一茶と同時代の絵師に美人画で有名な歌麿がいる。富嶽三十六景の葛飾北斎や弥次喜多道中で知られる「東海道中膝栗毛」の十返舎一九はほぼ重なると云ってよい。馬琴や廣重も一茶と30年ほど重なっているが、ここでは北斎と一九に注目したい。
喜多川歌麿 1753-1806
葛飾北齋 1760-1849
小林一茶 1763-1828
十返舎一九 1765-1831
曲亭馬琴 1767-1848
歌川廣重 1797-1858
一茶調の俳句は江戸時代後期、文化文政期に確立された。能狂言の担い手は武士層とされ、歌舞伎は庶民層だとされる。また、和歌は貴族層で俳諧は庶民層だと云われるが、一茶は俳諧の芭蕉や蕪村とは異なる独自の領域を創った。
発句集を通じて僕らが感じる一茶特有の社会観や人生観、北斎の描いた肉筆画版画が伝える生命観や躍動感、「東海道中膝栗毛」が映し出す江戸時代後期の庶民層が共有したであろう滑稽とエロティシズムにもとづく人間諷刺のあいだに同時代ならはの共通性を見出すことができるように思う。
三人に共通するエロティシズムと人間観、性描写と戀愛観、社会諷刺と世間観、現世主義にもとづく人生観などは三者三様でいて、どこか共通するところがある。それを言葉にするのはむずかしいが、何か共通するものがある、それを仮に同時代性ということができるかもしれない。

北斎の描いた猫 (c)太田記念美術館
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