あの世でもこの世でもなく

以下の文章は縦書き文庫「あの世でもこの世でもなく」の冒頭部分です。あの世でもこの世でもない世間を想定しています。彼岸ひがんでも此岸しがんでもない世間などあるでしょうか。

うをは流れにあらがい登山者は重力にこうして岩を登り道を歩く。自由に泳ぎ自在に歩いているように見えても、みなのがれようのない制約のなかで生きている。そして、人々の住むこの世とそこにどこかからやって来る新たな生命、人々の想像のなかにあるあの世—–いつの時代も人々はこれら二つないし三つの世を信じている。それは無宗教派の人々のあいだに広く普及している迷信の一つではないか。いや、無宗教派に限らない。教会や寺院、神社や自然をりどころとする人々も同じ迷信を前提しているのではないか。

いまはむかし、まだ家々にテレビも電話もなかったころ、冬になると東京にも何度か雪が積もった。いつもの景色けしきが雪におおわれたのを見て子どもたちは喜び、はしゃいで雪だるまを作り雪合戦がっせんをした。효야ヒョーヤ炭俵すみだわらわらをそりに仕立したて、原っぱの斜面や道路ですべった。藁についたすみの粉で黒くなった遊び仲間の顔、顔、顔—–みんなの顔が一斉いっせいにどっと笑う。

坂道を登りつめて少しくと源頼朝みなもとよりともゆかりの八幡宮はちまんぐうがあった。すっぽり雪をかぶった境内けいだいで少年たちはわれを忘れて一匹の黒犬とたわむころがり回った。モノクロ写真のようなその光景こうけい효야ヒョーヤ脳裏のうりに焼き付いている。いつも一緒に遊ぶ仲間はそのときいなかった。あの黒犬は狛犬こまいぬ化身けしんではなかったか。その後一度も会っていないが、雪が降ると、無彩色の光景のなかに遠くその黒犬が激しく尻尾しっぽを振っているのが浮かぶことがある。八幡宮の本殿の手前、左右両側にうずくまるる一対の狛犬の石像のどちらかとそっくりの犬だった。彼自身が狛犬で雪とたわむれていたのかもしれない。

彼は少年のころから何かに夢中になると、ほかのことが見えなくなった。気づくと仲間がいなくなっていたり、怪訝けげんな表情で彼を見ていることがあった。五六人で裏庭に穴を掘ったことがある。身長ぐらいの深さになって粘土層があらわになると水がいてきた。んでもくんでも止まらない。それを見て急にこわくなり、みなの反対を押し切って作業を止めてしまった。いつもみなと交わっていたいのに、ある一線を越えると引いてしまう。そんなところがあった。

효야ヒョーヤという名前からして、読者は変に思うだろうが、日本に生まれ、幼いころから日本語を話し、ほかの言葉は知らない。見ただけでは、ほかの子どもと違うところはない。生まれたのは東京だから、出生届は효야という韓国語では受け付けられない。彼の母方の祖母は윤화ユヌァといい、父方の祖母は희사フィサという名で、それぞれ戸籍上はユナ、ヒサという。みな서울ソウル近郊にルーツを持つ人たちだ。효야は祖父母たちから数えて三代目で在日三世になる。戸籍にはヒョーヤというカタカナで届けた。同世代にはめずらしい名前だし、幼いころから自分も家族もどこかほかの人々とは違うと感じていた。そんなよそ者意識を決定的にしたのが彼の母バンジャの信仰だった。というより、それが他のさまざまな属性を見えなくしたというべきだろう。それは彼自身の出自をもおおかくしてしまった。

つづきは縦書き文庫「あの世でもこの世でもなく」(未完)でお読みください。

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