をとめ

一茶の発句集のなかに美人という語が次の14句に入っている。これらをどう読むか、ルビ振りに悩まされる。現代かなの「びじん」ではなく「をとめ」だろうと考えている(以下、アラビア数字は縦書き文庫版「一茶発句集」季節[部]ごとの番号)。 新年23 元日に曲眠りする美人をとめ哉 文政句帖 文政6 春359 春雨はるさめに大欠おほあくびする美人をとめ哉 七番日記 文化8 春3347 菫咲すみれさく川かはをとび越こす美人をとめ哉 七番日記 文化 春4228 花さくや京の美人をとめの頬かぶり 春4578 夜ざくらや美人をとめ天から下るとも 八番日記 政3 夏843 やこらさと清水しみづ飛とびこす美人をとめ哉 七番日記 文化10 夏1182 がさがさと粽ちまきをかぢる美人をとめ哉 七番日記 文化9 夏1573 青すだれ白衣びやくえの美人をとめ通ふ見ゆ 寛政句帖 寛政5 夏2388 かはほりにはたして美人をとめ立りけり 七番日記 文化7 夏3612 大川へ虱しらみとばする美人をとめ哉 七番日記 文化14 夏3946 美人草びじんさうそなた本地ほんぢは何なに菩薩ぼさつ 文政句帖 文政7 秋 美人をとめ等に水しぼらるゝ糸瓜哉 八番日記 文政4 冬 縄帯の美人をとめ逃すなけさの雪 七番日記 文化12 冬 此ごろやおち葉の下の三美人をとめ 七番日記 文化8

MTB@75

数ヵ月ぶりにMTBに乗った。実にいい天気だった。2日前に友人の家まで約20km走って体調を整え、自転車を預けておいた。いつもどおり相棒が入念に作成した計画に沿って加治丘陵・唐沢流域樹林地に行った。往復約80kmだ。MTBを始めた10年前と比べ速度は落ちたが、まだまだ走れる。二人で確かめたその自信感が嬉しい。 山道がよく整備されていた。この場を借りて公益財団法人さいたま緑のトラスト協会の関係者にお礼の気持ちをお伝えしたい。 https://maps.app.goo.gl/qv9MS2yRCSmRmwNj8?g_st=ac (c) Saitama Greenery Trust Association

nada

Tanguizm のクラスで講師がNada (nothing)というアルゼンチンタンゴの曲について話してくれた。気に入ったので歌詞の英訳を以下に記す。昔の女性を慕したう切々せつせつとした男の性さがを歌っている。往年の歌手三人のレコーディングを聞き比べるのも楽しい。 Lyrics by the Urugayan tango poet Horacio Sanguinetti [translated into English with DeepL] I have come to your house…I don't know how I could! If they've told me you're gone,that you'll never come back…If they've told me you're gone!How much snow there is in my soul!What silence there is at your door!As …

exercise shoes

2月から毎日曜、タンゴの基礎訓練ともいうべき Tanguizm に参加している。初回はタンゴシューズをはいたが、違和感があった。他の参加者はバレーシューズのような薄底のものか靴下で練習している。使っていなかった薄底のスニーカーも試したが、底が硬すぎた。靴下でも試みたが、納得できない。リズム感がなく右足に麻痺がある僕は人一倍シューズにこだわっていた。 この1ヵ月半ずっと薄底のシューズをさがしてきたが、なかなか見つからなかった。それが、きのう職場の近くのアウトレット店にあった。ひと目で気に入って手に取ると、軽くて底が柔らかい。店員に尋ねると、革製なので靴下が黒ずむことがあるという。そんなことは構わない、とにかく気に入ったのだ。最後の一足で、僕の扁平足にぴったり合った。こういう品に出会うと、飛び跳ねたくなるようにうれしい。 made by Merrell

無宗教派の人々

縦書き文庫版「無宗教派の人々」のまえがきの文章と目次構成は以下のとおりです。このブログ末尾に載せたURL(または冒頭の下線部)をクリックすると作品を表示します。 この作品は「ハイジン教徒たち」「漆喰の菩薩像」「異界でタンゴを舞う」の三部で構成されています。「無宗教社会」に適応できなくなった主人公が日々の観察とかつての自分の体験を織り交ぜながら、その社会について語ります。 ハイジン教徒たち3 改札係という聖職者9 電車という動く寺院17 電車のなかの球戯28 ハイジーンと異教徒36 サイレント車両45 スモーカー車両51 テレビという祭壇58 ハイジーンの子ども63 紅い球時計73 駅のホーム(反復)79 漆喰の菩薩像82 谷あいを走る列車82 老人と女性の乗客88 認知症患者の独白(一)98 認知症患者の独白(二)106 列車の終着駅114 老人との再会125 異界に逝った老人132 異界でタンゴを舞う139 老人たちとの再会140 死にゆく人々149 寺院センターの内部156 手のひらを見つめる人々166 曖昧になった性差意識176 潮騒とタンゴ189 葬送の回送電車198 名もない魚の群れ206 https://tb.antiscroll.com/novels/goolee/23868

縦書き文庫「一茶発句集」夏の部

縦書き文庫「一茶発句集」シリーズ夏の部のルビ修正が一応完了しました。ページ区分と各ページの季語を表にして掲載します。校閲者の橋本信明氏と縦書きの意義を教えてくれた菊地明範氏に改めて感謝します。 読者のみなさん、ときどき縦書き文庫版の一茶発句集をお読みいただき、ルビの間違い等ご指摘いただければ幸いです。 ペ|ジ縦書き文庫「一茶発句集」の各ページ下に表示される目次で季語をクリックすると該当ページにアクセスできます夏1夏めく・卯月・六月・夏の暁・日盛り・炎天・夏の夜・短夜・暑し・涼し・土用・卯の花腐し・入梅・入梅晴れ・五月雨・五月晴れ・五月闇・虎が雨夏2夕立・夏の雨・雲の峰・雷・夏の月・夏の雲・青嵐・富士の雪解・夏山・夏野・清水・青田・祭・葵祭・灌仏・筑摩鍋・夏籠り・夏花・富士詣で・浅草富士詣・御祓夏3茅の輪・形代・麻の葉流す・祇園会・菖蒲葺く・菖蒲酒・菖蒲湯・桃の湯・幟・粽・薬降る・嘉定喰ひ・照射・川狩り・鵜飼・雨乞ひ・裸・汗・夏痩せ・更衣・袷・綿抜き・帷子・蝉の羽衣・夏羽織・浴衣・汗拭ひ・日傘・夏座敷・簾・蚊屋・寝蓙・簟・昼寝夏4扇・団扇・蚊やり・打水・虫干・涼み・田植・氷夏5鹿の子・ほととぎす・かっこう・鶯・よしきり・蛇・ひき蛙夏6ほたる・火とり虫・ぼうふら・蚊夏7蠅・蚤・蝉・かたつぶり・かつを夏8夏草・草茂る・草いきれ・夏菊・昼顔・夕顔・踊り花・藪虱・芥子の花・美人草・青蔦・葵・芍薬・牡丹・蓮・なでしこ・常夏・釣り荵・辷り莧・蓼・麻・かきつばた・花菖蒲・百合の花・芭蕉の花・うきくさ・石菖・蚊帳釣り草・早苗・麦・麦わら・麦笛・芦・蒲・藺・青芒・一つ葉夏9苔の花・若竹・竹の子・瓜の花・瓜・真桑瓜・茄子・胡椒・若葉・青葉・病葉・夏木立・木陰・茂り・木下闇・松葉散る・楠の花・柿の花・石梨・合歓の花・紫陽花・卯の花・茨の花・青瓢・梅の実・李・いちご 2024年に新年・春と夏の部の句に現代かな遣いでルビを振りました。途中で編集方針を転じて歴史的かな遣いにすることゝし、本年3月上旬までに夏の部を修正しました。 25年中に新年・春の部の修正作業を終え、26年に秋と冬・雑の部の入力とルビ振りに取りかかる予定です。引き続き読者のみなさまのご支援を心よりお願いゝたします。

the old-fashioned

남대문市場から명동に向かい退渓路てげろ沿いに歩いていると、小さな理髪店があり、近くにおいしそうなキムバプ店があった。いずれもチェーン展開している店のようだ。 カットとシャンプーで 13,000w髪を切ったあとキムバプ店へ紙のメニューにレ点を付けて注文명동성당近くのソルノンタン専門店店内を飾るイスラエル人彫刻家の作品 上の写真を見ると、我ながらいつになく嬉うれしそうな表情をしている。理髪師と他愛たあいない話をしながら何だか弾はずんだ気分だったし、旅行中ずっとキムバプを食べたかったのがやっと叶かない満ち足りていたのだろう。 明洞聖堂近くに昔からあるソルノンタン専門店はコロナ禍で一度店を閉め、新たにビルを建て直して再開したという。代表がイスラエル人彫刻家の作品が好きだそうで、白壁の店内はまるでギャラリーのようだ。

Myungdong geori

妻と一緒に4日間の서울旅行をした。二人で韓国に行くのは新婚旅行を除いて二度目だろう。昨夏、僕一人で서울と江原道の友人たちを訪ねているから、今回はすべて妻のために明洞中心に旅程を組み、友人たちとは会わないことにした。 初めて서울を訪れた1973年の冬、明洞は下の写真のような薄暗い路地が交錯する繁華街だった。日本語が飛び交うことはなく、東南アジアや欧米の観光客が往き来することもなかった。傷痍軍人や迷彩服の若者が目立った。雨が降れば竹ひごと青いビニールで作られた雨傘を抱えて走り回る少年のウサン(雨傘)ウサンという叫び声が響いた。 今は巨大に明るく眩しい商店街だが、凍ったような空気は昔と同じで、昔の姿が時おり感じられる。 아내와 함께 4일간 서울 여행을 다녀왔다. 신혼여행을 제외하고 둘이서 한국에 가는 것은 이번이 두 번째일 것이다. 지난 여름에 나 혼자 서울과 강원도의 친구들을 만나러 갔기 때문에 이번에는 모두 아내를 위해 명동을 중심으로 일정을 짜고 친구들은 만나지 않기로 했다. 내가 처음 서울을 방문한 1973년 겨울 명동은 아래 사진처럼 희미한 골목이 교차하는 번화가였다. 일본어가 …

Cicadas observed by Issa

夏の部の季語「せみ」の句は97ある。夏3658の「蝉鳴や空にひつゝく最上川」、夏3656の「戀をせよ戀をせよせよ夏のせみ」がおもしろい。夏3626/70で鳴かない蝉を詠み、それを安気とするのも一茶らしい。 3619 風かぜはやゝ三保みほに吹入ふきいる蝉せみの声こゑ 寛政句帖 寛43620 浜松はままつや蝉せみによるべ(寄辺)の浪なみの声こゑ 寛政句帖 寛4寺は道明寺と云、わづか行ば玉手山尾州公の荼毘処あり竜眼肉の木ありて此かいわいの景地也、艮うしとらの方にかつらぎ山見ゆる折から遊山人ゆさんびと処々につどふ3621 初蝉はつせみや人ひと松陰まつかげをしたふ比ころ 西国紀行 寛73622 せみなくや鳥居とりゐの外そとにみたらひ[に] 享和二句記 享2 「井」→「居」 「さ」→「た」3623 浮島うきしまやうごきながらの蝉せみ時雨しぐれ 享和句帖 享33624 蝉せみ鳴なくや袖そでに一粒ひとつぶ雨落あめおちて 享和句帖 享33625 大雨おほあめや大おほきな月つきや松まつの蝉せみ 文化句帖 化13626 唖おし蝉ぜみの二日ふつか降ふられし柱はしら哉 文化句帖 化13627 かくれ家がは浴過ゆあみすぎけり松まつの蝉せみ 文化句帖 化13628 聞倦ききあいて人ひとは去さる也朶えだの蝉せみ 文化句帖 化13629 蝉せみなくや柳やなぎある家やの朝あさの月つき 文化句帖 化13630 觜太はしふとの夢ゆめや見みつらん夜よるの蝉せみ 文化句帖 化13631 蜘くもの巣すに月つきさしこんで夜よるのせみ 文化句帖 化23632 蝉せみ時雨しぐれ蝶てふは日ひやけもせ[ざ]りけり 文化句帖 化23633 せみ啼なくや梨なしにかぶせる紙袋かみぶくろ 文化句帖 化23634 今いましがた此世このよに出いでし蝉せみの鳴なく 文化句帖 化33635 草くさの葉はやたつぷりぬれて蝉せみの鳴なく 化五六句記 化53636 …

Preface to “Issa hokku-shu”

昨年から取り組んでいる「一茶発句集」の前がきを次のように書き改めました。とはいえ、まだ全体の半分も完成していません。 縦書き文庫「一茶発句集」は信濃教育会編『一茶全集』(信濃毎日新聞社1979年・第一巻「発句」)を底本とし、小林一郎氏編「一茶発句全集」(2005年、秋の部動物まで)及び「一茶の俳句データベース」(2014年、秋の部植物と冬・雑の部)のデジタルデータを基に底本と照合し、他の書籍等を参照して2024年から制作しています。 各ページ下の情報(i)の右にある目次をクリックすると下に目次が表示され、各季語をクリックすると該当ページに移動します。なお、縦書き文庫「一茶発句集」独自に新年・春・夏・秋・冬・雑の部ごとに通し番号を付けて漢字にルビを振り(哉・也を除く)、各部(1)に凡例を載せています。 縦書き文庫版のルビは底本を基に文庫版作成者が振っています。誤り等について作成者にご指摘いただければ幸いです。新年・春・夏・秋・冬・雑の部を通覧するページ「一茶発句集」縦書き文庫版総目次もご参照ください。   この場を借りて校閲者の橋本信明氏と縦書きの意義を力説する菊地明範氏に心から感謝の意を伝えたいと思います。お二人に励まされながら少しずつ作業しています。

a loudspeaker

壊こわれた精神たちがつながれた1台の拡声器がある。雨の日も風の日も、それはいつも同じ場所に置かれている。それにつながれた人々はそれぞれが自分の拡声器を持っていると考えているが、実はまったく同じ拡声器につながれている。 「おはようございます」「X区のAでございます」「ご通勤ご通学お疲れさまです」「私がY議院のBでございます」「きょうは土曜日でございます」「Z議会のCでございます」「朝からご迷惑をおかけしております」 彼らに向かって通行人の誰かがお辞儀じぎをしたり手を振ったりすると、「ご支援ありがとうございます」を何度かくり返して満足そうな表情を見せる。傷ついたCDのように彼らはみな同じせりふをくり返す。違うのは名前と所属議会と会派だけで、みなひどく病んでいる。 拡声器から洩もれてくる話を聞く者はほとんどなく、通り過ぎる人々は何も感じていないようだ。病んだ精神のくり返すせりふに幼いころから馴なれきっているから、ほとんど騒音にさえならない。議員やその候補者たちは、通行人たちのこの無反応ぶりを勝手に解釈し、言論の自由だ民主主義の定着だといって賞賛する。あるいは、この国の人々の国民性などと呼んで喜ぶ。議員たちにとってこれほど好都合な人々はいない。 そんな人々と拡声器のある光景に向かって一人の外部者が、「迷惑めいわくなんです」「誰も聞いちゃいないさ」と吐はき捨てるように言って通り過ぎる。傲慢ごうまんな彼らはそれを聞き入れない、かえって、その者を憐あわれみるかのような視線を送る。そして、苦情など何も聞かなかったかのように1台の拡声器に向かって叫び続ける。 鈍感な精神たちよ、果てしなく広がる砂漠の恒河沙ごうがしゃの人々の群むれよ、1台の壊れた拡声器よ、なぜ罵声ばせいを浴びせないのか。

short nights

以下、縦書き文庫「一茶発句集」夏より引用する。 47 短夜みじかよを継つぎたしてなく蛙かへる哉 文化句帖 化5 66 短夜みじかよやにくまれ口ぐちをなく蛙かへる 七番日記 化10 88 短夜みじかよをよろこぶとし(歳)と成なりにけり 八番日記 政2 .....かつて夜は一日のはじまりであった。現在と違って日没から一日が始まると考えられていた。「あした」ということばが、現在の「翌日」ではなく、もとは「朝、夜明け」を意味していたのもそのためである。日没から翌朝までがひとつづきの時間と意識されていたのである。なぜなら夜は百鬼夜行する神々の時間、聖なる時間、神話的時間だったからである。その時間が過ぎてからでなければ、世俗の人間の時間はやってこない。神話的世界を経てはじめて人間の世界が成り立つと考えるのが近世以前の庶民の世界観であった..... [Japanknowledgeより] 夏の夜は短い、その短夜を継ぎ足すようにしてなく蛙、憎まれ口をなく蛙、一茶の脳裏に何が去来していたのだろう。それを想像するだけで楽しいではないか。

翻訳と創作(2)

昨年初めから小林一茶(1763-1828)の発句集に総ルビを振っているが、これは一種の翻訳ではないか、と思うことがある。自分を含め現代読者が親しんで読めるようにするため、読みにくい漢字語にひらがなルビを振り、ひらがな語に漢字ルビを振るのだが、悩まされることが少なくない。 現代仮名遣かなづかいと歴史的仮名遣いの違いだけではない、濁音だくおんと清音せいおんのどちらをとるか悩まされることも多い。門外漢もんがいかんゆえの迷いかもしれないが、複数の選択肢があるときは本当に悩ましい。その悩みは翻訳で語彙ごいを選ぶときのそれと同じものだ。 もとの句もルビを振った句も日本語だから、ふつうは翻訳とはいわない。ただ、時代を異ことにする日本語を外国語とみなすこともできるのではないか、などと考えた。 一茶発句集にルビを振るのに、はじめは現代仮名遣いにした。ところが、俳句の地の文は旧仮名遣いだから、新旧かな混じり文のようになっておかしい。そこで新年・春と夏の部を終えたあと、現代仮名を旧仮名遣いに修正することにした。 きっかけは蛙という漢字の読み方だ。現代仮名は「かえる」だが、旧仮名は「かへる」である。同じ句集に新旧二つの読みが併存するのはおかしい。蛙の読み方にはもう一つ「かわず」「かはづ」がある。一茶の句に登場するのはほとんど「かへる」だが、「かはづ」と仮名書きしたものもある。他方、芭蕉(1644-94)の詠よんだ古池に飛び込むのは「かはづ」でなければならない。 「かへる」も「かはづ」も「かえる」であることに変わりないではないか、という人がいるかもしれない。そういう見方がまったく間違っているとは思わない。ただ、言葉のもつ感性のようなものを見落としているのではないだろうか。 ルビを振る作業は、作者はどう詠よんだろうかと想像し悩むことの連続である。それは単なる現代語訳ではない、歴史的仮名遣いの選択でもない、外国語を日本語に置き換えるのと同じ次元の葛藤かっとうを伴うものなのだ。 翻訳と創作(1)

厠・後架・トイレ

「一茶発句集」を読んでいると聞きなれない言葉に遭遇する。<後架>(トイレの意)もその一つだ。一茶の句約2万2千のなかで排泄に関連する語は小便49(含む小便所4)・糞33(含む野糞1)・雪隠28・後架16・厠3などだ[一茶俳句データベース]。 不勉強にして僕は<後架>という語に馴じみがなかった。縦書き文庫「一茶発句集」の校閲者H先生によると、漱石の「猫」にも<後架>(후가)が登場するが、一般的には明治以降は<便所>が多く使われたようだ。一方、<厠>は奈良時代から使われていたらしい。言葉の時代変化っておもしろい。

Ethiopia Hambela natural

Ethiopia Hambela natural(エチオピア・ハンベラ)は知る人ぞ知るコーヒー豆で、ハンベラはコーヒー農園の名前らしい。 僕には単にそれだけではない、このコーヒー豆を年ごとに届けてくれる友人を意味する。モカ風で紅茶のように淡白な味のこのコーヒーを呑んでいると、その友人のことが思い出され、彼と対話しているような気さえしてくる。 対話のなかで、君は僕より先に死んではならない、などと勝手なことを言う。僕を葬らなければならないからだ。どちらが先になるかはそのときまでわからないじゃないか。それで構わないではないか。友人は少し困ったような表情になる。

Agabe

少し前から何となく気持ちが軽くなった。タンゴをレッスンする場を得たからだろうか、一茶発句集夏の部の修正が一区切りつくからだろうか(まだ先は長い、次は新年・春の部を歴史的仮名遣いにする、そのあと秋の部と冬・雑の部だ)、友人との再会と韓国の墓の話しが嬉しかったからだろうか。 アガベ(左)とパキラ 理由はよくわからないが、しばらく前の落ち込んだ状態から脱出できたことで十分ではないか。そんな気持ちの変化からだろう、事務所のデスクに置く小鉢がひとつ増えた。アガベという多肉植物だ。ことしも間違いなく春がやって来そうだ。

Tango Bar 1935

The film "Tango Bar" starring Carlos Gardel (1890-1935) was released in February 1935. https://youtu.be/VQwSSJIU_CM?si=gj65_HWb-Id_VpDL Four months later Carlos was killed by an accident involving two aircrafts at Olaya Herrera Airport in Medellín, Colombia on Monday, June 24, 1935. The co-author of the majority of his songs, Alfredo Le Pera, and his guitarists, Guillermo Barbieri were also among the casualties. [Wikipedia] Funeral of …

Return to tango

昨年11月から某タンゴ教室に通ったが、そのサークルに入ることができなかった。僕が扉を閉ざしてしまったのだ。毎朝タンゴ音楽を聞いているし、嫌いになったわけではない。だから、突破口を求めていた。 ネット検索して別の教室を探し、一つのサイトにあった文章が気に入った。でも実際に行って見なければわからない。小一時間かけて予約も入れずに訪ねた。新宿御苑の裏手、新井白石(1657-1725)終焉の地の近く、やや奥まったところにある。 外光を採り入れた建物は文字どおりダンスのために造られた贅沢な空間だ。レッスンがまたよかった。「タンギズム tanguizm」というタンゴとリズムの合成語で、アルゼンチンタンゴのメソッドにもとづくエクササイズだった。僕にとってはタンゴを楽しみながらのリハビリでもある。 流れた曲は Carlos Gardel (1890-1935) の por una cabeza と Piazzolla (1921-92) の cite tango だった。どれも僕の身体が記憶しているから、45分のエクササイズはあっという間に終わった。身体が動かないだけで音楽には付いていける、それだけで十分楽しかった。

AML/CFT officer

Anti Money Laundering, Combatting* the Financing of Terrorism を略してAML/CFT、日本語はアンチマネロン・オフィサーという。CFTはテロ資金供与対策、マネロンは資金洗浄と訳す。[*counter, tackle も使う] 認定機関は日本マネロン・テロ資金供与対策センター(JCAC)で、銀行や信用金庫等の職員が多く取得している。キャッシュレス化と暗号資産やインターネット、Fintechの飛躍的普及とともにマネロンの手口が巧妙化し、大量破壊兵器の資金にまつわる拡散金融も防がなければならない。金融機関以外でも資格者の需要が高まっている。 海外送金業務を扱う会社に関与してきた僕は会社の求めでこの資格を取得した。マネロンCBT試験に合格したあと1年 CPE**講座を受講し、3ヵ月ごとに復習テストを受けて合格すれば単位を得る。[**Continuous Professional Education] 一茶発句集を編集している者には不得手な分野だが、講習での学習や宿題の作成は思いのほか勉強になった。認定期限は1年で延長するには継続してCPE講座を受講しなければならない。マネロン・テロ資金供与対策の実践が最新の事例と状況把握にもとづく知見を必要とするからだ。 とはいえ、会社を辞めたら何の役にも立たない、ただの資格だろうに。