一茶: かへる・かはづ

[この記事は2024年10月13日のブログに一部加筆し、「ふりがな小林一茶発句集」春の部修正に伴い番号を修正したものです]

一茶の句には蛙を詠んだものが多い。「ふりがな小林一茶発句集」春7(蛙・蝶)に季語として載っているだけで200句ほどある。ほとんどは漢字で蛙と表記しているが、<かへる><かはづ>とひらがな表記しているものもある。

<かはづ>と仮名表記されたものは次の10句である。[ ]内: 「ふりがな小林一茶発句集」の番号、修正により多少ずれている。

  • 浦人うらびとのおめしうへかはづ哉 文化句帖 化5[春2663]
  • ちるはな口明くちあけまつかはづ哉 文化句帖 化5[春2664]
  • 木母寺もくぼじかね孝行かうかうかはづ哉 八番日記 政2[春2770]
  • 江戸川えどがはかはづもきくやさし出口でぐち 八番日記 政3[春2772]
  • あめふろやりふろともなくかはづ 文政句帖 政5[春2783]
  • 吉原よしはらやさはぎにすぎなくかはづ 文政句帖 政7[春2808]
  • いま一喧嘩ひとけんくわしてなくかはづ 希杖本 [春2817]
  • 大榎おほえのき小楯こだてとりなくかはづ 希杖本 [ 春2819]
  • 御社おやしろへじくなんでかはづ哉 浅黄空 [春2821]
  • うしかうべにすわるかはづかな 発句鈔追加[春2825]

他方、<かへる>表記は次の三句のみだ。上の<かはづ>表記の句との違いはあるだろうか。一読しただけでは判然としない。ただ、繰り返し読むと、<かへる>表記は作者と蛙の距離が近く、蛙に対する感情移入の度合いが深いように感じられる。ただ、それは僕が感じるだけかもしれない。

  • よひやみ一本榎いっぽんえのきなくかへる 享和句帖 享2 [春2629]
  • 昼顔ひるがほにうしろのゆるかへる哉 化五六句記 化5[春2665]
  • ふきにとんでひつくりかへる哉 文政句帖 政7[春2806]

蛙は春の季語に分類されているが、夏にも次の句がある。これらの句において作者は蛙と対等に対話しているが、相手方に対する感情移入があればこそ対話が成り立つ。<かへる>のいる情景を観照するのではなく、意気投合している。

  • 夕立ゆふだちはあらうかどうだかへる殿どの 八番日記 政2[夏583]
  • ばかがへるすこたんいふ夕涼ゆふすずみ 七番日記 化13 [夏2073]

夏2073について七番日記(岩波文庫版)は蛙を<がへる>としている。<ばかがえる>がしっくりするだけでなく、<ばかかはづ>はそもそも成り立たないのではないか。それは僕の感官がカエルに馴れているからかもしれない。いや、ただ耳慣れているのではない、作者と同じく<かへる>に強い親近感を感じるのだ。

日本国語大辞典「カエル」の項目を引用して、縦書き文庫版の監修者が蛙を<かへる>と読み、校閲者も<かへる>とした。やゝ遅れて僕は<かへる>と<かはづ>の違いを感得したつもりだが。みなさんは蛙を<かへる>と読むだろうか、あるいは<かはづ>と読むだろうか。

  • 上代に<かへる>の確実な例はないが、万葉集8-1623に楓(かへるで)を蝦手(かへるて)と書いた例があるので、<かえる>の語は存在したとみられる。<かはづ>が歌語[1]であるのに対し、<かへる>は日常語であったと思われる。そのため、鎌倉時代にも「かへるとは隠題の外はよまず」(八雲御抄-3)とされた。類例に<たづ>(鶴)と<つる>(鶴)がある。【日本国語大辞典より】
  • [1] 歌語(かご) 和歌に用いられることば。とくに鶴(つる)に対して「たづ」、蛙(かえる)に対して「かはづ」、あるいは「わぎもこ(我妹子)」「さくらばな(桜花)」「さくらがり(桜狩)」などのように、普通の話しことばや散文には用いられず、和歌を詠むときだけに用いられる特定のことばをさすことが多い。【日本大百科全書より】

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