僕が住んでいる都内のある商住混在地域で毎年、この時期に盆踊り大会なるものが路上で開催される。 近隣の商店街と比べて、あまり活気のない商店街の活性化のためだろうが、地域住民である僕にとっては、偏頭痛と食欲不振をもたらすほどの地獄そのものだ。 夕方6時過ぎから9時ごろまで、一方通行の狭い道路を100mほど封鎖し、商店街の放送網を通じて大音量で一昔前の演歌や民謡を流し続ける。まさに音の暴力だ。 例年、この騒音を避けて外出するのだが、きょうは自宅で作業することがあり、数年ぶりで騒音を避けられなかった。9時を回って騒音は消えたが、いつもより耳鳴りがひどい。神経の苛々も尋常ではない。 階下の居間に降りれば、テレビの雑音から逃れられないのだが、精神病者扱いされないために、厭々ながら、降りていく。
Incheon Airport Lost & Found
インチョン空港を出てすぐ、車で全羅北道の全州に向かった。3時間ほど高速道路を走った後、全州に到着する直前になって、持ってきたノートパソコンを空港の到着ロビーに置き忘れたことに気づいた。そのときの焦燥感と脱力感を何と表現したらいいだろうか。 韓国滞在中にパソコンで作業することが少なからずあったのに何もできない。データの多くは iCloud に保存していたから心配ないものの、仕事するのに身体の一部のようになっているパソコンがないと何もできない。そんな不安感というより強迫観念に包まれてしまった。 焦燥感はまさにこの強迫観念に根ざしていたと思う。ほかの人よりは遅く、93年にノート型パソコンを購入した。NEC NOTE 9801 という、当時もっとも小型で軽量なノートだった。その年に夜間の大学院に入学し、論文を執筆するために必要だった。仕事でも使った。 パソコンではなくワープロとして使った。通信するときだけドライブを接続してCD-ROMを挿入するという、今では考えられない使い方だった。インターネット、検索機能など一切ない。そういえば、インチョン空港に置き忘れたパソコンは LaVie ZERO だが、軽量という点、NOTE 9801 と共通している。とはいえ、僕がずっと NEC だけを使ってきたわけではない。前に使っていたノート型 Acer の重さが辛くなって変えたのだ。 顧みれば、70年代の半ばに、タイプライターは手動から電動に代わった。80年代に入ったころ、タイプライターがワープロに代わった。パソコン通信が始まったのは、85年ごろではなかったろうか。過去40年におけるITの進化というか変化は著しい。その最前線にスマホがあるように見える。 インチョン空港でノートを2日間紛失した小事件を通して、PCに依存するしかない、現代人の仕事と生活を考える。同時に、同空港のセキュリティの高さに深く感謝したいと思う。대단히 감사합니다.
memo: 逃れようがない放送
東京都内のある商住混在地域の話しだ。毎夕5時、夕やけこやけのメロディが大音量で流れる。10年ほど前は朝8時にもエーデルワイスのメロディが流れた。商店街に面したところに住んでいる者は否応なしに聞かされる。 逃れようがないという意味で、それは強制であり暴力的である。ただし、大多数の人はそれを聞き流すだけで不快とは感じない。結果、それを不快と感じる者だけが枠外に外され、変人扱いされる。 商住混在地域の場合、専ら商店街の利益が優先され、住民の生活は後まわしにされることが多い。これをどう考えたらいいのだろう。極論すれば、商業主義が優先されて国家規模に及び、国民が蔑ろにされているのが、コンビニ国の現状ではないだろうか。 もちろん、為政者は彼らのイズムを国民の耳に心地よい美辞麗句で飾り立てる。それに異を唱える者は非国民扱いされる。移民を認めないコンビニ国において、異質な者は枠外に弾き出されるしかないのだ。 日本の多くの地域にある防災無線なるものからも定時メロディや通達が流れる。小中学校の閉門を知らせる短調の旋律に郷愁を感じる人も少なくないだろう。これらの音量と旋律に人びとの拠りどころがあるのだ。 では、それを不快に感じ、そこに拠ることができない者はどうなるのだろうか。どうということはない。ただ国籍を与えられないだけだ。国民のIDは、カード化されたパスである。国籍がなくてもパスを買うことはできる。
Hills Bros Coffee
最近、コーヒーを飲む量が増えた。新大久保に通い始めて、自分でコーヒーを淹れるようになった。それまでは事務所が提供するコーヒーを飲んでいればよかったが、自家焙煎ならぬ自家淹れになったのである。 根が凝り性で怠け者だから、おいしいインスタントコーヒーから始め、ドリップ式のパックを経て、レギュラーコーヒーをカリタ式で淹れるようになった。MTBで低山に登るときも、コーヒーと濾紙を持参する。手間をかけた分おいしいのだろう。 そして、ついに820g入りの缶を買ってしまった。コーヒー店で見かけたことがあるような気がする。まずまずの味だと思う。
public space
最近、電車内で所狭しとスペースを占有する大型ストローラを目にすることが多く、考えさせられる。 そういうとき、僕は、所有者の顔を睨みつけて、その貧相さを嗤うことにしているが、同時に、なぜこういう貧者が増えたのか考える。そして、こんなふうに考えている自分を自嘲する。 車内は公共の場所である。公共の場の本来的な意味は譲り合いということではないか。そういう感覚を持たない、理解しない人が増えている。 これはスペースに限ったことではない。閉じられたスペース内で周囲に憚ることなく、大声で話す人が目立つようになった。僕はこういう音源に近づかないように注意している。期せずして近くになった場合は遠ざかる。 電車を降りる直前に、ストローラを所有者の座席の方に押しながら、もう少しずらしてください、Nobody can move と言った。すると、その女性がスマホを見ながら、外国人アクセントでスミマセンと言った。
韓国における福島イメージ
8月2-3日、福島市で開催されるキムイェリムとエディキムやT-MAXメンバーのK-popスター公演について、韓国ファンの間で彼らを「放射能汚染地域」に送ることを懸念し、批難する声が高まった。 これを受けて、キムイェリムとエディキムが所属する芸能事務所は、23日にファンカフェを通じ「安全性の問題を確認し、福島公演の出演を決定した」と公式に説明した。いや、そうせざるを得なかったのだろう。 関連記事の一つは次のように述べる。 ……芸能事務所は「ふくかんねっと音楽フェスティバルの趣旨は、日韓国交正常化50周年記念で、福島在住韓国人ほかを慰め、いやす目的で行われる公演」だと説明している。 ……安全性の問題について「出演交渉を受けて安全性の問題を慎重に検討した」とし、「韓国原子力研究院を通じて関連情報を確認し、何ら問題がないという結論に達した」と述べた。 ……同事務所はまた「福島原発問題は微妙な問題であり、ファンの心配と懸念を十分に理解する」とし、「全日程をアーティストと十分に相談した上で実施しており、常にアーティストを最優先に考えている」と付け加えた。 ファンの懸念を受けた芸能事務所の取れるぎりぎりの対応であろう。関連記事が連日インターネット上を賑わしているのを見ると、福島県全域が放射能に汚染されているというイメージが韓国内に定着していると思い知らされる。 さて、この状況をどう捉えるべきか。いくつか箇条書きしてみよう。 韓国メディアの偏向報道に問題がある。 感情的に行動する韓国人気質の問題だ。 外国に関する報道は日本もこの程度だ。 日本政府が対外的にきちんと説明を行っていないことに基本的な問題がある。 日韓の外交関係の歪みを反映している。 日本のメディアにも大いに問題がある。 日本国内にも福島=放射能汚染地域という誤認ないし偏見が少なからずある。 日本人全般の韓国イメージこそ貧困だ。 福島原発事故の検証と被災者保障がきちんと行われていない。政府と東電を含む関係者の情報公開を徹底すべきだ。 この問題の本質は「歴史問題」と相通じるものがある。 もしかすると「沖縄問題」とも繋がっているかもしれない。 日韓の bilateral issue にとどまらない世界的広がりを持っているかもしれない。 すごいのは、批難に晒(さら)されながら韓国からやって来た全州市の若者と彼らを後押しする韓国と日本の人びとだ。 メディアって何だろう。毎日、最高気温が39度だ40度だと叫ぶメディアって何だろう。数字を出せば客観的なのだろうか。 日韓関係の悪化って何だろう。嫌韓、親日って何だろう。親米、反日って何だろう。
Facebook をやめる
しばらくFacebookをやめることにする。 直接のきっかけはFBイベントなるもので、勝手に僕のカレンダーに予定が書き込まれ、消すことができない。出欠の返事を出すつもりもなかったが、カレンダーから消したくて不参加通知を出した。招待した人もリストから外した。 根本的には、FBの基本コンセプトである your friends' friends are your friends という考え方が気に入らない。利便性は高く評価すべきだろうが、僕には向いていない。数年使って、それがよくわかった。
御岳山(奥多摩)
友人の住む小金井から、玉川上水・吉野街道沿いに走って御岳山の登山口にある鳥居からロープウェイ下まで3時間余り。 鳥居からの登りで二人とも体力をほとんど使いはたしたはずだが、ロープウェイに乗って頂上に着くと、元気を取り戻した。ビジターセンター近くから大楢峠方面に下ったが、その山道のすばらしさは筆舌に尽くしがたい。 また行ってみたいと思っていたが、その機会は1ヵ月後にやってきた。同じルートを韓国人の友人を入れて3人で走った。友人が断崖の下を覗いて怯えるのを見て、1ヵ月前の自分を見るようで、おかしかった。その彼も、半時も経つと恐怖を忘れて走っていた。
頭のなかが真っ白
母は、自分の頭のなかが真っ白だという。車窓から見た外の光景がどんどん後ろに流れていくように、白くぼんやりしているのだろうか。 わずか3ヵ月ほどの間に、その白濁の度合いが増しているような気がする。僕の勝手な妄想ならばいいが。
Okutama revisited
Mitake valley: 十年ぶりぐらいだろうか、つゆの合間の晴れた日曜日、MTBに乗って御岳まで行った。遠くに見える奥多摩の山なみが、いつになく懐かしい。 Mitake cable car: 御岳のケーブル下まで MTBで登るのがひどくしんどい。以前、何回かハイキングで来ているはずだが、自転車のほうがきつい。片道590円、自転車260円。 sixty five year old boy: 20度以上の勾配を楽々と昇っていくケーブルカー。写真からも疲労困憊ぶりが伝わる僕らを運んでくれる。 near the top of Mt Mitake: 魅力的な山道だが、道幅が50cm ほどしかない。一歩ならぬ一ペダル間違えば、数十mの断崖を転落する。途中に岩場もあった。恐怖心を抑えつつ、慎重でありながらも一気に疾駆する。大楢峠から、さらに山道が続き、最後の林道も長く乗りごたえがある。
memories
つゆの合間のよく晴れわたった休日の昼、伊勢丹会館で母と一緒にすしを食べたあと、老舗追分のあんみつとだんごのセットを二人で分けた。母はくり返し値段が高いと言った。店内には案外男性客が多い。ベトナム人と思われる若い女性客もいた。 その後、新宿御苑を1時間ほどかけて一周した。休日なのに、あまり人がいない。暑いからだろう。木蔭を選んで歩いても汗だくになった。御苑のなかにある温室に初めて入ったが、なかなかいい。順路の初めに仏教にちなんだ植物を配しているのが気に入った。 御苑を出て、満席のコーヒーショップに入って小休止する。拭けどもふけども汗が止まらない僕を見て、すごい汗だね、と不思議そうに言う母。その時点で、彼女の記憶には御苑の散策がない。あるいは、あっても言葉にならない。すしもあんみつもない。シロップを二つ入れたアイスコーヒーに満たされている。 母の記憶に残らないことに汗を流す自分。刹那よりは長い時間の対話が成り立つからいいのだが、母はさほど長く記憶することができない。いつしか、それでいいと思うようになった。母の記憶の代わりに写真を撮る。
雑題: 自分の首(議席)が大事です
「十増十減」に反論・反対 地元は、県議、等の議員に任せて、国会議員は、彼等の要望を踏まえて、国政にあたればいいのでは…。 "合区"になって、どこに支障が生じるのだろうか ? 合区地域を取り仕切れない方達が、国政レベルの対策・処理に、滞りなく対応出来るのだろうか ? 要は、有権者、一人ひとりの権利は平等なのに、合区対象議員の数倍の得票を得ながら、落選する状況を、どの様に考えているのだろう ? 同党の最近の主張に、「時代の推移により、環境も変化している。その状況に合わせるべき。」がある。 是非、この件でも、「直ちに、適切に対応を」と願いたい。
Mapping a cosmopolitan town
2015年3月1日現在の新宿区住民基本台帳にもとづく外国人と日本人の世帯数と人口をもとに、下の表を作成しました。世帯数または人口に対する外国人比率が10%以上の町丁をピックアップし、いずれも10%未満の町丁は「その他」として、ひとまとめにしました。 百人町1丁目・2丁目と大久保1丁目・2丁目が世帯数、人口ともに外国人比率が4割前後で、他の町丁と比べ際立って高いのが明らかです。僕は毎日、百人町に通っています。 町丁名 外国人 世帯 人口計 世帯総数 人口総数 外国人 世帯比率 外国人 人口比率 南元町 141 154 1,273 2,276 11.1% 6.8% 新宿1丁目 299 355 2,932 3,977 10.2% 8.9% 新宿2丁目 94 108 889 1,206 10.6% 9.0% 新宿3丁目 10 17 110 164 9.1% 10.4% 新宿5丁目 239 291 1,939 2,516 12.3% 11.6% 新宿6丁目 406 522 2,851 3,969 14.2% 13.2% 新宿7丁目 …
雑題: 自分さえよければ
傘をしづくで返す律儀者 柳多留 雨降りに傘を借りたら日に干して返す。 これが江戸の礼儀だったらしい。 当時の傘は紙張りだから、濡れたままだと傷んでしまうからだ。 ところが、何でも借りたらすぐ返す律儀者(?)が、濡れたまま返してきた。 相手のことに配慮できない、誰かさんみたいですね! まぁ、借金返済なら、大歓迎だが…
雑題: 親(指導者)の問題では
「生徒たちの無限の可能性を、大人の一方的な考えで摘み取ってしまってよいのでしょうか。 」のご指摘には一理ありますが、一方、時節柄、教育内容に対する、公的組織からの、"過度の介入"を危惧する行動も理解出来る。 要は、親(指導者)が、子どもに対し、何れだけ寄り添えるか、導くことが出来るかでは…、日頃、社会情勢に関し、大人として、何れだけ真剣に考え、取り組んでいるか…、子どもに、"親(指導者)の背中"を見せてきたかが、問われているのではないでしょうか。 だから、募集という形式で、親の判断に委ねている。 ただ、この記事からは、背景が把握出来ないが、当方も、手順を踏まずに、いきなり「演習見学」なら、反対ですね。
雑題: これでいいのか
条文の"存在意義"は了解しているが、 彼等(議員、等)の行いは、許し難い。 "ヤジ"をとばし、語りながら騙っている。 要は、国民の問いに、答えていない。 米国での「聖書」とは申しませんが、 例えば、「八百万の神・等」に誓って、 真実を述べさせる事ができないのか…
そば屋と井之頭公園
荻窪駅から車いすを押して15分ほどのところにある老舗のそば屋、本むら庵に行った。せいろを半分ほど残した母がそば志るこを食べたいと言うので、注文すると、母は舌鼓を打ってほとんど全部平らげた。「おいしい、これなら3杯食べられる」とご満悦だった。近ごろ、こういう他愛ないことをありがたいと思うようになった。 昼食のあと、荻窪からまた電車に乗って吉祥寺へ行き、井の頭公園の入り口近くにあったコーヒー店をめざしたが、店はなくなっていた。5年以上前に店主が亡くなり、コーヒー店を閉めたそうだ。人が亡くなるというのは、こういうことなのだ。池畔で水彩画を描く老人が、その店主を思わせた。
雑題: 願わくは花のしたにて
「生きているかぎり、 自分で自分を育てて いかなければなりません。」 引き出しを増やしたい、そして、なかみを満たしたい。 結果的に"がらくた"の寄せ集めだったとしても…。 「願わくは花のしたにて春しなんそのきさらぎの望月のころ」 予定通りにはいかないけど…。
クルマのお祓い
コンビニと並んで日本各地にあまねく存在するものの一つに神社がある。そこで行われている儀式の一つがクルマのお祓いだ。先日、ある神社の境内に入ったら、本殿のど真ん前にクルマが乗りつけられていて、少なからず驚いた。お祓いを受けるためだったのだ。 歴史的な経緯を考えれば、クルマはトツクニ(外ツ国)から渡来したものだから、崇め奉るのは当然かもしれない。そこに交通安全という現世利益が結びついたと考えれば、このお祓い儀式もコンビニ教の枠組みに納まるわけだ。
50年ぶりの善福寺池
母を乗せた車いすを押しながら、西荻窪駅から善福寺公園の上下の池、井草八幡の周辺を散策した。僕と妹が通った井荻小学校、井草幼稚園、級友たちの家々はあるが、僕の家族が住んでいた社宅はなかった。母の記憶の奥底に沈んでいるのだろうか。 善福寺池がよく整備されていて、ありがたかった。樹々に囲まれマコモ(真菰)が群生する下池(写真↓ 子どものころは「新池」と呼んでいた)に魅了された。東京都の公園管理に感謝しなければなるまい。 認知症が進行している母にとって50年ぶりの訪問だったが、母の記憶は確かだった。西荻窪駅、よく通った小路、地蔵坂、そば屋、荻中、井荻小学校、十有余年くらした家、家の裏手にあった畑、井草幼稚園、井草八幡、善福寺池など。「蓮池を前に過去世と遊ぶ母」 蓮華の向こう、樹々の手前にマコモが見える。マコモの英名は Manchurian wild rice だそうな。満州は45年前に母と別れた父が大学時代を新京(いまの長春)で過ごし、祖父が若くして事故死した地である。祖母は、夫が馬賊に殺されたと言っていた。僕はそこで酷く酩酊したことがある。