少年のころ、東京の善福寺川沿いにあった家の庭や原っぱで見かけたカエルはガマガエルと呼ばれるヒキガエルだったろう。身近な小動物だったが、土褐色の体表面にイボのある不気味な生物で、触るとイボができると云われていた。
北斎(1760-1849)が筆で描いたかへるは蟇蛙だろうし、同時代の一茶(1763-1828)の句に登場する「ヒキどの」も呼び名のとおり蟇蛙だったろう。同じ蛙ながら「痩がへる」などとは異なるヒキガエルは「ヒキどの」とも呼ばれ、一茶の句において特別な地位を占めていたと思われる。
一茶の「文化句帖」「七番日記」「八番日記」「文政句帖」ほかに載った蟾(ひきがえる|ひき)・蟇・ヒキ・引がへるを含む句は以下のとおり、ざっと検索しただけで40句を超える。参考: 一茶02: 日常語かへる
| – | 蟾・蟇・ヒキを含む発句 | 掲載 | 年月 |
|---|---|---|---|
| 1 | 我見ても久しき蟾や百合(の)花 | 享和句帖 | 享3 |
| 2 | 福蟾ものさばり出たり桃(の)花 | 文化句帖 | 化1 |
| 3 | 朝寒や蟾も眼を皿にして | 文化句帖 | 化2 |
| 4 | 稲妻(や)罪なく見ゆる蟾の㒵 | 文化句帖 | 化2 |
| 5 | 夜涼や蟾が出ても福といふ | 文化句帖 | 化2 |
| 6 | 福蟾(も)這出給へ蓮の花 | 文化句帖 | 化3 |
| 7 | 蟾親子づれして夕祓 | 七番日記 | 化7 |
| 8 | ヒキの㒵露のけしきになりもせよ | 七番日記 | 化7 |
| 9 | 蟾どのゝはつ五月雨よ〳〵 | 七番日記 | 化9 |
| 10 | 蟾渋面作て並びけり | 七番日記 | 化10 |
| 11 | かんこ鳥鳴や蟇どのゝ吊に | 七番日記 | 化12 |
| 12 | 蟾どのが何か侍る梅の花 | 七番日記 | 化13 |
| 13 | 夕立やおそれ入たり蟾の顔 | 七番日記 | 化13 |
| 14 | 云ぶんのあるつらつきや引がへる | 七番日記 | 化14 |
| 15 | ヒキ殿は石法華かよ五月雨 | 七番日記 | 政1 |
| 16 | ヒキどのゝ仏頂面や五月雨 | 七番日記 | 政1 |
| 17 | ヒキ鳴や麦殻笛とかけ合に | 七番日記 | 政1 |
| 18 | 蟾どのも福と呼ばるゝぼたん哉 | 七番日記 | 政1 |
| 19 | 大蟾は隠居気どりやうらの藪 | 七番日記 | 政1 |
| 20 | 雨あらし鑓もふれとやひきが顔 | 七番日記 | 政1 |
| 21 | 蟾どのゝ妻や待らん子鳴らん | 八番日記 | 政2 |
| 22 | 曲出るは此藪の蟾にて候 | 八番日記 | 政2 |
| 23 | ひきどのゝ葬礼はやせほとゝぎす | 八番日記 | 政2 |
| 24 | 稲妻につむりなでけり引蟇 | 八番日記 | 政2 |
| 25 | 霧に乗目付して居る蟇かな | 八番日記 | 政2 |
| 26 | 霧に乗目付して居る烏かな | 梅塵八番 | |
| 27 | 霧に眠る目付して居る蟇かな | 嘉永版 | |
| 28 | 雲を吐く口つきしたり引蟇 | おらが春 | 政2 |
| 29 | 一雫天窓なでけり引がへる | おらが春 | 政2 |
| 30 | 卯の花もほろり〳〵や蟇の塚 | おらが春 | 政2 |
| 31 | 卯の花もほろり〳〵と蟇の塚 | 発句鈔追加 | |
| 32 | 稲妻につぶり撫けり引蟇 | 梅塵八番 | |
| 33 | 稲妻に天窓なでけり引蟇 | おらが春 | |
| 34 | 稲妻にいなづまの天窓撫けり | 発句集続篇 | |
| 35 | 蟾どのゝ這出給ふ御祓哉 | 八番日記 | 政3 |
| 36 | 蟾どもゝ這出給ふ御祓哉 | 発句鈔追加 | |
| 37 | まかり出たるものは蟾にて候 | 梅塵八番 | |
| 38 | まかり出たるは蟾にて候 | おらが春 | |
| 39 | 蟾笑ふて損をしたのだか | 文政句帖 | |
| 40 | 大蟾ものさ〳〵出たり田植酒 | 文政句帖 | 政5 |
| 41 | 蟾我をつく〴〵ねめつける | 文政句帖 | 政5 |
| 42 | 仡として蚊に喰るゝや引がへる | 文政句帖 | 政5 |
| 43 | つくねんと愚を守る也引がへる | 文政句帖 | 政6 |
| 44 | 今穴を出た顔もせず引がへる | 文政句帖 | 政7 |
これらのうち以下の句に注目したい。彼は「ヒキどの」の風貌や生態に自身を見ていたのではないか。もちろん、ほかの動物や山川草木にも感情移入できるのだが、必ずしも自分自身を見ることはない。「ヒキどの」に自らの姿を見ていた、と思われてならない。
たとえば、43の「つくねんと愚を守る」の句などは、一茶が自らを顧みて詠んだ「年立やもとの愚が又愚にかへる」「春立や愚の上に又愚にかへる」(文政句帖、文政5-6年)の句想そのものかと思う。
- 稲妻(や)罪なく見ゆる蟾の㒵 (4)
- 蟾親子づれして夕祓 (7)
- 蟾どのゝはつ五月雨よ〳〵 (9)
- 蟾渋面作て並びけり (10)
- かんこ鳥鳴や蟇どのゝ吊に (11)
- 蟾どのが何か侍る梅の花 (12)
- 云ぶんのあるつらつきや引がへる (14)
- ヒキ殿は石法華かよ五月雨 (15)
- ヒキどのゝ仏頂面や五月雨 (16)
- 蟾どのも福と呼ばるゝぼたん哉 (18)
- 大蟾は隠居気どりやうらの藪 (19)
- 蟾どのゝ妻や待らん子鳴らん (21)
- ひきどのゝ葬礼はやせほとゝぎす (23)
- 雲を吐く口つきしたり引蟇 (28)
- 卯の花もほろり〳〵や蟇の塚 (30)
- 蟾どのゝ這出給ふ御祓哉 (35)
- まかり出たるものは蟾にて候 (37)
- 蟾笑ふて損をしたのだか (39)
- 蟾我をつく〴〵ねめつける (41)
- つくねんと愚を守る也引がへる (43)


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