春4450 下〴〵*に生れて夜もさくら哉(一茶「七番日記」文化8年正月) *卑しい者たち
この句の前文は以下のとおりやや長いが、この文章を読まないと句の意味は十分に理解できないだろう。一茶は花見(花の山)のなかにいて櫻の花を愛でるだけではない。そこに集う人々を冷徹とも云える観察眼で映し出す。
正月廿九日(巳刻ヨリ雨止 本行寺ニ入 晴廿二雨三雪三陰一 隨[齋]十三宿松[井]二宿
梅干のしわびたる老法師が木根に腰打かけて手炉の灰うつくしきしなしつゝ淋しさにたへたる人もあらばたばこの火ほどこすべきつらつきして「あたら櫻のとがにぞ」などひとり言いふさへたゞ人とは見へざりけり
又寝乱髪のちりもはらはでやう[じ]といふものに歯をすりつゝぬり下駄から〳〵ならしてあちこちさまよふさま夫十人ばかりもちたらんやうにいろ〳〵しくぞ見え侍る
しかるに坂の下より男五六人糞たごといふもの枴の迹前にゆひつけつゝかさい烏のなくやうにワヤくやかたりけるが程なく木陰に来かゝりて女のかたはら過がたに「山の神怪しかる朝起よな、雨もやふらなん」などさゝやきけるをはやく女聞とがめ「おのれいしくもいひつるもの哉、今一度さのゝしりそ、しや首ねぢふせしや足打折てやらん」など女ににげなきわろ口も
花の雪のちり〴〵吹ちりて心に溜るけはひもなく皆〳〵木の間の春げしきとはなりぬ
もう一度この句に戻ってみよう、下〴〵に生れて夜もさくら哉。花見や花の山に集まる人々の六道界まる出しの姿態を描いて容赦ない。乱れ髪の女とそれをからかう男たちに老僧をも一緒くたにして六道界の人々としている。もしかしたら老僧は作者自身かもしれない。
そして、最後には自らをも客観して俳句という短文世界に落とし込む。
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