religious act/activity

日本国憲法の第20条は信教の自由に関する条項だが、その条文に「宗教上の行為」と「宗教的活動」という用語がある。概念としては、前者のほうが後者より意味が広いのだそうだ。参考までに英訳(eGov)を載せておく。宗教上の行事は practice になっている。 第二十条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。 2. 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。 3. 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。 Article 20. Freedom of religion is guaranteed to all. No religious organization shall receive any privileges from the State, nor exercise any political authority.   2. No person shall be compelled to take part in any religious act, celebration, rite or practice.   3. The State and its organs …

Wakako

パリ在住の日本人画家、山本和香子氏の個展を見に銀座二丁目の画廊メグミオギタギャラリー(写真↓ 360度オンラインビュー)に行った。「復活の兆候」と題された作品は円形をモチーフにした幻想的なものが多いが、百済観音やキリスト像を彷彿とさせるものもあって興味深い。 別室に数枚展示してあった「デッサン」というシリーズ作品に特に惹かれた。墨の濃淡に金をまぶしたような色彩が鮮やかに迫って来る(写真↓ ガラス面に蛍光管や僕の姿が映っていて見づらく恐縮です)。  

215j 4ヵ月半遅れの三一節記念式典挙行

7月14日午後、大阪民団主催の第101回「三一節」記念式典が挙行されました。実に4ヵ月半遅れの「遅れた三一節」記念式典となりました。 ご推察のとおり、三月一日に向かって日本でもコロナ禍が深刻化したのを受け、感染防止のため、ことしの記念式典を開催しないことにしたのです。行事を強行して感染拡大を招いては一大事という判断にもとづく措置でした。 この式典中止は在日コリアンにとって耐えがたく無念なことでした。70年以上毎年続けてきた行事を開催できないことの心残りは深かったのです。他の国はともかく、かつて植民地・母国だった日本に住みながら差別と抑圧を受けてきた在日コリアンは、とりわけ三一節に対し切々とした思いを抱いているといいます。 こうして、コロナ禍がやや沈静化した機会を捉え、このような思いを振り払おうと、大阪民団は数ヵ月遅れの三一節記念式典を挙行したのです。例年のような参加者約500人の規模ではなく、各支部の幹部を中心に80人ほどに縮小しました。また、検温と手指消毒、マスク着用、ソーシャルディスタンス維持を徹底して式典を進行しました。 参加者全員が例年以上に厳粛で真摯な表情で式典に臨みました。在日コリアン社会の特殊性に鑑み、式典を開催しないままにせず、4ヵ月遅れで挙行したことを高く評価したいと思います。 例年どおり、私は韓国大統領の祝辞を代読しました。時間の経過とともにコロナ禍をめぐる状況は大きく変化しています。前例のない新型コロナ感染症の脅威に対し国際的連帯を土台に解決を図らなければならない、という一節により切実な意味を感じた次第です。 式典後、7月に百歳を迎えられた金二泰(キムイテ)民団大阪本部常任顧問への記念品贈呈式も行われ、行事に華を添えました。 高宗の葬儀 1919年

ノート型PCの復活

2ヵ月前急に動かなくなったPCが修理から戻ってきた。文字どおり記憶が戻ってきたような喜びに浸っている。ふと宮澤賢治の「春と修羅」冒頭の一節を思い出す。昨今のデジタル時代になってようやく「わづかその一点にも均しい明暗のうちに…その組立や質を変じ…」を実感として理解できるのではないか。 …けれどもこれら新生代沖積世の巨大に明るい時間の集積のなかで 正しくうつされた筈のこれらのことばがわづかその一点にも均しい明暗のうちに (あるいは修羅の十億年) すでにはやくもその組立や質を変じ しかもわたくしも印刷者も それを変らないとして感ずることは傾向としてはあり得ます…[青空文庫より引用]

父の一周忌を前に

昨年8月24日の明けがた、父が他界した。あれからもう1年が経とうとしている。別に約束したわけではないが、一周忌を前に小説を完成できそうで、ほっとしている。いま振り返って、この小説を書かせた原動力の一つが彼の死だったと思うからだ。1年前、繰り返し聴いたハーモニカ演奏(Toots Thielemans, Old friend, 1988)を思い出す。  

触覚から生まれる恋愛

小説「隠れンヴィーニと老人」では、恋愛を次のように捉えている。奇異に感じる人が多いだろうが、小説というfiction(虚構)のなかの話なので。 ンヴィーニたちのあいだでは、男と女・女と女・男と男の自由恋愛が認められていた。特異に思われるのは、少なからぬ恋愛が地下鉄の車内で生まれたことだろう。朝夕の混雑時に、男と女・女と女・男と男の老若男女が体を密着したときの感触に触発されて独特の恋愛感情がめばえた。 (「ひと目惚れ」というように)恋愛感情は視覚からめばえると考える人が多いが、日本島ではそういう恋愛はあまり多くない。一部の昆虫にみられるように、触覚から性愛に移るのが普通だった。触れ合ったときの感触の微妙な一体感や相性のよさが愛着を生じさせ、恋愛感情を生むきっかけになる。 触覚から生まれる恋愛感情を信じない人でも、皮膚感覚から性愛を連想することはできるかもしれない。ただ、恋愛感情のめばえたカップルの接触は、あくまでも想像世界における触れあいであり、すぐ交合に至ることはない。 視覚から恋愛感情を抱く人々には理解しにくいだろうが、触覚からの場合、恋愛感情と性交は直接結びつかない。接触している時間だけの恋愛として完結し、接触はあくまでも表面的な触れあいである。アルゼンチンタンゴを踊っているあいだの擬似恋愛に通じるものがある。

だらだらと推敲を重ね

コーヒーショップの店外にある席で小説の校閲作業をした。小説のなかでは、この店も無宗教派の一派の教会である。最終校閲だと思って、横書きで紙に印刷して赤い色鉛筆で作業した。長年の習慣で、これが最も確かな方法だと思う。 「隠れンヴィーニと老人」の目次

題名が定まらない(2)

この投稿は5月2日にアップし、その後書き足したものです。 コメント「ンヴィニ教徒の特徴を捉えて題名に.....もたれ合う人々、男女混浴社会、ンヴィニ教という無宗教派」をふまえ、題名を変更してみた。ンヴィニ教徒の特質が<もたれ合う>依存性(症)にあると考えた。 次にンヴィニ教の最大の特徴が<動く寺院>にあると考えた。ンヴィニ教を縦糸、認知症(老人)を横糸とする構成なのだが。 その後、<手のひらを見つめる>自閉性(症)に着目し、観察者でありその対象でもある老人に戻った。 老人と隠れンヴィーニ(2月に使用)老人とアルゼンチンタンゴ時間を奪われた人々時間をなくした人々風景がゆれる時間がゆらぐ風景がゆらぐ動く寺院がゆれるンヴィニ教の動く寺院日本島のンヴィニ教徒たちもたれ合うンヴィニ教徒たちもたれ合う人々: XUが観察したンヴィニ教徒もたれ合う人々: XUが会ったンヴィニ教徒もたれ合う人々: XUが会った老人と女性たち凭れ合う人々: 時間軸で踊る老人と女性たち凭れ合う人々: 深夜タンゴを踊る老人たちもたれ合う人々、深夜タンゴを踊る老いた男と女たちもたれ合う人々、深夜にタンゴを踊る老々男女凭れ合う人びと隠れンヴィニ教徒たち凭れ合う人びと・隠れンヴィーニたち手のひらを見つめる人びと老いの目は泪老人と隠れンヴィーニ(2月に使用)隠れンヴィーニと老人手のひらを見つめる人々  

215 무려 4달 보름이나 늦게 열린 ‘지각 삼일절’ 기념식

오사카 민단 주최 제 101회 삼일절 기념식이, 7월14일 오후 열렸다. 무려 4달 보름이나 늦게 열린 '지각 삼일절' 기념식이다. 모두 짐작하겠지만, 삼일절을 즈음해 일본에서도 코로나 19 감염이 심해지면서 감염 방지 차원에서 올해는 기념식을 하지 않기로 했었다. 행사를 무리하게 하다가 감염 사태라고 일어나면 큰일이라는 판단에 따른 조치였다. 그래도 동포들은 못내 서운했던 모양이다. 70년 이상 해오던 행사를 못하는 …

214j 四天王寺ワッソの中止と全世界在外公館長会議の開催

2020年7月9日、コロナ禍がもたらした二つのまったく異なることを経験しました。 一つは、1990年から30年のあいだ大阪で開催されてきたイベント「四天王寺ワッソ」が、ことし開催されなくなったというニュースです。 この日の昼、このニュースを伝えようと、大阪ワッソ文化交流協会の猪熊兼勝理事長が大阪韓国総領事館を訪れました。理事会で協議した結果、コロナ禍のために仮装行列の参加者募集がはかどらず、イベント予定日の11月1日までにコロナ禍が終息するか不明な状況に鑑み、中止を決定したということでした。 残念なことです。「四天王寺ワッソ」は、日本と東アジアとの古代からの交流を時代ごとに仮装行列で再現する祭りとして1990年にスタートしました。在日コリアンが最も多く住み、古代から日韓交流が盛んだった大阪地域に着目し、関西興銀のリードで四天王寺と谷町通りで開催されることになりました。 しかし、2001年に関西興銀が破産したため、その年には開催できませんでした。 翌2002年、同じ志の人々の手で祭りが継続されることになりました。 2003年からはNPO法人大阪ワッソ文化交流協会がイベント会場を大阪城よこの浪速宮跡に移して開催しています。当初、パレードを含め参加者の大半は在日コリアンでしたが、最近は日本人参加者の割合が七割になるほど大阪の地方祭りの一つとして定着しているとのことです。 30年の伝統を持つ祭りをコロナ禍のせいで中止するのは余りにも残念なので、猪熊理事長に対し私は、30年の歴史を振り返るシンポジウムなどのイベントに変更することも検討するように提案しました。単にコロナ禍のために中止するのでではなく、コロナ禍がもたらした裂け目を反省と発展のきっかけに転ずることも意義深いと考えたからです。 もう一つは、同日の夜9時から2時間余り実施された、康京和(カン・ギョンファ)韓国外交部長官主催の全(世界)在外公館長会議です。全世界に広がる180以上の韓国在外公館の公館長が同時にアクセスするため、必然的に会議の時間帯が日本では夜の時間になったようです。幸い、先約の会食の予定を早めることで調整できました。 世界の在外公館長を画像で同時に接続して会議するという発想は、コロナ禍がなければ思いつくこともなかったでしょう。また、問題があっても「とりあえずやってみよう」というチャレンジ精神がなければ実行できなかったことだと思います。 会議が首尾よく運営できるだろうかと思いながら参加しましたが、予想外に良かったと感じました。デスクトップ画面に200人近い参加者の顔が、切手収集帳の切手のようにべたべた貼り付けられ、顔の判別がむずかしかったものの、こうして一同に会しコミュニケーションできるとことを不思議に思いました。 多くの人が参加する会議のため発言者の数に限りがあり、対話型よりは一方通行型の会議になるほかありませんでしたが、世界共通のコロナ禍の発生のせいで、他の地域の事情や関心、問題がそれぞれ異なることを理解できる意義深い会議でした。 この会議に出席し、コロナ禍のあとはオンライン外交の比重が必然的にかなり重くなるだろうと実感しました。大阪韓国総領事館もこのような傾向に備え、行政職員の人事異動に伴い、最近オンライン担当を新設しました。 コロナ禍が私たちに投げかけた衝撃を多角度から味わう、そんな一日になりました。

行春や鳥啼魚の目は泪

小説の結末で苦戦していたが、何とか納得のいくものを書き上げたと思う。 最後に思い浮かべたのが、芭蕉(1644-1694)『奥の細道』冒頭の一句「行く春や鳥啼き魚の目は泪」だった。高校2年に習ったときの教室のようすまで思い浮かぶ。ずっと意味を理解できないでいた。 WikiquoteよりDonald Keene氏による翻訳を引用する。Travelers of a Hundred Ages は百代の過客のことだろう。 Spring is passing by!Birds are weeping and the eyesOf fish fill with tears. Matsuo Bashō, The Narrow Road to Oku, Tokyo, 1996 The passing of spring—The birds weep and in the eyesOf fish there are tears. Donald Keene, Travelers of a Hundred Ages, New York, 1999 「行春」は季節変化より人生を振り返る意味が色濃いのではないかと考えた。70歳にして書いた小説の趣旨はそこにあったと思う。晩年に至り世間は鳥のさえずりのように賑々しいが、老いらくの目は泪が溢れてとどまることがない。こんな解釈はいかがだろうか。 Life …

手のひらを見つめる人々

しばらく「凭れ合う人びと・隠れンヴィーニたち」という題で落ち着いていたのに、二週間ほど前、一人の女性にこの小説に登場する身体化したスマホについて説明したのがきっかけで、<凭れ合う人>から<手のひらを見る人>へ関心が移行しました。 旧題には二つの要素<凭(もた)れ合う人びと>と<隠れンヴィーニ>を盛り込んでいたので、少し無理があるとは感じていました。<隠れンヴィーニ>は隠れキリシタンとは違い、自分がその教徒であることを意識しない人々の意味で考案したもので気に入っていたのですが、小説の題としては弱いと考えていたのです。 小説の主題である<ンヴィーニ>という無宗教派の人々の最大の特徴は<凭れ合い>と<手のひらを見る>にあると考えています。でも、「凭れ合い、手のひらを見つめる人びと」だとピンと来ませんよね。みなさんにはどうでもいいことでしょうが.....以下、本文(未定稿)より引用します。 .....人々は睡眠を除くほとんどの時間、手のひらを見て過ごした。歩くとき、電車や地下鉄の到着を待つとき、電車の車内、エスカレータに乗っているとき、便座にすわっているとき、食事中、時間つぶしなど、家にいるときも外出先でも、いつも手のひらを見つめていた。車を運転するときや自転車に乗るときも手のひらを見ることをやめなかった。 歩くとき、人々は手のひらを自分に向け肘を九十度曲げて歩いた。電車の車内や駅構内の至るところで、手のひらをみながら歩かないように注意したが、それを守る者はいない。手のひらに保存された写真や動画を含むデータに自分だけの領域を見いだし、好きなニュースやマンガを読み、ゲームに興じて時間を費やすことが大半の人々の行動の形になっていた。歩きながら事故に遭う人も多く、駅ホームから線路に転落する人も絶えなかった.....

214 오사카 사천왕사 왔소 행사 중지 및 전세계 재외공관장 화상회의 개최

2020년 7월9일, 코로나 19가 가져온 두 개의 매우 상반된 일을 경험했다. 하나는 코로나 19 감염으로 1990년부터 30년 동안 오사카에서 열려오던 「사천왕사(四天王寺) 왔소」 행사가, 올해 열리지 못하게 됐다는 소식이다. 이날 낮에 이 소식을 전하러, '오사카 왔소 문화교류협회'의 이노쿠마 가네카쓰 이사장이 총영사관에 찾아왔다. 이사회에서 논의한 결과, 코로나 감염 사태로 가장행렬에 참가할 사람들을 모집하기 어렵고, 행사 예정일인 11월1일까지 …

韓国映画말모이

韓国映画がいい作品を産み続ける理由は何なのでしょう。1980年の光州事件を扱った「タクシー運転手」と同じ脚本家の手になる作品だそうですが、1940年代の朝鮮語学会による朝鮮語辞書の編纂に関する映画「マルモイ(말모이)」が日本で公開されたようです。基本的な歴史感覚が日本で教育を受けた僕らのそれとはまったく異なるように思います。僕はまだ観ていませんが、いつか観たい作品の一つです。以下、「マルモイ」に関するコメントを引用します。 韓国語教材専門出版社HANA 浅見綾子: 号泣。韓国語を勉強している方にはぜひ見ていただきたい映画。朝鮮語の辞書を作っていくお話なんですが、もうこれから辞書を枕に寝たりできない。 劇作家・演出家 坂手洋二: 言葉こそ人間の血液だ! 「国語」を守ることに命をかけた人々の実話! 全国各地の方言を集め、「標準語」を整えようとする奮闘の日々。『国語元年』を書いた井上ひさしさん(1934-2010)に見せたかった!『タクシー運転手』の脚本家が時代を遡って「庶民の決起」を描く。『パラサイト』よりこっちが好きだ。 https://marumoe.com/ 

時系列に再構成

主人公の記憶世界を本人の話した順に並べていたので、時間軸が前後して読みにくいだろうと思っていました。何度となく読み返し、やはり読者に不親切だと考えて、年代順にしました。その結果、四部構成だったものが三部構成になりました。内容と舞台設定は次のとおりです。 1980年ごろを想定した無宗教派「ンヴィニ教」の教徒に関する観察メモ、主な舞台は日本島の首都の電車と駅構内1990年ごろを想定した北米における主人公の体験と認知症の発症、主な舞台はオンタリオ州の列車2030年におけるンヴィニ教徒たちの生活環境と主人公の死、舞台は1.に同じ 無宗教派のンヴィニ教徒と認知症患者の主人公の関連性をテーマに、無宗教派を批判的に描写している小説です。筆者が長年あたためてきた問題意識がどこまで描けているか。とはいえ、完成はまだまだです。

おわりの部分を大幅修正

おわりの部分を大幅に修正し、未定稿とは似ても似つかないものになったので「未定稿のおわりの部分」を削除しました。以下、草稿のようなものです(いまごろ何やってんだ)。それにしても、文才の欠如というか構想のいい加減さというか、嘆かわしいことです。 ……ある教会のカウンターでスマホを操作しながらガラス窓越しに外を見ていると、街路樹の枝を激しく揺らしながら、台風のような強風が渦巻いていました…… 「いらっしゃいませ、店内ご利用ですか…かしこまりました…以上でよろしいですか…カードで…タッチお願いします…失礼いたします…レシートご入用ですか…店内ご利用は二時間までとなっております…」 語頭にアクセントのある異教徒らしい抑揚で若い女の司祭がンヴィーニを相手に機械的なやり取りを繰り返す。実に無駄のないやり取りだ……この同じセリフの繰り返しが耳について耐えられなくなって教会を出ようとしていると、 ポォーピィポォーピィポォーピィポォーピィポピィーポピィーポピィーポピィーピィーポォピィーポォピィー…… 一台の救急車が大音量のサイレンを鳴らしながら近づいてきて、教会のすぐ前で停まりました。救急隊員二人がタンカを下ろしてどこかに消え、しばらくすると、タンカの上に一人の老人を載せて戻ってきました。一瞬、その老人に見覚えがあるように思いましたが、定かではありません。

小説という表現方法(2)

推敲で入念な確認を心がけたのは、主人公が語る部分と筆者の語りの文章の区別だった。この作品では<ですます体>と<である体>で区別した(原則として、主人公の観察メモや治療時の口述の内容は<である体>にした。第3章では主人公の独白部分を<である体>、筆者の叙述を含むそれ以外の部分を<ですます体>にした)。主人公の語りや考えも筆者が書いているから、筆者の文章であることに違いはない。ただし、主人公と筆者は常に一定の距離を保たなければならないと考える。その距離感がないと、小説のなかの登場人物は作者から独立できず、躍動感のない操り人形のような存在になってしまうからだ。逆にいうと、作者自身を客観できない筆者の観察は独りよがりになるのではないか、と思うのである。 表現方法(1)に書いた「独自の論理性ないし一貫した執筆姿勢」と関係するが、僕の考える小説の意義は、文字による記録の保存とともに、その記録を通して対象とする時代や社会を客観し批判することにある。批判力を持たない、持つ必要がないとする立場があるのを認めるが、批判的な観察眼を持たない小説は普遍性に限界があるのではないか。世の中のすべての小説に批判力を求めるつもりはないが、僕が追求したい小説は批判力を持つものである。その筆力が備わっているかどうかは別の問題だ。