the Shadow of Death

『文政句帖』文政5年5月19日、ふりがな小林一茶発句集春11に次の句がある(春4595)。一茶は日々滞在先や会った人、天候を小まめに記録しており、この日は「陰」とある。一日中どんよりした曇りだったろうか。

 さば(娑婆)えんうす(薄)ざくらとは(知)らざりき
この句だけ読んでもよく意味がわからない。<さば>に娑婆を当てたものゝ、すぐに櫻とは結びつかない。その前文を読んでみよう。  

稱一向宗風俗家無過去記、小林黨従元祖以来不知忌日暗々如探空、因之有寺過去記欲見従六七年前諾置予有閑者寺無隙漸得時、従十六日録始過去記雑乱迅不能記而未中記、若僧一道法師来本寺偽急事立筆、過去記奪之何意恨哉一道法師腹黒々阿奈仁久也曾和加

一茶が小林家の過去帳を調べようとしていると、理不尽にも若い僧がそれを奪い去り、祖先の忌日について確かめられなかった。その僧に怒るとゝもに自分と忌日も知らない祖先との縁は何と稀薄なのだろうと嘆いている。

異本の『浅黄空』『自筆本』前文には「悼士英妻」 中七下五「うす花櫻あゝさくら」とあるようだ。花びらがハラハラ散るのを見て切なかったのだろうか。異本のほうが前文の記述と合っているような気がする。

文政5年は一茶が数えで60歳、すでに二人の息子と長女を幼くして喪っている。この年3月には三男が生まれ、8月末には道を歩いていた一茶が転倒し大けがをする。この時期、彼が自らの死について考えていたことは十分に想像できる。

この句にはそんな死の陰(影)がかかっているように感じるのは僕だけだろうか。一茶は知る由もないが、この句を詠んだ1年後に妻菊が病死している。

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