洋服の上に防寒用として着用する毛編み、または化繊製の衣類。 セーターの形状としはプルオーバーかカーディガンが代表である。 プルオーバーは、頭からかぶって着るもので、前後の開きがない衣類の総称。 カーディガンは、前開き型になっていて、ボタンやファスナーでとめるものである。 セーターといえば、中学生の時、学生服の下に着て行き、休み時間にセーター着で廊下を歩いていたら、ワンポイントの刺繍があったこともあって、学校での補助着に該当しないから、学生服を着用するよう指導を受けたことを思い出す。
今日の歳時記: コウセツ[降雪]
空からは 新しき雪 ばかりかな 大迫 弘昭 雪の便りも聞こえ始めた。 空からは降る雪も、地上に積もっている雪も、雪は雪。 多くの人々はそう思って雪を眺めている。 だからこそというべきか、この句に接するとはっとする。 流れる水が淀まないように、時を刻むなかで、移り変わっていることを、突きつけられる…
零れ話: センメイ[船名]
日本の船には、船名の末尾に「丸」という字がついていることが多い。 諸説があるが、麿(まろ)の転化ーーつまり、自分のことを麿といったのが、後に、愛嬌の意味で人名につけ、それが更に広く愛玩(あいがん)物に用いられ、同時に“麿”から“丸”に転じた。 船は、万里の波を乗り越えて進み、自分と運命を共にすることから、親愛を込めて、“何々丸”というようになったといわれている。
今日の歳時記: タケウマ[竹馬]
竹馬の 影近づきし 障子かな たかし 長い青竹に、薪などで横木を結びつけて、それに足を踏みかけ、竹の上端部を握り、歩行して遊ぶ遊具の一つ。 以前は、冬の子ども達の代表的な遊びだったが、最近では、あまり見かけなくなってる。 高馬、鷺馬ともいう。 元々は、笹葉のついた方を後方の地面に曳き、竹の元の方に手綱がわりのひもをかけて、歩いたものだったといわれる。 また、馬になぞらえて、またがって走り回る竹ざおをさすらしい。
零れ話: アブライワイ[油祝い]
11月15日といえば、江戸時代に始まる「七五三」の日として一般的にしられているが、「油祝い」はもっと古くから行われていたようだ。 元々、旧暦10月15日にモチや植物油を用いた料理を神棚に供えて、油の収穫を祝ったものらしい。 その後、冬期になると、油を灯火として使用するばかりでなく、寒さに備えて油分のあるものを多く食べるなど、油を使用する機会が増えることから、この日を油の使い始め日として祝う意味合いが強まったという。
今日の歳時記: コガラシ[凩]
凩に さからふ木の葉 二三枚 川崎 不坐 10、11月頃に吹く、北西寄りの強い季節風である。 木の葉を落とし、枯木にしてしまうところから、木枯(こがらし)ともいう。 厳冬期に吹く北風ほど酷烈ではないが、激しい音を立てて吹きまくり、冬のおとずれを思わせる。 この風の吹いたあとの空は、寒々と冴えわたる。 ところでは、“風の子”は、今や、何処に…
零れ話: ヒナタボッコ[日向ぼっこ]
冬は日向が懐かしい。 南向きの縁側やガラス戸で、暖かい昼の一刻を楽しむのは老人や病弱者に限らない。 かじかんだ身が伸びやかになったように感じる。 しかし、やはり日向ぽっこの似つかわしいのは、縁側の日向で目を細めながら衣類を繕っている老婆の姿ではないだろうか… 大家族での住まいが少なくなり、縁側のない家が多くなった今、 幼き頃の情景が懐かしい…
今日の歳時記: フユザクラ[冬桜]
冬桜 つまらなそうに 咲きゐたる 小原 琢葉 お寺の庭に一本の冬桜がある。 さびしげな白い花が寒風の空にまばらにひらく。 咲いてみたもにのほかの花や木の芽があるわけではなく… 鳥たちのかろやかにさえずる姿も見かけない… 一人、着飾った少女が「なーんだ、つまんない」と、小声でつぶやいているかのようだ。
PHOTOS: 20171111
零れ話: フユタ[冬田]
稲を刈り取ったあと、そのままにしてある冬の田である。 乾いて黒い土膚を見せていたり、真っ白く霜が下りていたりする風景はわびしいものである。 二毛作の場合は、麦をまき、また菜などを作ることもあるが、これは一毛作の休め田である。 もう直ぐ、一面白くなるのかな… 時には、一部がスケートリンクに豹変し、子供たちのにぎやかな声が聞こえてくるかも…
今日の歳時記: コンニャクダマ[蒟蒻玉]
転がりて 蒟蒻玉の 安定す 望月 澄子 蒟蒻は蒟蒻芋からつくる。 蒟蒻芋は球形なので蒟蒻玉とも言うらしい。 ただ玉と言っても自然の作品だからデコボコがあり、ゆがみがある。 そこが面白い。 ゴロゴロ転がって、バランスのとれたところで勝手に止まる。 気ままに、誰かさんのように…
零れ話: 正倉院展に行こう
東大寺(奈良市)の宝庫・正倉院には、奈良時代の聖武天皇ゆかりの宝物など約9,000件が伝えられてきた。 奈良国立博物館では、11月13日(月)まで「第69回正倉院展」が開かれている。 8世紀、交易路・シルクロードを経て、世界各地から工芸品などが日本にも伝来した。 宝物には輸入品があり、それに学んだ国産品もあり、人々の努力で代々伝えられてきており、古の“技と美”にふれる、いい機会である。
今日の歳時記: ゲイジュツノアキ[芸術の秋]
絵画見る 人を見ている 小春日和 詠み人知らず 美術展の会場。 時には、絵よりも絵を見ている人に興味をひかれることがある。 美術館でみるべきものは、絵や彫刻だけとは限らない。 作品への関心には個性がある…、作者と観客の間で右往左往する傑作を挟むなかで生まれる“人間模様”を含めて、秋の実りを味わい、愛でたい。
零れ話: おでん
おからは”卯の花”、大根おろしは“みぞれ”。 この国には食材を風雅な名でよぶ習慣がある。 さながら四季山水画に遊ぶ境地。 糸蒟蒻も“白滝”と呼べば新古今風の食べ物に変わる。 おでん鍋のなかで、その繊細な白い糸がまっさきに揺らぎ始めている。 冷えた心と体を温めようかな…
今日の歳時記: ムギマキ[麦蒔]
麦蒔の 息吹をほめる 日和かな 支考 麦蒔きは多く十一月になされるが、早いところでは十月に行われる。 初冬の大切な農事であり、小春日和の続く時節が選ばれる。 霜柱で種が地表にはみ出ないように、蒔いたあとに土をかけ、その上を足で踏みつける。 写真は、秋の麦蒔きの頃に多く渡ってくるヒタキ類の小鳥なので「ムギマチ」と呼ばれている。 江戸時代には子燕(こつばめ)”名で飼われたこともある。
零れ話: ヤテデノハナ[八手の花]
暖地に自生し、多くは観賞用に植えられている。 葉が大型で独特の形をしているのでよく目立ち、見分けやすい。形は文字通り掌状だが、七つ又は九つ(奇数)に裂けており、八つに裂けることは珍しいとのこと。 花は、球状の散形花序が集まって大きな円錐花序をつくっている。 まるで、肩を寄せ合って、暖をとっているかのように見え、ホッコリする。 因みに、他の花の少ない時期に咲くこともあって、暖かい日にはミツバチやハナアブ等が多く訪ねてくるという。
今日の歳時記: ブンカノヒ[文化の日]
一筋に 生きてよき顔 文化の日 小森 白芒子 「文化の日」は国民の祝日で、自由と平和を愛し、文化をすすめる日である。 すなわち、昭和二十一年のこの日に、戦争放棄・主権在民を宣言した新憲法が公布された。 これを記念して、平和への意思を基盤とする文化を発展、拡大させようというのが、その主旨であった。 互いに手を取り合って、「豊かになろう…」と歩み始めたはずなのに、今や、“一人ひとりが沢山”で、“絆”が話題に上る。 元よりあった“結び目”がほつれ、チリジリになっているのだろう…か。 最近の世の中の動きは、何処に向かっているのか不安になる。 己が何を求め、どうしたいのかを考え、小さなことであるかもしれないが、周りとの共通項を広げ、共に歩みたい。
零れ話: キョウイクチョクゴ[教育勅語]
明日、三日は明治天皇の誕生日である。 お立場により、その評価は異なることと思うが… ところで、先に話題となった「教育勅語」であるが、明治三十二年、明治天皇が、時の西園寺文相に対して「教育勅語」の改訂を命じられたことは、あまり知られていない。 詳細は不明だが、「あれは“忠臣”をつくる勅語であって、“良民”をつくるものではない」といわれ、立憲民主国家の国民を育てることにつながる「勅語」を起草せよと、西園寺公望氏に命じられたという。 西園寺氏は盲腸のため、まもな文相を辞し、この好機が失われてしまったが、ひょっとしたらと思うと残念なことである…
今日の歳時記: シュウカツ[終活]
妄念もて 出来上がりゆく 高齢の 脳ありて人間の 終わりたのしも 馬場 あき子 高齢者の抱える問題は高齢者になってみないと分からない。 年取れば、しがらみから解放されるなどと勝手に想像しているが、実際はいよいよ妄想と執念のかたまり… 今年も、今日から十一月に入る、人生に例えれば“黄昏期”。 残り2ヶ月、何を残すか…、来たる年に何を引き渡すかを考え、整理を重ね、納得のできる“終活”に努めたいな…と思う朝である。
零れ話: ハロウィーン
十一月一日の万聖節の宵祭り。 万聖節には故人が出てくるというので、この夜、子ども達は毛布などを頭からかぶり、お化けの真似をしたりして大騒ぎする。 キリスト教の祭りではなく、もともとは、秋の収穫を祝い、悪霊を追い出す意味合いの民間行事である。 カボチャの中身をくり抜いて「ジャック・オー・ランタン」を作って飾ったり、上述の子供が近くの家々を訪れてお菓子をもらったりする風習などがある。