3月に講談社が出版したエベレストは居酒屋です(渡邊直子)[仮訳: 에베레스트는 술집이다. Mt Everest is a pub.]を読んだ。娘が著者の大ファンで、出版記念トークショーに参加するよう頼まれていたのに果たせなかった。
ショーの数日後、予約してあった上の著書が届いた。約束を守らなかった罪悪感から読んだのだが、読み始めると著者の生き方と気取らない文章に引かれ一気に読んだ。期せずして著者のファンの一人になった。今回も娘のお蔭で新しい地平を見ることができた。
著者はエベレストの8000mを越える全14座を踏破した初の日本人女性だが、いわゆる登山家ではない。登山家とシェルパ*という一般的な関係を超えたシェルパ数名と彼女との独自の関係を築いている。それを可能にしたのは同じく看護師だった著者の母親の育て方だったろう。
*ネパールの少数民族のひとつ、ネパールのほか中国領チベットやインド・ブータンの一部に住む。シェルパによるヒマラヤ登山支援はよく知られている。[Wikipedia]
プロローグにある次の文章が彼女の生きざまと人となりを明快に教えてくれる。以下引用する(句読点や表記など一部編集)。
| エベレストは居酒屋です: プロローグより |
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| 日本の人にとって「ヒマラヤ」は過酷な場所であり、簡単には行けないところというイメージがまだまだあるような気がしています。でも、私にとってヒマラヤは完全に「息抜き」なんです。日本にいると人間関係で息苦しくなったり、いろいろなことを億劫に感じることが多いのですが、ヒマラヤで過ごすと、いつも不思議と「素直な自分」に戻れる感覚があります。人と話すことが苦にならず、心が解きほぐれていく。 |
| シェルパたちの考え方に触れたり、毎日起こるハプニングやふだんできない刺激的な体験をしたり、圧倒的な景色を目のあたりにすることで、日常の悩みや不安が一気にちっぽけになってくるのです。つまり、私にとってヒマラヤは皆さんが仕事を終えて同僚や友人と居酒屋で一杯やるようなもの。そんな<居酒屋通い>を続けていたら、いつのまにかヒマラヤの8000m峰に31回も登っていました。現時点で世界の女性で最も多い登山回数です。自分らしい記録だと自負しています。 |
| しかし、全14座を制覇した初の日本人女性という記録を残すことになったことがすごいとはまったく思っていません。富士山に誰でも登れるようになったのと一緒で、いまや14座も誰だって制覇することができる。皆が簡単に登ったわけではありませんが、世界にはすでに14座全登頂者が80人以上います(2025年10月現在)。 |
| 私は休暇を楽しむためにヒマラヤに来ているので、記録にはほとんど興味がありません。登頂はあくまで2番目の目的で一番は楽しむこと、そしてリフレッシュすること。根底にあるのは「嫌いな自分を好きになりたい」という思いです。ヒマラヤで過ごしていると子どものように無邪気になれる。取り繕うことのできない自然のなかで今まで知らなかった自分の良いところを発見できたりもする。ヒマラヤにいるときこそ本当の自分でいられる気がするんです。 |
| もし誇れることがあるとすれば看護師として働いた給料で登り続けていたこと、30回以上登っているのに大きなケガや凍傷もなく無事に日本に帰っていることでしょう。 |
著者のすごさはシェルパを単に登頂のための荷物運びやアタックルート開拓者として利用するのではなく、同じ仲間として同伴者として接することにある。だから、彼らとのやりとりを通じてネパール語を学び、ベースキャンプでの食事も登山家たちと一緒ではなく、シェルパ専用テントに入ってする。ふつうの登山家はシェルパたちと交わらない。
親しくなったシェルパたちがふつうは話さない彼らの生立ちやふだんの暮らしのことを彼女に話す、そういう人間関係を築くことができる人。一方で、思ったことはすぐに話してしまう。その点はシェルパたちと似ている。時間や約束は守るが、規則に束縛されず、それより大事なことが家族や親戚に生じれば当然のようにそれを優先する。そういう生き方を著者は求めてやまない、だから何度も何度もヒマラヤのシェルパに会いに行く。
著書の末尾の文章を再び引用する。渡邊直子氏はいつかネパールに移住するに違いない。
| エベレストは居酒屋です: エピローグより |
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| 私にとってヒマラヤは特別な舞台であると同時に居酒屋にふらっと立ち寄るような<休暇の場所>でもあります。疲れを癒やし本当の自分を取り戻すために通う場所。 |
| 今後はネパールへの移住も考えています。現在は私自身が主催しているヒマラヤを一緒に楽しむ企画を行なっていますが、無料で参加できるわけではありません。大人は働けばその費用を工面できますが、子どもは親の経済状況に左右されてしまう。だからこそ、費用を出せない子どもでも参加できる仕組みが作れないか模索中です。 |

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