零れ話: エイヘイジ[永平寺]

永平寺は、総持寺と並ぶ、日本曹洞宗の中心寺院である。 越後の領主・波多野義重が、道元禅師に帰依し、この地を寄進して大仏寺を建立し、道元によって開堂された。 其れが、寛元二年(1244)の今日のことであった。 其の後、寛元四年(1246)に、山号寺号を“吉祥山永平寺”と改めた。 寺号の由来は、中国に初めて仏法が伝来した後漢明帝の時の元号「永平」からであり、意味は「永久の和平」である。 其の後、波多野氏の援助も弱まり、寺勢は急激に衰え、一時は廃寺同然までなったが、五世・義雲が再興し現在に至る基礎を固めた。 地球上が混沌とし、多様に流動化し、“きな臭い”匂いがたなびく今、「永平」であって欲しい…と願う。

今日の歳時記: センス[扇子]

話聞き 直す扇は 半開き 名村 早智子 極暑の日々、こんな光景もあるのかもしれない… 「 えっ…、もう一度おっしゃってください… 」 あまりの暑さに、大事な話を聞き逃してしまい、今度こそ聴き逃すまいと、真剣に耳を傾けている姿。 その集中ぶりが、半開きのまま、はたと止まって動かない扇。 暑さも忘れてしまったかのように。 時節柄、水分・塩分を取り、熱中症に気をつけて下さい。 ところで、扇子の扇ぎ方、何方が女性でしょう…?

零れ話: エンママイリ[閻魔詣り]

正月と七月の十六日は“えんま”( 閻魔=地獄にいる大王 )の縁日で、正月を“初えんま”、七月を”えんまの大斎日”という。 この日は、「 地獄の釜の蓋もゆるむ日 」とされ、地獄に落ちた亡者達も責苦を逃れて骨休みをし、十王( 地獄にいる十人の王の総称 )も仕事を休むといわれるので、奉公人も休暇をもらって実家に帰る風習があり、「薮(やぶ)入り」とも呼ばれる。 これらの人々に、家族が揃って加わり、各所の“えんま堂”を訪れることから、賑わいます。

046j 各国公館が催す国ごとの記念行事

昨日(14日)は、フランス革命記念日の行事に行ってきました。各公館は1年に1回、祝祭日の記念行事を催します。フランス総領事館は土曜日にもかかわらず、革命記念日に合わせて行われました。 フランス総領事館は関西地域の10余りの総領事館のなかで唯一京都にあります。休日に加え、非常に暑い日で(京都の14日の最高気温38.5度)、遠方からの参加者はあまり多くありませんでした。 各国の祝日イベントは、私が行けば相手も参加するという相互主義に基づいています。新任総領事の私は、一度に多くの人脈を作れることもあり、なるべくすべての行事に出席するようにしています。 これまでに、イタリア、アメリカ、フランスの行事に参加しました。国別に違いはありますが、欧米諸国は行事を実務的に行う傾向があるようです。フランスとイタリアは伝統、アメリカは現代を強調するなど、いくつか違いもあるようです。 今回のフランスの行事は、16日深夜のワールドカップ決勝戦進出を意識したのか、会場の随所にミニサッカーボールが置かれていたのが目立ちました。

今日の歳時記: オオハマボウ[大浜朴]

肩打つて 落ちてユウナの 花顫ふ 渡辺 羅水 沖縄ではオオハマボウを“ユウナ”と呼ぶらしい… 輝くような黄色の花が炎天に揺れている。 海辺の木で、花ははじめは黄色だが、昼を過ぎると薄紅に変わり、夕方には朱色になってしぼんで落ちる。 葉が大きく、香りもいいため、中国・台湾などでは、餡入り団子を蒸す時の敷物にも用いられ、樹皮は繊維に富むため、これを加工してロープ、魚網などの原料ともなった。 根は煎じて解熱剤となり、民間薬として用いられた。 沖縄の人々にとっては、喜びにつけ悲しみにつけ愛でてきた花である。 その自然が、末長く、保たれることを祈る…

046 프랑스총영사관에서 열린 프랑스혁명 기념일 행사

어제(14일)는 프랑스혁명기념일 행사에 다녀왔습니다. 각 공관은 1년에 한 번씩 국경일 기념행사를 하는데, 프랑스총영사관은 토요일임에도 불구하고 혁명기념일에 맞추어 했습니다. 프랑스총영사관은 간사이 지역에 있는 10여개 총영사관 가운데 유일하게 교토에 있는데, 휴일인데다 날씨도 덥고(교토 14일 공식 최고기온 38.5도) 멀어서인지 손님이 그리 많지는 않았습니다. 나는 각국 경축일 행사는 내가 가야 상대도 참석하는 상호주의가 작용하는 점, 초임으로서 한번에 많은 사람을 …

零れ話: ケンエキキネンビ[検疫記念日]

明治十二年(1879)の今日、「 海港虎列刺(コレラ)病伝染予防規則 」が公布され、日本における検疫制度が発足した。 その後、いくたびかの改変を経て、戦後二十六年(1951)、新たに「 検疫法 」が制定された。 これは、船や飛行機などを介して国内に侵入する検疫伝染病(ペスト、エボラ出血熱、等)を未然に防止する為、必要な事項を規定したもの。 近年でも“結核”騒ぎが起きるなど、国際間の交通量の拡大や、海外渡航者の増加を背景に、感染の危険が絶えない。 一方、思想面でも、お立場で見解が異なると思うが、浄化がはかられ、“正気”が保たれるように…と願う。

045j 沈當吉(初代)から沈壽官(15代)まで420年

雨があがってすぐ猛暑に逆戻りし、大阪の日中気温は40度前後を上下しています。路上にも人影はまばらです。 今日(14日)は大阪文化院の開院20周年を記念し、第15代沈壽官氏の招聘講演会を開催しました。1598年、壬辰倭乱(慶長の役)の時南原(ナモン)から鹿児島に連れてこられ、朝鮮陶工の沈當吉氏(初代)が薩摩焼をつくって以来、第15代に至る420年の歴史を語っていただく企画です。 午後に他の行事があり、私は講演会には出席できませんでした。事前に昼食をご一緒し、講演会場で写真を撮っただけでしたが、満ち足りた気持ちがしました。1990年に韓国で1年ほどキムチ甕を作る工房に滞在した苦労話など、興味深い話題が多かったのですが、後日を約して別れました。 講演に先立ち、7月4日〜10日、大阪阿倍野ハルカス近鉄本店で第15代沈壽官氏の展示会が開かれ、最終日に鑑賞する機会を得ました。素人の観察眼ながら、蝶やトンボなどの生物をともに表現する繊細な作品の傾向が伺えました。

045 제15대 심수관 초청 강연회

비 그치자마자 무더위인가. 오사카 낮 온도가 40도 가까이를 오르내린다. 길거리에도 사람을 찾기 어렵다. 오늘(14일)은 오사카문화원 개원 20주년 기념으로 제15대 심수관 초청 강연회가 열렸다. 1598년 임진왜란 때 남원에서 가고시마로 끌려온 조선 도공 심당길(1대)이 사쓰마야키를 만든 이래, 15대까지 420년의 역사를 이야기하는 기획이다. 나는 오후에 다른 행사가 있어 강연회 참석은 못하고, 사전에 점심을 같이하고 강연회장에서 사진만 찍는 데 …

044j 米国人宣教師が設立した関西学院大学

13日の午後、大学訪問シリーズの一貫で、関西地域の名門私学、関西学院大学を訪問しました。米国人宣教師のウォルター R. ラムバス(Walter Russell Lambuth, 1854-1921)氏が1889年に設立した大学で、京都の同志社大学と同じように、キリスト教の理念に基づいて教育しています。 同志社大学は、キリスト教の洗礼を受けた日本人が建てましたが、関西学院大学は外国人宣教師によって建てられ、それぞれ、京都と兵庫県を根拠地にしています。いずれの大学も、キャンパスの建物にキリスト教の雰囲気が色濃く漂っています。 村田修学長は、韓国の大学の学生を受け入れるなど、活発に交流しています。韓国人大学生の徴兵制による軍入隊期間を休学期間に加算しないよう、最近、制度を変えたそうです。 済州島出身の学生6人を済州教育庁の推薦で入学させる入学制度もあり、来年から文系理系を問わず、全学生が人工知能(AI)の関連教育を受ける予定だといいます。国際化時代にふさわしい進取の気性が感じられる大学でした。

今日の歳時記: オモダカ[沢瀉]

田草掻く 沢瀉の花 散らしつつ 円谷 邦人 中国原産で、平安時代に日本に伝わった。 葉っぱが人面のように見え、葉脈が高く隆起していることから、「面高」とも呼ばれ、葉は鏃(やじり)みたいである。 青田に咲く白い花。 草を取る人が余儀なく抜いてゆくのだろうが、其れを「散らしつつ」というところが風雅である。 一方、葉の形状が鏃に似ていることから、「勝軍草(かちいくさぐさ)」の別名もあり、武士に好まれ、“沢瀉紋”として用いられた。 平和裏に、風雅を味わえる日々であって欲しい…

044 간세이학원대학교 방문

13일 오후, 대학 방문 시리즈의 하나로 간사이 지역의 사학 명문인 간세이학원대를 방문했다. 미국인 선교사 월터 러셀 램버드가 1889년 세운 학교로, 교토의 명문 사학 도시샤대학처럼 기독교를 바탕으로 한 교육 이념을 지니고 있다. 도시샤는 기독교 세례를 받은 일본인이 세웠지만 간세이학원대는 외국인 선교사가 세웠고, 도시샤는 교토가 근거지인데 간세이학원대는 효고현이 근거지다. 두 학교 모두 캠퍼스의 건물에서 기독교 분위기가 물씬 …

零れ話: ブケセイジ[武家政治]

「イイクニ(1192)作ろう鎌倉幕府」と学んだが、新たな解釈・新発見から、「イイハコ(1185)…」に改められたらしい… 当方の記憶では、建久三年(1192)のこ日、源頼朝は征夷大将軍に任ぜられ、鎌倉に幕府をひらいた。 これが武家政治の始まりで、後の明治維新迄の約七百年弱も続いた。 維新により、武家は消滅していったが、武家の思想は、教育による家族制度の徹底化や徴兵制による富国強兵など、明治近代日本を生み出す形で、“功罪半ば…”するが生き残った。 このところ、又、この復活を目論む兆しが見え隠れしており、危懼する。

043j 心温まる印象の大阪市立大学学長

11日午後、大阪市立大学を訪問し、荒川哲男学長と学術・学生交流などについて意見交換しました。近所のおじさんのような心温まる印象の荒川学長(医学博士)は、学生・学術交流に積極的な関心を見せました。 大阪市立大学は、来年、大阪府立大学と統合する予定で、そうなると、日本最大規模の公立大学になるそうです。 商人の都市大阪で1880年、大阪の商業講習所として始まり、今では8学部10研究科、学部生6595人、大学院生1652人、教職員2215人の大規模な大学に成長しました。学校と縁のある学者2人(南部陽一郎、山中伸弥)がノーベル賞を受賞しています。 大学を訪問する日の朝刊に掲載された大学の全面広告を見たことを伝えると、大喜びしていらっしゃいました。

043 오사카시립대학교 방문

11일 오후 오사카시립대학을 방문해, 아라카와 데쓰오 학장(한국의 총장 격)과 학술과 학생 교류 등에 관해 의견을 나눴다. 이웃집 아저씨처럼 푸근한 인상의 아라카와 학장(의학박사)은 학생, 학술 교류에 적극적인 관심을 보였다. 오사카시립대는 내년에 오사카부립대와 통합할 예정인데, 이렇게 되면 일본 최대 규모의 공립대가 된다고 한다. 상인의 도시인 오사카에서 1880년 오사카상업강습소로 시작해, 지금은 8학부 10연구과, 학부생 6595명, 대학원생 1652명, 교직원 …

今日の歳時記: ヒグラシ[蜩]

蜩や くぐり戸抜ける 山の風 森脇 恵香 涼しげな美しい声で“カナカナ カナカナ”と鳴くことから、季題では秋になるが、早くは、六月下旬から成虫となる。 主に丘陵地の林間に住み、朝日の出る前や夕方、又、曇りの日に鳴く。 体長約三〜四センチ、体は黒褐色で、羽は透明。 寒蟬(かんぜみ)とも呼ばれている。 幼き頃、これを捕まえて、長い紐(縫糸…)で結んで走り周り、遊んだような記憶がある。 今だったら、動物愛護団体の方に叱られることかも…しれないが。

042j 日本の、世界の平和のための民族学級

昨日(10日)は、大阪府東大阪市の野田義和市長を表敬訪問しました。大阪府には大阪市をはじめ、33市、9町、1村の行政地域があります。 東大阪市は人口約50万人であり、大阪府のなかで大阪市、堺市についで大きい行政地域です。中小企業が多く、外国人1万7千人のうち、在日コリアンが約1万人住んでいます。 外国人が多く住んでいることもあり、市の国際感覚も高いようです。3選の野田市長も多文化共生に大きな力を注ぎ、在日コリアン対象の民族学級も活発です。私は市長に対し、在日コリアンのためではなく、日本の、さらには世界の平和のため、民族学級により一層の支援を要請しました。 今年初めに当選した大阪民団のオヨンホ団長もここ東大阪市の出身です。

042 오사카부 히가시오사카시 방문

어제(10일)는 오사카부 히가시오사카시를 방문해, 노다 요시카즈 시장과 인사를 나눴다. 오사카부는 오사카시를 비롯해, 33개 시, 9개 정, 1개 촌으로 이루어졌다. 히가시오사카는 인구 약 50만명으로, 부 안에서 오사카, 사카이시 다음으로 크다. 중소기업이 많고, 외국인 1만7천명 중 재일동포가 1만명 정도라고 한다. 외국인이 많이 사는 특성도 있어, 시의 국제 감각도 높은 것 같다. 3선의 노다 시장도 다문화 공생에 큰 …

041j オムロン本社の扁額「一花開五葉」

昨日(9日)、京都に本社を置くグローバル企業、オムロン株式会社を訪問しました。体温計、血圧計などで韓国にもよく知られた企業です。 お会いした日戸興史最高財務責任者(CFO)兼グローバル戦略本部長から、オムロンが追求する企業の価値と戦略について聞き、韓国への投資と韓国人の人材採用などについて意見交換しました。 日戸本部長を応接室で待つ間、部屋を見回すと、企業価値を書いてある牌が目立ちました。「ソーシャルニーズの創造」「断えざるチャレンジ」「人間性の尊重」の三つでした。成長する企業は、やはり、どこか他社と違う、という印象を受けました。 オムロンの創設者である立石文雄氏は、日本電産の初期に永守重信会長にベンチャー資金を提供し起業に役立てたといいます。日戸本部長は、今は日本電産のほうが大企業になった、と笑って話されました。 オムロンの本社は京都駅近くにあり、屋上から古都京都を一望できます。扁額も掛かっていますが、よくわかりません。禅仏教の「一花(華)開五葉」に見えます。漢字に詳しい方、教えていただければ幸いです。 参考: 一華開五葉・結果自然成

零れ話: チュウゲン[中元]

道教に由来する年中行事で、一月十五日を“上元”といい、七月十五日を“中元”、十月十五日を“下元”と呼び、お祭りを行なったものだが、其れが日本に伝わって、中元の、日時が同じことから「お盆」と混同されるようになったらしい… もともとは、地官大帝(赦罪大帝)の誕生日であり、様々な罪が赦される贖罪の行事が催され、又、死者の罪が赦されるよう願う行事でもあった。 其の際、お供物を、親戚・親しい者同士で贈り合った習慣が、変質し、お世話になった方への感謝の意を込めて贈るようになった。 今や、消息確認の一つとなっており、“結び目”を巡らすことにも…