Eleanor Rigby

Ah, look at all the lonely people
Ah, look at all the lonely people

Eleanor Rigby picks up the rice
in the church where a wedding has been
Lives in a dream

Waits at the window, wearing the face
that she keeps in a jar by the door
Who is it for

All the lonely people
Where do they all come from?
All the lonely people
Where do they all belong?

Father McKenzie, writing the words
of a sermon that no one will hear
No one comes near

Look at him working, darning his socks
in the night when there’s nobody there
What does he care

All the lonely people
Where do they all come from?
All the lonely people
Where do they all belong?

Ah, look at all the lonely people
Ah, look at all the lonely people

Eleanor Rigby, died in the church
and was buried along with her name
Nobody came

Father McKenzie, wiping the dirt from his hands
as he walks from the grave
No one was saved

All the lonely people
Where do they all come from?
All the lonely people
Where do they all belong?

ビートルズのこの歌を聞いていて、ふと、ンビニ教徒のことを考えた。大いに共通するものがある。

convenience

[weblioより引用]

convenience (countable かつuncountable複数形 conveniences)

  1. The quality of being convenient.
    Fast food is popular because of its cost and convenience.
  2. Any object that makes life more convenient; a helpful item.
  3. convenient time.
    We will come over and begin the work at your convenience.
  4. (chiefly Britain) Clipping of public convenience: a public lavatory.

コンビニ教徒 序

序 (未定稿)

電車の発車を知らせる電子音が、プラットホームの上方からけたたましい音量で鳴り響く。ホームには出入口が二つあり、階段とエスカレータで上階または地階に通じている。それぞれの階段を駆けおり駆けあがる人の群れが電子音に合わせて疾走する。プラットホームに至るや、それぞれ出入口に最も近い車両のドアに向かって、すさまじい勢いで突進する。がっしりした体格の男、乳房を揺らしながら走る女、子どもの手を引いて小走りする母親、いまにも息が切れそうな老人、無表情な蒼白い顔の勤め人など、さまざまな人の群れがひと塊(かたまり)となって発車まぎわの電車に殺到する。

電車に乗り込むと、人々はその日の新聞や好きな本を読み、自分たちの観念世界のなかに沈潜する。会話を交わす人々は、彼らにしかわからないことばを話し、まわりの人々が理解できないことをひそかに喜ぶ。あるいは、当時多くの都会で流行していた音楽付きの耳栓をして、自分を外界から遮断する。耳栓からもれる音は他の人々には騒音でしかないが、彼らは不快に感じながらも、ひたすら我慢している。

彼らのあいだでは、他人に向かって敵対的な態度をとることが許されないから、他者に対して自分の感情を抑えることが習慣化しており、不快感すらも内面に閉じこめてしまう。こうして、彼らは自己と他者を隔てる術を独特な形に発達させた。筆者の観察によれば、その発達を促したのは人々の意識下における信仰と呼ぶべきものである。ここでは仮に「コンビニ教」 expediencism と名づけておく。

コンビニ教によれば、すべての外界はその宗教的世界の一部として捉えられる。周囲の世界が信仰によって人々の内界に取り込まれた結果、現実の世界と人々の関係は遊離してしまった。自分たちが取り込んだ外部世界だけが現実であるという錯覚を、人々は共有したのである。

個人の場合であれば、現実界から遊離した感覚をもつ精神病者を想定すれば、外界から隔離された者の状態をある程度まで想像できる。だが、ここに筆者が描写しようとする人々の場合、集団の構成員すべてが外部世界から遊離してしまったから、集団の生態を観察者の眼で捉えるのはやさしいことではない。筆者自身もかつて同じ信仰をもっていたと考えているから、ある程度までは彼らの心情と行動を理解できる。とはいえ、どこまで客観的に彼らの生態を描写できるか、本当のところ自信はない。

コンビニ教の系列下にある寺院は、電車網が広がっている地域の至るところに設けられ、人口密集地域には一つの通り沿いに数棟の寺院が建ち並ぶことも珍しくなかった。コンビニ教にも他の宗教と同じようにいくつか有力な宗派があり、都市部では電車の便のよいところに宗派を異にする寺院が集中したのだ。

電車の駅構内には各宗派の小さな分院が置かれ、日々大量生産される日刊紙や週刊誌を人々に供給していた。これらの印刷物を通じて、彼らは自分たちの精神世界が不断に豊かになると信じていた。同じ分院には、小型の固形食物や液体飲料が護符として売られていた。駅構内と外のほとんどあらゆる場所には自動販売機と呼ばれる賽銭(さいせん)箱が置かれ、人々はささやかな寄付行為の見返りとして缶入り飲料やタバコを受け取った。

これら一連の行為は宗教行為と考えられ、日常生活のなかにきわめて巧妙に組み込まれていた。ただし、彼らは自分たちが信仰にもとづいて行動していることを意識していない。電車内に貼られた字句や絵はどれも教義の一端を説いており、定期的に取り替えられて人々にその宗旨を浸透させていたのだが。

以下の文章は電車と密接不可分に生活する人々の生態観察の記録にもとづいて、「コンビニ教徒」 expediencists の無意識層における信仰に関する仮説を提示するものである。読者はそれぞれの記述を現在の自分たちに関するものとみなしてもよいし、あるいはまた、現在から数十年ほど前後の過去や未来のことと考えても構わない。もちろん、まったく別のことを想像することも読者の自由である。

電車という動く空間が彼らの生態を観察するのに最適と考え、四半世紀にわたって断片的に記録したものをまとめ、このたび公表することにした。これまでコンビニ教について概括的に書いたものはほとんどない。だが、信者たちの活動範囲が広がり、外部世界との接触が増えてきた現在、彼らの行動様式とそれを支える意識下の宗教について概略的な知識を得ることが、外部の者だけでなく彼ら自身にも必要だと考えるようになった。この文章が一つのきっかけとなり、コンビニ教とその信者に対する理解が進むことを願ってやまない。

expediency

[weblioより引用]

  1. (uncountableThe quality of being fit or suitable to effect some desired end or the purpose intendedsuitability for particular circumstance or situation.
  2. (uncountablePursuit of the course of action that brings the desired effect even if it is unjust or unprincipled.
  3. (obsoleteHastedispatch.
  4. (countableAn expedient.

同意語

或る阿呆 47-48

芥川龍之介『或る阿呆の一生』(初出「改造」1927年10月)

(前略)彼女はかがやかしい顔をしてゐた。それは丁度朝日の光の薄氷にさしてゐるやうだつた。彼は彼女に好意を持つてゐた。しかし恋愛は感じてゐなかつた。のみならず彼女の体には指一つ触らずにゐたのだつた。

「死にたがつていらつしやるのですつてね。」「ええ。──いえ、死にたがつてゐるよりも生きることに飽きてゐるのです。」彼等はかう云ふ問答から一しよに死ぬことを約束した。「プラトニツク・スウイサイドですね。」「ダブル・プラトニツク・スウイサイド。」彼は彼自身の落ち着いてゐるのを不思議に思はずにはゐられなかつた。

(中略)彼は彼女とは死ななかつた。唯未だに彼女の体に指一つ触つてゐないことは彼には何か満足だつた。彼女は何ごともなかつたやうに時々彼と話したりした。のみならず彼に彼女の持つてゐた青酸加里を一罎渡し、「これさへあればお互に力強いでせう」とも言つたりした。

それは実際彼の心を丈夫にしたのに違ひなかつた。彼はひとり籐椅子に坐り、椎の若葉を眺めながら、度々死の彼に与へる平和を考へずにはゐられなかつた。

 

construal

A Contrastive Study of the Japanese and the Korean Speaker’s Subjective Construal‐with Special Reference to the Uses of the Verbal Phrases, ていく(te iku)/くる(kuru) and 에 가다(e kata)/오다(ota) (SEO, Min Jung: Ph.D. dissertation, Showa Women’s University, 2008)

It is often claimed that Japanese is an eminently subjectively oriented language. The term ‘subjective’ here is used in rather promiscuous senses, depending on the author who makes the claim, but one common interpretation is that encoding in Japanese markedly tends to involve certain features related to the person who produces the sentence (i.e. the speaking subject, or the speaker) as well as those features strictly related to the situation to be described (i.e. the referent). As a result, it is found not easy in Japanese to produce a wholly neutral and objective description of a situation, totally free from any mark of one who produces it. For example, in answering a question, “What are you?(お仕事は、ご職業は)”, an English speaker can readily answer, “I am a student(学生です)”, (provided that he or she is a student) and this suffices. For a Japanese speaker, however, dozens of alternatives are available, depending on what pronominal form he or she chooses and what level of linguistic politeness he or she makes use of. The sentence thus produced necessarily contains some information of the one who produces it as well as the objective information that he or she is a student. It often happens also that the subjective information is conventionally packed in the particular lexical or grammatical forms the speaker may want to use. The ukemi construction in Japanese, for example, is normally associated with the implication that the person in question is adversely affected by the event described in the sentence. For example, the sentence, “(watakushi wa) ame ni furareta”, combines the objective information (i.e. “it rained”) with the subjective information (i.e. “I was affected adversely”) in one package. Or again the converb use of the verb kureru contains the subjective information that the speaker (or some person or persons related to the speaker) is advantageously affected as well as the objective information of what happens.
Now in Japanese the converb use of the verb kuru also has the a similar function. Thus the sentence, “Samuku natte kuru” (in contrast to the neutral sentence “Samuku naru”) contains the subjective information that becoming cold gradually increases its relevance to the speaker. It is such subjective tone associated with the verb kuru (and its counterpart iku) that the present study addresses. In clear contrast to the verbs of giving and receiving, the subjectifying functions of the verbs of motion, kuru and iku have so far been little investigated in their converb uses.
The present study, however, is not simply meant as a semantic and pragmatic study of the converb uses of kuru and iku. It also takes note of the fact that Korean, the author’s native language, is known as a subjectively oriented language and that it also has the converb uses of the corresponding verbs to mark the speaker’s subjectivity. A contrastive study between Japanese and Korean is thus conducted and the result is interesting. It turns out that there are actually a number of cases in which the converb uses of kuru are possible in Japanese but the corresponding use of ota in Korean is not allowed (e.g. “Ame ga futte kuru” is possible in Japanese but the corresponding sentence with ota is not allowed in Korean). This result is the same as the one we get when the converb uses of the verbs of giving and receiving are compared between Japanese and Korean. Coupled with other linguistic indices of subjectivity (e.g. the ellipsis of the grammatical subject), the present study confirms that Japanese is more subjectively oriented than Korean―another contribution of the present study, this time, in relation to linguistic typology.


認知言語学では、話者が発話に先立って行う認知的な営み―言語化に先立って、話者が言語化の対象とする事態について何を表現し、何を表現しないか、そして表現するものについてはどれをどのように表現するか、つまり自らとの関連で言語化しようとする事態を自らとの関連でどう意味づけるかという営み―のことを〈事態把握〉と呼んでいる。そして、この点について:

(ⅰ)どの言語の話者も、同じ事態であってもいくつかの異なったやり方で捉え、違ったやり方で表現する能力を有していて、時と場合によってそれらを使い分けるという営みをしている、という普遍的な側面があると想定している。本論文では、さらにもう一歩踏み込んだ理論的な枠組みとして、これに次のような相対性に関わる想定を追加する。

(ⅱ)ある事態はいくつかの違ったやり方で把握されうるとしても、中立的な状況で、ある言語の話者が好んでする〈事態把握〉の仕方と、別の言語の話者が好んでする〈事態把握〉の仕方は必ず一致するとは限らない。つまり、ある事態を認知的にどのように把握し、言語化するか ― その際の〈好まれる言い回し〉に関しては言語によって話者の好みに差が認められる。

本論文ではこのような視点から、日本語話者と韓国語話者の〈事態把握〉に際しての〈好まれる言い回し〉(fashions of speaking: cf. Whorf, 1956)の異同について考察を試みた。

日本語と韓国語が類型論的に近い言語であるという指摘は直観的にも明らかなばかりでなく、いくつかの言語的特徴についても指摘されている通りであり、その背後には日本語話者と韓国語話者の間で言語化の際の〈事態把握〉のスタンスについて著しい類似性があるということが想定できる。

特にこの2つの言語は、例えば英語のような欧米系の言語と、そして地理的には近い中国語とも較べてみても、〈主観性〉(つまり、言語化される事態そのものの客観的な特徴と並んで、話す主体としての人の事態との関わりをどの程度相対的に多く取り込んで言語化するかということ)に関して、いくつかの共通の言語的指標を示す(つまり〈主観性〉の高い言語であるということ)が知られてきた。

しかし、どちらも相対的に〈主観性〉の高い言語であるとしても、日本語と韓国語とは同じ程度に〈主観性〉の高い言語と言えるのであろうか。

本論文はこの問題を補助動詞としての日本語の「ていく/くる」と韓国語の「에 가다/오다 e kata/ota」の用法を細かく対比することによって検討し、同じ事態を言語化する際、日本語話者はしばしば「てくる」で表すのに対して、韓国語話者は表現上対応する「에 가다/오다 e ota」があるにも関わらず本動詞(V1)のみですますことが多いのは、その根底に日韓両言語の話者間の〈事態把握〉の相違があることを明らかにした。

例えば、〈これから生まれる子ども〉について言う場合に、日本語では「生まれてくる子ども」というように話者*自身とのかかわりを全面的に表現するのが普通であるが、韓国語では話者とのかかわりは関係なく、客観的に事実を述べるといった「태어나는 아이 tayena-nun ai(生まれる子ども)」で表わすのが普通である。*母親は自分の子に対して「主観的」になる

このように同じ事態を言語化するにも関わらず、日本語話者はしばしば「てくる」で表すのに対して、韓国語には日本語の補助動詞「ていく/くる」に対応する「에 가다/오다 e kata/ota」という補助動詞があるにも関わらず、本動詞のみですますことが多いことから、日韓両言語の話者間の<事態把握>の相違―つまり、日本語話者の方が〈主観的把握〉の傾向が強いこと―がその根底にある点を明らかにした。

そして、その結果を踏まえてさらに他の言語的指標―「てもらう」と「主語の省略」―の場合でも同様の結果となるか検証し、日本語の「てもらう」を韓国語では「ㄹ ル形」で済ますか、あるいはさまざまな表現を用いる点、「主語の省略」の場合は類型論的に似た言語である韓国語との比較を通しても、日本語の方がより頻繁に起こるという事実から日本語話者は事態に自分の身を置き、その事態の当事者として〈自己-中心的〉なスタンスで事態をみて〈主観的把握〉をする傾向があるのに対し、韓国語話者は日本語話者よりも〈客観的把握〉の方に傾くとの結論を得た。

さらに、言語類型論の観点からUehara(2000)と上原(2001)を参照しつつ、個別言語全体の特徴として〈主観性〉の度合というものを考えてみた場合、韓国語は英語より〈主観性〉の度合が高く、日本語はそれよりさらに〈主観性〉の尺度が高いことを示した。

以上のように、本論文は従来の日韓対照研究が統語論や形態論の形式的な面のみに終始しがちであったのに対し、そのような形式的な差異の背後にあるそれぞれの言語の話者の認知的なスタンスの違いにまで考察を行なった。それによって、言語教育の際に、従来のように教師側は学習者の質問に対し、「そうなっているからそうなのだ」と、説明にならない説明で終わるのではなく、「なぜ」そうなっているのかについて話者の〈こころ〉にまで立ち入って教えるべきであるということも明らかにした。


芥川龍之介『河童』(初出「改造」1927年3月)

これは或精神病院の患者、――第二十三号が誰にでもしやべる話である。彼はもう三十を越してゐるであらう。が、一見した所は如何にも若々しい狂人である。彼の半生の経験は、――いや、そんなことはどうでも善い。彼は唯ぢつと両膝をかかへ、時々窓の外へ目をやりながら、(鉄格子をはめた窓の外には枯れ葉さへ見えない樫の木が一本、雪曇りの空に枝を張つてゐた。)院長のS博士や僕を相手に長々とこの話をしやべりつづけた。尤も身ぶりはしなかつた訣ではない。彼はたとへば「驚いた」と言ふ時には急に顔をのけ反らせたりした。……
僕はかう云ふ彼の話を可なり正確に写したつもりである。若し又誰か僕の筆記に飽き足りない人があるとすれば、東京市外××村のS精神病院を尋ねて見るが善い。年よりも若い第二十三号はまづ丁寧に頭を下げ、蒲団のない椅子を指さすであらう。それから憂鬱な微笑を浮かべ、静かにこの話を繰り返すであらう。最後に、――僕はこの話を終つた時の彼の顔色を覚えてゐる。彼は最後に身を起すが早いか、忽ち拳骨をふりまはしながら、誰にでもかう怒鳴りつけるであらう。――「出て行け! この悪党めが! 貴様も莫迦な、嫉妬深い、猥褻な、図々しい、うぬ惚れきつた、残酷な、虫の善い動物なんだらう。出て行け! この悪党めが!」

(中略)

その代りに人間から見れば、実際又河童のお産位、可笑しいものはありません。現に僕は暫くたつてから、バツグの細君のお産をする所をバツグの小屋へ見物に行きました。河童もお産をする時には我々人間と同じことです。やはり医者や産婆などの助けを借りてお産をするのです。けれどもお産をするとなると、父親は電話でもかけるやうに母親の生殖器に口をつけ、「お前はこの世界へ生れて来るかどうか、よく考へた上で返事をしろ」と大きな声で尋ねるのです。バツグもやはり膝をつきながら、何度も繰り返してかう言ひました。それからテエブルの上にあつた消毒用の水薬で嗽ひをしました。すると細君の腹の中の子は多少気兼でもしてゐると見え、かう小声に返事をしました。「僕は生れたくはありません。第一僕のお父さんの遺伝は精神病だけでも大へんです。その上僕は河童的存在を悪いと信じてゐますから」

(後略)

一匹の黒犬

檜原村千石バス停から大滝と綾滝沿いのハイキングコースをMTBを押しながら登っていった。4週間前に友人が馬頭刈尾根に置いたMTBを取りに行き、そこから前回果たせなかった下りを楽しむためだった。

バス停から続く舗装された林道が途切れ、登山道に入ってすぐだった。細い渓流の反対側の斜面をすべるように下りながら、何かに向かって吠える黒犬を見た。

滝から落ちる渓流沿いの道は岩が多く段差も激しい。MTBを押していくのはつらい。綾滝の女性的な水の流れを愛でる余裕もなく、ひたすら登っていった。途中、何人かに道を譲り、いつも遅れぎみの友人にも先に行ってもらった。

つづら岩近くの稜線に差しかかる少し手前だった。先行するハイカーが止まり、下る人に道を譲るようにみえた。そこに現れたのはヒトではなく、登山道に入ってすぐのところで見た黒犬だった。

犬に道を譲ろうとしたが、黒犬は動こうとしない。僕が登っていくと、どうしたことだろう、黒犬がもと来た道をもどり、僕を先導するかたちになった。僕が数歩進んで立ち止まると彼も止まって、僕を見ている。黒毛でおおわれた股間に濡れたピンク色のペニスをのぞかせていた。

賢そうな表情をしたラブラドールの老犬だった。よだれをたらし、やさしそうな茶色の眼でじっと僕を見つめている。首輪にアンテナのようなワイヤーが付いており、喉のあたりで小さな光が点滅している。飼い主が近くにいて、交信しているのだろうと思った。

こうして、彼は僕を尾根道まで案内してくれ、つづら岩の下に着いていた友人と僕が話しているあいだにいなくなった。友人のMTBを置いてあったところで昼食をとったあと、二人で大岳山から鋸山に続く稜線をめざした。

40分ほどMTBを押し歩き、急峻な岩場を半ば登ったところで、二人のペースでは明るいうちに下山できない、と判断した。友人が岩場の手前に着くのを待って「引き返そう」と言った。彼もすぐに同意した。前回の無謀な暗夜行があり、二人とも慎重になっていたのだ。

馬頭刈尾根に沿って昼食をとった場所に引き返し、そこを通過して尾根を進み、二人それぞれのペースで、前回と同じく茅倉へ下る道を進んだ。下り始めてしばらくすると、うしろに誰かついて来るような気配を感じた。振り返ると、あの黒犬が僕に従うかのように立っているではないか。

僕が進むとついて来て、1-2mうしろで止まる。先に行くように身ぶりと複数の言語で伝えても、じっとこちらを見ているだけで動こうとしない。正直なところ、不気味な感じがしないではなかった。乗れるところは少し無理してもMTBで走りぬけ、振り切ろうとしたが、すぐにまたピタッとついて来る。

こいつ、己を何だと思っているんだ。己はおまえの飼い主ではないぞ。なぜついて来るんだ。何かをねだろうとしているのか。水がほしいのだろうか。何度か水をあげようとしたが、器を出すことなどを考えると面倒でやめた。そうこうするうちに、沢を渡ったので、そこで飲めばいいと思った。

MTBで走りながら、倒木をよけようとして転倒したことがあった。自転車のフレームからようやく脚を抜いて振り返ると、彼がおすわりをして僕のほうを見ていた。こんなふうにして約1時間半、一匹の黒犬と一緒に山道を下っていくなかで、いつしか彼に親しみを抱くようになった。

山中で飼い主とはぐれ、道に迷ったに違いない。僕がどこか飼い主に似ていたのかもしれない。とにかく、僕のことを気にいったのだ。僕も職を失ったから、道に迷ったようなものだ。迷った者どうしではないか。そんなふうに考えながら、下りつづけた。

林道に出る少し手前で、廃屋の庭に立っていた老人が急に近づいて来て、犬の名前を呼んだ。老人は無線で誰かに「ハイカーと一緒におりてきた」と話していた。やはり、彼は山中をさ迷っていたのだ。老人は「めったにヒトになつかない犬なのに…」と言った。僕は、黒犬の喉元をさすり、別れのあいさつを交わすと、ひとりで林道に出た。

2017年10月