051 교토에 본사를 두고 있는 세계적 기업 교세라

7월 27일(금)은 교토에 본사를 두고 있는 세계적 기업 교세라를 방문했다. 교세라는 창립자이자 지금은 명예회장으로 있는 이나모리 가즈오와 한국의 인연으로 한국에도 많이 알려져 있다. 이나모리 회장의 부인이 육종학자로 유명한 우장춘 박사의 넷째 딸. 우 박사는 구한 말 민비 살해 사건에 연루되어 일본으로 피신한 우범선이 일본 여성과 결혼해 낳은 아들이다. 이나모리 회장은 파나소닉의 마쓰시타 고노스케, 혼다의 혼다 …

零れ話: バナナ

バナナは熱帯地方の重要な果実で、数千年から一万年前にマレー半島付近で栽培が始まり、東西の熱帯へ伝わり、紀元前二千年頃にはアフリカまで達していた。 バナナも、元の野生種はアズキ粒ぐらいの硬い種子が詰まっていたが、種子なし果実に改良した事で栽培果実となったらしい… 栄養豊富なバナナは高カロリーとおもわれがちだが、実は、ご飯やパンと比べても低カロリー ! その上、日常生活で不足しがちな栄養がバランスよく含まれているため、健康生活には欠かせない。 かっては高価で、正月・誕生日、等の時だけ食べた記憶があるが、今や、叩き売りの口上にあるように安価になっている。 是非、お手元に… 【 写真 ⇨ 我写・テーブルの片隅 】

壱里如: ワライ…

「 笑う門には福来る 」…、幸せ…? “幸福な”(と思っている…)人、逆に、“幸福なんて幻想”と軽蔑する人、そして、“幸福そのもの”の人。 どれにも“ノン”を突きつける。 そこに自覚的な人間として生きようとする心意気が見え隠れする。 幸せを笑うな 幸せを嗤うな 幸せを咲うな 僕の手が行く 中山 俊一 泣いて暮らすも一生、笑って暮らすも一生 さて… 【 写真 ⇨ 我写・福を呼ぶ馬、八幡馬 】

050j 朝鮮通信使に随行した外交官の雨森芳洲

25日、炎天下のなか滋賀県にある朝鮮通信使の関連施設と遺跡を訪ねました。大阪から片道二時間はかかる遠方なので、オフィスには寄らずに、自宅から雨森芳洲庵がある長浜市高月町に向かいました。 雨森芳洲(1668-1755)は壬辰倭乱(1592-98年 文禄慶長の役)の1世紀後に、日韓友好に尽力した人です。朝鮮通信使一行が日本を公式訪問した際、外交官として二度随行しています。「戦わず、欺かず、誠意を尽くして隣国と交際すべし」という誠信交隣外交の主唱者であり、1990年に盧泰愚(ノテウ)大統領(当時)の訪日宮中晩餐会の祝辞で紹介され、韓国にも広く知られるようになりました。 はじめに、芳洲翁の故郷である高月民俗資料館を訪問し、高月の地域文化と韓国との交流について見学した後、30分ほど離れたところにある芳洲庵に行きました。ここでお茶をいただきながら芳洲翁にまつわる話を聞き、彼自身が残した書籍を拝見しました。 芳洲庵で関係者と昼食を共にしたあと、朝鮮通信使一行の主副従事官が宿泊した彦根城近くの宗安寺と、通信使一行が途中で休憩した近江八幡別院を見て回りました。近くにある通信使が通った街道を表示する「朝鮮人街道」という標石の前で記念写真も撮りました。 一日中ほとんど車に乗って移動した厳しい日程でしたが、滋賀県と韓国の切っても切れない関係を確認した一日でした。

今日の歳時記: コオリミズ[氷水]

こめかみの 一瞬昏し 氷水 林 昭太郎 日本で初めて“氷水”が売り出されたのは、明治二年(1869)のこと。 創始者は町田房造で、店は横浜馬車道に開いた。 古くから、氷を食べる習慣はあったが、商売にしたのはこれが初めて。 当初は、茶碗に水を入れ、北海道から船で運んだ天然氷を砕いた一欠片を浮かべただけで、けっして清潔とはいえないものであった。 その後、横浜の中川嘉兵衛が、函館・五稜郭の堀の氷を切り出し、良質であったこともあり、“函館氷”として評判になった。 更に、人造氷は明治十六年(1883)、東京・築地に、中川らが発起人となって東京製氷会社を設け、製造と販売を手がけたのがきっかけである。 かき氷・フラッペ・等は、其の後… 時節柄、水分・塩分の適切な摂取を… 【 写真 ⇨ 我写・当初の氷水…?】

050 시가현의 조선통신사 관련 시설과 유적지

25일은 더운 날씨 속에서도 시가현의 조선통신사 관련 시설과 유적지를 방문했다. 오사카에서도 편도 두 시간은 족히 걸리는 먼곳이기 때문에 사무실에 들리지 않고 바로 아메노모리 호슈암이 있는 나가하마시의 다카쓰키초로 갔다. 아메노모리 호슈는 임진왜란 이후 한일 우호를 위해 애쓴 외교관으로 조선통신사 방문 때 두 차례 수행한 바 있다. 싸우지 말고 속이지 말고 이웃나라와 성의를 다해 사귀어야 한다는 성신교린 …

零れ話: カリモノ[借りもの]

どなた様からか知らぬが この手この足この目 この命はひとときの 借物と思う この目にうつるもの この手にふれるもの この鼻に吸う空気も 借物と思う 滝沢 幸助 人間や肉体、更には、「 私 」は、 たまたま霊魂(?)が宿っている “ 器 ”にすぎないと考える…と 【 写真 ⇨ 我写・佇む“こ消し” 】

壱里如: ジユウ[自由]

自由とは、抵抗や反対をすることではなく、あくまでも、“自分はこう生きるのだ”と、強い意志を示すことだと教わった。 しかも、その表示が“個人的なものだけではなく”、出来れば、“人類の進歩に結びつくもの”であって欲しいと言われた。 要は、この意思表示・行動で、いったい“何を成し遂げたい”のか… 上述の流れと共に、生き延びてゆかない限り、皆、はかなく滅んでしまうことにならないか…と問われた。 仰々しいが、一人ひとりの意思表示(行動)の総和と解すれば… 有権者の“約四割が無関心層だ”と聞くと…、不安になる。 【 写真 ⇨ 我写 ・行政施設の庭 】

今日の歳時記: キリハジメテハナムスブ[桐始結花]

桐高く 咲くや思いの 丈を足し 小野寺 節子 二十四節気の“大暑”の初候にあたり、七月二十三日〜二十七日頃、初夏に薄紫色の花を咲かせた桐は、この頃に実を結ぶ。 古くから、桐は高貴な木とされ、家紋や紋章の意匠に用いられた。 ( EX, 天皇家・日本政府・五百円硬貨 ) 更に、「女子の初生に桐の子をうふれば嫁する時其装具の櫃材となる」と『 大和本草 』にある。 確かに、桐の成長が早い・等から、桐箪笥にして持たせるとの意で行われたが、実際は、箪笥作成までは難しく、需要が大きかったことから、伐採して売り払い、その金額を、嫁入り道具購入の一部に充てたものらしい… 親心…である。

049j 地震で延期された朝鮮半島情勢講演会の開催

去る6月21日にチョン・セヒョン前統一部長官をお招きして開催する予定だった朝鮮半島情勢講演会は、6.18大阪地震により延期されました。その講演会を、8月初めに実施できる見通しになりました。 大阪総領事館は、8月1日(水)、朝鮮半島情勢講演会を開催します。チョン・セヒョン前統一部長官とソウル大学日本研究所のナム・ギジョン教授を迎え、今後の朝鮮半島情勢と新しい日韓・日朝関係を展望する機会を持ちたいと思います。ご関心ある方々の、一人でも多くのご参加をお待ちしています。 日時: 2018年8月1日(水) 15:00-17:30(受付14:30-) 場所: 民団大阪府地方本部5階 大講堂 住所: 大阪府大阪市北区中崎2-4-2 5階 1. 4.27南北首脳会談以後の韓半島情勢: その展望と課題 講演者: チョン・セヒョン前統一部長官 2. 4.27南北首脳会談と日韓・日朝関係:東アジアの平和構築のために 講演者: ナム・ギジョン ソウル大学日本研究所教授

壱里如: ネガイ[願い]

「果報は寝て待て…」と言う諺があり、一方、「蒔かぬ種は生えぬ…」と諭される事もあり、何方か… 当方は、「果報は練って(寝て)待て…」と思っている。 要は、「棚ぼた…」はあり得ない…と。 世に、無関心…・諦めた…との人々もいらっしゃる。 もとより、“あきらめ”は明らかに、物事を見渡し、その上で、己の頭で比較検討した結果である…と理解している。 果たして、其処まで為さったうえでの、ご判断なのだろうか… 例えれば、社会に出たての頃、周囲に言われた「P・D・C・Aを回せ…」ではないのだろうか。 願いを立て(P)→ 実践し(D)→ 結果を確認して(C)→ 見直し・再挑戦する(A)…の繰り返しでは…と思う。 ある意味、大変な作業かもしれないが… しかし、“あきらめ”たら、楽になると言うものでもない。 何方にしろ、ご本人の“意思“であり、“覚悟”なのだろう。

049 정세현 전 통일부 장관 초청 한반도 정세 강연회

오사카총영사관은 6 월21일 개최하려다가 '6.18 오사카 지진'으로 불가피하게 연기했던 정세현 전 통일부 장관 초청 한반도 정세 강연회를 8월1 일 다시 실시합니다. ㅇ 오사카 총영사관에서는 8.1 (수) 한반도 정세 강연회를 개최하여 정세현 전 통일부장관과 남기정 서울대일본연구소 부교수를 모시고 앞으로의 한반도 정세와 새로운 한일·일북관계를 전망하는 시간을 갖고자 합니다. 관심 있는 분들의 많은 참여 부탁 드립니다. [일시] 2018년 8월 …

今日の歳時記: スイチュウカ[水中花]

ひげもじやの 顔はわが顔 水中花 山口 青邨 「 水中花 」、水の入ったコップなどに、造花や作り物の魚などを入れて開かせることを指し、又、酒席での遊びとして、酒の杯に浮かべることが流行ったことから、「酒中花・杯中花」の呼び名もある。 水草の花をも「水中花(藻)」とするようです… 幼き頃、今の時期、川辺で、箱眼鏡で水中をのぞいている子どもらを見かけたが、作ってもらえなかったので、遠くから見るのみだった… もし、川面をこぎ、箱眼鏡で水中をのぞきこんだら、写真の光景を目にし、より、涼を感じることが出来たかもしれない…

零れ話: 涯は、涯ない…

“ことば”は、人の体験をまとめ直してくれるもの、別の角度から見るように促してくれるもの。 “FB”は、凝り固まった心をほぐし、時にはふわりと別の場所に移動させてくれる、そんなキッカケになればと始めた。 此れまでのFBを下書きに、友人の勧めで、新たに“blog”を始めることになりました。 人生も旅のようなもので、涯はない… “結び目”を巡らすことも、涯はない… 前後左右は問わないが、同行の友に加えていただければ、嬉しい…。 https://muragimono.wordpress.com 覗いて見てください(このページです)。

今日の歳時記: サイゴノオイコミ[最後の追込み]

追試験の 学生たちへ 日本語を 背負い投げして 来いよ明日は 大口 玲子 今の時期、期末試験が終わり、ホッとしている人々と、運悪く、追試を控えた人がいるのではないだろうか… 状況は異なるが、海外からの留学生にとっては、彼らの母国語とは思考の構造が異なる日本語、途方に暮れることもあるにちがいない。 次の試験(追試験)までは時間がない。 こんな場面では「背負い投げ」の気合が大事。 Do your best!

048j 千利休と与謝野晶子を生んだ堺市

昨日(18日)は、大阪府で大阪市の次に大きい堺市を訪問し、竹山修身市長と挨拶を交わしました。ほかの表敬訪問と同じく、文化を含む多方面の交流や民族教育支援をめぐって話しました。堺は、長い歴史を持つ人口83万人の都市で、在日コリアンも4千人以上住んでいます。 中世から貿易と商業の都市として発達し、日本で覇権を取るには、堺商人と手を取らなければならないといわれたそうです。この都市が輩出した人物には、日本茶道の代名詞と呼ばれる千利休(1522-91)と、19世紀末から20世紀初に活躍した文人の与謝野晶子(1878-1942)がいます。二人の名前にちなんで作られた「さかい利晶の杜」記念館では、都市の歴史と文化を毎日見ることができます。 世界で最も大きい仁徳天皇*陵を含む百舌鳥(もず)古墳群が市内に点在しています。特産品としてナイフづくりが有名です。 *在位: 313-399年(86年)または 394-427年(33年)

048 오사카부에서 오사카시 다음으로 큰 사카이시 방문

어제(18일)는 오사카부에서 오사카시 다음으로 큰 사카이시를 방문해, 다케야마 오시미 시장과 인사를 나눴습니다. 어느 때와 같이 문화를 포함한 다방면 교류와 민족교육 지원을 화제로 이야기를 나눴습니다. 사카이는 인구 83만명의 오랜 역사를 지닌 도시로, 한국 동포도 4천명 이상이 살고 있습니다. 중세부터 무역과 상업도시로 유명해, 패권을 잡으려면 먼저 사카이의 상인과 손을 잡아야 했다고 합니다. 이 도시가 배출한 인물로는 일본 …

047j ‘들어가지 마라’から’들어가지 마시오’へ

自分の家族を褒めるのは愚かなことでしょうが、今回は私たちが行った「小さな大きい成果」を自慢したいと思います。 韓国語で 들어 가지 마라 (入らないで)と書かれていた道路標識を 들어 가지 마시오 (入らないでください)に変えたのです。 関西空港から大阪市内に向かう道路の両側にある標識が韓国人に不快感を与える表現になっていることを、情報提供などを通じて知ったのは5月末でした。すぐに担当領事と職員が標識設置の担当機関を探し出し、表現の修正を求めました。ご承知のとおり、日本の行政機関は対応が遅く、事務手続きに非常に時間を要します。 はたして、担当機関は「命令文として不当な点はない」と、修正に難色を示しました。それでも私たち領事館スタッフが毎日のように担当者と接触を続け、ここを通る少なからぬ数の韓国人が、この標識の表現のために気分を害しており、回り回って日本のイメージにも悪影響を及ぼしかねない、と修正を重ねて求めました。 こうした粘り強い努力の結果、7月10日、大阪府から総領事館の要求に沿って道路標識の文言を修正した旨の連絡が、写真とともに届いたのです。この程度の修正に1ヵ月も、と見ることもできるでしょうが、私はこの小さな成果をたいへん誇らしく思っています。

壱里如: ヒトリアソビ[一人遊び]

人形に 「 もうすぐ地震をはるよ」と 繰り返す子の ひとり遊び 大口 玲子 このところ、地震・水害、等の被害報道が絶えることはない。 これ迄の被害からの学びが生かされていないのか…、自然災害(?)が我々の人知を越え、太刀打ちできないのか…は定かではない…が。 この句は、東日本大震災当時のものであり、異郷の地へ、その長い避難の旅の途上での歌のようだ。 人形を慰めている小さな子どもの小さな声。 慰められるべきは、その幼子であるはずなのだが… あれから日々が立ち、被災を乗り越え、たくましく生き抜いていることを願う…

047 우리 총영사관이 한 ‘작지만 큰 성과’

자기 식구 자랑은 팔푼이나 하는 것이라고 하지만, 오늘은 우리 총영사관이 한 '작지만 큰 성과'를 자랑하려고 합니다. '들어가지 마라'라고 되어 있는 도로 표지판을 '들어가지 마시오'로 바꾼 사연입니다. 간사이공항에서 시내로 오가는 도로 양편에 있는 표지판에 한국 사람들이 보기에 불쾌감을 줄 수 있는 용어로 되어 있다는 사실을 제보 등을 통해 알게 된 때는 5월 말. 즉각 담당 영사와 …