縦書き文庫版「ふりがな小林一茶発句集」の俳句に歴史的かな遣いによるルビを振りながら小さな発見を重ねていると、時おり一茶が感じ考えていたであろう感官に触れたように感じる瞬間がある。一例として「ふりがな小林一茶発句集」春の部、季語の日永にある老懐(老人の思いや感官)に載っている句に注目したい。
〳〵: くの字点で二音以上のくり返し記号(111の「たらり〳〵」→「たらりたらり」)、化: 文化、政: 文政
老懐
110 日の長[い]〳〵迚泪かな 七番日記 化12-2
111 あまり湯のたらり〳〵と日永哉 七番日記 化13-3
112 有がたや用ない家も日が長い 七番日記 化13-1
113 老の身は日の永いにも泪かな 七番日記 化13-2
114 順番に火縄を提る日永哉 七番日記 化11-6
115 連のない雁ののら〳〵日永哉 七番日記 化13-1
116 長き日の壁に書たる目鼻哉 七番日記 化13-1
117 永の日をむちやに過しぬ米の飯 七番日記 化13-2
118 長の日に心の駒のそばへるぞ 七番日記 化13-3
119 永の日の杖の先なる火縄哉 七番日記 化11-6
120 なぐさみ[に]野屎をたれる日永哉 七番日記 化13-3
121 日が長い〳〵とむだな此世哉 七番日記 化13-1
122 日が長いなんのとのらりくらり哉 七番日記 化13-1
123 待〳〵し日永となれば田舎哉 七番日記 化13-1
124 むだな身に勿体なさの日永哉 七番日記 化13-2
125 永日に身もだえするぞもつたいな 七番日記 化15-2
「日の長い」「老の身は」に泪(なみだ)し、「なぐさみに野屎をたれる」老人、「連のない雁ののら〳〵」「日が長いなんのとのらりくらり」するように無為に日々を過ごす孤老は時として「心の駒のそばへる」ような物狂おしい感官に襲われ、「永日に身もだえする」のである。
上の句のほとんどは文化13年正月から3月の作で同年4月の長男誕生の直前に詠まれている。生まれてくる子を思いつつ老いゆく自分を振り返って感傷的になり、自らを矮小化していたかもしれない。これらの句を作ったとき、長男が生後わずか28日後に他界するとは想像だにしなかったはずだ。
| 「一茶発句集」春・日永・老懐の句:年代順(年月句番号) |
|---|
| 順番に火縄を提る日永哉 七番日記 化11-6春114 |
| 永の日の杖の先なる火縄哉 七番日記 化11-6春119 |
| 日の長[い]〳〵迚泪かな 七番日記 化12-2春110 |
| 有がたや用ない家も日が長い 七番日記 化13-1春112 |
| 連のない雁ののら〳〵日永哉 七番日記 化13-1春115 |
| 長き日の壁に書たる目鼻哉 七番日記 化13-1春116 |
| 日が長い〳〵とむだな此世哉 七番日記 化13-1春121 |
| 日が長いなんのとのらりくらり哉 七番日記 化13-1春122 |
| 待〳〵し日永となれば田舎哉 七番日記 化13-1春123 |
| 老の身は日の永いにも泪かな 七番日記 化13-2春113 |
| 永の日をむちやに過しぬ米の飯 七番日記 化13-2春117 |
| むだな身に勿体なさの日永哉 七番日記 化13-2春124 |
| あまり湯のたらり〳〵と日永哉 七番日記 化13-3春111 |
| 長の日に心の駒のそばへるぞ 七番日記 化13-3春118 |
| なぐさみ[に]野屎をたれる日永哉 七番日記 化13-3春120 |
| 永日に身もだえするぞもつたいな 七番日記 化15-2春125 |
かつて僕は一茶を孤老の俳人とした。老人はみな孤立感に苛まれているだろうが、一茶の独自性はそれを嘆くだけでなく、俳句という枠に納めたことにある。
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