一茶の俳句を縦書きで読む、どこでもいつでも読みたいときに読めるようにしたい。そう考えながら一茶の発句集を季語ごとに年代順に縦書き文庫にアップしている。昨年末に始め7月半ばまでに新年・春・夏の部を作成したが、途中で編集方法を変更し、7月下旬から新年の部に戻って再編集している。9月上旬には新年・春の部を校了する予定だ(縦書きで「一茶」新年・春)。
縦書き文庫版は「一茶発句全集」(小林一郎編 2005年 秋の部動物まで)と信濃教育会編『一茶全集』(信濃毎日新聞社 1979年 第1巻「発句」)を底本にし『七番日記』(丸山一彦校注 岩波文庫 2003年)ほかを参照している。僕は季節ごとに句番号をつけルビを振って、スマホや PC・iPad で縦書き読みできるようにしている。
一茶が動物に寄せて詠んだ句を読み込んでいると、そうだ、そうだったのかと納得させられる。蛙や雀がよく知られているが、それだけではない、犬猫や蚤虱などが映し出す世界は人間界そのもので、他人ごととは思われない。
一茶発句全集の春の部・蝶の項に次のような句がある。蝶と人がほぼ同じ目線で捉えられていて、両者を区別できない。以下、横書きながら一部紹介しよう。
- とぶ蝶の人をうるさく思ふらめ 文化句帖 化5 春2895
- 蝶とぶや此世に望みないやうに 化三-八写 化6 春2901
- 蝶とんで我身も塵のたぐひ哉 七番日記 化7春2906
- むつまじや生れかはらばのべの蝶 七番日記 化8春2916
- 世[の]中や蝶のくらしもいそがしき 七番日記 化8春2917
- 蝶の身もうろうろ*欲のうき世哉 七番日記 化9春2927 [*有漏、煩悩]
- 蝶とぶや夫仏法の世[の]中と 七番日記 化13 春2984
- 世にあれば蝶も朝からかせぐぞよ 七番日記 化13 春2997
- はづかしやくつとも云ぬ蝶夫婦 七番日記 政1春3015
- 気の毒やおれをしたふて来る小てふ 八番日記 政3春3032
- 参詣のつむりかぞへる小蝶哉 八番日記 政4春3054
- 狂へてふ狂て腹のゐる*ならば 文政句帖 政5春3072 [*怒りがおさまる]
- 世の中は蝶も朝からかせぐ也 浅黄空 春3127
春の部・猫の恋と猫の子の項に以下の句がある。一茶の俳句に表現された観察眼と漱石の小説猫の批評眼を比較対照するのもおもしろいかもしれない。両者に共通するのは俳句だろう。一茶を再評価した子規は漱石と親しかった。一茶において猫は人間として描かれている。- 有明や家なし猫も恋を鳴 化五六句記 化6 春1666
- 大猫よはやく行け行け妻が鳴 七番日記 化10 春1675
- 猫の恋打切棒に別れけり 七番日記 化11 春1687
- うかれ[猫]どの面さげて又来たぞ 七番日記 化13 春1696
- ばか猫や身体ぎりのうかれ声 七番日記 化14 春1703
- 我猫が盗みするとの浮名哉 七番日記 化14 春1707
- ばか猫や縛れながら恋を鳴 七番日記 政1 春1713
- こがれ猫恋気ちがいと見ゆる也 八番日記 政3 春1717
- 猫の恋人のきげんをとりながら 八番日記 政4 春1724
- 大猫が恋草臥の鼾かな 文政句帖 政5 春1729
- 四五尺の雪かき分て猫の恋 文政句帖 政5 春1737
- 恋猫や答へる声は川むかふ 文政句帖 政7 春1749
- 猫鳴や塀をへだてゝあはぬ恋 文政句帖 政7 春1753
- 夜すがらや猫も人目を忍恋 文政句帖 政7 春1754
- 松原に何をかせぐぞ子もち猫 七番日記 化9 春1757
- 親としてかくれんぼする子猫哉 七番日記 化14 春1758
- 母猫が子につかはれて疲れけり 文政句帖 政5 春1760
- 女猫子ゆへの盗とく逃よ 文政句帖 政6春1761
- 人中を猫も子故のぬすみ哉 文政句帖 政6 春1763
- なりふりも親そつくりの子猫哉 文政句帖 政7 春1765
- 盗ませよ猫も[子]ゆへの出来心 浅黄空 春1768
一茶の俳句としてよく知られているのは春の部・雀の子の項かもしれない。彼の生い立ちゆえだろう、雀の親子などを詠んだ句の持つ情感の深さ濃さが、何度読んでも切々と伝わってくる。- 猫飼ずば罪作らじを雀の子 西国紀行 寛7 春1831
- 雀子のはや羽虱をふるひけり 文化句帖 化5 春1835
- 五六間烏追けり親雀 化五六句記 化6 春1838
- 巣放の顔を見せたる雀哉 化五六句記 化6 春1841
- 鳴よなけよ親[な]し雀おとなしき 七番日記 化7 春1843
- 人鬼に鳴かゝりけり親雀 七番日記 化7 春1844
- むつまじき二親もちし雀哉 七番日記 化7 春1846
- 夕暮や親なし雀何と鳴 七番日記 化7 春1847
- 青天に産声上る雀かな 七番日記 化8 春1850
- <夕>暮とや雀のまゝ子松に鳴 七番日記 化8 春1851
- 雀子や親のけん嘩をしらぬ顔 七番日記 化9 春1854
- かはるがわる巣の番したり親雀 志多良 化10 春1857
- 罠ありと脇へしらせよおや雀 七番日記 化10 春1863
- 親のない一つ雀のふとりけり 七番日記 化11 春1865
- 雀の子此世へ逃に出たりけん 七番日記 化11 春1869
- 手がらさうに子を連ありく雀哉 七番日記 化11 春1872
- 我と来てあそぶ親のない雀 七番日記 化11春1875
- 家かるや雀も子ども育[つ]迄 七番日記 政1 春1890
- しよんぼりと雀にさへもまゝ子哉 七番日記 政1 春1894
- やつれたよ子に疲たぞ門雀 七番日記 政1 春1898
- ぎりのある子を呼ばるかよ夕雀 八番日記 政2 春1900
- 雀の子そこのけそこのけ御馬が通る 八番日記 政2 春1903
- 親雀子を返せとや猫を追ふ 文政句帖 政5 春1911
- 親の声きゝ知てとぶ雀哉 文政句帖 政7 春1916
- 慈悲すれば糞をする也雀の子 文政句帖 政7 春1919
- ひよ子から気が強い也江戸雀 文政句帖 政7 春1925
- むだ鳴になくは雀のまゝ子哉 文政句帖 政7 春1928
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