大阪夏の陣、終わる(1615/5/8) 「真田丸」で話題の、真田幸村らが相次いで戦死し、命運の尽きたことを覚った淀君・秀頼母子は、この日、大野治長らとともに自害し、ここに豊臣氏は、わずか二代にして滅んだ。 " いかりそう " 花弁は四個で、下部は2㎝ぐらいの長い距となって、突き出て" 錨 "の形に似ていることから、この名がある
雑題: 白頭翁(うばがしら)
土の香のなにかたのしく翁草 飯田 蛇笏 宮沢賢治の童話「おきなぐさ」ではウズノシュゲという名前で話される。 "おじいさんのひげ"ということらしい…。
雑題: 立夏・端午
風はらむ熊谷草の花の母衣 吉田 朔夏 源平合戦の熊谷直実のせおった母衣に似ていることからの命名らしい。
Anna Maria Staśkiewicz
Today, I had a chance to listen to Antonio Vivaldi's piece entitled four seasons played by the Polish national chamber orchestra led by Anna Maria Staśkiewicz, the violinist. It was so moving that I was almost to weep at the first movement of the autumn. With regard to Anna Maria Staśkiewicz I found the related …
黒部渓谷
新緑の黒部峡谷をトロッコ列車が走っていく。冷たい風を截りながら走っていく。往復2時間のトロッコ旅行、その約半分は鉱山の坑内のようなトンネルだ。 断続するトンネルを抜けると、峡谷沿いの新緑のなかを走る。緑の濃淡で彩られた風景がみるみるうしろに遠ざかっていき、しばらくするとまた暗闇に吸い込まれる。 この明暗交替が新緑の明暗を引き立てるのだろう。列車の揺れと明暗交替のせいで、乗客はみな新緑に酔ってしまう。
雑題: 母と子
「つないでゐたはずの手と言う かなしみは悔やむ心のかたちに残る 今野 寿美」 親は子どもの手をしっかり握っていなくてはならない。 そして、周りの人々は目線で追い、見守らなければならない。 "結び目"を巡らしましょう…。
雑題: 灌仏会(花供養)
大休みのなかから、うまれてきて 小休みに 中休みをまぜてやりつづけ さいごにまた 大休みにかえっていく まど・みちお 道のべの神に仏に水温む 黛 まどか 今日の鮠今日の川瀬に游びをり 森 俊人
雑題: 分去れ
入学式、入社式・異動、等と、新たな旅立ちの時。 状況は、希望通り・予定外と異なるが、仮に、不本意な成り行きとしても、ご自分が決めたことでは…。 他に、責任転嫁することなく、歩んで欲しいものです。 「崖(はて)は、崖ない」 人生は旅に例えられるが、ご自分の精進の積み重ね(日々)が、最終的な成果となる。 難儀な事が待ち構えているとは思いますが、納得の日々を過ごされる事を祈ります。
早春の奥多摩
奥多摩の山々を歩いた。8月から米国に行く娘と二人、早春の奥多摩の山々を歩いた。 毎週のように歩いた20代後半、水根(Mizune)の先生ご夫妻を訪ねて通った30代、青梅(Ome)に足がかりを得て遠く望んだ40代、奥多摩の山々は僕の恋人であり、親だったのかもしれない。 御嶽(Mitake)からバスでケーブル下まで行き、ケーブルに乗った。歩き始めたのは午前8時半ごろ。御嶽山(Mt. Mitake)、大岳山(Mt. Odake)、鋸山(Mt. Nokogiri)を経て御前山(Mt. Gozen)に着いたのが午後2時ごろ。 惣岳山(Mt. Sogaku)から大ブナ尾根を経て、延々とつづく急坂をくだつて奥多摩湖畔に着いたのは午後3時50分。バスの時間をめざしてダムの上を走ったが、数分の差で乗れなかった。手違いで弁当を調達できず、菓子類を食べながら、ほとんど休むことなく歩きつづけた7時間半。 20代から50代を通じて、年に何回か水根の庵に泊まり、先生ご夫妻の母屋の縁側にすわって遠くの山々と対話したものだ。久しぶりだなあ、どうしていたんだ、といつもやさしく迎えてくれた御前山。その山のクマザサの道を歩いた。 2日経ってまだ筋肉痛が残っているが、何てさわやかなのだろう。ありがとう、奥多摩の山々。ありがとう、誕生祝い。 小河内ダムの向こう、山の中腹に水根の部落が見える。先生ご夫妻が他界されて2年になる。
雑題: 芽吹き
「春」という漢字は、"地面"から"芽"を出そうとしている姿の、象形文字らしい。 此は、議員にも例えられるのでは…。 地面(国民)が豊かに耕されていないと、作物(議員)も良くは育たないだろう。確かに、不出来を環境(世界・経済状況)のせいには出来るが、其を踏まえて耕作するのが農作業者(有権者)な訳で、作物(議員)の出来不出来は、最終的には、農作業者(有権者)の責任となる。 此からが農繁期、田畑の"土づくり"、苦労は絶えないと思いますが、豊かな収穫(望ましい人材の発掘)を目指して精進しませんか…。
the Last Empress, a Korean musical
https://www.youtube.com/watch?v=lWNo5h8WhOg This song was sung at the last scene of the musical "the Last Empress". The words of the song is as follows. It's so moving and wanted to share it with you. 일어나라 일어나라 이천만 신민 대대로 이어 살아가야할 땅 한바 나아가면 빛나는 자주와 독립 한발 물러서면 예속과 팝박 용기와 지혜로 힘모아 망국의 수치 …
Brompton専用ケース
Brompton専用のスーツケースならぬバイクケースを購入した。友人のためとはいえ、己もよくやるなあ、とつくづく思う。 2001年ごろ、日本の大学等における韓国語教育の調査を実施しようとした。インターネットを使って調査したかったが、予算が約百万円不足した。諦めきれず、2ヵ月余りかけ、Excel vba を使って調査フォーム(複数ページ)をつくった。 Excel vba の知識などまったくない僕が、専門書を参照しながら、試行錯誤を重ねてつくった。毎晩、何ものかにとり憑かれたごとく、夜中の2時3時まで孤独な作業を続けた。 そんなとき、まるで当然のことのように、無償の支援をさしのべた人こそ、僕がいま届けようとしているBromptonの持ち主だ。そんな彼の望みがあれば、できる限りのことをするのは当然ではないか。
ハスキー犬のぬいぐるみ
殺風景な事務所にワシントン州立大学(UW)のマスコットだというハスキー犬の小さなぬいぐるみを置いてみた。一緒に音楽を聴いている。
bpm02
心拍数を測るのはおもしろいのだが、購入した計器は光感知方式で、センサーをはめ込んだサックを人さし指に付けなければならない。それが目立って厭だった。 1週間たつと、サックがはずれてしまった。それを固定しようとしながら、センサーを腕首に当ててもよいのではないか、と思った。問題はどうやってセンサーを腕首の脈拍点に固定するかだった。 ゴム製の腕首ベルトに穴をあけてセンサーを固定することを思いついた。8mm径よりやや小さい穴を、ゆるくならないように少しずつ削り、何度かはめて調整しながらつくった。 センサーはうまく反応した。2日にわたって確認したが、問題はないようだ。指にはめるサックの煩わしさがない。 ふと考えた。なぜメーカーはこの方式をとらなかったのだろうか。腕の太さに合わせてセンサーを固定することもできるはずだが。
Mapping Korea
下の地図は1911年に日本の地質調査局が編纂し、同年7月に大阪の財藤勝蔵が発行したものです。地図をクリックすると、pdfファイルを読み込みます。PCでご覧いただくと、周辺の漁場で当時獲れたであろう魚種も読み取れます。 この地図は90年代末に神保町の古書店で購入したものです。地図を折りたたんで入れる封筒(上の写真、右側部分が補修されている)に「地質調査局編、併合後新調査」と書いてあります。百年経った今も保存状態がきわめてよいのが不思議なぐらいです。 感想やコメントをお寄せいただければ幸いです。↓ Leave a comment
bpm01
心拍数(bpm: beat per minute)など、関心を持ったことはないが、少し前に頭がぼおっとした時期が続き、気にするようになった。 何年か前に心筋梗塞で倒れ手術で一命を取りとめた父に心拍数計を贈ったが、にべもなく拒絶されたので、自分の手首につけてみた。 静止時の僕の心拍数は75-80 bpmだが、立ったり歩いたりすると、すぐに100 bpmを超える。時々刻々と変化するのがおもしろい。 生命とはこういうものなのだな、と思う。おまえも年をとったな、と言い聞かせもする。In the midst of life, we are in death.
止まった腕時計
長年使っていた腕時計(ほかのものを使った時期もある)が止まった。数ヵ月前に電池を交換し、しばらく動いていたのに、ある朝止まっていた。 人もこんなふうにして死んでいくのだろうな。時計が止まっているのを見た瞬間、そう思った。 しばらくして、止まった時計を時計屋に持っていったら、電圧があるのに動いていないから、修理が必要だと言われた。 30年ほど前のモデルだそうで、修理代が2万円かかるという。新しい時計を買える金額だ。どうしたものか、考えが定まらなかった。 そして、結局、時計を持つのをやめることにした。たしか、丸谷才一の小説だったと思うが、腕時計は奴隷の象徴だと書いてあった。 もう、己は時間の奴隷から解放されてもいい時期だろう。腕時計を持たずとも、スマホを持つことで十分に奴隷化しているからだ。 その奴隷身分は情報の奴隷で、時間の奴隷よりも低い身分だ。そのことを、己はよく知っている。
上からの複言語主義という試み
ヨーロッパでは歴史的に国境を越えた経済活動(や戦争)があって異なる言語話者間の接触があり、複言語話者のあいだの恋愛や結婚が全域に定着していると思います。そのため夫婦間で母語が異なり、家庭内でバイリンガルの状況があるわけで、その子どもたちは必然的にバイリンガルになる。 いわば個人におけるバイリンガリズムが生じ、それが歴史的にトライ、クォード・リンガルになるわけです。そういう歴史的な基盤の上に複言語主義が成り立っていると考えられます。ここで見落としてならないのは、個人における複言語ということであり、複言語主義にもとづく体制づくりがあって、複言語化が行われたのではないという点です。 他方、日本の豊田や大田の外国人集住地域であれ新大久保であれ、日本で多言語化や複言語化を推進しようとする人びとがよく引き合いに出す地域、学校や企業などの場合は、その対象は個人ではない、地域社会であり集団です。これらの「先進的な」事例を好んで、将来のあるべき姿を見ようとするわけです。それで、他の学校や企業ないし地域に多言語の枠組みを導入して、上からの複言語化を図ろうとするわけです。 そもそも、個人における複言語化がないところに社会として複言語化が可能なのかどうか。日本では明治以来、上からの改革(維新)で教育制度から経済制度、政治制度を導入して富国強兵を図り、1945年の破局を迎えたと考えることもできます。 竹島や尖閣、北方四島などの領土紛争や拉致など未解決の問題を抱える地域間でいかなる形の複言語主義が成立するのか、させようとするのか。そういうことを主張するのは自由だし、好ましいことだと考えます。ただし、日本において漢語(普通語)、ロシア語、韓国語、朝鮮語、他のアジア地域の言語や英語を含め、複言語主義を唱えるということはどういう意味を持つのか。一部の官僚や教育・メディア関係者の自己満足に堕していないか、真摯に見直す機会があってもよいと考えます。この一文は自己批判の意味で投稿するものです。
MTBで飯能へ
1ヵ月半ぶりにMTBで飯能に行った。山のなかで寝そべって、上を見上げると、杉林の間から日ざしがさしている。子どものころに返ったようだ。 https://youtu.be/Z59e7cmWN10
トライアスロン!?
7月初め、トライアスロンに初挑戦してみようと考えている。かなり本気だが、完走(完遂)できるかどうか、大いに不安だ。 トライアスロンに興味があったわけではない。館山の松庵のブログサイトで庵主とやり取りしていて、館山で行われる自転車レースを探すうちに、代わりにトライアスロンに参加したいと思うようになったのだ。 総距離 51.5km(水泳1.5; 自転車40; ラン10)と25.75km(それぞれ半分)がある。当初はハーフを選ぶつもりでいたが、しだいにフルに参加したいと思うようになった。