一茶の描く蛙についてこれまでに何度か書いた。蛙の句は多いだけでなく、特別な個性を放っているからだ。そして、改めて思うのは蛙という字の読み方である。一茶における蛙は基本的に<かへる>だと考えているが、文献的な根拠があるわけではない。
岩波文庫の七番日記(校注: 丸山一彦 2003年)は蛙の字の大半にルビを付けていないが、付ける場合は<かはづ>としている。一方、僕の感官はその多くを<かへる>とする。専門の研究者に反論はできないが、自分が理解している一茶の句の音感や文章のリズムが自分の感官と一致するか共鳴する読み方というのが僕の唯一の根拠である。
ちなみに、資料によると一茶が蛙をひらがなで<かはづ>と表記しているのは次の11句だ。注目されるのは一茶発句集への掲載がもっとも多い七番日記の句がないことだ。
| 表1 蛙を<かはづ>と表記している句 |
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| よひ闇の一本榎なくかはづ 享和句帖 享2 [春2629] 浦人のお飯の上もかはづ哉 文化句帖 化5[春2663] ちる花を口明て待かはづ哉 文化句帖 化5[春2664] 木母寺の鐘に孝行かはづ哉 八番日記 政2[春2770] 江戸川にかはづもきくやさし出口 八番日記 政3[春2772] 雨降と鎗が降とも鳴かはづ 文政句帖 政5[春2783] 吉原やさはぎに過て鳴かはづ 文政句帖 政7[春2808] 今の間に一喧嘩して啼かはづ 希杖本 [春2817] 大榎小楯に取て啼かはづ 希杖本 [ 春2819] 御社へじくなんで入るかはづ哉 浅黄空 [春2821] 寝た牛の頭にすわるかはづかな 発句鈔追加[春2825] |
| <かへる>と較べ<かはづ>、とくに<づ>の音に引っ掛かり感じる。まずはこの点について考えたい。試みに表2(別ページ)ではすべての蛙に<かへる>、表3(別ページ)ではすべての蛙に<かはづ>のルビを振ってみた。<かはづ>より軽い感じはするが、「鳴(啼)かはづ」「鳴(啼)かへる」や「かはづ哉」「かへる哉」の間にはさほど大きな違いがないようにも感じる。春2629のように単独で末語になると「かへる」は坐りが悪い。 他方、<かへる>表記は次の2句のみだ。2年前には、<かへる>表記は作者と蛙の距離が近く、蛙に対する感情移入の度合いが深いように感じていたが、今回修正作業を行いながら、さしたる差異はないのではないかと感じている。下の2句はいずれも<返る>に掛けているように思う。 |
| 昼顔にうしろの見ゆるかへる哉 化五六句記 化5[春2665] 蕗の葉にとんで引くりかへる哉 文政句帖 政7[春2805] |
蛙は春の季語に分類されているが、夏にも次の句がある。これらの句において作者は蛙と対等に対話しているが、相手方に対する感情移入があればこそ対話が成り立つ。<かへる>のいる情景を観照するのではなく、意気投合している。 |
| 夕立はあらうかどうだかへる殿 八番日記 政2[夏583] ばか蛙すこたん云な夕涼 七番日記 化13 [夏2073] |
夏2073について七番日記(岩波文庫版)は蛙を<がへる>としている。<ばかがえる>がしっくりするだけでなく、<ばかかはづ>はそもそも成り立たないのではないか。僕の感官がカエルに馴れているからかもしれない、だとしたら、現代語<かえる>による干渉だけかもしれない。 縦書き文庫版「ふりがな小林一茶発句集」の監修者は、日本国語大辞典「カエル」の項目を引用して蛙を<かへる>と読み、校閲者も<かへる>とした。両者にやゝ遅れて、僕は<かへる>と<かはづ>の違いを感得したつもりだったが、さしたる根拠があるわけではない、今も揺らぐことがある。 |
| 上代に<かへる>の確実な例はないが、万葉集8-1623に楓(かへるで)を蝦手(かへるて)と書いた例があるので、<かえる>の語は存在したとみられる。<かはづ>が歌語[1]であるのに対し、<かへる>は日常語であったと思われる。そのため、鎌倉時代にも「かへるとは隠題の外はよまず」(八雲御抄-3)とされた。類例に<たづ>(鶴)と<つる>(鶴)がある。【日本国語大辞典より】 [1] 歌語(かご) 和歌に用いられることば。とくに鶴(つる)に対して「たづ」、蛙(かえる)に対して「かはづ」、あるいは「わぎもこ(我妹子)」「さくらばな(桜花)」「さくらがり(桜狩)」などのように、普通の話しことばや散文には用いられず、和歌を詠むときだけに用いられる特定のことばをさすことが多い。【日本大百科全書より】 |
以下、作業中のふりがな小林一茶発句集春7より季語<蛙>の句と掲載資料(年)を表にし、ルビを<かへる>とする場合と<かはづ>とする場合を作成してみた。あえて公開し、読者からコメントを得られることを願っている。
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