「小説をかく時、觀察の態度をきめやうと思ふ時は雁と灰燼とを讀返す」と永井荷風が評した鷗外の「雁」(1911-13)を読んだ。以前は高利貸の妾と医学生の恋愛として理解したつもりになっていたが、そう単純ではない。薄幸な妾の心理をみごとに活写しているが、彼女を囲う男とその妻の心理描写も優れている。世人が疎んじる職業に従事する者の怜悧さと男性の沽券ともいうものをよく描いている。
岡田の友人であるナレーターの語り、父親と玉の貧しいながら仲睦まじい暮らし、騙されて妻子持ちの警官に嫁いだ玉の不幸、学生相手の金貸業から始めて高利貸になった末造の自負心、父親を思い妾になる玉の薄幸さ、末造に抱かれながら岡田を思う玉の女心、カナリアを襲う青大将や岡田が投げた石に当たって死ぬ雁が暗示する不気味なものの存在、すべての描写が巧妙に絡み合い飽きさせない。
物語の最後で岡田はドイツに留学する。鷗外自身の経験(1884-88年ドイツ留学)が反映されていると考えることもできる。玉に「舞姫」のエリスを重ねてみることもできなくはないのではないか。
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