一茶発句集と句帖を比較

「文化句帖」は一茶が父親を喪った後、遺産をめぐる弟と義母との相続問題を抱えながら房総とその周辺を旅した40歳代前半に執筆した日記形式の句集である。俳句のほか天候や人々との出会い、事件などを記録している。

「発句集」というのは、死後散佚した一茶の俳句を門人たちが収集し季節別季語別に編集して出版したものである。その際に日記形式の句帖に記された日付や天候の情報は捨象してしまった。純粋に俳句だけを鑑賞する意図があったのだろうか。

以下に発句集と句帖の記載形式を比較するため二つの表を提示した。表1では「文化句帖」文化4年3月7日-21日に記載された櫻ほかの季語に関する句を日付けや前文を含めて載せている。表2は発句集の記載順に俳句を並べたものである(数字は春の句番号)。

発句集は一茶の著作を再編集したもので類似の句を比較し一茶調の特徴を理解するのに便利な反面、俳句だけ読んでいたのでは当時の作者や周囲の状況は伝わらない。俳句をよく理解するには発句集と句帖二つの側面から見る必要があるように思う。

表1 「句帖」と同じ日記形式に再録
3月7日晴 [5-6日俳句なし]
春里雨十と浅草巡白金町白幡イナリ筋違相生橋スルガ臺太田姫神田[明]神湯島上野大石灯籠寛永八年十月十七日佐久間大膳亮勝之トアリ太良イナリ七軒寺町東陽寺向野アリ
 風の音苔の雫も天地のたへぬ御法の手向にはして 茂睡
4371 うし(後)ろから犬いぬのあや(怪)しむ櫻さくら哉
3月12日晴 [8-11日俳句なし]
松井と日暮里ニ遊ぶ
3996 花はな咲さいて妹いもがこんにや[く](蒟蒻)はや(流行)る也
4374 けふ(今日)ぎり(切)の江戸えどのお食しょくを櫻さくら哉
3月14日雨 [13日俳句なし]
3994 咲さく花はなやけふ(今日)をかぎ限りの江戸えど住居ずまい
3999 花はなの雲くも翌あすから江戸えどにをらぬ也
4379 菜畠なばたけもた(足)しに見みらるゝ櫻さくら哉
3993 かつしか(葛飾)やふり(振)行ゆく迹あとの花はなの雲くも
713 かす(霞)む[日ひ]や麓ふもとの飯めしのめづら(珍)しき
1797 巣すの鳥とりや人ひとが立たつても口くちを明あく
(異) 遺稿 上五「雀子や」
4373 閑古鳥かんこどりひだるさう也おそ(遅)櫻ざくら
3月17日晴 [15-16日俳句なし]
成美會止
3991 傘かさで来きし人ひとをにら(睨)むや花はなの陰かげ
3997 花はなの雨あめことし(今年)も罪つみを作つくりけり
3月18日晴
雨十と堀ノ内へ参七面社大クボ天神宮
4370 石垣いしがきの武ぶばつたなり(形)に櫻さくら哉
4002 降雨ふるあめもしす(為澄)まし㒵がほや花はなの陰かげ
4001 貧乏びんぼふ人にん花はな見みぬ春はるはなかりけり
4000 花はなの山やま佛ほとけを倒たふす人ひとも有あり
3998 花はなの陰かげよ(良)い雷かみなりといふも有あり
4375 櫻狩さくらがり佛ほとけの氣きにはそむ(背)くべし
3月20日晴 [19日俳句なし]
かつしか判者披露双樹泊
3995 花はなおの〳〵日本にほんだましひ(魂)いさ(勇)ましや
197 春永はるながの春はるも行ゆく也のべの(野辺)山やま
3月21日晴
双樹と方々遊参湯島園満寺木食寺也補陀殿ト有イゝ蔵横丁天満宮牛天神波切不動法化山伏小石川傳通院
3155 藪やぶの蜂はち来こん世よも我われにあやか(肖)るな
大慈寺善心寺神齢山護国寺観音開帳山開き
4376 櫻花さくらばな是これも卅三さんじふさん所しよ哉
4378 たゞ頼たのめ〳〵とや櫻さくら咲さく (異) 遺稿 中七下五「たのめと櫻ちりにけり」
4372 鉦かね太鼓たいこ敲たたき止やめれば櫻さくらちる(散)* (異) 下五「櫻哉」 *朱書で「ちる」
3992 かつしか(葛飾)の空そらと覚おぼえて花はなの雲くも
数字は「ふりがな一茶発句集」春の句番号
表2 「発句集」と同じ順に再録
197 春永はるながの春はるも行ゆく也のべの(野辺)山やま
713 かす(霞)む[日ひ]や麓ふもとの飯めしのめづら(珍)しき
1797 巣すの鳥とりや人ひとが立たつても口くちを明あく
3155 藪やぶの蜂はち来こん世よも我われにあやか(肖)るな
3991 傘かさで来こし人ひとをにら(睨)むや花はなの陰かげ
3992 かつしか(葛飾)の空そらと覚おぼえて花はなの雲
3993 かつしか(葛飾)やふり(振)行ゆく迹あとの花はなの雲
3994 咲さく花はなやけふ(今日)をかぎ限りの江戸えど住居ずまい
3995 花はなおの〳〵日本にほんだましひ(魂)いさ(勇)ましや
3996 花はな咲さいて妹いもがこんにや[く](蒟蒻)はや(流行)る也
3997 花はなの雨あめことし(今年)も罪つみを作つくりけり
3998 花はなの陰かげよ(良)い雷かみなりといふも有
3999 花はなの雲くも翌あすから江戸えどにをらぬ也
4000 花はなの山やま佛ほとけを倒たふす人ひとも有あり
4001 貧乏びんぼふ人にん花はな見みぬ春はるはなかりけり
4002 降雨ふるあめもしす(為澄)まし㒵がほや花はなの陰かげ
4370 石垣いしがきの武ぶばつたなり(形)に櫻さくら哉
4371 うし(後)ろから犬いぬのあや(怪)しむ櫻さくら哉
4372 鉦かね太鼓たいこ敲たたき止やめれば櫻さくらちる(散)*
   (異) 「櫻哉」 *朱書で「ちる」
4373 閑古鳥かんこどりひだるさう也おそ(遅)櫻ざくら
4374 けふ(今日)ぎり(切)の江戸えどのお食しょくを櫻さくら哉
4375 櫻狩さくらがり佛ほとけの氣きにはそむ(背)くべし
4376 櫻花さくらばな是これも卅三さんじふさん所しよ哉
4377 櫻花さくらばなどつちへ寝ねても手て[の]とゞ(届)く**
4378 たゞ頼たのめ〳〵とや櫻さくら咲さく (異) 遺稿 中七下五「たのめと櫻ちりにけり」
数字は「ふりがな一茶発句集」春の句番号
** 文化4年2月29日掲載なので表2対象外

信濃毎日新聞社版の一茶全集第1巻「発句集」では、春4372について本文を「鉦太鼓敲止ば櫻哉」とし、異文を「櫻ちり」としているが、ふりがな小林一茶発句集では、前後の句との意味の連続性を考慮し、本文を「櫻ちる」、異文を「櫻哉」とした(原本の本文の変更ではなく異文を本文として採用したもの)。原本では、本文「櫻哉」のヨコに「ちる」と朱書きしてあるようだ。

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  1. shaw Avatar

    「ふりがな小林一茶発句集」の編集方針を説明したつもりだが、やゝ専門的になり過ぎているかもしれない。

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