまれである。 花はもも色で、五弁の花びらの先が少し切れ込んで、サクラの花を連想する。 尚、埼玉県と大阪府の“ハナ”に指定されている。

零れ話: ソツギョウ[卒業]

年度末、卒業(Graduation)式を迎えますが、これで終わりという事ではなく、これまでの事を踏まえて、更なる学びを重ねる 、再出発との意味もあります。 蓄えてきた“知識”を生かして、“知恵”に変え、更なる高みを目指し、励んでいただきたい。 新たな道を、着実に、一歩一歩、歩んでいって欲しいものです。

今日の歳時記: ヒバリ[雲雀]

雲雀より 空にやすらふ 峠かな 芭蕉 文字通り、雲のように空中を漂う雀の仲間で、英語ではSkylark。直訳すると、「空を愉快に飛び回る鳥」。 巣を飛び立つときは、ピーチュル、ピーチュルと鳴きながら垂直に飛び上がり、しばらくさえずった後に、歌をやめて一直線に落下する。 里山など、人に近い所に生きる鳥で、姿をみかけることがなくても、鳴き声は耳にしているのではないだろうか…

零れ話: ワラビ[蕨]

わらびは、山野に多い うらぼし科の多年草。 春先、日当たりのよい野や芝山に萌えてでる。若葉の開かぬ、赤ン坊の握りこぶしのようになうちに摘む。 柔らかく、ほろ苦い独特の風味があり、各地で蕨狩りが行われる。 但し、生では食する事は出来ず、あく抜き塩漬け処理後となる。

今日の歳時記: しゅんぶん[春分]

春分や 走り咲きなる 寺桜 天守 暦のうえで、春の節気の第4節にあたる。 太陽が春分点に達し、昼夜の時間が等しくなる。 彼岸の中日に当たり、春分の日として、国民の祝日になっている。 「自然をたたえ、生物をいつくしむ」事を旨とする。

今日の歳時記: ヒガン[彼岸]

何迷ふ 彼岸の入り日 人だかり 鬼貫 「寒さ暑さも彼岸まで」の理のように、この頃から、春暖の気配が濃くなる。昨日から23日まで、この間、お寺では彼岸会を修し、先祖の墓参りをする。 己と周りの方々との、“結び目”を再確認する機会でもある。 静かに首を垂れて、ご守護への感謝を述べたいものだ。

零れ話: カスミ[霞]

春になると、空の色、野づら、山谷など、遠くのものがかすんで見え、横に筋をひいたようにたなびく霞が生じる。 春は“霞”、秋は“霧”といって、その感じを区別している。そして、夜は“朧(おぼろ)”という。 霧といえば目の前に深く立ちこめるが、霞は遠く微かなもの、ほのかな優しい感じのものである。

今日の歳時記: ミズヌルム[水温む]

水ぬるむ 主婦のよろこび 口に出て 波津女 春の暖かい陽射しで、水はぬるんでくる。 水仕事の多い女性にとっては、なによりも嬉しいことである。 お母さん達の明るい笑い声が聞こえてくるし、子ども達のにぎやかな歓声が響き、“顔晴”である。

零れ話: ヨウビ[曜日]

昔の公卿は、めいめいに、日記をつけていた。 現在、完全に残っている最古の日記は、藤原道長の「御堂関白日記」だが、日付の頭に、ちゃんと「日曜、月曜、…、土曜」と書き込んである。これより古い日記にも、断片的に残っている。 キリスト教団が、七日間をまとめて一週間とし、それぞれの日に、太陽と月、それに、当時知られていた五つの惑星(火・水・木・金・土)の名を割り振ると決めたのは、325年、ニケヤ宗教会議の時である。 其れが、キリスト教の伝来より早く、シルクロードから唐を経て、日本に入ってきたという。