6월27일 저녁 오사카성 근처에 있는 뉴오타니호텔에서 문재인 대통령과 재일동포들의 간담회가 열렸다. 원래 6시30분부터 시작할 예정이었으나, 바로 전의 한중 정상회담이 길어지면서 7분 늦게 시작됐다. 이번 동포간담회는, 오사카가 '재일동포의 수도'라고 불릴 정도로 동포들이 많이 몰려사는 곳이고 무려 8년 만에 열린다는 점에서 큰 관심을 모았다. 또 정부 차원의 한일관계가 썩 좋지 않은 상황의 행사여서 동포들이 어떤 말을 하고 …
143j 暴雨に始まり曇り空で終わったG20大阪サミット
ムン・ジェイン大統領夫妻を激しい雨のなかで出迎え、曇り空の上天気のなかで見送りました。6月27日から29日、韓国大統領が出席した主要20ヵ国地域(G20)大阪首脳会議は、私にとって暴雨に始まり、曇り空で終わりました。 写真と映像、記事だけで見ていた首脳陣の華麗な外国訪問が、いかに多くの人々の準備と努力、緻密な段取りで運営されているか、まだ2年生の総領事としてありありと実感しました。例えば、首脳たちの到着と出発、出迎えと行事、歓送迎の準備にせわしく動き回る多くの人々が努力する姿は、単に舞台上の俳優のために動き回る舞台裏の人々のようには見えません。大型行事を遺漏なく推進するために汗水流す日韓双方の関係者の尽力と労苦に対し、改めて頭を垂れ感謝したいと思います。 約2ヵ月前から内部で準備してきた行事が終わったいま、疲労感と虚脱感が押し寄せてきます。総領事として在任中になかなか経験できない大型行事を無事に終え、達成感も感じます。 今回の韓国大統領の大阪訪問で総領事館が最も準備に苦心した行事は、27日夕刻に開催された在日コリアンとの懇談会でした。日韓関係がよくないなか、8年ぶりに開催される行事であり、とりわけ準備に力を注ぎました。 できる限り在日コリアン社会の全体を代表する各界各層の人々を招き、ハーモニーの場を提示しようと試みました。韓国人としてのプライドと日韓関係の友好の必要性が浮き彫りになるような集いになることを意図しました。 幸い、全体として満足のいく行事になったと確信しています。ムン大統領は激励の辞でコリアンの痛みを癒やし、これまでの貢献を賞賛しました。コリアンたちは日韓関係悪化のなかでの困難な生活を訴えながらも、大統領の言葉に大きな拍手で応え支持の意を示しました。白頭学院建国学校の伝統芸術部の迫力あふれる公演は、在日コリアンの未来が一枚岩であることを示唆するものだったと思います。 不十分だった点がないわけではありません。ムン大統領が「いかなる困難にも揺るがない日韓友好関係の構築」を強調したにもかかわらず、安倍晋三首相に無視され、今回の会議では略式会談さえ開催されませんでした。一方で5月から北朝鮮のキム・ジョンウン委員長に「前提条件なしの対話」を強調しているにもかかわらずです。 仔細に見ると、長い準備にもかかわらず脱落したこともあり、十分にできなかったと自責の念に駆られることもあります。人の営みに100%完璧なことはない、と痛感します。それを自覚しながら完璧を追い求める姿勢が最終的にミスを最小限に抑える方法ではないか、そんなことを悟った、短くも長い2泊3日でした。
143 폭우 속에서 맞이했고, 흐리지만 좋은 날씨 속에서 환송했다
폭우 속에서 문재인 대통령 내외를 맞이했고, 흐리지만 좋은 날씨 속에서 두 분을 환송했다. 6월27일부터 29일까지 문 대통령이 참석한 주요 20개국(G20) 오사카 정상회의가, 나에겐 그렇게 시작해 이렇게 끝났다. 사진과 영상, 기사로만 보던 정상의 화려한 외국 방문이, 얼마나 많은 사람의 준비와 노력, 그리고 치밀한 절차 속에서 이뤄지는지도 '초보 공관장'으로서 생생하게 느꼈다. 예를 들어, 정상의 도착과 출발, 만남과 …
変わりゆく渋谷駅周辺
ここ数年のあいだに渋谷駅とその周辺が急速に変貌している。僕が1970年によく通過したところだ。大学への通学で半年ほど、その後、駅近くの書店で3ヵ月アルバイトしたからだ。もう50年前のことだ。 90年代半ばに夜間の大学院に通ったときも渋谷駅と表参道のあいだを歩いたものだ。とくに愛着があるわけではないが、どこか懐かしい。その駅の周辺がまったくといっていいほど変わってしまった。 自分の記憶が壊されるような不思議な感官に襲われることがある。認知症の母が家の近所を通るたびに口にする「こんな家はなかったのにね」「ここはどこなの」という言葉の感官も似かよったものなのだろう。 国道246に架かる歩道橋の上から 山手線内回り渋谷駅ホームから 上の写真の夜景
142j 二日後に迫ったG20サミット
いよいよ二日後に迫ったG20サミット。40日前、総領事館のエレベータと事務室前に掲げた準備作業カウントダウンの表示は、けさ D-2 になっていました。 D-2 の D-day は主要20ヵ国大阪サミットに参加するムン・ジェイン大統領が大阪に到着する日を意味します。 ムン大統領は6月27日から29日まで2泊3日の予定で大阪に滞在します。到着日の27日には、初の公式行事として在日コリアンとの懇談会を開催する予定です。 韓国の大統領の来阪は、2011年12月の李明博大統領以来8年ぶりです。李大統領(当時)は、野田佳彦首相(当時)と京都で首脳会談に臨んだ後、短時間大阪に立ち寄り、大阪民団本部の建物で開催された在日コリアンとの懇談会に出席しました。 韓国大統領の大阪宿泊は、1998年の金大中大統領以来、実に21年ぶりのことです。 日本全域のコリアンの約4分の1が住む関西地域のコリアンにとって、韓国大統領の久々の訪問だからこそ感慨深く、期待も大きいのです。大阪総領事館としても、滅多にない超VIPの歓迎に多忙を極めています。今週から、サミット準備のためソウルと東京から多くの応援スタッフが参加しています。 大統領の久々の大阪訪問にふさわしく、大勢のコリアンが参加する懇談会を開催する予定です。大阪の在日コリアンを中心に、東京ほかの地域を含めて全400人を招待し、8年前に比べ約二倍の規模です。できる限りコリアン社会全体を代表するよう、さまざまな分野で活躍する老若男女をあまねく招待するように努めました。 日韓の政治関係は冷えていても民間交流は温かい「官冷民温」の時期であるだけに、ムン大統領の今回の訪日には韓国内外で多大な関心が寄せられています。 大阪総領事館の全スタッフは「在日コリアンは癒しを受け、韓国政府は支持を受けて、今後の日韓関係の起点」となるような在日コリアン懇談会にすべく、最終段階の準備に当たっています。
142 카운트다운 표 ‘D-2’
드디어 이틀 앞으로 다가왔다. 출근 때 보니, 공관 엘리베이터와 사무실 앞에 행사를 준비하면서 40일 전부터 붙여놓은 카운트다운 표가 'D-2'로 되어 있다. 여기서 말하는 디데이(D-day)는 주요 20개국 오사카정상회의에 참가하는 문재인 대통령이 오사카에 도착하는 날이다. 문 대통령은 오사카에서 6월 27일부터 29일까지 2박3일 동안 머물 예정이다. 도착하는 당일인 27일에는 첫 공식행사로 재일동포들과 간담회를 할 예정이다. 한국의 대통령이 오사카에 …
過去の枠組み?
「過去の枠組みでは捉えることができない日韓の新潮流」と題した呉泰奎(オテギュ)氏の寄稿記事にある「過去の枠組み」って何だろう。
141j 過去の枠組みでは捉えられない日韓の新潮流
6月28〜29日、大阪で主要20ヵ国(G20)首脳会議が開催されます。大阪市内は今その準備で忙しくしています。日本全国津々浦々からやって来た警官が道路をふさいで安全点検をしたり、主要施設などをパトロールする姿を目にします。 ムン・ジェイン大統領もこの会議に出席するため来阪します。2011年、イ・ミョンバク前大統領が京都で野田佳彦首相と首脳会談した後、大阪に短時間立ち寄って在日コリアンと懇談会を催して以来、8年ぶりの韓国大統領の大阪訪問です。大阪に滞在するのは1998年の故キム・デジュン大統領以来21年ぶりのことです。 よく知られているように大阪は韓国と縁が深い地域です。日本で在日コリアンが最も多く集住し、韓国人観光客が世界で最も訪ねたいところ、最も多く来訪するところであり、歴史的には古代から韓国との文化交流が盛んなところです。 このような観点からも、今回のムン大統領の大阪訪問は意義深いものです。日韓においては政府間の関係が歴史問題などによって冷え切った状態にあり、ムン大統領の今回の訪問に対する関心が高まっています。 ムン大統領の大阪訪問を前に、私が1年余り関西地域を回って感じた日韓の新たな潮流について<京郷新聞>に寄稿し、21日付け同紙に掲載されました。ご一読いただければ幸いです。 【京郷新聞への呉泰奎(オテギュ)氏の寄稿(翻訳)】2019.6.20. 過去の枠組みでは捉えられない日韓の新潮流 最近の日韓関係は「1965年の日韓協定の締結以来最悪」という言説が日韓の上空を転回しています。昨年10月末の韓国最高裁における強制動員労働者に対する日本企業の慰謝料支払い判決をきっかけに、日本の官僚や政治家、学者、メディアが提起し始めた、このような主張が韓国内にも広がっているようです。 政府間の関係だけをみると、最悪とまではいかないにせよ、かなりよくないのは事実です。ただし、政府間を超えた民間や地方自治体にまで視野を広げると、以前とはまったく違った様相が見えてきます。 僅か数年前までは、日韓関係は政府間の関係が冷え込むと、民間交流も地方自治体の交流も中断されることが不文律のようになっていました。ところが、最近は政府間関係が冷えても民間までは冷えずに温かい、「官冷民温」ともいうべき現象が起きています。「日韓関係は最悪論」はこのような潮流を見落としているといえます。 昨年、日韓の人的交流が史上初めて1千万人を超えました。日本から韓国に行った人295万人、韓国から日本に来た人754万人です。過去の枠組みでみれば、最高裁判決があった昨年10月末を起点に韓国を訪問する日本人の数が急落するのが常でした。イ・ミョンバク前大統領が2012年に独島を訪問した翌13年から訪韓日本人数が急落したようにです。しかし、韓国観光公社の統計によれば、訪韓日本人は昨年11月と12月に前年同期比でそれぞれ45%、33.5%増加しました。ことしも5月まで月平均約28%増え続け、3月の訪韓日本人は375,119人を数え、月間訪問者数の過去最高を記録しました。 大阪市生野区には100年前から在日コリアンが集住し、かつては全人口の約4分の1が在日だったといいます。全長500mほどのみゆき通りに面したコリアタウン商店街の両側にはキムチ、Kポップスターのグッズ、チーズホットドッグ、トルネードポテト、韓国化粧品を扱う店や韓国料理店が120店ほど軒を連ねています。曜日に関係なく10代20代の日本の若者が韓国の大衆文化と味覚を楽しもうとして押し寄せ、通行が困難なほどです。商店街が満杯状態となり、トイレの処理能力が追いつかない、と店主たちは悲鳴をあげています。 先月28日、大阪市付近の豊中市にある韓国語教育が盛んな専門学校を訪問しました。この学校は15年前に僅か4人の受講生で韓国語科を開始したそうですが、いまや6つの専攻科目を有する学年定員300人に対して、1年生は全体の60%、2年目は40%が韓国語科の学生になっています。ことしは韓国語科の志願者10人ほどが施設収容能力のため入学できなかったほど、韓国語の人気が年々高まっているというのです。かつて韓国語を学ぼうとする学生は親を説得するのが難かしかったのに、今はそんな親は稀だと学校の関係者は説明しています。 地方自治体の関係者も異口同音に政府間の関係が悪い時期だからこそ自治体の交流を強化しようと言います。このような現象は、明らかに以前とは質的に異なった日韓交流の新たな潮流です。既存の官僚や政治家、メディアや学者たちには捉えられない水面下で、大衆文化と双方に対する多様な好奇心に根ざし、確たる価値観を持った若者たちが、もはや逆流しようのない双方向の交流を作り出しているのです。その間口があまりに広くて深く多様なため、全貌を把握するのさえ難しい状況にあります。 日韓の新たな潮流 もちろん「民温だから官冷のままでよい」と言うのではありません。官は、これらの潮流がさらに進展するように支援しなければなりません。今月 28〜29日に大阪で開催される主要20ヵ国(G20)首脳会議にムン・ジェイン大統領が出席します。韓国大統領として8年ぶりに訪問する大阪は、日本で在日コリアンが最も多く住む地域であり、日韓交流の歴史が最も古く、韓国人観光客数が最も多いところです。両国政府が日韓交流の中心地・大阪において新潮流に沿った新たな友好協力の里程標を打ち立てることを期待してやみません。
141 1년여 동안에 느낀 한일관계의 새로운 흐름 [경향신문 기고]
6월28~29일 오사카에서 주요 20개국(G20) 정상회의가 열린다. 오사카 시내는 지금 그 준비로 바쁘다. 여기저기 전국에서 올라온 경찰들이 간간이 길을 막아놓고 도로 안전 점검 등을 하거나 주요 시설 등을 순찰하는 모습을 볼 수 있다. 문재인 대통령도 이 회의에 참석하기 위해 오사카에 온다. 2011년 이명박 전 대통령이 교토에서 노다 요시히코 총리와 정상회담을 한 뒤 오사카에 잠시 들려 동포 …
神保町の書店
1970年に授業料滞納で大学を追い出され神保町S通りのU書店2階にあった学院で数ヵ月中国語を学んだ。その後2年間、神保町のS書店に勤めながら独学で韓国語を学んだ。当時から50年近く経つが、S書店は薄暗い店内の周縁部に飾り程度に本を並べるブックカフェに変貌していた。 英文図書専門のK書店の1階は子どもの本専門のブックカフェになっていた。これを時代の変化というのだろうか、あるいは単に僕が年をとったということだろうか。
140j 金時鐘氏の生誕90年・渡日70年記念シンポジウム
6月16日(日)、在日コリアン詩人金時鐘氏(1929-)の生誕90年と渡日70年を記念する国際シンポジウム「越境する言葉」が開催され、金時鐘氏の招待を受け参加しました。 会場がちょうど家から近い大阪大学の中之島センターだったので、昼食をすましてからゆっくり歩いていきました。午後2時からのシンポジウムだというのに、開始30分前には同氏を敬愛する日本人と在日コリアンが会場を埋め尽くしていました。 金時鐘氏は、日本で活躍している在日コリアンの詩人のなかで最も広く知られ評価されています。大学で彼の詩を研究して博士号を取得した人や、いま博士論文を執筆中の人もいるといいます。金時鐘氏の評価は日本より韓国で高く、数年前から同氏の詩やエッセイなどが活発に韓国語に翻訳され出版されています。 金時鐘氏は、済州島四・三事件(1948-54)と切っても切れない縁を持っています。日本に四・三事件と関連した小説家として『火山島』の著者金石範氏(1925-)がいるとすれば、詩人として金時鐘氏が挙げられます。四・三事件に関与した同氏は1949年5月26日、済州島から密航船に乗って日本に渡り、6月6日ごろ神戸近くの海岸に到着したそうです。その日をシンポジウム開催日にした旨主催者から説明がありました。 シンポジウムでは日本語で詩を書く在日コリアン詩人金時鐘の詩の世界を「辺境」という視点から多角的にみる試みが行われました。若い在日コリアン詩人のチャンジョン氏は「金時鐘の詩が私の心の支えだった」とし、「在日韓国人の言葉としての日本語」に注目しました。日本人の日本語ではない、在日の言葉としての日本語で書かれた詩が日本でも韓国・北朝鮮でも独自の優れた詩の世界を形成しているように思う、と述べました。 シンポジウムの最後に金時鐘氏が講演を行い、過去の歴史を無視する日本社会の現実を批判し、自作の詩をいくつか暗誦しました。齢(よわい)90歳にもかかわらず、力強い声で時にウィットを織り交ぜて話す姿に聴衆も拍手で応えました。 シンポジウムの冒頭、私は金時鐘氏に初めてお会いしたときに受け取った『朝鮮と日本に住んで』韓国語版に同氏が「故郷がいつも海の向こうにある者にとって、いつしか海は願望でしかなくなった」という文を書いているが、いつかその願望が海を渡り、故郷に届くことを願うと述べました。 一人の詩人の存在と詩と言葉がいかに世界を刺激し変化させられるかを痛感した行事でした。
140 시인 김시종씨의 탄생 90년과 도일 70주년을 기념하는 심포지움
일요일인 6월16일, 재일동포 시인 김시종씨의 탄생 90년과 도일 70주년을 기념하는 국제심포지움 '월경하는 언어'가 열렸다. 김 시인의 초대를 받아, 나도 참석했다. 마침 장소가 집과 가까운 오사카대학 나카노시마센터에서 열려, 점심을 먹고 슬슬 걸어갔다. 오후 2시부터 심포지움이 시작했는데, 30분 전부터 김 시인을 좋아하는 일본인, 재일동포들이 회의장을 메우고 있었다. 김 시인은 일본에서 활약하고 있는 재일동포 시인 중에서 가장 널리 …
139j データサイエンス学部を有する国立総合大学の滋賀大学
6月13日、大阪から120キロ離れた彦根市を訪ねました。片道2時間の予想が、途中の道路工事と交通事故による渋滞がひどく、往復5時間道路上という疲れる旅程でした。 彦根は日本最大の湖、琵琶湖北部の東側にある都市で、江戸時代には江戸(東京)と京都を結ぶ中仙道と東海道が合流する要衝の地でした。江戸幕府の大老として日米修好通商条約(1858)により開国を断行した井伊直弼(1815-60)の出身地でもあります。彼が藩主だった近江彦根藩の城、彦根城が高くそびえています。壬辰倭乱(1592-98 日本では文禄慶長の役)の後、朝鮮通信使が江戸に赴く途中に宿泊した地としても知られています。 彦根訪問は、ここに本部キャンパスを有する滋賀大学が目的でした。日本では都道府県ごとに一つの国立総合大学があり、滋賀大学は滋賀県にある唯一の国立総合大学なのです。 滋賀大学は教育学部・経済学部・データサイエンス学部の3学部と大学院を含む学生4千人程度の大学です。教育学部は県庁所在地の大津市、本部は経済学部とデータサイエンス学部がある彦根市にあるため、遠路はるばる彦根に出かけたのです。この日の滋賀大学訪問で大阪総領事館の所轄区域にある国立総合大学をすべて訪ねたことになります。 位田隆一学長はとても熱心に大学の説明をされ、百数十年の伝統を誇る教育学部と日本最大規模の経済学部よりも、2017年に新規開設したデータサイエンス学部の説明に大半の時間を割きました。 日本の国立大学のなかで情報学と統計学を合わせた学部は初めてであり、全国的な関心を集めているといいます。定員は学年ごとに100人に過ぎませんが、北海道から沖縄まで全国の学生が集まったそうです。まだ学部卒業生は輩出していませんが、ことし修士課程を開設し、博士課程もすぐ開設するといいます。数十の日本有数企業と連携した教育にも力を注いでおり、同学経済学部を卒業して業界で活躍する中堅経済人から多くの支援を受けているそうです。カタカナ表記の学部を有する唯一の国立大学という説明も忘れませんでした。いかにデータサイエンス学部に傾注しているかありありと感じることができました。 滋賀大学は、韓国の啓明・大田大学と交換学生派遣などの交流をしており、データサイエンス分野では最近、崇實大学と交流しているとの説明もありました。将来、データサイエンス学をはじめ、韓国の大学と活発な交流をしたいと位田学長は意欲を見せていました。
70年代のKフォーク
70年代前半、韓国企業の東京支社に勤めていたころ、レコードでくり返し聞いた韓国フォーク歌手の歌を聞いている。現在の心境を映し出しているからだろう、歌詞の一句一句とメロディが僕の胸ぐらを抉るように響く。つゆの季節、ウサン(雨傘)ウサンと叫びながら路上を走っていた少年やミョンドンの薄汚れた路地を歩く迷彩服の若者が目に浮かぶ。僕にとってソウルの原風景だ。 いま日本の高校生たちがBTS(防弾少年団の略称)を聞いて泪(なみだ)し、歌詞で韓国語を覚えるように、僕は70年代のKフォークソングを聞いて韓国に引かれ、独学で韓国語を学んだ。当時くり返し聞いた曲が、それから45年過ぎ70歳を眼前にした老人の胸に響く。音楽とそれとともに思い出される心象風景、記憶って不思議だ。 https://www.youtube.com/watch?v=Q-gY6WzB8Ks https://www.youtube.com/watch?v=ICeMfRyBSQc
139 시가(滋賀)현 히코네(彦根)시에 있는 국립 시가대학
6월13일 오사카에서 120여 킬로미터 떨어진 히코네를 다녀왔다. 편도 2시간 정도 걸릴 것으로 예상했는데, 중간에 도로공사도 하고 있고 교통사고로 인한 정체도 심해 왕복 5시간을 길위에서 보낸 힘든 일정이었다. 히코네는 일본에서 가장 큰 호수인 비와호 위쪽의 동편에 있는 도시로, 도쿄(에도)와 교토를 연결하는 도로인 나카센도와 도카이도가 만나는 교통의 요지이다. 에도시대 막부의 다이로(大老)로서 조미통상조약을 통해 개국을 단행한 이이 나오스케의 …
138j G20首脳会議にちなんだ韓国文化公演の第二弾
6月28〜29日に大阪で開催される主要20ヵ国(G20)首脳会議にちなんで大阪韓国文化院が企画した韓国文化公演の第二弾が12日に開催されました。 大阪韓国文化院と大阪民団が合同で韓国の国立民俗国楽院を招聘し、西梅田のサンケイホール・ブリーゼ(900席)で「千年の音(こえ)、千年の仕種(しぐさ)」と題した公演を行います。G20首脳会議にちなんだ文化公演は、5月17日に開催したオペラ歌手チョ・スミと京畿(キョンギ)フィルハーモニー管弦楽団を招いて行った「チョ・スミと共に、大阪に響く日韓ハーモニーのメロディー」に続く第二弾であり、今回が最後の行事です。 前回と同じく今回も大成功でした。器楽合奏のシナウィ(俗楽の一つ、南道の巫楽)から<パングッ(農楽)と小鼓舞>まで七つのプログラムが90分、休憩なしに演奏されましたが、時の経つのも忘れて没頭しました。扇の舞と伽倻琴の並唱<燕の路程記>、南道民謡<米搗き打令(京畿道の通俗民謡)>の演奏中は、観客席から自然と喊声や拍子に合わせた拍手が起こりました。そして、サムルノリ(農楽)の演者の爆発的なエネルギーは会場を圧倒しました。 公演が終わって帰る人々は親指を立てて賞賛し、口々に「最高だ」ともらしていました。会場の半ばほどを埋めた在日コリアンの感動したようすがとりわけ印象的でした。 今回の連続公演は、G20大阪首脳会議を控え韓国の高度の文化を韓国と関係が深い関西地域に招聘し、文化交流を通じて日韓友好に貢献しようという意図で企画されたものです。日韓政府間の関係が歴史問題をめぐってあまり良くない状況にり、双方の市民の心をつなぐ文化交流がこれまで以上に必要なときでもあります。 今回の企画の成功には大きく二つの要因があったと考えられます。 一つは韓国で最高レベルの公演団を招いたことです。文化交流が他の分野より相手国に抵抗なくスムーズに届くとはいえ、レベルが高くないとかえって逆効果になることがあるからです。 もう一つは、大阪地域の特性とニーズを反映した公演だったためだと思います。大阪には在日コリアンが日本で最も多く住み、古代から韓国との文化交流が濃密な地域です。他方、東京に比べて高度の文化交流事業が法外に少ないのです。このような事情が韓国から来た高度の公演に熱狂的に反応した背景にある、と私は考えています。
138 오사카문화원이 기획한 ‘천년의 소리, 천년의 몸짓’
6월 28~29일 오사카에서 열리는 주요 20개국(G20) 정상회의를 계기로, 오사카문화원이 기획한 '한국문화 공연' 제2탄이 12일 열렸다. 국립민속국악원을 오사카민단과 함께 초청해 니시우메다의 산케이홀브리제(900석 규모)에서, '천년의 소리, 천년의 몸짓'이라는 제목으로 공연을 했다. G20 정상회의를 계기로 한 문화공연 행사는 5월17일 조수미씨와 경기필하모닉오케스트라를 초청해 연, '오사카에 울려퍼진 한일 화합의 멜로디'에 이은 두번째이자 마지막이다. 결론적으로 말하자면, 첫 행사도 그랬지만 이번 행사도 …
137j 駿台観光&外語ビジネス専門学校の韓国語科が大人気
5月28日、じめじめした雨が降るなか、大阪府豊中市にある駿台観光&外語ビジネス専門学校を訪問しました。 この学校は、予備校(韓国の大学入学学院に相当)を中心に幼稚園から大学まで設ける学校法人駿台学園が運営する専門学校です。駿台予備校は、名門大学に多くの学生を進学させている日本で十指に入る予備校です。韓国で大学入試が厳しかったころの鍾路学院、大成学院と同じです。 駿台専門学校は2年制の学校で、エアラインクル-・ホテル・結婚・鉄道・英語・韓国語科を設けています。学生数は学年ごとに300人、全学で600人です。これら6科のなかで韓国語科が特に人気が高いそうです。1年生は全科目の60%に相当する180人、2年生は36%の116人が韓国語科の学生なのです。今年の入学希望者中10人は教室不足で入学できなかったといいます。 この学校の韓国語科が人気を集めたのはそう古くはないそうです。韓国語科のジョンソンウク部長は「2003年ごろ韓国語科を開設したとき学生はたったの4人」で、2012-13年ごろから急増したと振り返ります。和下田俊一校長も、最近の日韓関係は悪いのに、韓国語を学ぼうとする若者、とりわけ女性の熱気が高いと述べました。 日韓政府間の冷えた関係、日本のメディアの伝統的な韓国批判報道にもかかわらず、民間レベルで起きている韓流の勢いをここでも確認できました。 以前には見られなかったこのような現象がなぜ起きるのでしょうか。この学校の教員は第一にK-POPをあげました。K-POP好きの若年層が自然と韓国語を学ぶ意欲を持ったようで、スマホとSNSの力も大きいといいます。他の人やメディアに依存しないで、自ら直接情報を得るため、一般世論に左右されないで自分の好きなことをするというのです。 日韓の民間交流が活発化し、韓国語を活かした就職がしやすくなり、低価格の航空券が普及して韓国を体験する機会がふえたことも影響しているようだといいます。 もう一つ注目すべきことがあります。以前は学生が韓国語を学ぼうとしても、親を説得するのが難しかったのですが、最近は親が学生の決定を快く受け入れるようなのです。和下田校長は、子に勝てる親のいないことを実感するといいます。なお、韓国語科の学生の約半数が関西、残りの半数が沖縄をはじめ他の地域の出身者だそうです。韓国語を学ぼうとする熱気が特定の地域に限定されていないことを示しています。 韓国語を学ぶ学生の熱気を後にして雨の降る外に出ました。世の中には、既存の考え方や観念の枠組みでは捉えられないことが多々あることを改めて感じます。だからこそ、デスクより現場が重要なのでしょう。
あわや大事故に
Hと一緒に御岳山から大楢峠を経て鳩ノ巣に久々のMTB山行に出かけた。大楢峠からアメリカ村に下るルートは3-4回走っているし、急峻な細い道が続くことはわかっていた。 吉野街道沿いの寒山寺駐車場にクルマを停め、ケーブルの滝本駅まで急勾配の道路を登っていった。滝本駅から自転車とともにケーブルで御岳山駅まで行き(片道560円、自転車290円)、 御岳山駅から自転車で御岳神社の横を通って大楢峠方面に行く角を曲がった。その曲がり角に茅葺き屋根の家がある。それを写真に納めて大楢峠に向かう。 なつかしい急峻な細い山道が僕を迎えてくれる。誰一人ハイカーのいない新緑に包まれた山道を走るのは爽快そのものだ。鳥たちのさえずりがいつになく高らかに響いていた。 御岳山→日の出山→大楢峠 - https://wp.me/p3g92r-ub 今回のMTB山行はひとつ気になることがあった。MRI検査の結果、腰椎椎間板ヘルニア・腰部脊柱管狭窄症と診断され、右脚のひざ下のしびれ(部分的な麻痺)がひどくなっていたことだった。踵(かかと)を基点に右足の指先を上げようとしても上がらない状態だったからだ。ただ、踏み込むことはできたから、自転車のペダルを押すのは問題ないだろうと高をくくっていた。 ところが、右足で踏み込む力もかなり落ち込んでいたのだ。茅葺きの家を過ぎて10分ほど走ったろうか。いつもなら楽に登れるはずの登りに差しかかってペダルを踏みこんだが、右のペダルを十分に押せない。 むりに押し下げようとしてバランスを崩したと思った瞬間、右側の崖に自転車ごと頭から転落した。自転車は3mぐらい下で止まったが、僕は大きく投げ出されて空中を回転し、ヘルメットを被った後頭部を岩に強く打った。 続いて3回か4回後転するように転落し、肩や臀部を岩にぶつけながら自転車より10mぐらい下で止まった。はじめに後頭部が岩に当たったとき、ヘルメットと岩がぶつかる音と同時にシーンという音を聞いた。その後転げ落ちるあいだ大小の岩も落ちて僕に当たった。 意識はしっかりしていたので、落下が止まるとすぐ左右の腕を動かし、続いて両脚を動かして、自分で動けることを確かめ、登り始めた。Hが上から叫んでいた。あとで体を見ると、脚、腕、腰、肩など、いたるところに痣(あざ)と擦り傷ができていて、痛みを覚えた。 [転落した地点の写真] 写真ではさほど急に見えないが、実際にはかなりの傾斜だ。左(上)の写真の自転車と見比べると、ほぼ真っ逆さまに転落したことがわかる。山道脇が崩れているところから転落した。右(下)の写真の土砂の下あたりで自転車が止まったあと、僕は放り出されるように転げ落ちて、下方の杉の木あたりでようやく止まった。落下した斜面は涸れ沢のようになっていて、大小の岩が転がっている。 少し休んだあと、Hは御岳山駅に戻るように言ったが、僕は体は動くから大丈夫だと言い張り、予定のルートを進んだ。自転車に乗ると、右手親指の付け根が腫れてひどく痛み、ハンドルを握れない。ハンドルの上に右手を置き、何とかブレーキをかけられるようにして走った。転落したことでさらに体のバランスが取れなくなっていたものの何とか走りつづけた。
137 도요나카시 슨다이 관광・외국어비지니스 전문학교
5월28일 비가 추적추적 내리는 가운데 오사카 부근의 도요나카시에 있는 슨다이 관광・외국어비지니스 전문학교를 방문했다. 이 학교는 예비교(한국으로 말하면 대입학원)를 중심으로 유치원에서 대학까지를 두고 있는 학교법인 슨다이학원이 운영하는 전문학교이다. 특히, 슨다이 예비교는 명문대학에 많은 학생을 진학시키고 있는, 일본에서 손에 꼽히는 학원이다. 우리나라로 치면, 한창 대입시험이 치열할 당시의 종로학원, 대성학원과 같다고 보면 될 것 같다. 슨다이 전문학교는 승무원, …