日常のやり取り(1)

[この文章は小説の延長として書かれていますが、続きではありません]

月曜日の朝、ンヴィニ教寺院の境内に入り、エレベータの扉の前に立っていると、すぐうしろに老婦人が立った。しばらくして、その夫とおぼしき老人が表れるや、老婦人の甲高い声の小言と老人のぼそぼそ口ごもる弁明が始まった。なぜ月曜の朝から、こんなやり取りを聞かされるんだろう。どうしたことか、エレベータがなかなか降りてこない。

エレベータに乗っても二人のやり取りは終わらない。あとで乗ったほうがボタンを押す慣例があると思うが、老夫婦はやり取りに夢中になっていて何もしない。エレベータは上にも下にも動かないから、仕方なく僕がいらいらしながらボタンを押す。

いったい何してたの? 何でこんなに遅くなったのよ、ずいぶん待たされたじゃない。切符を買うのに時間がかかったんだ。何言ってんのよ、ちゃんと130円渡したじゃない。120円だと思ったんだ。なかなか切符が出てこなくて、もう10円入れたらやっと出てきた。まったく何言ってんの、130円て言ったじゃないの、もういい加減にしてよ、いつもこうなんだから。

狭いエレベータ内で朝から老夫婦の無限に噛み合わないやり取りを聞かされるのは、あまり気分のいいものではない。さい先の悪い一週間になりそうだ。

車内放送が八王子高尾間で人身事故が発生したという案内が流れる。「現在JR中央線のダイヤが大幅に乱れております。お客さまには多大ながらご迷惑をおかけいたし、たいへん申しわけございません」という、いつもどおり謝罪のような謝罪でないような録音テープが繰り返される。国会のやり取りと同じだ。同じ内容が同じように毎回繰り返される。

いや、ちょっと待てよ。基本料金が120円とか130円というのは30年ほど昔の話ではないか。彼らは僕の頭を混乱させようとして、わざとあんなやり取りを聞かせたのだ。いや、そんなことはあるまい。彼らが二人とも精神的に病んでいて、30年前の時点で思考が止まっているだけなのかもしれない。

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