「こい」という語の漢字表記に新字体の恋と旧字体の戀がある。僕にとっては単に新旧の違い以上の感覚的な差異がある。高校2年のころから旧字体で印刷された本を多く読んだせいだろうか。当時、冨山房の分厚い漢和辞典がいつも机の上に置かれていた。
高3で東京に戻り浪人を経て大学1年でやめたころ、岩波文庫をよく読んだ。紐付き糸綴じで活版印刷だったから、ページに触ると凹凸を感じた。☆一つ50円だった。当時、二葉亭四迷の翻訳でツルゲーネフの「片戀」を文庫本で読んだ。
あのタイトルは片恋や片思いではなく片戀でなければいけない。特別の理由などない。ただ、多感な十代後半の時期に旧字体の戀という表記のなかに初々しい戀愛の情感が注入されただけなのだが、決定的な刻印を残した。
いま、縦書き文庫「ふりがな小林一茶発句集」の編集をしながら、いくつかの漢字に戀≠恋に似たこだわりを持ち続けている。泪≠涙、㒵≠顔、厂≠雁、己≠俺、艸≠草などなど、お前も頑固爺になったものだ。
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