文明開化と富国強兵に彩られた錦絵のような明治時代(1868-1912)の延長上で多くの人々は生き、その線上で思考を停止している。夏目漱石(1867-1916)の小説が一定の読者を持ち、マンガやアニメ作品がよく読まれる。政治では天皇制を死守する人々が少なくなく一定の國民がそれを支持している。
翻って8世紀の奈良時代(710-784)から明治時代前の関東地方は関八州と呼ばれていた。相模・武蔵・安房・上総・下総・常陸・上野・下野の8ヵ國が武蔵國を形づくっていた。ほぼ現在の関東地方の領域に近い。

武蔵國には次の22郡があった(50音順)。足立・入間・荏原・大里・男衾・賀美・葛飾・久良岐・児玉・高麗*・埼玉・橘樹・都筑・多摩・豊島・秩父・那賀・新座(当初は新羅)・幡羅・榛澤・比企・横見(読み方は下の図参照)。*平安時代(794-1185)に新座(ニイクラ)になる

明治時代初めまでの武蔵國の諸郡
明治4年7月14日(1871年8月29日)に明治政府がそれまでの藩を廢止した。沖縄縣では琉球處分により明治12年(1879年)に琉球藩を廢し、沖縄縣を設置した。江戸時代の終期を廢藩置縣の施行時とする説もあるようだ。廢藩置縣までは上の郡名が使われていた。
高麗・新羅は古代朝鮮の國名である。これらの地域には渡来人が住んでいた。書紀によれば、716年関東各地の高麗人1,799人が武蔵国に集められ高麗(コマ)郡ができた。高麗郡は1896年(明治29年)に入間郡に編入され、現在の日高市・鶴ヶ島市の全域、飯能市や川越市・狭山市・入間市の一部を含んでいた。
同じく書紀によれば、武蔵国に新羅からの移住者(僧尼や男女など計74人)を住まわせ、新羅(シラギ)郡を設置した。現在の朝霞市・志木市・和光市・新座市の周辺にまたがる地域だった。平安時代に入郡名が新座(ニイクラ)となり今はニイザという。
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