70話で영신と医大生が擬似接近する一方、경수の死期がひしひしと迫る。彼女が彼の死に気づかないのは欺瞞そのものではないか、숙정と同じではないかとさえ思う。このドラマは要するに영신と경수と医大生のいびつな三角関係を描いているだけではないか。
71話で경수は死期が近いことを三角関係の当事者の一人である医大生に伝え、영신を彼に託す。一人で抱えきれない医大生は先生に打ち明ける。一方、오복の両親が何の脈絡もなく登場するのに困惑させられる。生活保護を受け、ごみまみれの部屋に寝ている父親の姿を正視できない오복に対し、兄との再会を喜ぶ용구の姿に一安心した。
경수が余命幾ばくもないことを知らされた영신は会長宅を出て경수のもとへ帰り、彼の死が近いことをおくびにも出さないで過ごす。先生の考え方と同じだ。先生の妻のほうが率直で親しみやすい。その妻の浅はかさを非難する先生はどこまでも道徳的で偽善的だ。
72話で다정の両親と오복の両親が立ったまま対面するが、다정の母親(先生の妻)は相手のみすぼらしい姿と非常識に失望し怒りのあまり中座してしまう。世間並みに体面を重んじる彼女らしい行動だが、先生は妻を侮蔑し非難する。
このドラマのテーマは結局、親とは何か、育ての親とは何か、親の役割は何か、教育者の役割は何か、愛情とは何か、にあるのだろう。裕福とは何か、ひとの幸福とは何かについても問いかけているのだろうが、問いかけばかりが並べられ苛立ちが溜まる。
最終回も予想どおり、道徳的で欺瞞的だった。K-drama (1) で述べた용구の視点も結局は僕が騙されたということか。どうも後味の悪いドラマになってしまった。こういう感想を抱く僕はひねくれ者と呼ばれるのだろう。
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