41歳の一茶が見た花の山

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「享和句帖」享和3年から「文化句帖」文化1年はほぼ西暦1803-04年に相当する。この時期に一茶が作句した花の句を一茶発句集から選出して月日順に並べ比較してみる。数えで41歳のころである。

文化1年3月の花の山を除いて花の雲・櫻の花・花の山が桜の季節以外に詠まれている。これらは彼の心象風景を描いたものだと理解できる。とくに享和3年8月の句と短歌は作者が何らかの病を患っていたことを推測させる。

そう考えると、享和3年9月の句と同年12月の句、さらに文化1年3月の句にある「花の山」が心象風景から待ち焦がれた現実の情景へと変化するのだが、その情景もあえなく雨に遭遇してしまう。病が快方にむかっていないことを推測させる。

月日/前書き/俳句(歌)no*
享38月30日晴
終南(中国陝西省 道教の聖地)
花の雲あれが大和の臣口*哉
*句帖注記に臣下を臣口とも読めるとある
3954
享38月30日晴
腹の中*に櫻の花や咲ぬらん夜ごと〳〵の夢にし見ゆる
*腹の中をどう解釈するか
享39月9日雨
タン(痰)病藥ミカンノ實皮葉且艸人参少加
あたら雨の晝ふりにけり花の山
3949
享312月28日雨
又けふも逢ひそこなひぬ花の山
3955
化13月9日曇 角田川花見晝より雨
雨の日をよりも撰たり花の山
3957
*no: ふりがな小林一茶発句集春の部通番

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