昔から、体ばかり大きくて役に立たない人を「うどの大木」という。但し、厳密には、独活は木ではなく、多年草である。 また、風もないのに動くように見えた事から「うごく」と呼ばれ、次第に「うど」になったらしい。漢字の「独活」はそれに由来し、「独りで活動する」という意味をこめたらしい。 大きくなりすぎたうどは食べられたものではないが、伸びきった茎の先には白い手まりのような可愛らしい花が咲く。 その花を「捨てかねて、天ぷらにしてみたら、形も味も上々でした」と、料理研究家が紹介していた。 「物は使いよう」というか、どの様なものにも、活かし方はあるということでは…
今日の歳時記: ハツガツオ[初鰹]
まな板に 小判一枚 初鰹 其角 鰹は黒潮に乗って東上し、早くは四月頃になると伊豆半島を回る。 その頃は青葉の季節で、脂肪が加わって美味である。 昔から江戸ッ子は「女房を質に置いても」と、今なら、物議をかもしそうだが、高い金を出してでも買い求めることを誇りとしていた。 今や、遠洋でも獲れるので、初鰹の季節感は薄れてきたが、秋の水温低下に伴い、三陸あたりの海から関東以南へ南下してくるかつおが“戻り鰹”で、“初鰹”とともに、人気の味覚である。
零れ話: 世界赤十字デー
北イタリアの小さな町で、オーストリア軍とフランス・イタリア・アルジェリア三国連合軍の悲惨な戦いを目撃して、世界赤十字の創設を決意したのは、スイスのアンリ・デュナンであった。 やがて、敵味方の別なく傷病兵を手当てしようという 中立と博愛のジュネーブ条約(赤十字条約)が、1863年8月22日に調印された。 赤十字の旗印は、スイスの国旗を逆にした 白地に赤十字で、デュナンの生まれた 5月8日が世界赤十字デーとなった。
今日の歳時記: フキ[蕗]
山蔭や 蕗の広葉に 雨の音 蘭更 蕗は山野に自生するが、多く畑に栽培する。 長い葉柄の先にカサのような葉をひろげて繁る。 初夏、この葉柄を取って、皮をはいで伽羅(きゃら)蕗にしたり、甘酢煮にして食べる。 春一番に蕗の地下茎から出てくる花の蕾が“フキノトウ”である。
零れ話: ハハノヒ[母の日]
明日は「母の日」、日頃の母親の苦労をいたわり、母の恩に感謝の気持ちを表すため、亡くなった母を偲ぶ人は白のカーネーションを、母親が健在である人は赤のカーネーションを胸に飾る。 日本では戦前、三月六日の皇后誕生日(地久節)を“母の日”とし、婦人会を主に行っていた。 しかし、戦後に廃止され、昭和二十四年頃から外国の例にならって、五月の第二日曜日に行うようになった。
今日の歳時記: ショウブユ[菖蒲湯]
幸さながら 青年の尻 菖蒲湯に 不死男 五月五日の端午の節句には、菖蒲の根と葉を浮かべた風呂にはいる風習がある。 これは邪気をはらい、疫病を除き、心身を清めるといわれ、昔から広く行われていた。 江戸時代、武家社会で“菖蒲”を“尚武”にかけて、五月五日に祝うようになったのが、端午の節句の始まりと言われている。 未来の子ども達が住み良いように、今、世の中を清めておかないと…
零れ話: ボタモチ[牡丹餅]
明日は「こどもの日」、“柏餅”が相応しいが、以前ふれたので、今回は牡丹餅で…。近年あまり作られないが、紛らわしいものが多い。 牡丹餅 ー 春の彼岸の頃 ー こしあん 御 萩 ー 秋の彼岸の頃 ー つぶあん 萩の餅 ー 秋口に入って ー きなこ 注 : 諸説あります… 牡丹餅は、もち米とうるち米を半々に合わせて、普通のご飯のように炊き上げ、すり鉢でつぶして作るが、米粒が残っているので、“半殺し”と呼ばれることもある。 因みに、餅は“皆殺し”らしい…、ちょっと、ぶっそうだな。
今日の歳時記: ナツチカシ[夏近し]
清滝に 宿かる夏の 隣りかな 大島 蓼太 春闌(た)けて、ようやく夏に入ろうとする頃のことで、行春にいて夏を感ずるこころを表わす。 夜明けも次第に早くなり、新緑の息吹も濃密に伝わってくる。 夏隣る。
零れ話: 五月の異名[皐月]
五月は、旧暦では皐月(さつき)といった。 この「さつき」というのは、早苗月(さなえづき)、つまり、早苗を植える月の意で、古来から、当説に異論はないようである。 ところで、陰暦五月は梅雨の季節に当たり、“五月晴“は梅雨の合間の晴空、あるいは、梅雨明けの晴天をさし、“五月空”は梅雨空をあらわしたとされる。 行楽を連想させる現代の“五月晴”・“五月空”とは大分おもむきが異なるようである。 他には、賤男染(しずのおぞめ)月、田草月、月不見(つきみず)月、五月雨(さみだれ)月、授雲(さくも)月などがある。
今日の歳時記’: [若葉]
若葉して 御目の雫 ぬぐはばや 芭蕉 五月になると、木々は新鮮でみずみずしい若葉をつける。 柿、椎、樫、樟などの若葉は、とりわけ緑が美しい。 多くの新入生は、まだ慣れない学園生活だが、校庭に植えられている木々の若葉を見て、入学の喜びを再びかみしめ、奮い立つのではないのだろうか…
零れ話: 姓名のいわれ[苗字]
日本で一番多い苗字は「鈴木」といわれる。 鈴木の姓は、カムニギハヤヒの後裔である紀伊の穂積氏から出ており、「ホツミ」は「火祇(ほつみ)」、つまり、火を司る部族であった。 紀伊方言では、「稲の穂を積んだもの」=「穂積」を「スズキ」といい、〈火祇(ホツミ)→ 穂積(ホツミ)→ 穂積(スズキ)→ 鈴木〉と変化したものらしい。 しかし、鈴木姓の発祥地、紀伊・牟婁の新宮では、意外だが、鈴木姓は少ないらしい。
今日の歳時記: リンゴノハナ[林檎の花]
日かげりし 林檎の花の 紅ふくみ 青萍 中央アジアの原産。 晩春、紅いつぼみから、白い五弁の花を開く。清潔な感じの明るい花である。 北海道・青森・長野などの寒い地方に多く栽培され、花盛りの四月、五月の頃、林檎畑は壮観を呈するのだ。
零れ話: 語源の話[植物編]
草木の名は、古代の人々の信仰や生活様式と深く結びついているものが多い。例えば、下記のようなものがあげられる。 マツ( 松 )→ 真(マ)霊(チ)の木の約転で、古くはマトともいった。 カシワ(柏)→ 炊事に使う木の意で、炊(カシ)著(ハ)から、また、堅(カ)し葉(ハ)木の略ともいわれる。 キリ( 桐 )→ 伐(カ)るの名詞形。キリは伐りこめば伐りこむほど育つことから。 クスノキ(楠)→ 薬(クス)の木。 タケ( 竹 ) → 長(タ)け生うる意。 サクラ(桜) → 開(サク)に接尾語ラがついた。咲麗(サキウラ)の約ともいわれる。
今日の歳時記: ユクハル[ゆく春]
ゆさゆさと 春が行くぞと 野べの草 一茶 地域にもよるが、まさに終わろうとする春で、惜春の心をこめていう。春は、とりわけ楽しく明るい季節だけに、それが尽きようとすることは、なぜか物淋しい気持ちにさせられる。 人間の春も、なぜか短くて、“青春”として、記憶の底に漂う… 昔から、多くの俳人によまれた季題である。
今日の歳時記: フジ[藤]
てのひらを はじかんばかり 藤若し 朱鳥 藤には、夏藤(土用藤)、野田藤(紫藤)、山藤(野藤)など種類が多いが、よく詩歌に取り上げられるのは野田藤という。 紫色の蝶形花をたくさん ふさ状につけるが、春の汗ばむころの気分と、この花の濃艶な美しさが一致し、いかにも春行くといった感じが強い。
零れ話: タマオトシ[玉落し]
土手の雪も消え、小川の水量も増える春先。 暖かい日差しの休日、自治消防隊の人達が、放水訓練を重ねていた。 なり手がなく、年配者が多くなるなか、農繁期の前に、時間を割いて努める姿に、頭が下がる。 川沿い、数カ所で、各分団の精鋭が、棒の先から垂らした、野球ボール大の標的めがけて、交代しながら、放水を重ね、標的がちぎれる毎に、歓声が上がっていた。
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今日の歳時記: オタマジャクシ[お玉杓子]
蝌蚪の池 わたれば仏 居給へり 秋桜子 蛙の子である。 春、水田・池・沼などで、蛙の産卵が行われ、寒天質のものがヒモ状につながっている。10日ぐらいで孵化し、ひょろひょろと尾を振って泳ぎ出すのはこっけいである。 俳人は、蝌蚪(かと)とも音読して用いている。 「この杓子(しゃくし、しょもじ[杓文字])の形状は、湾曲した柄と、食物をすくうことのできる窪みを持った円形の先端部からなる独特のもので、連想に働きにより、相似の形状をもつ蛙の幼生の呼称「オタマジャクシ」につながったらしい。」
零れ話: ジョウシキ[常識]
新年度に入って三週間が経つ。 今や、新入社員はガラケイ・スマホのみで、固定電話に触った事が少ないのでは…、従って、勤務先の電話(FAX)番で戸惑っているのではないでしょうか。要は、常識外。 一方、年輩にとっては常識の範疇。この齟齬をどう埋めるか…。 更に、これまでの常識に縛られない新人の発想を、どう理解(許容)するか。 結局は、互いに歩みより、手を携えることで、道を拓いてゆくしかないのかな…