自転車という愛玩物

愛車3台(手前からタイヤ径 14/16/26インチ)

11月中旬から12月初めにかけて自転車に乗らなかった。1日に往復1時間だから、MTBで山を駆けめぐるのと比べればどうということもないのだが、僕の日常から大きなものが消えたように感じる。

7月から10月、輪行通勤を4ヵ月続けたことが大きな意味を持っていたのだ。真夏の暑さのなかを走り、1日も欠かさないように気を張っていたから、しばらくそれがないだけで何かがなくなったように感じるのだろう。11月末から12月初めには持病の腰痛にも悩まされた。

少年のころは毎日走り回っていたし、自転車に乗って遠出もした。それが当たり前のことだったが、今は違う。これを老いというのだろうが、人はみな時間とともに成長もし老いもする。それを嘆いても何の役にも立たない。

Anti-aging という言葉を最近よく耳にする。関連商品も多様で人生百年などといって蓄えや保険を喧伝するCMも多い。かまびすしい。源氏物語の時代と今で抜本的に何が違うのか、などと考える。生老病死については何も変わっていない、この前提から現代を再考したい。

One thought on “自転車という愛玩物”

  1. 나이가 든다는 것은 숫자가 커지는 게 아니라 늘 같은 방식으로 사고하던 것, 행동으로 하던 것을 더이상 안 하거나 못 하게 되는 것을 의미할지도 모르겠습니다. 형님은 평생 청년으로 사시고 계시고 앞으로도 그러실 겁니다. 나이가 들지 않는 청장년…

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