ベランダに置いた鉢植えのサンショウ(山椒)に青虫を見つけた。昨年は見られなかったので、ことしは半ばあきらめていたのだ。一昨年の青虫が戻ってきたような気がする。なぜか、とてもうれしい。
雑題: 罰則強化…どこが
所要で、田舎道から、市役所、主要駅迄、一時間まり歩き、電車で戻ってきた。途上で見たのは、赤信号で停車している脇を、子どもをのせて、交差点を突っ切るママチャリ。 或いは、狭い歩道を、わがまま顔で通る、イヤホーンのあんちゃん。いたるところに…、だが、取り締まっている形跡は無い。お上の、言い訳の為だけの"実効性の無い規制"か… 現場写真を載せると、差し障りが生じるので、当方の汚れた自転車写真を代用。
気に入っているスペース
いま使わせてもらっている部屋のドア越しに、僕が気に入っているスペースがある。この一角を見ると、なぜか落ち着くような気がする。少し疲れているようだ。
車輌とホームの段差と隙間
週末に母を車いすに乗せて出かけるようになって1ヵ月になる。母とのデートは小さな発見の連続で興味尽きない。電車の乗り降りと最短ルート探しは緊張の連続でもある。だから楽しいのかもしれない。 駅員の助けを借りないことを原則にしているから、利用する駅にエレベーターがあるかどうか、どこにあるかが必須の情報だ。プラットホームと車輌の段差や隙間がどれほどあるかも大いに気になる。この点、東急電鉄の池上線はほとんど段差も隙間もなく、車いす利用者にとってたいへんありがたい。それは感動的ですらある。 僕がよく利用する山手線については、各駅の設置状況が一目でわかるサイトがあり、重宝している。こういう情報を提供する人たちには頭が下がるばかりだ。ただ、各駅のプラットホームと車輌の段差や隙間がかなり大きい。JRがかつて国営だったことと関係があるかもしれない。 http://appwoman.jp/archives/36501
Mapping Tokyo
中沢新一著『アースダイバー』(講談社2005年5月刊)、表紙カバーに次の一文がある。「縄文地図を持って東京を散策すると、見慣れたはずのこの都市の相貌が一変していくように感じられるから不思議だった」 江戸時代を通じて現在の東京下町と東京湾の埋立てが進んだ。それ以前の地形は縄文期とあまり変わらないものだったようだ。富山県の「逆さ地図」のように、下の縄文・現代重ね地図 map-tokyo-jomon は現代人に「東京」を地底から見ることを強いる。
人生なるもの
21歳から23歳にかけて神保町の本屋で同僚だった友人に数ヵ月ぶりに連絡したところ、最近、大腸ガンの手術を受けたという。電話で明るく装っていた分、衝撃が大きかったに違いない。 友人が病気になったり亡くなった話しを聞くたびに、お前も覚悟しろよ、と言われているように感じる。これからそういう機会がふえるだろう。どんな奴も死から逃れることはないから公平でいいのだが、不安ではある。覚悟するしかない。畢竟、僕らは他の生物と同じように生ある限り生き続けるしかないのだ。それでいいではないか。 下の写真はプサンのカトリック共同墓地にあった閔甲完(1897-1968)の墓碑の裏面だ。彼女の来歴を記しているが、この墓地も石碑も今はもうない。 道路工事のために、移転を余儀なくさせられたのだ。
映画「駆込み女と駆出し男」
すばらしい映画だ。原作者井上ひさしらしい諧謔味に溢れているし、役者陣が文句なくいい。特筆すべきは映像美の完璧さだ。江戸期の美意識を描いているように感じた。僕らが喪って久しい「いき」という感性だ。 時代設定は1841年から1843年、水野忠邦の奢侈禁令の前後。戯作者の立場で幕府の政策批判をしているとも解釈できる。もう一度見たい、と思わせる映画だ。 原作の「東慶寺花だより」に登場する複数の女性が同時代人として扱われているという。 文春文庫の解説(井上ひさし)によると、東慶寺が駆込み寺となるのは千姫の娘(徳川家康のひ孫)が第20代の住持になってからだ。相当な資金が東慶寺に提供され、それを元に低所得層向けの金融業も営んでいたそうだ。 明治維新とともにその制度は廃止されたらしいが、旧民法下で女性の地位が高まったわけではない。むしろ低下したようだ。江戸期=封建時代という図式は唯物史観だけでなく、明治政府のプロパガンダだった、と考えるべきなのかもしれない。
雑題: 涙と嗚咽で悲しい木が育つ
涙と嗚咽で悲しい木が育つなんて… 人はコメを食う。羊は紙を食う。血を吸って生きる虫もいる。 〈 そうかとおもふと琉球には/うむまあ木という木がある 〉 〈 いつも墓場に立っていて/そこに来ては泣きくずれる/かなしい声や涙で育つといふ… 〉... 「世はさまざま」山之口 獏(沖縄出身) "沖縄の苦しみに、寄り添わなければ…"
雑題: 孤掌鳴らしがたし
片手の手のひらでだけで、手を打ち鳴らすことは出来ない。 人の営みは、相手があって成り立っているのでは…, だが、我が国の与党党首は、国民への説明を省き、時には、国民の意向を顧みず、我が道を行きたがる。 「政治家は、言葉で生き、言葉で滅びる」
MTBの次はwheelchair
MTBの次は wheelchair だろう、この車種はなかなかいい。重量12.5kg は僕のMTBとほぼ同じだ。
Hotel Gracery
新宿歌舞伎町のコマ劇場があった場所に高層ホテルが建った。その名も Hotel Gracery という。gracery という英語は恐らく grace に掛けた造語だろう。歌舞伎町の栄華が長く続くことを祈る。 ↑ホテル北側、林立するラブホの向こうに Hotel Gracery があるはずだが、不夜城の照明が明かるすぎて見えない ↑ホテル南側、道路を埋め尽くした人びとの上空を、暴力バーに注意を呼びかける拡声器の音声が虚しく響きわたる
雑題: 潤水の輝き…憩い
潤水の輝き…憩い…
雑題: 怏の中に快がある
"「怏(うらみ)」の中に、「快」がある" 吉野 弘見た目はよく似ているのに、意味は反対である。 風雪に耐えた木に、やがて花が咲く…ということか。... 昨今の"政"にはムカつくが、直ちには術がないという「怏」の先には、きっと何か「快」が待っているにちがいない。 その為にも,「傍観者になるな」。 つまり、自分で考えよ、同調圧力に屈するなと…。
Mapping Shinjuku
2015年現在、新宿区に住む外国人住民の割合は全住民の約11.1%に及ぶという。構成比順に、中国(31.9%)、韓国・朝鮮(27.9%)、ベトナム(8.0%)、ネパール(6.7%)、台湾(4.6%)、ミャンマー(3.8%)となっている。 新宿区の外国人住民人口(2015年5月1日現在)は次のとおり。 国名 男 % 女 % 合計 % 中国 5,526 28.8% 6,445 35.2% 11,971 31.9% 台湾 606 3.2% 1,133 6.2% 1,739 4.6% 韓国または朝鮮* 4,989 26.0% 5,464 29.8% 10,453 27.9% ベトナム 1,824 9.5% 1,157 6.3% 2,981 8.0% ネパール 1,779 9.3% 733 4.0% …
雑題: 僅差…はて
「死票膨大」、これも結果。 しかし、問題があることも事実。 反対勢力が、此から問われる。 改善策を、どう実施できるか ? "分去れ"、どうなることやら ?
雑題: 辛抱づよい愛
梅雨の兆し、紫陽花の"花言葉" 互いに支え合って"安寧"を。 "正義"を振りかざることなく、 "正気"を保ち、道を踏み外さず、 他の方々とも、穏やかに過ごしたい。
silver car!?
ついに僕も手押し車を使うようになりました。手押し車をカタカナ語で何というか......シルバーカー(ト)というのです。なるほど、シルバーシート、優先席、courtesy seats と同じ発想でしょうね。 この手押し車、何を隠そう、母のおさがりです。僕は押さないで引いていますがね。
雑題: いかがお過ごしですか
「いかが、お過ごしですか」 と、葉書の初めに書いて 問い合わせをしてみたい。 「あなたは、どんな過ちをしていますか」と…
イスラム横丁という呼称
朝日新聞が5月10日から12日にかけて「イスラム横丁から」という記事を掲載した。これに類する記事はネットで少なからず検索することができる。 記事01 記事02 記事03 こういう記事が書かれるぐらい「イスラム横丁」という名称が定着しているのだろう。僕はこの呼称に違和感を覚える。なぜか。 新大久保界隈をコリアタウンといい、「イスラム横丁」と呼ぶ意識のどこかに隠された意識があるのではなかろうか。コリアン、チャイニーズ、モスリム等々と呼ぶことで、彼らの存在を断片化し矮小化する意図が隠されていると思われるのだ。
雑題: はてさて
「言葉は思うところを 偽るために 人に与えられた」 " はて、さて、… ? "