與謝野晶子訳「源氏物語」を縦書き文庫で読むことができます。下の表の題名をクリックすると各帖を表示します。画像: 紫式部(土佐光起画 石山寺蔵); 登場人物 (wakogenji より); Principal Characters (サイデンステッカー訳より)
帖 | 題名 | 晶子の歌(各帖の冒頭に記載) |
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1 | 桐壺 | 紫のかがやく花と日の光思ひあはざることわりもなし |
2 | 帚木 | 中川の皐月 の水に人似たりかたればむせびよればわななく |
3 | 空蝉 | うつせみのわがうすごろも風流男に馴 れてぬるやとあぢきなきころ |
4 | 夕顔 | うき夜半 の悪夢と共になつかしきゆめもあとなく消えにけるかな |
5 | 若紫 | 春の野のうらわか草に親しみていとおほどかに恋もなりぬる |
6 | 末摘花 | 皮ごろも上に着たれば我妹子 は聞くことのみな身に沁 まぬらし |
7 | 紅葉賀 | 青海の波しづかなるさまを舞ふ若き心は下に鳴れども |
8 | 花宴 | 春の夜のもやにそひたる月ならん手枕かしぬ我が仮ぶしに |
9 | 葵 | 恨めしと人を目におくこともこそ身のおとろへにほかならぬかな |
10 | 榊 | 五十鈴 川神のさかひへのがれきぬおもひあがりしひとの身のはて |
11 | 花散里 | 橘 も恋のうれひも散りかへば香 をなつかしみほととぎす鳴く |
12 | 須磨 | 人恋ふる涙をわすれ大海へ引かれ行くべき身かと思ひぬ |
13 | 明石 | わりなくもわかれがたしとしら玉の涙をながす琴のいとかな |
14 | 澪標 | みをつくし逢 はんと祈るみてぐらもわれのみ神にたてまつるらん |
15 | 蓬生 | 道もなき蓬 をわけて君ぞこし誰 にもまさる身のここちする |
16 | 関屋 | 逢坂 は関の清水 も恋人のあつき涙もながるるところ |
17 | 絵合 | あひがたきいつきのみことおもひてきさらに遥 かになりゆくものを |
18 | 松風 | あぢきなき松の風かな泣けばなき小琴をとればおなじ音を弾 く |
19 | 薄雲 | さくら散る春の夕 のうすぐもの涙となりて落つる心地 に |
20 | 朝顔 | みづからはあるかなきかのあさがほと言ひなす人の忘られぬかな |
21 | 乙女 | 雁 なくやつらをはなれてただ一つ初恋をする少年のごと |
22 | 玉鬘 | 火のくににおひいでたれば言ふことの皆恥づかしく頬 の染まるかな |
23 | 初音 | 若やかにうぐひすぞ啼 く初春の衣 くばられし一人のやうに |
24 | 胡蝶 | 盛りなる御代 の后 に金の蝶 しろがねの鳥花たてまつる |
25 | 蛍 | 身にしみて物を思へと夏の夜の蛍ほのかに青引きてとぶ |
26 | 常夏 | 露置きてくれなゐいとど深けれどおもひ悩めるなでしこの花 |
27 | 篝火 | 大きなるまゆみ쇼のもとに美しくかがり火もえて涼風ぞ吹く |
28 | 野分 | けざやかにめでたき人ぞ在 ましたる野分が開 くる絵巻のおくに |
29 | 行幸 | 雪ちるや日よりかしこくめでたさも上なき君の玉のおん輿 |
30 | 藤袴 | むらさきのふぢばかまをば見よといふ二人泣きたきここち覚えて |
31 | 真木柱 | こひしさも悲しきことも知らぬなり真木の柱にならまほしけれ |
32 | 梅が枝 | 天地 に春新しく来たりけり光源氏のみむすめのため |
33 | 藤のうら葉 | ふぢばなのもとの根ざしは知らねども枝をかはせる白と紫 |
34 | 若菜(上) | たちまちに知らぬ花さくおぼつかな天 よりこしをうたがはねども |
34 | 若菜(下) | 二ごころたれ先 づもちてさびしくも悲しき世をば作り初 めけん |
35 | 柏木 | 死ぬる日を罪むくいなど言ふきはの涙に似ざる火のしづくおつ |
36 | 横笛 | 亡 き人の手なれの笛に寄りもこし夢のゆくへの寒き夜半 かな |
37 | 鈴虫 | すずむしは釈迦牟尼仏 のおん弟子 の君のためにと秋を浄 むる |
38 | 夕霧 一 | つま戸より清き男の出 づるころ後夜 の律師のまう上るころ |
38 | 夕霧 二 | 帰りこし都の家に音無しの滝はおちねど涙流るる |
39 | 御法 | なほ春のましろき花と見ゆれどもともに死ぬまで悲しかりけり |
40 | まぼろし | 大空の日の光さへつくる世のやうやく近きここちこそすれ |
41 | 雲隠れ | かきくらす涙か雲かしらねどもひかり見せねばかかぬ一章 |
42 | 匂宮 | 春の日の光の名残 花ぞのに匂 ひ薫 ると思ほゆるかな |
43 | 紅梅 | うぐひすも問はば問へかし紅梅の花のあるじはのどやかに待つ |
44 | 竹河 | 姫たちは常少女 にて春ごとに花あらそひをくり返せかし |
45 | 橋姫 | しめやかにこころの濡 れぬ川霧の立ちまふ家はあはれなるかな |
46 | 椎が本 | 朝の月涙のごとくましろけれ御寺 の鐘の水渡る時 |
47 | 総角 | 心をば火の思ひもて焼かましと願ひき身をば煙にぞする |
48 | 早蕨 | 早蕨 の歌を法師す君に似ずよき言葉をば知らぬめでたさ |
49 | 宿り木 | あふけなく大御 むすめをいにしへの人に似よとも思ひけるかな |
50 | 東屋 | ありし世の霧来て袖を濡 らしけりわりなけれども宇治近づけば |
51 | 浮舟 | 何よりも危ふきものとかねて見し小舟の中にみづからを置く |
52 | 蜻蛉 | ひと時は目に見しものをかげろふのあるかなきかを知らぬはかなき |
53 | 手習 | ほど近き法 の御山 をたのみたる女郎花 かと見ゆるなりけれ |
54 | 夢の浮橋 | 明けくれに昔こひしきこころもて生くる世もはたゆめのうきはし |
あとがき |
「與謝野源氏」のよさは各巻の内容に応じて晶子自身つくった歌がそれぞれの冒頭に載っていることだろう。翻訳がその本質において創作であることを伝えている。
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與謝野晶子「新訳源氏物語」「新新訳源氏物語」、谷崎潤一郎、円地文子、田辺聖子、橋本治、瀬戸内寂聴、大塚ひかり、林望、角田光代。これだけの現代日本語訳があるだけで「源氏物語」の魅力(魔力)を示唆して余りある。
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[第35帖柏木まで読んで] 第1部から感じていたが、第2部に入って確信した。絢爛この上ない物語だが、かなり色濃く浄土教的な厭世観を帯びている。登場人物間の男女関係と前生の縁、思いを遂げられぬ者の嘆きと出家願望、病者を治癒するための加持祈祷など、和風化した仏教思想に覆われている。第1部初めの出産後に急死した夕顔、第2部冒頭の紫上(むらさきのうえ)の瀕死の病と祈祷による蘇生、衛門督(えもんのかみ)・柏木の女三宮(にょさんのみや)に対する悶々とした愛と女三宮の懐妊、病床での出家の儀式、柏木の死がこの物語の基調をなしているとさえ思う。柏木が死の間際に源大将・夕霧に伝える六條院・光源氏への思いの裏にある女三宮に対する思いなど、登場人物相関関係と心理描写が克明だ。その多くに現代人に通じるところがあるからこそ、この作品が現代まで読み継がれているのだと思う。
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[第54帖まで読んで] 八の宮は物語の主要な登場人物とは言えないが、匂宮(兵部卿の宮)と薫(源右大将)による物語の展開に深く関わっている。匂宮と薫の確執というか、恋愛の手法の違いが大姫君、中の姫君、浮舟という異母三姉妹の運命を翻弄するなか、その背後に姉妹の父親である八の宮がいる。彼は宇治の山荘にいて出家僧のように暮らし、美貌に恵まれ匂宮と薫の愛情を翻弄する娘たちが宿命や前生の因縁という仏教的諦観・厭世主義をくり返し説く。與謝野晶子は著者が二人(第1部:紫式部、第2-3部:大弐の三位)いるとしているが,前篇と後篇で著者が異なっても物語の基底に流れる浄土教的諦観は二人の著者に共通するというより、同時代の貴族階級に深く浸透した考え方なのだろう。現代の見方からすれば男性中心のエゴイズムや身勝手さを女性の目線で批判していると言えなくもない。ただ、それは突き放した批判ではなく、匂宮と薫の美貌と性的魅力に対して同情的であるがゆえに説得力を失わない。浮舟の蘇生と薫との再会後の展開を読者の想像に委ね、余韻に酔わせてくれる名作だ。
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