縦書き文庫版ふりがな小林一茶発句集夏7の季語<蠅>に「親しらず蠅もしっかりおぶさりぬ」(夏3437)という句がある。
八番日記(文政2、1819年)に載っており、一茶が亡くなる10年ほど前、長女さとが満1歳過ぎに病死する直前の彼自身もっとも幸福な時期だった。同年の夏3445「蠅はらふのもなぐさみや子の寝顔」「蠅追ふ[も]又たのしいか子の寝顔」の情景が目に浮かぶようだ。
そんな幸福感に包まれつゝ自分の老いについて考えることもあったに違いない。<親知らずの歯に蠅がくっついている>という何とも不気味な想像で老醜を自虐的に描いたものと解釈してしまった。
同じく八番日記の同年に「しつかりと蠅もおぶさる九十川 *」(夏3442)があり、ちゃっかり人につかまって川を渡る光景を描いている。したたか者の蠅は老人の奥歯に付いたりしない。それに当時の一茶は歯をすべて失っていたではないか。[*大井川または天竜川の異称、増水時に肩車で90文の渡し賃を取った]
冷静に考えると夏3437の「親しらず」は3442と同じく地名として読むべきなのだ。彼女が親知らずを抜いたという話しを聞いて僕は妙に動揺していた、今はそれがわかる。僕自身の老醜を露呈するようで恥ずかしい。


…..しばらく前に親知らずを抜いたという彼女から親知らずについて尋ねられた。韓国語では사랑니(サランニ)というが、文献で確認できるのは19世紀後半だという。
僕が一茶好きなのを知りながら歯牙にもかけなかった彼女が、一茶の句に親知らずについて詠んだものはないか、と聞いてきたのだ。半信半疑で調べてみると、あったあった。それも蠅付きの親知らずだった。これで彼女も少しは一茶に関心をもつだろうか。
…..사랑니에 대해 물어본 사람은 얼마 전 사랑니를 뽑았다는 한국인 여성이었다. 한국어로는 ‘사랑니’라고 부르지만, 문헌상으로는 19세기 후반부터 확인된다고 한다.
내가 있사를 좋아한다는 걸 알면서도 전혀 신경 쓰지 않았던 그녀가, 있사의 시(俳句)에 사랑니에 대해 읊은 것이 없는지 물어왔다. 반신반의하며 찾아보니, 있었다, 있었다. 그것도 파리가 붙은 사랑니였다. 이걸로 그녀도 있사에 조금은 관심을 갖게 될까.
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