江戸時代を通じて朝鮮通信使は12回*、琉球使節は18回江戸に来訪した。多くは徳川将軍の代替わりに仕組まれた盛大な祝賀行事で、沿道は見物客で賑わった。*12回目は大坂留



| 回 | 西暦年 | 人数(大坂留) | 通信使の目的 |
|---|---|---|---|
| 1 | 1607 | 467 | 修好回答兼刷還 |
| 2 | 1617 | 428(78) | 大坂平定祝賀回答兼刷還 |
| 3 | 1624 | 300 | 家光襲職祝賀回答兼刷還 |
| 4 | 1636 | 475 | 泰平祝賀 |
| 5 | 1643 | 462 | 家綱誕生祝賀日光山致祭 |
| 6 | 1655 | 488(103) | 家綱襲職祝賀日光山致祭 |
| 7 | 1682 | 475(112) | 綱吉襲職祝賀 |
| 8 | 1711 | 500(129) | 家宣襲職祝賀 |
| 9 | 1719 | 475(109) | 吉宗襲職祝賀 |
| 10 | 1748 | 475(83) | 家重襲職祝賀 |
| 11 | 1764 | 472(106) | 家治襲職祝賀 |
| 12 | 1811 | 336 | 家斉襲職祝賀 |
| 川柳ほかにみる琉球・唐人・毛唐人 |
|---|
| 江戸期の作者不詳の俳句・川柳に朝鮮通信使・琉球使節を詠んだものが少なくない。 「琉球の音に踊りぬ島の春」 「唐(から)服で髷(まげ)の結びも異なりし」 「通信使来ては宿貸す長崎者」 「百万両使節[を]見ては目をみはり」 |
| 誹風柳多留*にも通信使や琉球使節に関する句が載っている。 *江戸中期から幕末までほぼ毎年刊行された川柳句集 「琉球は楽をうしろへ吹き流し」 「通信使おがみおがみ[て]目をみはり」 「百万両[の]泥をおこすや通信使」 「通信使来ては宿貸す街道筋」 |
| 一茶(1763-1828)の日記や句帖・紀行文には通信使を題材にした句はないようだ。通信使の第11回が彼の生年の翌年、最後の第12回が対馬留りになったからだが、唐人・毛唐人がらみの句はある。なお、唐人(からびと)は中國ではなく朝鮮の意である。 |
| 「君が世や唐人も来て年ごもり」寛政句帖 政5 (異) 發句集文政版 上五「君が代や」 文政2年6月6日 旦小雨陰 浅野ニ入 住吉 「唐人も見よや田植の笛皷太(たいこ)」風間八番 享和3年8月14日 雨 「朝㒵や女車の毛唐人(けたうじん)」句帖 享和3年11月15日 晴 布川 「名月もそなたの空ぞ毛唐人」句帖 |
| Referred to Wikipedia and Google Gemini |
Leave a comment