あさ通勤電車のドアと座席の端に挟まれた床に狐色のビニールに包まれた生き物がうずくまっているのに気づいた。しばらくすると、すっくと前脚を立てた黒い盲導犬が僕のほうを見た。澄んだきれいな眼をしている。いつか山で数時間同行した黒犬と同じ表情だ。こちらのほうが若い。いい顔だなあ。光沢のある黒毛と黒光りする鼻に魅せられた。たれさがった二つの耳たぶが周囲の雑音を聞くまいとしているようだ。
じっと犬の眼を見ていて、狗神という言葉を思い出した。感情が抑制され、全体として気品のある風貌をしている。狗神さま、ご主人だけではなく、どうか僕たち乗客を導いてください。そのあとを追いかけようとしたが、雑踏のなかに消えてしまった。