小説を書き上げたというのに、どこかすっきりしない日々が続いている。小説を書いた者は死ぬまで書き続けなければならない、そんな圧迫感すら感じる。 小説に限ったことではないだろうが、文章を書くことで自分の考えや感情の揺らぎを他人のそれのように客観できる。70歳にしてまだそんなことを、という声が聞こえてくるが、これは年齢に関係ないことだろう。とにかく、小説を書いて見えてきたことを箇条書きしておこう。 父親の転勤で幼少期と高校の一時期を過ごした地方の記憶とそれ以外の大半を過ごした東京郊外での少年時代の記憶の断片通過者意識が形成された三十代後半と習作の執筆 A View of the Valley高校生の僕を仏教世界に誘い込んだ宮澤賢治の詩と母親の信仰十代後半に引かれた在日と隣国への思い、Minjin Lee's "Pachinko" の客観的な叙述の斬新さ残酷に迫ってくる老い、親しくしていた人々との死別日本社会の変化と日本人の無変質、人々の内部に浸透したテクノロジーと近視眼的な見方の氾濫コロナ禍が映しだす日本と世界の現状をどう捉えるかという課題
魚を「うを」と読んでほしい
サイトの題名を「いつか名もない宇乎(うを)に」とした。萬葉がなの調査結果を公表する試作万葉仮名一覧によれば、「う」は 宇・烏・有・于・得ほか、「を」は 乎・小・緒・矣・遠・尾ほかが頻出するという。 小説のタイトル「いつか名もない魚(うを)になる」にある魚という字を「うを」と読む人は少ないと考え、いろいろ工夫しましたが、「いつか名もない魚(うを)になる」にしました。
閔甲完の自伝「百年恨」
ライフワークだと考えている閔甲完『百年恨』 민갑완 "백년한"の和訳をサイト上に発信しようと思う。複数の人の協力を得て和訳したものをこのまま埋没させるわけにはいかないからだ。11月から原稿の推敲を始め、来年から節ごとに掲載する予定です。 これまでに何度か活字にする試みを行い、自費で出版する以外に方法がないということがわかった。自費出版の意味を認めないわけではないが、自分としては納得できない。閔甲完の自伝を世に問う方法ではない、と思うからだ。[memorandum 2016/09/14]
A Korean diplomat (1)
A Korean diplomat in Japan の制作運営を支えてきた問題意識を記しておく。2020/02/03 メモより 日韓の多くの人々が持つ相手側に関する僻見や偏見は中高生の段階で固定されるようだ。高校時代、K-pop を通じて韓国を好きになった日本人は、社会人になってからも、個人として傍観者として現状を嘆く。その固定された見解を覆すのは容易ではないし、不可能に近いだろう。だが、誰かが僻見を改め偏見を正すことをしなければならない。私たちにできることは何で何をなすべきか。<韓日関係><日韓関係>のギャップが最も大きいのは歴史問題である。それは主に20世紀の問題であるが、関西地方には古代から近世に及ぶ歴史(問題)が遺跡として数多く散在する。日韓の歴史問題を検討する場合、関西の時間軸の長さは関東のそれに数倍する。韓国との関係の濃さにおいても、首都圏を含む関東地方は関西地方に及ばない。歴史的なスパンの長さと交流の密度の濃さを学ぶことが、日韓双方の政治家や外交官、企業やメディア関係者だけでなく一般市民にも求められている。現状はゆがんだ鏡に映った相手の像を見ているようなものだ。自分自身の姿もゆがんで見えている。韓国側から見た<韓日関係>と日本側から見た<日韓関係>がともに実像ではなく虚像だとしたら、何を基準に考えたらいいのだろう。韓国側と日本側で基本的な見方に大きなずれがある。まずは実像を伝え、虚像に惑わらせられないようにしなければならない。日韓の政治外交関係が「戦後最悪」といわれる時期に赴任した一人の韓国人外交官が管轄地域(大阪府・京都府・滋賀県・奈良県・和歌山県)でどう活動したか、その記録を、実像として伝えることで韓国側の見方を知らせることに意義がある。民間交流に意義を見出す著者や翻訳者自身、<韓日関係><日韓対立>に囚われていることを否定できない。民間交流が常に政治的な関係の対極に位置づけられているからだ。政治外交と民間交流を截然と切り離す、というより虚像と実像を峻別しなければならない。いま日韓双方に喫緊に求められているのは、中央のしがらみや利害に囚われない<多方面の地方・さまざまな立場の個人による発信>ではないだろうか。その一例として 한국통신・大阪コリア通信を発信するものである。2020/02/03
225 양국 국민들의 상호이해와 공감에 좌우되는 한일관계
조선통신사는 당시의 '한류 붐'이 아니었을까, 생각한다. 조선통신사는 임진왜란 뒤인 1607년부터 1811년까지 모두 12차례 일본을 방문했다. 정사, 부사를 비롯해 300-500명의 대규모 사절단이 부산을 출발해 에도(지금의 도쿄)까지 갔다. 통신사 안에는 관료 외에도 문인, 학자, 화가, 악단 등도 동행했으며, 8-10개월 동안 일본을 종단해 이동할 때마다 지역 전체가 들썩였다고 한다. 통신사가 지날 때마다 유행이 바뀌기도 했다고 한다. 간사이지역에도 조선통신사가 …
翻訳を考える(1)
小説や随筆を書くことは誰もが創作行為として認めるが、その小説を原作から翻訳またはその翻訳文から重訳する行為はどうであろうか。多くの人はそれを創作とは認めないだろう。最近はインターネットを介して簡便に翻訳することができ、新聞や雑誌記事の場合はある程度まで脈絡の通じる翻訳文が製造されるため、翻訳という行為の創作性は減ずる傾向にあると考えることもできる。 翻訳の創作性を考える手がかりとして、着想や構想のない状態、いわばゼロからの執筆を<全的な創作>と考えることにする。これに対しテーマや課題を与えられた場合の執筆を<部分的な創作>と呼ぶ。このように区分すると、読書感想文や評論、最近増えてきたフォトエッセイなどは<部分的な創作>になる。絵画におけるモデルの存在をどう捉えるかという問題はあるが、写実(主義、派)という言葉があるとおり、それは創作の対象として理解され、部分的な創作とはみなされないようだ。 また、翻訳に直訳と意訳という二つの訳し方があるとされている。直訳は翻訳される文章や構文に沿って訳すことをいい、意訳は翻訳する言語と文化に沿って読み手が理解しやすいように訳すことをいう。こういう二つの翻訳方法があるとする考え方について疑問を呈することもできるが、ここでは翻訳に直訳はあり得ないということだけを指摘しておく。一見、絵画における写実や具象と直訳を比較できると考えることができそうだが、まったく異なるものであって比較できない。意訳と抽象(派)を比較できないのと同様である。ただ、翻訳される文章が写実的であれば、翻訳する文章も写実的になるべきだということは言えると思う。 翻訳を考える際にもう一つ考慮すべきことがある。原文と翻訳文の言語間の距離によって翻訳の方法が大きく左右されることだ。一般的に翻訳という行為について語ることはできるが、それだけでは偏頗な翻訳論に陥りがちである。日本は19世紀から欧米の言語と日本語の関係をもとに翻訳について考えてきたが、それだけでは不十分だ。たとえば、英語と日本語に関する翻訳論と韓国語と日本語に関する翻訳論では、翻訳することの一般的な意味合いが同じであっても、その方法や内容が違う。英語と韓国語では日本語との距離(構文の組み立てや語彙の類似性や近さ)が相対的に大きく違うからである。日本語と多言語間の翻訳について十分検討する必要がある。 内容や文章の記述スタイルによって翻訳しやすいものと翻訳しにくいものがあること、翻訳できない内容があることなど多様な観点を取り入れることも必要だ。同じ原文について複数の人が同じ言語に翻訳しても、必ずしも同じ翻訳文にならないと考えることも必要かと思う。一つの文だけでなく、文章全体となれば、その違いは決して小さくないということである。二つの言語の単語や語句のあいだに一対一対応が成り立たないように、翻訳文と原文のあいだにも一対一対応はあり得ないと考えるべきである。多対一対応というわけでもないが。
224 나이 많은 민단 참석자와 젊은 비 민단 참석자의 교류
코로나 탓에 올해 계획했던 대규모 행사가 많이 취소되었다. 민단 오사카본부가 중심이 되어 5월30일 오사카성 공원 태양의 광장에서 열려던 '2020 한일 우호친선 다문화 페스타-한류 한마당'이 대표적이다. 오사카 민단은 2018년부터 실내에서 이 행사를 해왔는데, 올해는 규모도 크고 내용도 다양화해 실외에서 하기로 하고 준비해왔다. 그리고 민단뿐 아니라 지역의 청년단체와 신정주자 단체까지 포함하는 10여개 단체가 참여하는 실행위원회를 구성했다. 실행위원회에는 …
ひとり鬱に入る
応募原稿を送ったあとは解放感に浸れるだろうと予想していた。でも、そうはならなかった。達成感や充足感よりも脱力感に包まれ、一向に元気が湧いてこない。毎年、夏の終わりは体調を崩しがちなのだが、ことしは一層ひどい。 世の中をみる眼が少し変わっただろうか。通りを歩いていても電車のなかで立っていても、視野に入ってくるものはすべて、この小説に描いた枠組みにはまってしまう。本当は自分の枠組みを押しつけているだけなのだが、そうは考えない。それにしても、いま乗っている電車の車内を見回しながら、つくづく思う。みんな「手のひらを見つめて」いる、と。 果ては自分を認知症患者に仕立てて悦に入るわけではなく、鬱(うつ)に陥(おちい)っている。そういえば、若い人たちを見る眼が少し老人らしくなってきた。もともと助平(すけべい)だから変わらないともいえるが、その度合いが少し深まったかもしれない。嗤(わら)えるなあ。 なぜ、凭也は電車を伽藍に見立てたのだろうか。電車の発車を知らせるオルゴールのメロディがなぜ宗教的な意味を発信している、と考えたのだろうか。もしかしたら、一度小説を書いた者は死ぬまで書き続けなければならないのかもしれない。ひとり鬱(うつ)に入(い)る。
223 민단 오사카본부의 ‘나카자키 하나 보육원’ 기공
민단 오사카본부가 지역에 사는 아동을 돌보는 보육원 사업을 시작한다. 보육원 이름은 '나카자키 하나 보육원'이고, 운영 주최는 민단 간부 등이 이사를 맡은 '사회복지법인 하나 모임의 집'이다. 민단 오사카본부 건물 옆의 주차장 부지에서, 9월23일 보육원 기공식(일본식으로는 지진제)를 했다. 민단 간부와 오사카한일친선협회 관계자, 공사 관계자 등 50여명이 참석했다. 기공식은 순수한 일본식으로 진행되었는데, 식을 집전한 사람에 따르면 고분시대로부터의 전통이라고 …
異界を考える
自宅から歩いて40分ほどのところに義母の墓があり、年に何度か足を運ぶ。そのたびにところ狭しと並んだ墓石を見て、いつか墓地の面積が宅地面積を上回る、という少年期の疑問が頭を持ち上げる。十歳のときにキューバ危機が発生し(1960年)、第三次大戦が起きると信じていた。フランキー堺(1929-96)主演の核戦争をテーマにした映画をみた記憶がある。当時、流れ星を見てミサイルを連想した。今はむかしだろうが、僕には生々しい記憶だ。 墓はもともと権力者の権勢を死後に及ぼそうという欲望の表れだろう。一般人が墓に葬られるようになったのはいつごろからだろう。自分の墓があって地上の一区画を占めようとする、その欲望が高価で取り引きされる。残された者のためという説明もあるが、説得力を持たない。 僕自身、墓のない海洋葬を望んでいる。
大津絵の筆のはじめ
「大津絵の筆のはじめは何佛(なにぼとけ)」は芭蕉(1644-94)48歳のときの句だという(訳: 大津絵にはさまざまな仏の絵があるが、仕事初めは何の仏を描くのだろうか)。唐突になぜ大津絵かというと…数十年ぶりに酒井好古堂のご主人、酒井雁高(がんこう)氏にお会いしたのだ。同サイトにあった大津絵の画像(酒井好古堂版、写真下)に引かれ、右上に書いてある芭蕉の句に遭遇した。 (c)浮世絵・酒井好古堂 70年代初め、書店員だった僕は『歌舞伎評判記集成』の配本のたびに、帝国ホテル前の酒井好古堂に届けに行った。浮世絵の裏話などを聞くのが楽しみで、わざわざ届けに行ったのだ。その後、氏は日本浮世絵博物館設立(1982年、長野県松本市)のために東京を離れることが増え、僕が転職したこともあって遠のいてしまった。 きのう、たまたま近くに行き、お店の前を通りかかったとき、ドアを開けたら、氏がむかしと同じようにこちらを向いてすわっていた。しばし、互いに見つめ合った。そのあいだに記憶が再生されたのだろう、隣りのコーヒー店のカウンターからお店を見ながら1時間以上話し込んだ。50年近い年月がまたたく間に飛んでいった。小説のテーマそのままだ。
222 오사카 민단 주최 제75주년 광복절 기념식 개최
코로나 재유행으로 연기되었던 오사카 민단 주최 제75주년 광복절 기념식이 9월20일 열렸다. 오사카총영사관 관할 지역 중에서 교토부, 시가현, 나라현, 와카야마현 등 4개 지역은 8월15, 16일에 소규모로 기념식을 마쳤는데, 오사카부만 연기한 바 있다. 오사카 민단은 삼일절도 4개월 보름이나 연기해 연 적이 있다. 아마 오사카 민단 역사상 삼일절과 광복절 행사가 모두 제날에 열리지 못한 것은 전후후무한 일이리라. 코로나 …
潮騒とタンゴ
最後の修正は、目次(1)で「タンゴの曲と波音」としていた第三部の一節だ。ずっと引っかかっていたのだ。「潮騒・なみ・タンゴ」と修正後にプリントして読み返し、最終的には「潮騒とタンゴ」とした。ふつうはこれら二つのものに関係があるとは考えないだろう。 この短編小説は老いや認知症を扱っていることもあって暗く重苦しいムードに覆われていると言われるかもしれない。第二部の終わりから死に関する記述が増えるなか、この修正部分は老人たちが生命の鼓動を感じたくて海辺に行き、タンゴを踊るとしている。 高校生のときオパーリンの生命の起源に触れたこともあり、海好きの僕は潮騒や波の打ち寄せるようすに生命の息吹きを感じる。アルゼンチンタンゴの曲やダンスにはそれに通じるものがある。移民の貧困層から生まれたダンスならはの生命力を感じるのだ。 小説全体にバンドネオンの演奏が通奏低音のように流れている。
限界という「界」
「異界」という語にどんな意味を与えるかは人によって千差万別でしょうし、そもそもそんなものは認めないという人もいるでしょう。小説では、死によって画される世界、いま私たちが存在していると感じる世界とは異なる界、知ることのできない界という意味で使いました。 「界」は本来サンスクリット語で、漢語訳のようです。生と死を此岸と彼岸に対応させてもよいのですが、なるべく空間の要素を排除したかったので使いませんでした。なのに、河川が重要な要素として登場します。河葬(かそう)というのも、彼此(ひし)の川岸を思わせます。生前や死後という明らかに時間を含む表現も避けました。結局よくわからないまま、「異界」としたのです。 小説という形式で認知症や死について描きたかったのですが、文章力と想像力の不足から、漠とした現実味に欠けた内容になっているかもしれません。自分の限界を知るために書いたということでしょうか。書き終えたいま、17 世紀に風車に向かって決死の戦いを挑んだドンキホーテと従者の姿を、寂寥感とともに思い出します。 Don Quixote and Sancho Panza by Picasso 1955
模試の直前に人身事故
山手線で渋谷に行くつもりで最寄り駅のホームに着くと、10分前に渋谷駅で人身事故が発生し、内回り外回りとも運行していないという。咄嗟の判断で、大久保・新宿三丁目経由で渋谷に行くことにし、ぎりぎり間に合ったものの落ち着かないスタートだった。 帰途、五反田と大崎広小路のあいだにあるスタバで自己採点を行った。ほぼ昨年の本試験並みの点数だから不合格だ。筆記はまったく駄目だった。基礎問題は概ねできたが、不注意もある。反省しきりだ。
素数 prime number
素数 prime number*、何とも魅力的な整数である。なぜ唐突に素数なんだ、と思われるだろうが、小説とは特に関係なく、原稿のファイル名にたまたま素数 2020913 と思われる数が含まれていた、というだけのことです。 *an integer that has no integral factors but itself and 1 参考: http://www.ysr.net.it-chiba.ac.jp/~yashiro/sosu/
小説という表現方法(3)
同じ題名の(1)とその(2)に共通しているのは同時代や社会を客観的にみて批判することだが、菲才の者にはむずかしい。結局、読者に判断してもらうしかないのだろう。 この小説を完成させる段になって考えるのは、そもそも小説の完成とは何か、ということである。僕のように70歳にして処女作を書き、これが最終作になるかもしれない者にとっては切実な問題だ。 とはいえ、若い人も同じように、そのときどきに完成を求められる。たとえば、原稿提出の締切りが迫っている場合、どこかで区切りを付けなければならない。完成はひとつの区切りであり、それ以上でも以下でもないのだろう。 小説を書くことによって自分自身に一区切り付けることができれば、それで十分なのだ。こう考えれば、完成はその時点で見切りを付けるかどうかの問題に還元される。そう、僕はこの小説にそろそろ区切りを付けたくなった、手放したくなったのだ。 この小説を通じていろいろな人に出会った。たとえば、最後の段階では17 世紀後半の松尾芭蕉であり、18-19 世紀の葛飾北斎である。原稿を繰り返し読んでくださり詳細のご指摘をいただいたK先生に心より感謝申し上げます。
非法律的なるもの
非法律的なるものの一角にあるのが文学的なるものであり、そのひとつが小説の世界だろう。僕はおそらく典型的な小説世界の住人であり、ながく法律的なものを遠ざけてきた。それが70歳になってにわかに法律を学び始めた。滑稽であろう。 法律の論理というのがある。いわゆるリーガルマインドと呼ばれるもので、僕はその周辺を学んでいるが、なじみがないこともあって、なかなか身に付かない。だから疲労感だけが蓄積していく。そこから逃れる方法のひとつが小説を読むことであり書くことだと思う。 小説を完成することが自分なりに納得のいく区切りを付けることだとしたら、法律の論理について一定の理解を得るとはどういう段階をいうのだろうか。法律条文の単なる暗記でないことは明らかだが、ある程度の暗記は必要である。 リーガルマインドの何たるかを理解していない者が法律の論理を云々するのは本末転倒というものだろう。いまの段階でいえるのは、その一端について自分なりの考えを持つために法律なるものの周辺を学んでいるということだ。
ンヴィーニと魚
ンヴィーニと魚のあいだにどんな関係があるのだろうか。ンヴィニ教の葬礼である河葬しか接点がないのだろうか。小説の末尾で以下のとおり河葬(かそう)の情景を描いているが、これが暗示するものは何だろうか。 繰り返し凭也の名前を呼んでいると、数百とも数千とも思われる魚(うを)が数十匹ずつ塊(かたまり)になって揉(も)み合い、飛び跳(は)ね、ぶつかりながら、黒々とした濁流となって、反時計回りに渦巻いている。そんな情景が記録係の頭に浮かんだ。これが魚(うを)たちのタンゴの舞いなのだ。そう確信した瞬間、彼はあっけなく渦巻に呑(の)み込まれてしまった。() 小説の題名の「いつか名もない」は認知症の症状を暗示し、ンヴィーニは記録係のように自覚症状のない患者を意味する。だから、隠れンヴィーニなのだ。魚うをたちは凭れ合い、からみ合いながら水面あるいは水面下でタンゴを舞う。死を境に「名もない魚」になるというより、生きながらも無自覚の認知症患者だということになろうか。
221 역사의 길-한일문화의 하모니 2020 in NARA
간사이 지역은 제10호 태풍이 지나간 뒤 더위가 좀 물러간 듯하다. 거의 매일 최고기온이 35도를 넘다가 2, 3도 정도밖에 떨어지지 않았는데도 시원하게 느껴진다. 우리 몸이 더위를 느끼는 정도도 절대 변화보다 상대 변화에 더욱 예민한 것 같다. 9월9일은 오랜만에 나라시에 갔다. 나라시에서 한일교류 문화행사인 '역사의 길-한일문화의 하모니 2020 in NARA'를 준비해온 한일 공동실행위원회 관계자들을 위로하기 위해서다. 이 …